ノートゥング作戦8
「さて」
プリシラに命令を出せたので、当面艦隊の行動に支障はないだろうとレクシーは考えた。
艦長の座に留まっているとは言え、プリシラの席次はリスロンドに次ぐ二位である。
艦隊の指揮を委任するにも特に不安はない。
「レクシー提督!」
港湾施設の廊下を歩いていると、背後から声がかかったのでレクシーは振りかえった。
「よかった! わたしはこの施設の管理を任されている、テレジー・フォーネといいます」
「設備管理部ならレプトラの配下ね……で、何かしら?」
所属をなんとなく確認したのは、テレジーがレクシーの事を提督と言ったからだ。
提督と言っているという事は、艦隊司令部のトップとしてのレクシーに話かけているという事なので、うかつにドラゴンナイトとして対応してしまうと、指揮命令系統を混乱させる恐れがあるからだ。
「現状はいったいどうなっていますか? 我々はどうすればいいか、指示を頂きたく」
「……」
テレジーの言っていることは、現状を鑑みれば普通と言えば普通の事だ。
理想論を言えば、総旗艦が最も安全なのは言うまでもないのだが、その総旗艦にたどり着くまでが全くもって安全ではない。
もちろん、レクシーも非戦闘員を連れて総旗艦の停泊しているドックを目指す気もない。
「ここで、隠れてた方がいいわね。
わたしは総旗艦に戻るから、わたしがここから出たら出入口を全部壊して」
「……それは……もうエッグフロントに敵が居るという事ですか!?」
「そうよ」
無駄に不安を煽るだけの回答だが、レクシーはこういう事で嘘を言うのは嫌いだ。
レクシーは廊下を歩いて、倉庫と書かれた部屋の前まで来た。
端末を操作して、認証操作をして扉を開ける。
この部屋は武器庫だ。
「やっぱり、サブマシンガンぐらいは置いといて欲しいわ」
武器庫にあるのは、基本的にハンドガンだけである。
当然といえば当然の話だが、正規軍でも無ければ治安維持組織でもないアイオブザワールドが、重火器を集めるのも色々問題があるのだ。
「シルクコットに今度相談しておきましょう」
言いながら、レクシーはガンロッカーを開けてハンドガンを一丁手に取った。
腰のホルスターから、いつも持ち歩いているPFー13標準拳銃を抜いて、ガンロッカーに入れる。
ガンロッカーから取り出したほうのPFー13は、標準仕様ではなく銃口部分が十四ミリ逆ねじになっていたりと、微妙に仕様が異なる物だ。
「光学照準器は……ここね」
レクシーはガンロッカーの隣のガンロッカーからドットサイトを取り出して、銃のスライド部分に乗せる。
普段はなるべく銃を軽くするためにつけていない照準器だが、あるのとないのでは狙いやすさが違う。
同様にバレルの下部に、レーザー照準器とフラッシュライトが一体化したデバイスを付ける。
これも普段は別に使わないので付けていないのだが、今はあったほうが良い物だろう。
最後にスライドを引いて、銃口のネジに大ぶりのサプレッサーをねじ込む。
長さが三〇センチ近くあるサプレッサーは、銃の発射音を十分に消音してくれるだろう。もちろん、発砲炎が出なくなるのも見逃せないメリットだ。
「弾はどうしましょう?」
貫通力を重視したAP弾か、ダメージ重視のホローポイント弾かは中々難しい問題である。
熟考した結果、レクシーはホローポイント弾の箱をロッカーから取り出した。
所詮九ミリ。エネルギー量にして五〇〇JもないAP弾では、本格的なボディアーマーを装備しているであろう敵に対しての効果が不安だとレクシーは考えたのだ。
「そうそう。テレジー。
この施設にはどれくらい職員がいるの?」
「本日は二〇名程ですが……」
「陸戦部は……いないわよね?」
空のマガジンに弾を詰めながら、レクシーは続ける。
「はい。居ません」
「戦闘要員は居ないのね?」
「警備くらいしか……」
この采配はレプトラかその部下による物だろうが、施設の重要度を考えると致し方ないところだ。
「ドラゴンナイトの名において、銃が扱える者は、ここにある銃で武装することを許可します」
武装したから何かが解決するわけもないのだが、同じ立てこもるにしても武器があったほうが安心できるだろう。
実際には、治安維持ユニットか騎士団の実戦部隊がなんとかしてくれるだろうし、してくれないと困る。
「はあ……」
とテレジーは返答に困ったような声を出す。
「お守りみたいなものよ。銃を使う担当者に伝えておいて。銃は敵に向けて撃つように。って」
なにを当然の事を。と思うかも知れないが、いざ銃を撃つ必要が出てくると、なかなかこれができないのだ。
戦術艦の主砲発射訓練時に、味方艦を誤射したりする事もあるくらいできないのだ。
「というわけで、よろしく」
三本目のマガジンへの装弾を終えたレクシーは、二本をバッグに放り込んで最後の一本をハンドガンのマグウェルに差し込む。
ついでに、装弾前の弾の箱もバッグに入れておく。
