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魔法使いたちの宇宙戦争 ~ ユニバーサルアーク  作者: 語り部(灰)
ノートゥング作戦

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ノートゥング作戦2

◇◆◇◆◇◆◇


「……以上がオーウェン・サイラースにおける、作戦の顛末です」

 アイオブザワールド本部の会議室の一つ。

 アベルはレクシー、ルビィ、シルクコットの三名から詳細な報告を受けた。

「……」

 そして、事の顛末に言葉をなくして、椅子の背もたれに体重を預けた。

「シャーベットの遺体は……」

 やっと口から出た言葉はそれだった。

「残念ながら、除染作業が済むまで収容は不可能です。

 さらにサイラース1は現在戦場ですので、収容作業は更にずれ込むことが予想されます」

 そう答えたのは、シルクコットである。

「……わたしが制止できなかったばっかりに……すいません」

 シルクコットが最後に見たシャーベットは、自分の元を離れていく姿であったはずだ。

「本当に……」

 権限として静止することができなかったエレーナの時とは違い、今回シルクコットはシャーベットに対して命令権を持っていた。制止できていれば、シャーベットは死ななかったとシルクコットが考えるのは、当然の事だ。

 アベルとしても、心が痛い。

「しかしながらドラゴンマスター。シャーベットの判断がなければ、危険極まりない海域に一〇〇〇名からの避難者を乗せたパニックルームを放り出す事になっていたのは事実です。

