ノートゥング作戦6
五分程でレクシーはソーラーシャフトに到達した。
ソーラーシャフトは大気圏を貫通して、エッグの内海まで達する巨大な煙突状の構造物である。
レクシーはまだ大気圏内に居るので、ソーラーシャフトの外壁に沿って上昇する。
もちろん、こんな所に航路はない。
普段ならこんなところを飛んでいれば、速攻でどこかから警告が飛んでくるのだが、今のところ通信機は沈黙している。
いよいよ工作員の存在が疑わしくなってきたと言えるだろう。
「外部圧力、ゼロミリ。アイ」
ホロデッキの圧力計を指差しして、レクシーは船が大気圏を抜けて宇宙に達したことを確認する。
見通しのいいソーラーシャフトのてっぺんは、現状あまり長居したくない。
レクシーは最小範囲でヨットを回頭させてソーラーシャフトに飛び込んだ。
「いっ!?」
真っ先に見えたのは、駆逐艦の舳先である。
さらにその向こう全通甲板を持つ艦影。
「『フレッチャー』級駆逐艦……ということは中に居たのもコイツね」
駆逐艦の乗組員はレクシーのヨットの存在に気付いただろうが、特に動きはない。
ソーラーシャフトの中は狭いので、ミサイルはおろか対空砲の運用にすら制限がかかる。
迂闊になにかを破壊すれば、その破片は重力に引かれて後続の『ミッドウェイ』級に降り注ぐ事になるのである。
ソーラーシャフトの最大幅は、四〇〇メートル程なので駆逐艦はともかく、『ミッドウェイ』は下手に舳先を振れば壁にぶつかる。
「まあ撃つ度胸はないでしょ」
そう決めつけて、レクシーはヨットのスロットルを入れた。
「なにか嫌がらせでもできればいいんだけれど……」
ドアを開けて、瓶でも投げてやろうかとレクシーは考えもしたが、与圧服を着るのが面倒なので止めた。
『ミッドウェイ』級の艦長がビックリして事故ってくれないかな。と希望的観測をしながら、すれ違うが特に何事もない。
問題は『ミッドウェイ』級の後ろにもう一隻『ミッドウェイ』級がいた事で、これでエッグ内海に入った強襲揚陸艦は三隻になる。
最後尾にも『フレッチャー』級が居たが、こちらも何もしてこない。
やはり水路を壊したくないのだろうとレクシーは判断した。
ソーラーシャフトを抜けたレクシーがまず見たのは、コーラルキャッスルに向かって落ちていく大型貨物船の姿だった。
「なるほど。いい陽動だわ」
今頃コーラルキャッスルの中は大騒ぎで、情報収集や現状把握もままならないだろう。
どのみちレクシーにできることは、エッグフロントを目指すことだけなので、先を急ぐ。
「……まだ敵の主力は来てないみたいだけど……まあ、中でドンパチし始めれば出てくるでしょう」
それまでにエッグフロントに着かないと、艦隊が海戦している中をヨットでさまようことになる。
レクシーを持ってしても、さすがにそれは避けたかった。
「……アレは……近衛隊の……」
銀色の魚影が、いやに艦首を下げた状態でいるのが見えた。
その艦長の意図がレクシーにはわかった。コーラルキャッスルを守るために、貨物船に体当たりしようと言うのだ。
「褒められたものじゃないわ」
極めて高価な『パンデリクティス』で体当たりなど、費用対効果は最悪である。
レクシーの部下がやったらマイナス査定だが、近衛隊としてはコーラルキャッスルを守るしか選択肢がないのだろう。
『パンデリクティス』が艦尾からプラズマの帯を吹き出した直後、最大加速で貨物船に突っ込んでいく。
自身の四倍弱の全長を持つ貨物船の横っ腹に、『パンデリクティス』の流麗な艦体が突き刺さった。
貨物船が爆発。二つに折れながら残骸がコーラルキャッスルに向かって降り注ぐ。
が、それらの破片もろとも『パンデリクティス』がトラクタービームで貨物船を捕獲。まっすぐにエッグの外殻に向かって落ちていく。
『パンデリクティス』級なら、貨物船の爆発を受けてなおエッグの重力を振り切って飛び上がる事も可能だろうが、損傷した『パンデリクティス』が破片をまき散らしてしまう。
それを嫌った『パンデリクティス』の艦長は、確実にコーラルキャッスルの脅威を取り除く事を選択したようだ。