この弾が必要になるような状況は、かなり絶望的であると言わざるを得ないのだが、それでも無いよりはあったほうがいいだろう。
「レクシー提督は、どうやって移動される気で?」
「港の方のレンタカー屋に行ってバイクを借りる気よ。返せるか分からないけど」
港にあるレンタカーは、完全自動受付で完全自動で車庫から出庫できるタイプである。
予約から返却まで、基本的にネット経由で完結しているサービスなので、運営会社が止めていなければ使えるだろう。
そして、レクシーは運営会社はサービスを止めていないと読んでいる。
◇◆◇◆◇◆◇
「しっかし、連中どっからわいて来たんだ? 身分の詐称はともかく、ミサイルなんかいくら何でも持ち込めねーだろ」
アベルが言っているのは、さっき撃ち込まれたミサイルがどういったルートでエッグフロントに持ち込まれたのか。という話だ。
「細かくばらして、分けて持ち込んだか……もしくは、廃棄区域から持ち込んできたか……」
油断なくハンドガンを構えて先頭を歩きながら、シルクコットが答える。
「廃棄区域、ってアレだろ。エッグフロントの昔の街だろ? あそこって外から入れるのか?」
エッグフロントは、新しい区画を外へ外へと作りながら成長し続けているサンゴのような物である。
そう考えると廃棄区域が接しているのは、普通に使われている区画か、より古い廃棄区画かの二択になるように思える。
「基本的に廃棄区画は宇宙とは接していませんが……」
「基本的って事は、例外があるのかぁ」
「レクシーが前に、廃棄された港があるみたいな事を言っていました」
……なんでも知ってるな。レクシー。
とアベルは意味もなく関心した。
「でも、与圧されている所まで来てるって事は、どっかでエアロック通ったって事だろぉ?
廃棄された区域にあるエアロックなんて、そんな胡散臭い物使うか? っていうか使えるのか?」
アベルとしては、エッグの設備は意味不明な物ばかりである。
SF作品のように短絡的に意味があるならともかく、政治やら利権やらのせいでそうなっている物も多く、わけがわからないのだ。
そしてなにより、誰もそうなっている理由を知らない物もわりと頻繁に見かける。
当たり前の話だが、情報の大前提が歪むとアベルの判断自体が歪むので、アベルとしてはなるべく情報の根本部分を把握したいのだ。
「勝手に発電機持ち込んで、勝手に電気流して作動させるみたいですよ……レクシーが学生時代にやってました」
さすがはレクシーである。
「無茶苦茶やってんな……まあレクシーだからしゃあないか」
「レクシーだから仕方ないです」
シルクコットやレプトラは、レクシーと学生時代から一緒だったとの事なので、色々やってたんだろうなあ。とアベルは思った。
同時にどんな学生生活を送るとレクシーのようなドラゴンができるのか、それも気になる。
「レクシーの事はいいとして、これはアメリカ軍のまとまった戦力が来てると見といた方が良さそうだな」
「はい。非与圧区域での作戦行動をしているなら、少なくとも特殊部隊が居ると思います。最悪、全部特殊部隊の可能性すらあります」
街中でドンパチする相手が特殊部隊というのは、なかなかいやな物だ。
相手は、こちらが魔法使いであることを前提として用意してきているのは確定事項だろうが、こちらは特に用意がないのである。
「さっさと港に行くのが望ましいんだけど……果たして」
「うーん……アメリカ人の本命はエッグだと思うんですが……
エッグフロントに送り込んだ特殊部隊、この後何にも使わない事なんてあるんですか?」
レプトラは心配そうに言う。
「例えば枝作戦として、拉致や暗殺は十分考えられるわよ」
そのレプトラに対して、シルクコットが答える。
「エッグフロントに拉致とか暗殺する価値のあるヤツなんか居たっけ?」
「そうですね……例えばドラゴンマスターとかは、拉致したり暗殺したりする価値があるんじゃないですか?」
「おおっ」
今度はアベルの疑問に、どこか投げやりにシルクコットが答えた。
「おお! じゃないですよ。本当に襲撃されたらどうするんですか」
「オレがここに居るのは偶然だから、襲って来ねえって。
まっ襲ってきたら襲ってきたで、魔法でドカン。だけどな」
果たして特殊部隊がアベルクラスの魔法使いを攻略する方法を、アベル自身思いつかなかった。
実はこれは良くない状況なのだが、思いつかない物は思いつかないので仕方ない。
「そういえば、与圧区画でミサイルなんか撃って、エッグフロントに影響とかないのか?」
「外壁に当たらなければ……多分大丈夫ですが、さすがに破壊工作は無理だと思います」
さすがにエッグフロントを破壊すれば、エッグだけでなくエッグフロントに会社を構えている各国からの非難は避けられないだろうが、それをやるのがアメリカという国である。
ましてや今回は大統領選のタイミング。それこそどんなパフォーマンスをするか分かった物ではない。
「さっさと行こう。ここに留まっていてもろくな事にならない」