 艦隊司令部は戦闘海域の危険度を熟知しています。従って、艦隊司令部はシャーベットの判断と行動を支持します」

 レクシーはシャーベットの行動結果に価値があったと言う。

 後付の苦しい理由付けだとアベルは思った。

「……せめて、葬儀くらいはしてやらないとな……

 オレは親御さんや、色々尽力してくれたモス家に対して、なんて謝ればいいんだ」

「ドラゴンマスター。葬儀の実施については反対です。アイオブザワールドの幹部の戦死を、内外に宣伝することになります。

 これは敵の士気をあげる、いわば利敵行為になってしまいます」

「ルビィまで」

 ルビィはBC兵器の影響で数日間意識不明だったという。

 今も両腕の肘から先に包帯を巻いているのは、化学熱傷による物だろう。

「わたしが、逃げずに|《ブラスト=コア》かなにかでガスを吹き飛ばしていれば……」

 悔しそうにルビィが呻く。

「それは無理よ。あれが最適解。あれ以上の結果は無かった」

 静かにレクシーが続ける。

「いや。確かにレクシーの言う通り、被害が最小で済んだことに素直に感謝するべきだな……

 ……それはいいとして、当面の問題は……船か」

「『ユーステノプテロン』に関しては、既にメーカーのエンジニアによる検査が行われています。

 結果が出るのに、それほど時間はかからないでしょう」

「検査結果次第で、大規模改修が必要なんてことは?」

 これもアベルの心配事の一つだ。

「あり得るかも知れませんが、おそらくはソフトウェアのアップデートによる対応になると思います。

 それにも時間がかかるようなら、一旦は運用で誤魔化します」

 これは不具合対応の定型文のような物である。

「運用で回避ってのは、オレとしては推奨できないんだが」

「今回のトラブルはアークディメンジョンから艦を落とした事が原因ですので、超光速機関を突然止めない限り再現はしないと考えられます」

「むう」

 とアベルは唸った。

「わたしは、それよりも貴族絡みのフォローの方が気になります」

 唸った事でアベルが納得したと思ったのか、レクシーは話題を変える。

「貴族? オーウェン・サイラースか?」

 確かに今回、ルビィなどがサイラース1かなり暴れ回ったのは事実なので、何かしらの対応が必要かも知れないとアベルも思った。

「いいえ。サイラース1の事はどうでもいいです。

 むしろシャーベットが住人を救っている格好ですので、誠意は向こうが示すべきです」

 きっぱりとレクシーが言い切る。

「こちらの問題はモス家です」

「モス家かー」

 アベルは天井を仰ぎ見た。

 モス家にはシャーベット登用に関して、色々と世話になった。

 モス家もボランティアで世話してくれているわけではなく、当然ながらこれは投資である。

「誠意、っていう意味じゃオレが直々に行くべきだよな?」

「いえ。わたしが行きます」

 アベルの問いを否定して、レクシーはいう。

「わたしのほうが、貴族の礼儀には精通しています」

「モス家も名門ドーン家の令嬢とコネができる方が嬉しいでしょうしね」

 シルクコットがあまり興味も無さそうに言う。

「オレも一緒に行ったほうが?」

「不要です。こちらの立場が弱い状況で、変な口約束でもされると大変な事になります。ドラゴンマスターはユグドラシル神殿で堂々と構えていてください」

 大いにレクシーの本音が漏れているが、その通りであると認めざるを得ない事を言われて、アベルは沈黙した。

「まあ、このあとエッグフロントで艦船の予算関連のミーティングがあるんだけどな」

 ちなみに、この予算はレーヨの『アカンソステガ』の追加購入に関する物だ。

 当然、予算執行を伴う話なのでレプトラも同行することになっている。

「接待ですか……勢いで高い買い物をしないよう、レプトラに伝えておきましょう」

「コイツはなかなか手厳しいな」


◇◆◇◆◇◆◇


 翌朝、レプトラに用意してもらった秘書課の車に乗って、レクシーは貴族街の一角までやってきた。

「この辺りでいいわ。迷わず帰るのよ」

 レクシーの乗ってきた車は当然、自動運転のロボットカーである。

 ロボットに迷わず帰れと言うのもナンセンスな話だが、レクシーに言わせれば機械は所詮機械であり、幼児のような物だ。

 幼児でも事足りるお使いもあれば、そうではない物もある。

「ここも随分久しぶりね」

 車から降りて、レクシーはそう呟いた。

 もっとも、貴族街の構造は変わっていないので、久々だろうとレクシーが迷うことはない。

 モス家の敷地までは、十字路を曲がって二〇〇メートルほどだ。

 途中、すれ違った婦人に挨拶すると婦人は痛く驚いていた。

 ドラゴンナイトの式服に驚いていたのか、エッグには居ないはずの有力貴族の令嬢が居ることに驚いたのかは知らないが。

 レクシーはモス家の正門前を通り過ぎて、その先にある守衛用のゲートへ向かう。

 ゲートの脇には、小さな来客応答用の窓がある。

 レクシーが窓を覗き込むと、警備と思われる女性がなにかの雑誌を読んでいる。

 邪魔するのも悪いな。と思いつつもレクシーはコツコツと窓をノックした。

 警備の女性が面倒くさそうに顔を上げ……そのままひっくり返る。

 ガラッと窓が開かれると同時に、テンパった声。

「レレレ、レクシー姫!」

「姫は止めて」

 そこはキッパリと釘を刺す。

「今すぐ正門を開けさせますので、どうか!」


「おお。プリンセス・レクシー」

 レクシーを出迎えたのは、カインベルグ・モス。現在のモス家の当主である。

 レクシーを伴って、カインベルグは上等な迎賓室に入る。

 応接室としては最上級の部屋だろうとレクシーは目利きした。

「ドラゴンナイトとお呼びください。カインベルグ様」

 ちなみに、レクシーがプリンセスであるかどうかは結構難しいラインの話で、自治区の当主の長女であるレクシーは、小公女やリトルプリンセスと呼ばれる辺りが適当だろう。

 どのみちエッグには、プリンセスやリトルプリンセスという位はないので、あくまで敬称以上の意味はないが。

「ではドラゴンナイト・レクシー。いかな要件ですかな?