要するに、自分自身の物を含めて残骸は全てエッグに落とすという事である。
パッ。と濃い灰色のエッグ外殻表面で炎が上がった。
「豪儀な艦長ね……ウチに欲しいわ」
流石に覚悟を決めてからの体当たりなので、死者は出ていないだろうが被害はどれほどだろうか。
少なくとも艦は全損判定になるだろう。
「代わりの艦を早くもらえるといいけれど」
『パンデリクティス』が落ちたのは、コーラルキャッスルから一〇〇キロかそこらの距離なので、救助は問題ないだろう。
そして、このタイミングでコーラルキャッスルの港からもう一隻の『パンデリクティス』が上がってくる。
さらに『イクチオステガ』が続く。
銀色にオレンジと黒の塗装の『パンデリクティス』は近衛隊。ムラのある黒で塗装された『イクチオステガ』は騎士団の物だ。
遅いと思うかもしれないが、戦術艦の出港作業というのは存外に時間がかかるので、仕方ない。なんならかなり早いのではないかとレクシーは思う。
その様子を左舷側に見ながら、レクシーは先を急ぐことにした。
「……そこの不明な小型船! 停船せよ」
騎士団の『イクチオステガ』から通信が来た。
もちろんレクシーは止まる気など毛頭ないし、なんなら通信が来れば利用してやろうくらいの勢いである。
そして、不幸な『イクチオステガ』の通信士官は、トランスポンダの電波を発していない不審な小型船に通信を送ってしまったのだ。
「こちらはアイオブザワールド艦隊司令官、レクシー・ドーン。
『イクチオステガ』に通信士官は、速やかに艦長と通信を交代するように」
通信士官は沈黙した。
おそらく混乱しているのだろうが、こちらが名乗った以上、向こうも艦の最高責任者が出てこざるを得ない。
レクシーと同格の艦隊司令官が乗艦しているならともかく、そうでないなら最高責任者が出てこない事は大変な無礼に当たるからだ。
「……A1240艦長のデイモッド・ランソンであります……レクシー司令」
向こうが映像付きの通信に切り替えたので、レクシーも合わせて映像を送るように設定する。
さすがはモス家の船だけあって、異常に高画質な映像がA1240に送られた。
デイモッドは、壮年男性でいかにも叩き上げといった風情だった。
その表情がレクシーの映像を見た瞬間に引きつる。
雰囲気的に、本物のレクシー・ドーンがヨットに乗っているなど考えて居なかったといった所か。
「デイモッド艦長。よろしければエッグフロントまでエスコートしてくださると助かるのですが」
「いや……それは……」
デイモッドは騎士団の艦隊司令官から命令を受けて出港してきたので、当然何らかの命令を受けている。
レクシーの予想では、エッグ近海からの商船の退避を促しつつ、アクアリウムから来るであろう騎士団主力の為に情報収集するといった命令を受けているはずだ。
「では勝手に行きますので、騎士団の命令を遂行してください。
それと、軍用航路を通らせていただきます」
エッグ付近は航行する船舶が多いので、商船用航路と軍艦用の航路がそれぞれ設定されている。
今商船用航路のほうは大混乱で、そこかしこで渋滞を起こしているので通れたものではない。
ちなみにアイオブザワールドはこの軍用航路を使えない。アイオブザワールドは軍ではないので当然だが。
「お待ちを! レクシー司令」
デイモッドの返事も待たず、レクシーは舵を切って軍用航路を示す赤いマーカーが設置された航路に飛び込んだ。
「ちゃんとアクアリウムから来る艦隊と会わない航路を通るので心配無用」
もちろん心配無用とかいう話ではないのだが、ここは勢いが肝心である。
勢いで相手を黙らせるのは、交渉事の基本であるとレクシーは考えている。
実際、そういう場に慣れていないであろうデイモッドは、返答に困って沈黙した。
この場面において、沈黙は了承である。沈黙を引き出した地点で、レクシーの勝ちなのだ。
スロットルを緩めることなく、レクシーは軍用航路へ船を進める。
こうなったら、もうデイモッドがレクシーを追うのは不可能である。追えば、結局レクシーをエッグフロントまでエスコートしているのと変わらない。
