灼熱のフロントライン4
約一時間後。
市街地の外れまでルビィはやってきた。
ここまで来ると、ソーラーシャフトの出口であるソーラーチムニーは見上げる程の大きさであり、その天辺は空気のゆらぎに覆い隠されて目視することも叶わない。
「待ってください! ドラゴンプリースト!」
後を付いてくるウースラが、声を上げる。
「騎士団の施設に入るには、然るべき申請を行って審査を受ける必要が……」
ソーラーチムニーの根元部分には騎士団の施設がある。
一見すると変電所のようなこの施設は、ソーラーシャフトのメンテナンス用ケーブルカーの制御施設だ。変電所のように見えるのは、ケーブルカーの動力用の電源である。
「要するに騎士団の施設に入らなければいいんでしょう?」
そう言ってルビィは、ソーラーチムニーの壁面を指差す。
「諜報なら知ってると思うけれど……ソーラーチムニーの高さ三〇〇メートルくらいのところに、メンテナンス用の出入り口があるわ」
「なぜそれを!?」
騎士団的に、それは機密情報なのかもしれないが、現実的にはみんな知っている。
知っている理由は簡単で、その出入り口から出入りしているエンジニアの姿が普通に街から見える為である。
無論、もっと高い位置にもメンテナンス用の出入り口が設置されているのは想像に難くない。
「みんな知ってるわよ」
そう答えてから、ルビィは《ダークネスフェザー》を高機動モードで起動する。
空を舞いながらルビィがチラリと下の方を確認すると、ウースラが魔法で飛び上がるのが見えた。
見た目の速度にスケール感を加味して《ウォースカイ》の魔法だろうとルビィは目星を付けた。
ちなみに《ウォースカイ》は標準的な高機動飛翔魔法だが、いかんせんパワーが足りないので上昇能力が低い。
《フレアフェザー》を原型魔法とする《ダークネスフェザー》とは出力に雲泥の差がある。現に、ルビィはまっすぐ上昇しているのに対して、ウースラはぐるぐると旋回しながら高度を稼いでいる。
程なくして、ルビィはソーラーチムニーのメンテナンス用の扉に張り付いた。
足場は一メートル四方程で、当然手すりなどは設置されていない。
目もくらむような光景と言えばその通りだが、空が飛べるルビィにとっては別になんという事はない。
「ふむ」
とルビィは唸った。
場所が場所だけに、ひょっとすると鍵がかかっていないのではないか、という希望的観測をしていたのだが、流石にそんなことはなかった。
とは言うものの、この手のロックのクラッキングはルビィの得意分野である。
バキッと扉横のコンソールの化粧パネルを破壊して、基盤を露出させる。
「思ったより普通ね」
ルビィはバッグから小型のホロノートを取り出して、起動する。
起動を待っている間に、バッグからプローブやワニ口クリップ等の入った小バッグを出して、手早くコンソールの基板上に接続していく。
それらの配線は小型のジャンクションボックスを経由して、ホロノートにつなぐ。
「どうせCPUのキャッシュ上に、前の利用者情報が残ってるでしょ」
それをチョイチョイと手元のホロノートにロードして、セキュリティカードの動きをシミュレーションするソフトに送る。
「はい。終わり」
プシュっと空気が漏れる音とともに、扉があっさり開いた。
世の中のこの手のセキュリティに対する信頼度は不明だが、ルビィにしてみれば電気仕掛けのセキュリティは無きに等しいという認識である。
故にルビィは、開けてほしくない扉などには、必ず魔法による施錠を行うようにしている。
ルビィは振り返って、下の方を確認した。
ウースラはまだ登ってくるのに時間を要しそうなので、ルビィは先に中に入ることにした。
右手は腰の銃に置いたまま、スルリと扉の中に滑り込む。
そこは幅高さ共に三メートル程の通路だった。リノリウムの床に樹脂パネルが貼られた壁と天井。一定間隔で配置さてた証明。
当然そこには誰もおらず、殺風景な通路が伸びているだけだ。
ソーラーシャフト管理センターは、この場所からおおよそ五〇キロ程下にある。
五〇キロと言うと、天体規模で言えば無きに等しい距離なのだが、歩いていくには苦しい距離だ。当然、スタッフや資材を運ぶ為のトロッコ的な物はあるはずだが、状況を考えると使いにくい。
「ドラゴンプリースト。待ってください。速すぎます」
やっと追いついてきたウースラが、息も絶えだえといった風情で、そう言いながら通路に入ってきた。
「案外騎士団の魔法使いは大した事ないのね……
まあいいわ。これからソーラーシャフト管理センターを襲撃するにあたって、電気を止めたいんだけれど、いい止めどころはないかしら」
