帰らざる旅路5
「はあ?」
ラーズ、アベル、レイルの三人は全く同時に全く同じ声を出した。
当たり前である。
異世界の魔王が攻めてきた、辺りならギリギリOKだが、宇宙人の侵攻はない。絶対にない。
「……宇宙人?」
ダメ元で一応、聞く。
「そう思ってもらって問題ありません。
より正確に表現するなら異星人と言うべきですが」
別に、宇宙人でも異星人でも変わらないだろ。とラーズは思った。
「宇宙人って……どこから来たの?
オウターリアもニアもとても生物が生きていける環境じゃないって、理科で習ったよ」
レイルが指摘した。
センチュリアの一つ外側を回る惑星オウターリアは、氷の惑星。一方一つ内側を回るニアは灼熱地獄の惑星だとされている。
しかし、現在のセンチュリアのテクノロジーではそれらの惑星に到達する事はできない。
「彼らは、一七〇〇光年の彼方から来ました」
「いやいやいや。そりゃおかしいだろ?
物体は光の速さより早く移動できないんだぜ?
じゃあ、連中は最低一七〇〇年かけてここまで来たってのか?」
「お詳しいのですね。
マイスタ・ラーズでしたか……
しかし、その理論は間違っています。物体は光より早く移動できないのではなく、光の速さをを超えて加速できないだけです。
この光速を飛び越して一気に、光の速さを超えるワープテクノロジーがこの世界には存在します」
なるほど、光の速さを超えて加速できない、という理屈なら何らかの方法で一度光の速さを超えれば、超光速で移動できそうだ。とラーズは思ったが、それは今重要なことではない。
「なら、連中の目的は?」
そう、これが重要な事だ。
「センチュリアの奪取です。
故に我々は、侵略者の軌道封鎖が終わる前にこの惑星から逃げなくては行けません。
本来は、ドラゴンであるマイスタ・アベルのみを連れていく予定でしたが……皆さんをお連れします」
「むう」
とラーズは唸った。そもそも論ではあるが、宇宙人はねえだろ。というのが第一印象である。
しかし、言うほど違和感が無いのも事実である。フリングスロウブを壊滅させたあの雲の上からの攻撃などは、なるほど宇宙人のテクノロジーと言われれば納得も行くというものだ。
だが、問題もある。
「一つ聞きたいんだが?」
これはアベル。おそらくラーズと同じ結論に至ったのだろう。
「宇宙人の話を信用すると仮定して、エージェント・クロウラー、まずあんたが信用できない。
敵じゃないって保障がない。
……いやむしろ都合よく表れた協力者、とか敵を疑わざるを得ない」
「だよな」
とラーズも同意した。
「……同じドラゴン、というだけでは信じていただけませんか?」
エージェント・クロウラーは言う。
「無理でしょうね。私もこんな状況で現れた相手を信用しません。
そこで、こんなものを用意しました」
エージェント・クロウラーは手にした鞄から包みを取り出す。
「これは……VMEのバッテリー?
アヴァロン・ダイナミックが作って直販してるから、AiX持ってない奴は入手できないはずだぜ?」
「……なに、市場に出回らないものなどありませんよ。
例えば、使用済みのVMEのバッテリーカードリッジなども」
それは使用済みのバッテリーを買ってきて再生したという事だろう。とラーズは考えた。
何のことはない、プリンターのインクなどでよく見かけるビジネスだ。
「繋いだら壊れたりしないだろうな……」
アベルは恐る恐るバッテリーカードリッジを手に取る。
AiXに使われる高密度バッテリーは、世間で思われているより遥かにデリケートであり、そのエネルギー密度は黒色火薬に匹敵するため、非常に危険な物なのである。
AiXの開発に関わっているアベルは、そのあたりの事情に詳しい。
というより、サンプル品や試作品が爆発したりするのを見たのかもしれない。
「大丈夫です。プロトコルも完全なものなので、正常動作しますよ」
そうエージェント・クロウラーは言った。
「うーん怖いな」
言いながらも、AiXからバッテリーカードリッジを引き抜き、エージェント・クロウラーから手に入れたバッテリーを差し込む。
アベルとしても背に腹は代えられない、という事なのだろう。
「……おっ、ちゃんと認識した」
もっとも、アベルが引いたバッテリーがたまたま当たりなだけで、ほかのバッテリーはハズレなどという可能性もあるので油断できないが。
バッテリーが切れても胡散臭いバッテリーで壊れても、魔法の運用は非常に困難になるのは一緒なので、別にリスクはないと言えなくもない。
「SPRiTの水素カードリッジは……
……無さそうだね」
アベルが手にした包みを横から覗き込みつつ、レイルが残念そうに言う。
「申し訳ないですが、もともとマイスタ・アベル用なので」
「さて、脱出プランについて説明してほしいんだが」
「はい。ありていに言えばボート……
……この場合、宇宙船の事ですが……があります。
これを使って大気圏を突破、脱出します」
……そう来たか。
ラーズは薄々ながらも、そう来るような気がしていたのだが、実際にそう来たわけだ。
「……センチュリアを捨てて逃げろ、と?」
「軌道封鎖が完成すれば、この星の全人口が狩り出されます。
そうなったら、終わりです」
まあ、終わりなのはわかる。というより、現状で既に詰みに近いのではないか、とラーズは考えているのだが違うのだろうか?
「でも、今までの話を総合して考えると、もうこの星の軌道に侵略者の宇宙船が集まって来てるんじゃないの?
