ノートゥング作戦7
VIP用の車だけが入ってこれるゲートに、黒いSUVが滑り込んできた。
「やっぱ自動運転って怖いよなあ。この規模のシステムの不具合なんか、絶対ゼロにならねえぜ?」
ゴリッゴリにコンピュータに依存しているように見えるアベルだが、コンピュータによる自動運転車を異様に嫌う。
「メーカーによると一万時間使って、不具合ゼロって話ですが……一万時間なら、車の寿命のほうが先に来るのでは?」
運転席に乗り込みながら、シルクコットは言う。
確かニュースそんな話を聞いたことがあった。
シルクコットもニュースで喋っている事が全て事実だとは思っていないが、それでもメーカーが嘘を言うとも思えなかった。
「なにいってんだ。それを翻訳すると、一万ユーザが一時間車に乗ったら誰かの所で不具合が起こるって事だぜ。十万なら六分だ」
アベルが端的に数字のカラクリを解説する。
「……」
車に乗り込んだところで、シルクコットは固まった。
アベルが言っている事は、おそらく事実なのだろうと理解できる。
しかし、どっちみち車の運転はシルクコット自身が行うつもりだった。
一般的な乗用車の自動運転は、戦争状態に対応していない。
「とにかく行きましょう。運転します」
「もっと大渋滞してるかと思いきや、意外と……」
車は環状高速に入ったわけだが、レプトラの言う通り予想外に車は少ない。
この先一キロでテライオシティ・ジャンクションである。普段ならソコソコの交通量があるはずだが、今日は一台も車が走っていない。
エッグフロントはそれほど大きくないので、元々車の利用者が少ないのか、あるいは港に向かって殺到中なのか。
もしかすると、騎士団か近衛隊が強権を発動して民間の車を止めた可能性もある。
「これなら早く付きそうだな」
後部座席から顔を出してアベルが言うが、シルクコットとしてはそんなに楽観視する気にはなれなかった。
「わたしたちは、一台だけ他と違う動きしているので目立ちます……攻撃を受ける可能性も、それだけ上昇します」
なにしろ、こちらはいかにもVIPといった車両に乗っているので、目立つ。
目立つ動きをしている目立つVIPの車両。これはもう、攻撃してくださいと叫びながら走っているような物だ。
「……ほら来た!」
進行方向の右。素材の樹脂がむき出しになっている壁から、白い水蒸気の煙は一直線にこちらに向かって伸びてくる。
「なんだ!?」
「ミサイル攻撃です!」
アベルに対して端的に状況を説明して、シルクコットはフルブレーキング。
ただブレーキを踏むだけでは止まるまでに距離が嵩むので、ステアリングを操作して車をスピンさせる。
だが安全運転装置が働いて、車は正面を向き直す。
「ああっ! 邪魔っ!」
シルクコットは叫んだ。ほぼ同時に目の前の高架にミサイルが命中。
道路の高架橋がどういった物でできているか、シルクコットの知るところではなかったが、おおよそミサイルの直撃に耐えるようには出来ていないだろう。
実際、進行方向の道路にヒビが入ったかと思うと、あっという間に路面が崩落して消える。
「……危な、かった……?」
結果的に車は崩落箇所の手前で止まったし、他に車もいない。
取りあえずは、損害ゼロである。
「でも、道が……」
レプトラが言うが、まさにそれが問題だ。
「降りるだけなら、オレの《レビテーション》とかで、どっちも抱えて降りられるけど……その後はいかんともし難いぜ?」
シルクコットとしては、本来護衛対象であるはずのアベルに事態を収集してもらうのは抵抗があるのだが、高速道路を逆走して戻るわけにも行かないので、仕方ない。
「……ドックまでは二〇キロくらいだと思うので、最悪徒歩……場合によってはドラゴンマスターだけでも、空を飛んでレクシーの船まで行っていただく事になるかと」
悩みながらも、シルクコットはそう行動方針を立てた。
「オレだけ逃げろってのか!」
「そうです! 王様の安全が第一で他は二の次です!」
きっぱりとシルクコットは言い切った。
アベルの安全が第一なのは本当である。しかし、本当の問題はレプトラや自分がアベルの足手まといになる事だ。
