灼熱のフロントライン3
「困りますか?」
「困るわ……でも言い換えれば、戦力は二分割で済んだとも言えるけれど……」
根本的にはなにも済んではいないのだが、選択肢が減った事は事実だ。
無論、突入用の戦力をソーラーシャフト近海に温存しておくという選択肢もあるにはあるが、動かせる手駒を自ら減らす事になる。
「理想を言えば、突入用の戦力をコーラルキャッスルの守備に充てつつ、残りの戦力で敵艦隊の捜索。ソーラーシャフトが確保できれば、突入戦力をエッグ内海に入れて本来のコーラルキャッスル守備担当がコーラルキャッスルの守備を行う。ですが……」
バルマー参謀が言う。
プレスコットもそれが理想だとは思うが、いくら協調訓練をしているとはいえ近衛隊と騎士団は違う組織である。机上ではただの玉突き移動だが、現場の艦長の主観では相当難解な動きになる。
これは近衛隊は騎士団の艦長に命令を出せないし、騎士団は近衛隊の艦長に命令が出せないという構造的な制約があるためだ。
「それは……難しいわね?」
「同意します」
プレスコットとて近衛隊の練度に自信がないわけではないが、リスクをとって最適解を追うメリットは少ないと判断。
バルマーも同意すると言っているので、同じ考えだろう。
「ではコーラルキャッスルの守備は固定で、突入用の戦力も敵艦隊捜索に割り当てるって事で行きましょう」
「わかりました。一次配置はそのように。
艦の割り当てはいかがされますか? プレスコット司令。
騎士団としては艦の打撃能力から、近衛隊には敵艦隊に当たっていただきたいのですが?」
これは結構難しい話で、本来ならエッグの内海は近衛隊の縄張りとも言えるのだが、バルマーもそんなことは承知の上だろう。
近衛隊の『パンデリクティス』級と騎士団の『イクチオステガ』級では対艦打撃能力を単艦で比べた場合、圧倒的に『パンデリクティス』級が勝っているため、敵主隊にはこちらを当てたいということだろう。
「ここでメンツの話をしても仕方ないでしょう。
近衛隊の『パンデリクティス』は全部敵艦隊への攻撃に充てます……
当面の問題は、敵艦隊の居場所が不明だという事……コーラルキャッスルの超光速監視システムはもう動いているんでしょう?
情報は入っていないの?」
「そちらに入っていないのなら、何もありません」
言われるまでもなく、コーラルキャッスルの司令部では全力で敵の居場所を探っているはずだ。
しかし、エッグの近海には無数の船が居て、混乱している。
あるものは航路を外れているし、あるものはトランスポンダーを作動させていない。
それらの素性を全て確認するのは、コーラルキャッスルのリソースを全て注ぎ込んでも、相当な大事である。
そして、敵の艦隊がコーラルキャッスルの探知範囲である半径十億キロ以内に居るという保証もない。
「まったく、初手でコーラルキャッスルをやられなかったからいいようなものの……」
どちらにせよ、自爆テロを阻止したA2212のネクトン・レファ艦長について、近衛隊管理部に表彰を打診しなければならないとプレスコットは考えた。
「それにしても、近衛隊にも『ユーステノプテロン』級が欲しくなったわ。この一件が終わったらユーノ様に頼もうかしらね」
「高いですよ。あの船。
具体的金額は申し上げかねますが」
ニヤニヤしながらバルマーが言う。
雰囲気的に、驚くほど維持コストがかかるのだろうという事が解る。
「まま、あとで驚くことにしましょう。
艦の割り当ては、一旦騎士団の首都防衛艦隊から四隻をコーラルキャッスル担当として置こうと思います。
他の艦は周辺の捜索に充てます」
それでも動けるのは合計十六隻。決して満足の行く数ではないが、何もしないわけにも行かない。
「少々お待ちを」
そう言って、バルマーが通信外で誰かと喋っている気配。
「おまたせしました、プレスコット司令。
コーラルキャッスルの超光速走査システムによる、超広域スキャンが実行されました。
これにより、先のレクシー・ドーンがアップロードした『ユーステノプテロン』の走査結果と突き合わせができます」
「敵の進軍ルートが絞り込めるってわけね……いいわ。
席次的に総指揮はわたしが取るけれど、騎士団として異論は、どう?」
「異論は、ありません」
◇◆◇◆◇◆◇
「クソッ、侵略者共め」
八輪装輪戦車の屋根から生えている角状の構造物の上に立って、シャングリラが毒づく。
パラシュート降下してきた敵空挺部隊が、数人づつの細かい分隊に分かれて街に広がってしまったため、騎士団は有効な対抗策が出せない状況になってしまったのだ。
仕方ないのでシャングリラは、騎士団の機械化部隊四〇〇を従えて、タンクデサント的に行進しているわけだ。
無論、裏では遊撃戦力として、機械化魔法連隊を小隊規模に分割して街に放ってある。
既にいくつかの交戦報告と撃破報告がシャングリラの所にも届いているが、体感的に敵の戦力は一割も削れていないと思われる。
「こいつは多分、こっち戦力を分散させるための時間稼ぎだぜ」
戦略などの小難しい事はシャングリラにはわからないが、戦力の分散を余儀なくされる状況が良くないことくらいわかる。
ただし、数でも装備の質でも騎士団が敵を圧倒しているのは間違いなく、最終的に勝つのはこちらであるという事実は揺るがない。
「騎士団長閣下に報告!」
装輪戦車の後ろから走ってきた通信兵が、大声で言う。
「言ってみろ」
「はっ。キャンプ・ティルパーソンより、避難民の収容完了の旨、報告がありました。
付帯情報として、現段階で敵の姿は確認できず。以上であります」
