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魔法使いたちの宇宙戦争 ~ ユニバーサルアーク  作者: 語り部(灰)
陸軍危機一髪! 幻の都攻防戦

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陸軍危機一髪! 幻の都攻防戦3

◇◆◇◆◇◆◇


 空には無数の飛行機雲が複雑な模様を刻み、その中を縫うように数機の飛行機が飛んでいる。

 土浦海軍飛行場。飛んでいるのは、ラーズが識別表で覚えている限り、中島の『疾風』と『彩雲』だろうか?

 空を見上げるラーズが乗っているのは、軽トラの荷台。ちなみにこの軽トラも中島の自動車部門の物だそうだ。

 国鉄土浦駅で、霞ケ浦への道をおっちゃんに尋ねたところ、乗せて行ってくれると言うので、こうして運ばれているわけだ。

「兄さんは、パイロット志望かい?」

「んー。まあねえ」

 運転席から、声をかけられ、ラーズは答えた。

 この時代、パイロットの養成は水上機で行われる。日本各地の海や湖には水上空港があり、市民はそこで格安で航空機の操縦訓練を受けることができるのだ。

 これは、公共インフラが壊滅的な状況にあることへの、救済策でもあるようだ。

 確かに雑誌などを見るにつけ、中古の自家用の飛行機が安い物は一〇〇万円くらいから買えるようだ。さすがに、上は青天井だが。

「ウチのボウズも、霞ケ浦の少飛に通ってんだ」

 少飛とは、少年飛行隊の略称である。少年飛行隊とは言っても、別に性別は問わないらしい。

「……へえ。子供のころから飛行機を操縦できるなんて、カッコイイですね」

 軽トラがあぜ道に入った。ロードノイズが増えたので、少々大声でラーズは怒鳴った。

「兄さんは内地の人じゃあ、ないんだねえ。

 どこから来たんだい?」

 ラーズは一瞬答えに迷った。まさか聖域から来ました。などとは言えない。大体ラーズは人でもない。

「……東野郷の方から」

 そう、答えた。

 東野郷とは、本来東北地方に伝わる伝説の里のことであるが、この場合は海軍最大の泊地の東野星雲を指す。

 最初にラーズを拾った小沢の四航艦も、この東野郷に投錨しているはずである。

「随分遠くから来たんだなあ」

 おっちゃんは、別に疑うでもなくノータイムでそう答えた。

 ドコドコの方。というのは、場所をごまかすのに手っ取り早い言葉である。

 実際、地球から見たときセンチュリアと遠野郷はほぼ一直線なので、嘘ではないのだが少々心苦しい。

 やがてあぜ道に、検問所のようなところが見えてきた。

 軽トラが速度を落とす。

「あそこが霞ケ浦海軍基地だ……車じゃ入れないんだ」

「じゃあ、歩いていくか」

 軽トラが止まると、ラーズは荷台から飛び降りた。

「おっちゃん、ありがとう。助かったよ」

「なに気にすんな」


「あのー。すいません」

 検問と歩哨というには、どうにも貧相な設備。

 霞ケ浦に続く未舗装路の脇に立っている、二メートル四方の木製の正方体。

 ラーズにはそれが試着室に見えたが、これは詰所のようだ。

 紺色の軍服を着た、若い男が一人その詰所の脇に座っている。

「ん? なんだ貴様は?」

「草加さんからこちらに来るように、言われて来ました」

 名乗るべきかどうか一瞬考えたが、ラーズは懐から草加の紹介状を取り出し、歩哨に示した。

 当初、ラーズに関しては生活に不便だろう、と神崎次官辺りを中心に通名の使用を推奨されたのだが、ラーズはそれを断った。

「……草加?」

 そう言って、ラーズの手から紹介状を受け取ると、歩哨の男はその文面に視線を落とした。

 五秒程で、男の顔がみるみる青くなっていく。傍から見ているラーズが心配になるレベルで、だ。

「しっ失礼いたしました! 草加参謀長の紹介でしたかっ!」

 座っていた椅子から立ち上がり、シャチホコばって敬礼する。

「どうぞお通りください。新島指令にはこちらから連絡させていただきます!」

「おっ……おう」

 あまりの態度の激変ぶりに、ラーズも困惑する。

「いえ。お待ちください。いま基地から迎えの車を……」

「それはいらない」

 何しろ、基地の建物まで二〇〇メートル程しかないのだ、どう考えても歩いた方が早い。

 ごう。っと空が陰った。

 明るい灰色をした機体が、ラーズの頭の上を飛んで行ったのだ。

 ……『疾風』の空母艦載機型だな……

 土浦に降りるらしい、その機体を見上げながらラーズは思った。

 地上配備の『疾風』と、宇宙空間で運用される『疾風』はカラーリングが異なる。

 今、飛んで行った機体は、宇宙空間用の塗装だ。


「霞ケ浦練習航空隊指令の相沢少佐であります。

 草加閣下より、話は伺っております」

 白い詰襟姿の相沢はラーズに向かって、敬礼して見せた。

「お着きになられるのは、夕方以降になると伺っておりましたので、お出迎えができず申し訳ありません」

 廊下にある時計でラーズが時間を確認すると、時刻は三時過ぎだった。

 確かに、土浦の駅からゆっくり歩いてくれば、夕方になりそうな感じだ。そういう意味ではいい読みだったと言えるだろう。

「こちらも予定より早くついちゃったんで、そんなに気を使わなくてもいいですよ」

 答えて、ラーズは廊下の窓の向こうに見える霞ケ浦に目を向けた。

 霞ケ浦は、土浦海軍基地の一部として水上空港として、運用されている。

 見える範囲だけでも、結構な数の水上機が見える。

「恐縮です。

 まだ、ラーズさんに会うはずの人物も到着しておりません。時間が少々中途半端ですが、よろしければ食堂で食事なども出来ますが……」