「シルクコット! ここで口論してても解決しないわよ! それに後続車に追突でもされたら洒落にもならない!」
「しっかし、これはオレたちが攻撃されたって事か?」
シルクコットとレプトラはアベルに抱えられて、高速道路の脇からダイブ。
五〇メートル程下の地面に向かってゆっくりと高度を下げていく。
本来なら地面スレスレまで自由落下してから、一瞬だけ浮遊の魔法を使う所なのだろうが、魔法による降下に慣れていないであろうレプトラに気を使ったのか、落下速度はかなり遅い。
「おそらくは適当なタイミングで撃った弾が、偶然我々の前に落ちただけかと」
脇に抱えられながら喋るのは、中々重労働だがシルクコットはそう答えた。
もし攻撃者が本当にシルクコットたちの乗った車を攻撃する意思があったなら、訓練さてた兵士が攻撃をはずすとは考えにくいからだ。
「なるほど。
それでもコレは開戦の合図って事でいいんだよな?」
「いいと思います。開戦ではなく戦闘状態に入った。が正しい言い方ですが」
「オッケー。じゃあ交戦も先制攻撃もなんでもアリって事だな!」
実際には交戦規定があるのでなんでもアリではないし、そもそも戦闘は正規軍と正規軍が戦うものだ。
「オレもアメリカ人をぶっ飛ばしたいと思ってたんだ。シャーベットをやってくれたの恨みもあるしな」
結局、話はここに集約する。
まあ、愛だ希望だと言うよりも、明確な悪意のほうが遥かに信用できる。
「とーちゃーく」
言いながらアベルが着地。それからシルクコットたちが離される。
「怖かった」
レプトラはそう言うが、シルクコットの所感ではシャーベットの《レビテーション》よりアベルの魔法の安定感は高い。
シルクコットとレプトラ、持ち物合わせて一五〇キロは余裕で超える事を考えると、やはりアベルも最上位に属する魔法使いなのだ。
「んで、どうするんだ?
崩壊した橋脚の近くに留まるなんて、到底オススメできないぜ」
それはシルクコットとしても、大いに同意する所である。
なにしろミサイルで損傷している橋脚である。いつ崩れても不思議ではないし、自然に崩壊しなくても二発目のミサイルが飛んでくれば壊れるに決まっている。
「……できれば車を入手したいですね……
車を探しながら移動しましょう」
「レプトラは行けるか? おんぶしていけとか言われても、対応できないけどな」
「大丈夫です!」
◇◆◇◆◇◆◇
航路外の最短距離を突っ切って、レクシーはなんとかエッグフロントまでたどり着いた。
戦術艦にとってはなんてことのない距離でも、民間のヨットにとっては大航海である。
「オープン・セサミ。だったかしら?」
エッグフロントの港湾部。アイオブザワールドとして確保している港にレクシーはやってきた。
エッグフロント周辺で停滞している船の数を見れば、全ての港が閉鎖されているのは明らかだ。
加えて、各種無線も沈黙している事から、一般の港は使い物にならない。
無線が沈黙した理由も不明で、テロなのか単に回線が逼迫しているのか判断が付かない状況で、港湾機能の回復など待っていられない。
「これでエアロックが壊れてたら笑い話だわ」
アイオブザワールドの保有している港湾設備は、艀とエアロックが一体化した簡易的な物だ。
本来は、アイオブザワールドの幹部が移動する際に使用する連絡船の発着用だったのだが、民間の高速連絡船の方が速く安く、アクセスもいいので使われなくなったという経緯がある。
「なんか動きが悪いわ」
スライド式の与圧扉が微妙に引っかかりながら開くのを見て、レクシーは呻いた。
港湾施設は艦隊司令部の管轄なので、レクシーがメンテナンスの指示を出さなければならない。
「両舷最微速……船は無事にモス家の所に返せそうね」
ヨットを与圧艀の中に入れて、与圧扉を閉じる。
コンソール上の表示で、与圧が始まった事がわかる。
「取りあえず空気漏れはなさそうね」
エアロックというのは、思った以上に繊細ですぐに空気漏れを起こすことをレクシーは経験から知っている。
まともにメンテナンスしていない与圧扉が空気漏れを起こさないのは、まさに僥倖と言えるだろう。
二分程で与圧室内の気圧がいい感じになったので、レクシーは席を立った。