「わかった。特に返信はいらないだろう。下がれ」
「はっ」
この程度の事なら、無線で直接伝えればいいと思うかもしれないが、これには味方に対して情報を開示するという重要な目的がある。とワーズワースが言っていた。
また、シャングリラ的にも別の目的があるのだ。
「《イオン・レプタイル》」
シャングリラの張っている《ガウス・リング》に接触があった。
ほぼ同じタイミングでとんでもない音を立てて、シャングリラの左斜め上で何かが爆ぜた。
「敵襲!」
要するに、こういう事である。
伝令から報告を受けているのは、その部隊の指揮官に他ならない。
狙撃兵が狙うなら、指揮官である。
「道の左側、ビルの上からの狙撃だ! 距離は八〇〇から九〇〇!」
シャングリラの張っている《ガウス・リング》は二層構造になっており、二つのリングのどこを弾が通ったかを調べることで、弾道を逆算することができる。
ドラゴンマスターが言うには、VMEを用いれば弾道の計算から戦術ネットワークへの情報のアップロードまで全自動でできるらしいのだが、いかんせんシャングリラには扱いが難しく、その機能は使っていない。
それでもシャングリラ自身には、どういう弾道で弾が飛んできたのかははっきりわかる。
シャングリラは大弓『ガウス=キャスター』を構えた。
戦術ネットワークなどに頼らずとも、一発撃てば味方に敵の位置を指示しつつ、制圧射撃にもなって一石二鳥だ。
「|《MAC=ショット》デプロイ」
がぁん! という矢が音速を超える音と、三角錐の衝撃波の残滓を残してタングステン製の矢が飛んでいく。
飛んでいく。と言っても、その速度は光速の数パーセントとかいうレベルの物なので、目で見えるような物ではない。
数百メートルの距離なら当然瞬着であり、矢が近くを通っただけで人間をミンチにするくらいの威力がある。
ぱっ。と狙撃兵が潜んでいると思われるビルの屋上で、土煙が上がる。
実際にはビルの屋上が、一フロア分くらいえぐり取られているはずだが、さすがに一キロ弱も離れていれば見えない。
「狙撃チーム! しっかり狙って撃て!」
さすがに距離が距離なので、普通の歩兵が装備しているアサルトライフルの射程ではどうにもならないが、狙撃兵が装備しているスナイパーライフルなら狙える。
今、シャングリラが率いている歩兵の中には、二〇名ほどの狙撃兵が混ざっている。
そして、その狙撃兵がシャングリラが撃ったビルの屋上めがけて射撃を始め、他の歩兵は周囲の警戒に当たる。
「シャングリラ様、ビル屋上に敵の姿は観測できません!」
「歩兵を送れ! どのみち全部狩りださないとダメなんだから、どんどん戦力を送ってどんどん削れ!」
騎士団的には、エッグ内部に侵入した敵の全滅はマスト要件である。
◇◆◇◆◇◆◇
その諜報員は名前をウースラと言った。
エージェント・ウースラ。偽名っぽいとルビィは思った。
騎士団の名簿の上でもそうなっているので、そういうことと考えていいだろう。
「……つまり、ソーラーシャフト管理センターにスパイが入り込んだ可能性があると?」
ウースラの状況説明を聞いて、ルビィは首を傾げた。
ソーラーシャフト管理センターは、その名の通りソーラーシャフトを航行する船を管理するための施設である。
センター自体は、ソーラーシャフトの中間位置に設置されている建物で、出入口は騎士団の基地内に設置されている。
つまりここにスパイを送り込むには、騎士団のセキュリティをかいくぐる必要があるのだ。
もちろん、エッグに入れるのはドラゴンのみである。という大前提もある。
「騎士団の失態と言われれば、返す言葉もありませんが……その通りです」
なんとも微妙な表情でウースラが言う。
「で、そっちは分かったけれど……なんでわたしを付けてきたの?」
ルビィとしては、騎士団の諜報員に尾行される言われはない。
「ドラゴンプリーストが戦場を離れられたので、ひょっとすると何か心当たりがあって動き始めたのかな、と思いまして」
結構アバウトな話を言う。
「心当たりは別にないけれど……ソーラーシャフトの管理センターの様子って、騎士団的には分からないの?」
「別途、諜報部で調べていますが、連絡は途絶しているようです」
その情報を受けてルビィは少し考えた。
どうであれ、許可されていない船舶がソーラーシャフトを通過したと言うことは、ソーラーシャフト管理センターは機能を喪失していると考えていいはずだ。
「……すでにソーラーシャフト管理センターは全滅している? でも、監視カメラがないわけないでしょう?」
「監視カメラは当然ありますが、無効化されているようです」
カメラが無効化されて連絡が途絶したのなら、それはもう物理的に制圧されたと考えてよさそうだ。
「騎士団は戦力を投射しないの?」
少々時間を置いてから、ウースラが答える。
「……騎士団内部に、内通者が居る可能性が高いので、部隊の編成ができない状況です……」
「ああ。それで内部監査ユニットが!」
ルビィはその言葉で、ようやく内部監査ユニットが動いている理由を悟った。
ならルビィがやることは一つだ。
「ソーラーシャフト管理センターに行きましょう。
……っていうか、騎士団がなんと言おうとわたしは行くけど」
騎士団が部隊を投入できないなら、ルビィのような強力な魔法使いが単独で乗り込むのが望ましい。
過去の経験上、地球のドクトリンは単独で強力な魔法使いとの戦闘を想定していないことをルビィは知っている。
なにより今、ルビィは暴れたい気分なのだ。




