ノートゥング作戦18
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近衛隊首都防衛艦隊の艦隊司令官であるプレスコットは、コーラルキャッスルへの攻撃時にアクアリウムに停泊中の『パンデリクティス』A2210にいた。
「誤報では? 抜き打ち訓練の情報などが、不完全に伝わっているだけではないでしょうか?」
第一報を聞きつけて、エルトンシャー参謀が不安そうに言う。
「世の中には、突如プロトタイプ艦を引っ張り出してきてクーデター起こすような頭のイカれた司令官も居る。
コーラルキャッスルに確認は取るけれど、追って情報があるまでは司令官権限で行動します。
首都防衛艦隊の動ける艦は全て抜錨。コーラルキャッスルに向かって移動を開始します」
エッグのすぐ近くにある印象のあるアクアリウムだが、実際にはエッグフロントから数千万キロ離れた位置にある。
軍艦がエッグ周辺の航路を支障しないようにある程度離してあるのだが、当然商船からアクアリウムが見えないようにするという意図もある。
「すぐに動ける艦はどれくらい居る?」
「即応が三隻、十五分で動ける艦が二隻です!」
アクアリウムに投錨している近衛隊首都防衛艦隊の艦は、十隻以上居るのだが動けるのはプレスコットの旗艦を含めて六隻であるらしい。
もっともアクアリウムは泊地なので、全ての艦が即応体制で停泊している訳ではない。
近衛隊でも即応体制での待機は三隻と定められているので、現状は意図通りの状況と言える。
「艦隊は即時抜錨。エッグフロントに向かう。
十五分遅れ組も準備でき次第、抜錨。エッグフロントに向かうように」
「敵揚陸艇を撃沈!」
「思ったより堂々と侵略してくれてるわね」
A2310がエッグフロント近海に近づくと、まず目についたのは大量の小型の揚陸艇である。
プレスコットは一応、近衛隊の不審船対応プロトコルに従って警告を発したが、当然相手が聞くわけもなく即時に砲火を交える。
「副砲でも火力が高すぎて使いにくい!」
近衛隊の『パンデリクティス』級は一五〇ミリ一二五口径連装砲を四基副砲として装備している。
この砲、実は『ブラックバス』級の主砲と大差ない威力があるので、揚陸艇のような小さい目標を撃つと貫通してどこかに飛んでいってしまう。ただでさえ混雑しているエッグフロント近海であまり連射していると流れ弾が商船に当たったりする可能性は否定できない。
「レクシーなら確率的に当たらないとか言いながら、撃つんだろうけれど……」
現状エッグの船乗りの間では、実戦と言えばレクシー・ドーンといった風潮がある。
「僚艦に通達。敵性船舶の撃沈に際しては、流れ弾に細心の注意を払うように」
これが首都防衛艦隊の仕事とはいえ、撃ちたいときに撃てないのは、なんともストレスが溜まる。
……それより大問題なのが……
エッグフロント付近の航路に留まっている船の中に、偽装船舶が混ざっている危険性だ。
「貨物船が接近してきます」
そう。こういう船が問題なのだ。
「指定された航路に戻るように勧告を送って」
データによると、近づいてくる船はエクアドル船籍で全長六〇〇メートル。積荷は電子機器用のバッテリーとなっている。
「該当貨物船から応答なし」
「!」
これは難しい判断を要する事態である。
この貨物船が単に通信機の壊れて保護を求めているのか、それとも敵性船舶なのか判断しなければならない。
もちろん、指定航路を外れて航行している以上、撃沈してもどこからも文句は出ないわけだが、だからといって民間船を攻撃するのも近衛隊の名誉的な話として問題がある。
「彼我の距離、二〇万キロ」
「発光信号とかは見える?」
もし通信機が壊れているなら、発光信号の一つも発しているはずだ。
「発光信号、確認できません。
しかし、遠すぎて見えない可能性もあります」
なんだかんだでエッグフロント近海は明るいので、発光信号の類は不利な連絡手段である。
そもそも、通信機が故障するという可能性も限りなく低い。
「エクアドルの公用語は……南米だからポルトガル語かしら?