本当なら、船内の気圧とエッグフロントの気圧を完全同期させないと危険とされているのだが、レクシー的には多少の気圧差くらいは気にならないので良しとする事にした。
というわけで、レクシーが扉の開閉ボタンを操作すると、内外の気圧差に関する警告が出たあと、ゴォッ! と音を立てて、ヨットの扉が開いた。
今回は、船内の気圧が高かったので、エッグフロント側に向かって船内の空気が流れたのだ。
多少の耳鳴りを覚えたレクシーだが、一昔前の宇宙艦は同じ艦の中でも気圧差があったりしたので、この程度は慣れっこだ。
つばを飲み込んで一応耳抜きをしてから、レクシーはエッグフロント側に飛び移った。
これまた本当なら連絡用の橋をかけて、その上を歩くべきなのだが、どうせ重力があるわけでもないので普通にジャンプで超える。
レクシーにしてみれば、無重力での運動も当然慣れっこだ。
船のハッチから、エアロックの出口まで。距離にして十メートルをジャンプで超える。
重力がなくて空気がある所での運動は慣れが必要だが、レクシーは膝を抱えて四分の三回転してエアロックの扉に着地。そのまま、ドア脇の取ってをつかんで、ドアを開ける操作をする。
ふしゅっというなんとも気のない音を立てて、扉が開いた。
ちなみに、扉の向こうは重力があるので、変な体制で扉をくぐると普通では絶対あり得ないような体勢で地面に落ちる羽目になる。
正しい突入方法は、腹を上にして足から重力のあるほうに勢いをつけて飛び出す。である。
「よっ」
と声を出しながら、レクシーは扉をくぐった。
これも昔いやというほど練習した事なので、特に問題ない。
問題なのは、外の状況である。
レクシーの行動方針は最初から一貫して、総旗艦に戻る。なのだが、エッグフロントの街の様子が少し知りたい。
その時、サイレントモードにしてあった通信端末が震えた。
「レクシー提督! プリシラです! 繋がってよかった」
「プリシラ。ちょうどよかったわ。報告を」
このタイミングで通信が繋がったのは、レクシーがアイオブザワールドの施設に入った為、公共回線を経由せずに専用回線で通信ができるようになった為だろう。
「貨物船がコーラルキャッスルの至近に落ちたようです。騎士団と近衛隊はテロだとして厳戒態勢に入りました。
また未確認情報ですが、ソーラーシャフトを未許可の船舶が通過したという情報があります」
両方レクシーが既に知っている情報だった。いや、情報というより直接見たのだが。
あえて、プリシラの報告を最後まで聞いていたのは、変なデマなどが流れていないかを確認する為だ。
こういう状況で、情報の信憑性はなにより大切であると言える。
「その情報は両方わたしの方でも確認してるわ。
エッグフロント内部の状況は分かる?」
「騎士団から、車両の通行規制の通達が出ていますが、実際に規制が行われているかは不明です。
民衆に対して、攻撃が行われているというアナウンスはまだのようです」
それを聞いて、レクシーは少し考えた。
「アナウンスされるのが早いか、ネット経由で状況が広がるのが先か……」
コーラルキャッスルへの攻撃自体、レクシーも見ているので、普通に民間人も見ているだろう。
そう考えると、パニックで交通がマヒするのが先か。
「プリシラ。ドラゴンマスターもエッグフロントに居るはずだけど、連絡は?」
「ありません。通信回線がパンクしていると推定されます」
「そうよね……とにかく、ドラゴンマスターが来たら最優先で旗艦に収容して。
あと、艦隊のスタッフと民間のエンジニアも可能な限り第二艦隊の『ユーステノプテロン』達に詰め込んで、出航させて。
行先は聖域。第五艦隊と合流を優先。
必要に応じて『パンデリクティス』を護衛につけてもいいわ。艦隊の編成はプリシラに一任します」
「アイ。提督」
「総旗艦はドラゴンマスターの確保まで可能な限り、そこに留まって。どのタイミングで見切りをつけるかは、現場判断を優先します」
「アイ。提督」
「あとリスロンドに、プロトコル112発行を前提に、艦隊補給を行っておくように伝えて」
「レクシー提督はどうされますか?」
「わたしもそっちに向かうけど、ドラゴンマスターを確保した地点でわたしが合流していなくても、出航して」