 組織のトップがやってきた以上、いい話とは思っていないが……」

 さすがはエッグきっての大貴族モス家の当主、カインベルグである。

「ご想像の通り、悪い話です」

 そう言ってレクシーは、ホロタブレットをテーブルの上に置く。

「これはアイオブザワールドの機密情報です」

「ふうむ。シャーベットに関するレポートか……」

 この地点で、大体何が起こったかカインベルグは察しただろうが、表情を変えることなくレポートを読み進める。

「ドラゴンナイト・レクシー。KIAとは?」

「キル・イン・アクション……作戦行動中の死亡を意味します」

「そうか」

 カインベルグはソファに腰かけ直す。

「若く、才能のある魔法使いを……実に惜しい」

 モス家には、多くの優秀な魔法使いが養子として迎えられてきた。

「はい。アイオブザワールドとしてもトップ魔法使いを失いました。手痛い損失です」

 実際には戦術レベルで言うと、シャーベットの喪失はそれほど痛くない。

 問題は組織の運営で、魔法使い軍団を束ねていたシャーベットが居なくなった事で、間違いなくアイオブザワールドの組織が歪む事だ。

 実のところレクシーは、モス家から別のドラゴンプリーストが出てくる事を期待している。

 今のアイオブザワールドは、権力があまりにもレクシーに一極集中しすぎているので、レクシーに何かあればもちろん、レクシーの判断ミス一つで全体が崩壊しかねない危険な状態であると言わざるを得ない。

 レクシーのミスを喜ぶ敵対的なドラゴンプリーストは、居てくれたほうがありがたいのだ。

「ドラゴンナイト・レクシー。話はわかった。

 シャーベットが死んだことは、当面は公表しない方針で決定ですかな?」

「然るべきタイミングで公表することになるでしょう。

 その時、彼女はサイラース1の民を守った英雄となるでしょう」

 レクシーもカインベルグも、死後に英雄になることなどなんの価値もないことを知っている。

 死者を英雄にするのは、ただの死体の再利用に過ぎない。

「……ならば、この話はアイオブザワールドへの貸し、と思っておいてよいですかな?」

「構いません。埋め合わせはいつか必ず。レクシー・ドーンの名に……んん?」

 低周波の振動を感じて、レクシーは口を閉じた。

 地震が来るのかと身構えるが、特に何も起こらない。

「カインベルグ様!」

 迎賓室の扉が開き、スーツ姿の男が慌てて走ってくる。

 カインベルグが接客中であるにも関わらず、ノックもせずに入ってくるあたり、何か大きなトラブルが起こっているとレクシーは分析する。

 入ってきた男はカインベルグに何事かを耳打ちする。

「なに!? それは、本当か!?」

 それを聞いて、カインベルグも驚愕の表情を浮かべる。

 老練な貴族を持ってしてこの驚きよう。どうもただならない事態が発生しているらしい。

 カインベルグは迎賓室の壁際のスイッチを操作して、テレビ受信機を起動した。

 壁際いっぱいに、臨時ニュース番組が移し出される。

「エッグ内部に侵入した正体不明の船団はソーラーコンティネントに沿って移動を続け……」

 テレビには全通甲板を持つ大型艦が三隻写っている。

 背景の黒いものはソーラーコンティネントの上側だ。

「『ミッドウェイ』級! カインベルグ様、どうもエッグに始めて入った地球人類はアメリカ人になったようです」

「何てことを! カインベルグ様! すぐに地下避難施設へ移動をお願いします。

 レクシー姫も」

「避難は結構」

 レクシーはきっぱりと非難を拒否。

「カインベルグ様。自家用のヨットなどがあればお借りできますか?」

「裏のガレージに……鍵は付けっぱなしのはずだが……」

「無事にお返しできるかはわかりませんが、お借りします」

 ヨットというのは往々にして高価だ。庶民には一生買えないような値段である。

「行くのか……」

 カインベルグのつぶやきにレクシーははっきりと答えた。

「行くのではありません。帰るんです」


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