言語チームにポルトガル語の話者が居たら、通信室に連れて行って呼びかけさせて」
万が一の翻訳機の故障の線でも対応を敷きつつ、プレスコットは命令を出す。
「あまり気が進まないけれど……艦隊戦闘態勢。
主砲照準。目標接近中の貨物船。貫通時の流れ弾に注意するように」
プレスコットが命令を出すと同時に、エルトンシャー参謀が声を上げた。
「プレスコット司令。戦術ネットワークが更新されました。最新の戦術データによると……いけない!」
エルトンシャー参謀の報告を受けて、プレスコットも手元の戦術ディスプレイを確認する。
先程までより遥かに精細な戦術マップが表示される。
……表示範囲からして、コーラルキャッスルの監視センターが復活したわけじゃ、なさそうね……
コーラルキャッスルからの通信は、いまだ途切れたままである。
そうなると、このデータは電子戦艦が取得した索敵情報をアップロードしたという事になる。
だが、近衛隊はそもそも『ユーステノプテロン』級を保有していないし、騎士団も首都防衛艦隊に同級を配備していないはずだ。
そうなると、騎士団の別艦隊所属の『ユーステノプテロン』級がエッグに寄港していた可能性が考えられるが、おそらくは違う。
「アイオブザワールドの『ユーステノプテロン』が居るのね」
こちらが情報収集で困っている事を見越して、戦術情報をアップロードしてくるということは、これはレクシー・ドーン直属の艦だろう。
「……接近中の貨物船のリスク評価はオレンジ……副砲による撃沈を許可します。準備でき次第砲撃開始」
プレスコットが命令を下すと、待ってましたとばかりに、全艦が副砲を乱射する。
貨物船、爆散。
「……いや……これは!」
「警告。貨物船内部より、多数の小型船舶。魚雷艇と推定」
貨物船に魚雷艇が詰まっているなど、だれが予想できようか。
「副砲、当たりません!」
当然といえば当然の話である。
『パンデリクティス』級の副砲は、駆逐艦や小振りの巡洋艦を撃つ事を想定している兵器だ。そもそも魚雷艇を撃つようにできていない。
「引き付けて対空レーザー砲で対処すりように。
『ゴーストヴェール』がある以上、連中が我々の艦を傷つける事はできない」
実際には、攻撃を受けた『ゴーストヴェール』は失われるので、補充されるまでに多少のタイムラグがある。さらに、搭載しているバリアスターは有限でもある。
『ゴーストヴェール』は万能防御兵器ではないのだ。
プレスコットが強気なことを言っているのは、実戦経験の少ない乗組員を安心させる為。という側面が強い。
「本艦ほぼ真下で突発! 多数の高速熱源……『ミクソゾア』です」
突然降ってわいた報告に、さすがのプレスコットも驚いた。
「突発!? 味方艦? 我々にまったく悟らせずに、『ミクソゾア』の射程まで接近してきたの!?」
が、臨戦態勢の『パンデリクティス』級の探知に引っかからない艦となると、『ユーステノプテロン』級しかこの世には存在しない。
そうこうしている間に、敵魚雷艇に多数の『ミクソゾア』が襲い掛かる。
『ミクソゾア』は短射程で威力も低いが、その分軽量で小回りが効く。
ちょこまか動き回る魚雷艇などは、まさに格好の獲物だろう。
パパパパッ。と小さな爆発が立て続けに起こるのが、プレスコットの司令官席からも見えた。
「凄まじい誘導精度……」
プレスコットは手元の端末を操作して、今まさに自艦の真下を抜けていく三隻の艦影を見た。
先頭を悠々と泳ぐ『ユーステノプテロン』級の艦首上部に描かれた艦籍番号はA5126。レクシー・ドーンの座乗するアイオブザワールド総旗艦である。
それに続いている『パンデリクティス』級は、近衛隊にも配備されているA2200型だが、塗装が違う為受ける印象が随分違う。
隣の芝は青いというが、アイオブザワールドの『パンデリクティス』級は近衛隊の『パンデリクティス』級より強力に感じられた。
「敵魚雷艇、全滅しました……訓練で見てはいましたが、『ユーステノプテロン』級の射撃管制能力。いやはや……これほどとは……」
艦長は、体感値として『ミクソゾア』の命中率がわかっているからこそ、その誘導性能の高さに戦慄しているのだ。
「まったくだわ。やっぱりウチにも一隻欲しいわね。これが終わったらユーノ様に打診してみましょうか……
それはそうと通信士官。通信は入ってない?」
「特になにもありません。司令官」
どうもレクシー・ドーンは黙って通り過ぎるつもりらしい。
「何かメッセージを送られますか? 司令官」
「いえ。いいわ。向こうも仕事よ。
レクシー・ドーンならきっといい仕事をするに違いないわ」
レクシー・ドーンがどこでどんな仕事をするかは分からないが、恐るべき戦果を持ち帰るだろう事は容易に想像がつく。
「A5126、離れていきます」
離れて行く『ユーステノプテロン』の後ろ姿に、得も知れない余韻を感じながら、プレスコットはそれを見送った。
「我々も職場に急ぐ事にします。進路をコーラルキャッスルへ」
「進路、コーラルキャッスル。アイ」
「転舵〇三五。コンデンサ並列、推力四分の一」
「僚艦に通達。我に続け。
エッグを守る仕事に行くわよ」
ノートゥング作戦開始からエッグ講和条約調印までのおおよそ一ヶ月。
後の歴史家達が灼熱の四週間と呼ぶことになる戦いは、いよいよ両軍入り乱れる第二幕に突入する。
ユニバーサル・アーク