ちなみに、近衛隊の『パンデリクティス』の方は同僚の救助の為に、エッグの外殻に向かって降下していったのでレクシーとデイモッドのやり取りにはノータッチである。
◇◆◇◆◇◆◇
「VIP用の港に入ってくれて助かりました」
カウンターの後ろの少し開いた扉の向こう、一般旅客用発着ゲートの様子を見てシルクコットは言う。
「あんな状態じゃ、警備もなにもあったものじゃありません」
一般旅客用のエリアは船の発着が止まった影響で、入国審査待ちと出発待ちの旅客がフロア全体にあふれている。
コーラルキャッスルに突っ込もうとした貨物船の話は、まだ知れ渡っていないようだがこちらも時間の問題だろう。
「ドラゴンマスターをレクシーのところに……」
レクシーのところというのは、アイオブザワールドのドックの事である。別にレクシーがいるわけではないが、レクシーの総旗艦がある。
おそらくそこが、この世で一番安全な場所だとシルクコットは考えている。
「レプトラ、車は手配できるかしら?」
「なんとかするけど……正直言ってどこかで渋滞に引っかかると思うわ」
レプトラは懐から端末を取り出してポチポチやりはじめる。
「最悪ドラゴンマスターだけでも、空飛んで逃げてもらいます」
「オイオイ……それよりアメリカ人がエッグフロントに入ってこれるのか? 惑星上と違って、ここには空なんかねーぞ?」
「大気圏突入強襲のようなマネは物理的に不可能ですが……事前に工作員を仕込むくらいはしているでしょう」
アベルは一瞬考えこんだ。
「じゃあなにか、ここにいるドラゴン以外は信用できないって事か!?」
「そんなわけないじゃないですか。ドラゴンも信用できません」
そう。人間だろうがドラゴンだろうが、容易く買収されてしまうのが世の常だ。
「とにかく港を離れましょうドラゴンマスター。
群衆が集まっている所に攻撃が来たら、当然。ただパニックが起きるだけでも到底対処できません」
シルクコットは腰のホルスターから拳銃を抜いて、マガジンの中の弾を確認した後、スライドを引いて初弾を装填。デコッキング操作をした後、ホルスターに戻す。
初弾を装填していなかったのは、連絡船に乗るときの安全処置だ。
それを見てアベルも大腿部のホルスターから、MP7を抜いてチャージングハンドルを操作して初弾を装填する。
アベルの持っているMP7は、いろいろカスタマイズを試した結果、ストックもフォアグリップも取り外されて照準器は純正のアイアンサイトとレーザー照準器だけ。マガジンは二〇連のショートマガジンとなっている。予備のマガジンは普通の三〇連マガジンを持っているはずだが、この軽量カスタムは結構シルクコット好みの物だ。
「ここが攻撃されるなら、なんとか守らないと……」
そう言ってアベルがキョロキョロし始めるが、アイオブザワールドができることは本当にない。
「守るのは騎士団の仕事です。エッグフロントには騎士団の精鋭、第五軍隷下の機械化歩兵師団と機械化魔法師団が配備されています。
騎士団に任せましょう」
第五軍はエッグフロントの治安維持のために配備されている。予算も装備も兵隊もアイオブザワールドの陸戦部の比ではない。
そこにアベルやシルクコットが混ざったところで、戦力にならないのはもちろん、ただただ邪魔になるだけだ。
「シルクコット、車は確保したけど……本当に行くの?」
心配そうにレプトラが言うが、港に留まるという選択肢はシルクコットには無かった。
「アイオブザワールドで確保してる港に隠れるっていう選択もあると思うけど……」
「船の置いてない港は袋小路と同じよ。ドラゴンマスターが居ることがバレたら、連中全力で殺しにくるに決まってるわ。
大体、首を狙われるっていう点じゃあ、幹部のわたしたちも一緒でしょ」
現実問題、単体で高い防御性能を示し個々の魔法の汎用性も十分なアベルより、非戦闘要員のレプトラをどう守るか。の方がシルクコットの命題と言えた。
「とにかく艦隊が停泊している港までいけば、まとまった陸戦戦力も居ます。
行きましょう」