何も考えずに電気を止めたいなら、ソーラーチムニー根本の騎士団施設の変電所を破壊すればいいのだが、それをやると市街地戦をやっている騎士団の遊撃部隊の運用に差し障りが出る可能性がある。
「それならシャフト内の給電室で止めれば確実ですが……」
「ですが?」
「ソーラーシャフトに何かあった際のプロトコルによれば、電源を止めることになっているので……」
「現状止まっていないという事は電源をバイパスされているか、発電機を持ち込んでいるか? ってこと?」
「その通りですドラゴンプリースト」
それを受けてルビィは熟考。
「それでも、その給電室は見ておきたいわ」
ルビィは周辺設備からの制圧を選択。
理由は簡単。ソーラーシャフト内は管理センターまで一本道で、相応のセキュリティがある。ルビィの突入を察知すれば敵が優位な状況で迎撃されるに違いない。
何より、管理センターへの通路の空気を抜かれでもしたら、対処のしようがないのだ。
「では給電室にご案内します。チムニーの地上階です」
◇◆◇◆◇◆◇
騎士団の戦力の大半が、市街地に散っていって一時間。
今のところ、発生している戦闘は小競り合いレベルのものに留まっているようだ。
戦術ネットワークに騎士団がアップロードする交戦データを見て、ユーノは空を見上げた。
底抜けの青空と、緑の丘陵にそびえ立つユグドラシル神殿。
ユーノは今、ユグドラシル神殿からほど近い外交用の施設が集中する区画にいる。
手持ちの戦力は、完全武装の歩兵が二〇〇と遊撃魔法使いが三〇。数の上では大した戦力ではないが、全員が近衛隊の精鋭であり遊撃魔法使い以外に歩兵にも多数の魔法使いが含まれる。
騎士団の戦力換算なら、一個大隊程度に相当するはずだ。
ユーノの目算では、敵が地球人なら連隊規模の相手でも余裕で叩き潰せるだけの戦力である。
「ユーノ様、部隊の配置はいかがされますか?」
そう聞いてきたのは、ディオシール遊撃隊長である。
「歩兵は外交事務所を囲むように配置して、遊撃魔法使いは広く薄く散らせて敵の接近を警戒させて。
多分空挺降下で来ると思うから、空を重点的に見ておくように」
「そのように計らいます。ユーノ様はどうされますか?」
「ちょっと離れて指揮に徹するわ。わたしが前線で戦闘に参加すると、味方もぐちゃぐちゃになる」
ユーノの魔法は広域殲滅特化である。
それも無差別殲滅型なので、局地戦では非常に使いにくい。
もちろん、ユーノの魔法を無効化するアイテムもあるのだが、万が一にでも敵に鹵獲されると大変なことになるので、味方に配布したりできない。
「わかりました。護衛の兵は配備不要ですね」
「ええ。全部敵への攻撃に充てていいわ。
よっぽどのことがない限り、一方的に敵をすり潰せるでしょう」
「同意します。
しかしながら、小官としましては敵が来なかった時が心配です」
ディオシール、直接ユグドラシル神殿が攻撃されるリスクを心配しているようだ。
「ユグドラシル神殿の方はマザーが直接迎撃するって言ってたわ。
まあ、マザーとマザーのお友達が居るから、戦力的に不安はないわね……近衛隊としては、ちょっとアレだけどね」
「ちょっとアレ……ですか……
確かに、ユグドラシル神殿内部で防衛戦はやりたくないですが……」
ユグドラシル神殿はエッグの政治中枢である。
当然そこには見られて困る物や、壊されると困る物が大量に存在する。
そんなところで、戦闘することは極力避けるのがいいだろう。
「ワーズワース卿は大丈夫でしょうか?」
「ワーズワースは強力だから気にしなくてもいいわ」
ワーズワースは宰相という地位にあるため、つい忘れがちになるがマザードラゴンの直属の中では最強の魔法使いである。
「ユーノ様!」
背後から声が上がった。
「来たわね」
空を見上げて、ユーノは言った。
「総員戦闘用意!」
ディオシールが大声を上げる。
空から落ちてくるのは、強襲降下ポッドである。
雰囲気的には、敵強襲揚陸艦から発進したものだろうが、母艦は相当に高いところにいるらしく肉眼では見えなかった。
このタイミングで来たということは、街の方で騎士団の主体が戦闘を始めたと見ていいとユーノは考えた。
「まずは敵の装備の確認を優先して」
ユーノはまず敵の装備確認を指示した。
敵が空挺戦車などの装甲戦力を持ち込んでいるかどうかが気になったのだ。
空挺戦車などの大したことない装甲でも、歩兵にとっては十分な脅威になりうる。
ユグドラシル神殿勤務のユーノの部下は、対戦車装備など持っていないので、敵に装甲戦力があることがわかった地点で何らかの対策が必要である。
「強襲降下ポッドの数は二〇! 内八個がこちらに来ます!」
「こちらの戦力分散のため、でしょうか?」
ディオシールが言う。
「でしょうね……まあ、各個撃破するだけど」