「……遅めの昼を食べた所なんで……」

 そう言って、やんわりと断る。

 実際のところ、こういった海に近い場所の食堂では魚料理が出る。ラーズは小骨のある魚が食べられないので、断らざるを得ないのだ。

「海でも見ながら待ってるんで、待ち人が現れたら教えてください」

「では、坂井中尉が来られましたら、呼びにまいります」


 霞ケ浦にある水上機は、古めかしいデザインの中翼でフロート付きの足があるプロペラ機だ。プロペラ機と言っても、さすがにレシプロエンジンと言うことは無いだろうが。

 ラーズは、兵舎脇の自販機で買ったビンのオレンジジュースをベンチの脇に置いて、ホロノートを開いていた。

 飛行機の事も大事だが、魔法使いの本分は魔法を使う事である。

 時間を見つけては、手持ちの魔法をバイナリに落とす作業を進める。

 ラーズとしては、まずはバグがあっても調整不足でも、いったん手持ちの魔法を全部動く状態まで持って行きたい。

 ついでに、その過程で蓄積されるであろうコーディングノウハウを持って、新規魔法の作成に当たりたいところだ。

 もっとも現実は、そんなに上手く行くはずもなく、取り合えず《炎の矢・改》が書きあがっただけで、他は全く進んでいない。

 ……アベルとかレイルなら、サクサク作れるんだろうなあ。

 と、ラーズは思う。

 実際のところ、アベルやレイルを持ってしても上手く行かないのかも知れないが、やはり隣の芝は青いのである。

「よお」

 唐突に後ろから軽い感じで声がかかった。

 ラーズが降り向くと、そこには二十歳そこそこの精悍な顔立ちの若者が立っていた。

 身に着けているのは、灰色のエアジャケット。

 その顔にラーズは見覚えがあった。

「……『サムライ』坂井三郎!」

 そう、そこに立っていたのは、帝国海軍切ってのエースオブエース、『サムライ』坂井だった。

 坂井は昨今の少年雑誌の飛行機特集などにもよく顔を出すし、正月特番にも出ていた。

「おっ、俺も有名人になったもんだ……」

 そういって、坂井はラーズの隣に腰かけた。

「……草加閣下から話は、聞いている。

 もちろん『詳細な話』も、な」

 なるほど、草加が会えと言っていたのは、『サムライ』坂井であったようだ。

「……で? 早速行けるんだろ? シミュレータの時間は?」

「大体一〇〇時間。もちろん行けます。望む所」

 マジックシンセサイザーの開発終了からこちら、なけなしの時間を魔法の開発と、フライトシムに当ててきた。

 四か月弱で三〇〇時間は、ラーズにひねり出せる時間のほぼ上限だ。

「いいね。そうでないと面白くない。

 ついてこい。おめかしの時間だ」


「へえ……」

 ラーズがベレー帽を取ると、その尖った耳をみた坂井が感嘆の声を漏らす。

 更衣室である。

「もっとミスタースポックみたいな感じかと思ってた。全然長いんだな」

 坂井が言う。耳の事だろう。

 なれなれしいが、下手に気を使われるより全然いいとラーズは思った。

「結構、背高いよな……サイズあるかな?」

 坂井は、そういってロッカーをガサガサと漁る。

「まあ、水練乗るくらいなら、耐G飛行服なんていらなんだけどな……

 そこは軍隊だからな」

 そう言って、坂井は飛行服をラーズに寄こす。

「ヘルメットは普通ので、大丈夫……か?」

「耳が痛くなるかも? まあ、痛くなってから考える方向で」

 ラーズは答えた。

「違いない。

 ……おっと、飛行服もヘルメットも滅菌済みだから安心しな」

「しっかし……こうしてみると、耳以外は全く日本人と変わらないな……

 背が高いのは羨ましいけど」

 着替え始めたラーズを見ての一言だろう。

「ははは」

 とラーズは笑って答える。

 なるほど、『サムライ』坂井が人気者である理由がわかったような気がした。

 ……確かにこいつは大物だ。


 八九式複座水上練習機。今は宇宙を飛ぶ海軍のパイロット達も、皆この機体に育てられたという。

「コイツは川西航空機が八七年に発表した機体だ。制式化は……言うまでもないが、八九年。

 この機体の離水速度は五〇ノット。つまり、これより速い速度で飛んでいる限り落ちない」

 ラーズが収まっている水練の後部座席で、坂井が雑な解説をする。

「まあ、シミュレータやってるなら問題ないな」

「もち」

「そこは、もち、じゃなくて『ヨーソロ』だ」

「……ヨーソロ」

 水練の古めかしいデザインに反して、その操縦席はハイテク装備の塊だ。

 基本的に海軍の航空機のコクピットレイアウトは、全て統一されているためである。

 したがって、水練も中央にホロデッキを配し、座席右側に操舵スティック、左側にスロットルレバーという配置になっている。

「シートの位置調整はいいか? 力を抜いた時に両足がべったりペダルに着く位置が正規位置だ」

 坂井に指摘されて、ラーズ少しシートの位置を調整する。

 調整は、シート側面のスイッチでモーターを動かす事で行われる。

「……大体……いいかな?」

 ペダルをパタパタと踏みながらラーズは言う。

 ラーズが踏むペダルに合わせて、垂直尾翼後端の制動版が左右にパタパタと動く。

「よし。じゃあエンジンをかけてみろ……ペダルは両方踏みながら回せー」

「ヨーソロ」

 ペダルを両方踏んだ状態、というのは機体が進まないようにブレーキがかかっている状態である。

 ちなみに、水練はペダルを踏んでいないとセルは回らない。


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