そんなところに、飛び出して行っても無駄なんじゃあ?」
至極もっともなことを言うレイル。
「確かに警戒されていればそうですが、センチュリアに大気圏を突破できるような乗り物は存在しないので、警戒していないと思います」
「どのみち、オレたちに取れる選択肢って、ここに留まって最後まで抵抗し続けるか、侵略者に捕まるか、宇宙に逃げるかの三択って事か?
まあ、昼間の地点で人質取って投降迫ったり、割と本気で殺しに来てたりしてるやつらだからな」
ラーズの言葉にアベルとレイルが頷く。
この三択なら、宇宙に逃げる。だろう。
次点は死ぬまで抵抗し続ける。か。
「ボクは宇宙だね。
罠かなんかだったとしても、これだけの大規模攻撃をする連中に興味がある。
行くところまで、行きたいね」
イヤに破滅的なことを口走るレイル。しかし、言いたいことはわからないでもない。
「オレもどっちかっていうと、レイルに賛成だなー。
大体ここに居てもどうにもなりそうもないしな」
こちらはアベルの意見だが、ラーズも同じ意見だった。
宇宙人云々を考慮しなくても、センチュリアにある戦力をどうつかっても組織的抵抗ができそうにないからである。
せいぜい高位の魔法使いによるゲリラ戦が関の山だろう。
「で、だ。
その宇宙船というのはどこにあるんだ?」
「この西……プラチナレイク統括自治領区です」
アベルの問にエージェント・クロウラーは答えた。
プラチナレイクは、エージェント・クロウラーが言う通りフリングスロウブから西に二〇〇キロと言った場所にある世界最大の湖である。
その周辺は数回の大規模な紛争の後、主要各国により分割統治されているのが現状である。
現状、人が住んでいるのは西湖岸のイエローサークルズや、その北ワーンウッド辺りだけで、南から東にかけては各国の監視団以外はほぼ無人地帯となっている。
なるほど、物を隠すには絶好の場所だ。
「よし。車を調達して出発だ。
昼には着きたいところだぜ」
「急ぎましょう。
軌道封鎖が終わってしまえば、逃げることもままなりません」
まず、車の調達はとてもスムーズだった。
エージェント・クロウラーが持っていた謎のツールによって、その辺に放置されていた車のエンジンがやすやすとかかる。
七人乗りのバンである。
「……こういうツールって、フィクションだと思ってたんだけど、実際にあるんだね」
とはレイルの言葉である。
かくして、一行は一路西に向かって移動を開始した。
「……あの……なんで西に向かってるのか全然わからなんだけど。その辺の説明は……」
「ない。運転手はなんかの歌をソウルフルに歌いながら運転してろ」
ハンドルを握りながら、恐る恐るという塩梅で聞いたエレーナにラーズの冷たい言葉。
旅路は順調……ではなかった。
当たり前である。前日の侵略者の攻撃によって、ところどころ道路が耕されていて道はガタガタになっている。場所によっては橋が落ちていたりする。
ラーズは昼につけばいい。と言ったが、とてもではないが日があるうちに着くとは思えなかった。
しかし、そんな事は枝葉である。本質的な障害は遥かに別次元に存在する。
エレーナが右手でルームミラーの向きを変える。
「……後ろからなんか来てる。
装甲車よ。あれ」
まあ、当然である。ほとんど動くものの居ない道を走っていれば、侵略者たちに見つかるのは道理。
道はちょうど郊外に出たところである。民家もまばらで道は一本道。これで見つかるな、というほうが無理というものである。
「後ろのハッチから最大火力でぶっ飛ばしてやる」
「じゃあ、僕は天井から」
バンの車内をモゾモゾ移動しながら、ラーズとレイルが言う。
「おう。やっちまえ」
そして、アベルが煽る。
「っ! ぶっ飛ばしたら、もっと敵が来るんじゃないの!?」
悲鳴のような声でエレーナが叫ぶ。
「ああん? 追いつかれてももっと敵が来るだろうが! どっちでも敵が来るんなら、最初からぶっ飛ばしたほうがキモチイイだろっ!」
若干本音の混じった意見を吐いて、ラーズは後部のハッチまで到達。
中腰のまま、左手を突き出す。
「《炎の矢・改》デプロイ」
「せめて後ろを開けてぇ」
「……ボクはちゃんとルーフを開けるよ」
こちらはレイル。ルーフから上半身を出して攻撃準備に入る。
「《エクスプロージョンブリット》デプロイ」
まずは、放った炎の矢が後部の窓ガラスを貫通、粉砕して後ろの装甲車に向かう。
装甲車の運転手も、まさか後部のハッチを打ち抜いて攻撃してくるなどとは思わなかったのだろう、慌てて車がタコ踊りする。
そこへ、レイルの放った《エクスプロージョンブリット》が突き刺さる。
装甲車と言えども、腹の下で発生した爆圧に突き上げられれば、なすすべなく上に吹っ飛ぶ。
あるいは、普通に走行しているだけなら問題なかったのかも知れないが、タコ踊りしている最中に飛び上がった為、一瞬でバランスを崩して転がりながら道の脇へ消えて言った。
「イエイ」
ラーズは隣……要するに後部座席だ……に居るアベルとハイタッチした。
まあ、意味はないのだが。
「……さて、ここからが祭りだ」
スムーズと言っても、真昼間に敵性勢力をぶっ飛ばしながら人気のない道を爆走しているのである。見つからないわけがない。
しかし、一行の都合では早くしないと軌道封鎖が完了してしまうので、ゆっくりしているわけにも行かないのである。
と、どこか上の方からバタバタという音が聞こえ始める。