イツカ カエル トコロ14
「二四メートルでーす」
それを聞いてラーズは、インチ換算を暗算する。
「……二四メートルって、インチだと九四五インチくらいじゃね? 多分誤差数ミリだぜ?」
なにしろ相手は全長二〇メートルオーバーのコンテナである。地面に数ミリの高低差があるだけで、その歪みによって全長が変わる。
そもそも一インチは二.五四センチなので、メートルとのズレは最大でプラスマイナス一.二七センチしか発生しないのだ。
まあ九四五インチなんて中途半端なサイズのコンテナを、わざわざ作るのかという話ではあるのだが。
「うーん」
とルビィが唸る。
「アメリカに協力する何者かが居る、いい証拠になると思ったんですが……」
さらにルビィは熟考。
「ラチが開かないので、破壊しましょう」
その結果、頭の悪い結論に至る。
「待ってください! 首席参謀!」
コンテナの下から話を聞いていたらしいネーロウが、悲鳴じみた声を上げた。
「コンテナに傷がついたら爆発する仕組みになってるかも知れません!」
それは確かにありそうな話だとラーズも同意する。
その前提で考えてみると、なるほどアメリカ人が近くに居ないのも納得できるという物だ。
「……じゃあどうする?」
「クセルさんなら、爆発物処理班を呼べるんじゃないっすか?」
最終的にナイスアイデアを提示したのは、宮部だった。
「おおっ!」
全員の視線がクセルに集中する。
「待ってください! そんな期待の視線を集められても困ります。治安維持ユニットの爆発物処理班は、港に常駐していましたから……今も機能しているとは考えにくい状況です」
至極もっともな話である。
治安維持ユニットが機能している状態なら、もっとあちこちで局地戦が展開されていないとおかしい。
「それに爆弾の処理なら、大日本帝国の軍人の方も対応できるのでは?」
「違いない」
クセルの言うとおり、サイラース1には結構な数の工兵が投入されている。
工兵部隊なら、分隊に一人くらいは爆発物に対応できる兵士が居るに違いない。
しかし、大問題がある。
「でも、オレたちと工兵じゃ組織が全然違ってて、現場レベルで人員の融通なんかできない」
縦割と非難されそうな話だが、勝手に横のつながりで軍が動くのは、それはそれで大問題なのだ。
「小沢長官に話ができれば、動いてくれると思うけど……」
おそらく小沢艦隊はオーウェン・サイラースから避難したはずだ。
どう考えても小沢がアメリカ海軍と海戦をする意味がない。
「今、真上に我が『ユーステノプテロン』が居ます。通信を中継させるので話をしていただけますか?」
これまたナイスアイデアなのだが、これはこれで大問題がある。
「でもそれって、オレと小沢長官が話した内容が公式記録として残るってことだよな?」
「……はい。少なくともアイオブザワールドの内部記録としては残ります」
ラーズは悩んだ。
下手なことが記録に残ると、後々外交レベルの問題が発生する可能性がある。
「記録は破棄させる……と言っても信じませんよね?」
「残念ながら」
ラーズ個人としては、ルビィは信用に値するドラゴンなのだが、贔屓目に見てアイオブザワールド全体を信用するとしても、エッグの有力者全員を信用できるわけがない。
これはなかなか悩ましい問題だが、やはりラーズの答えはノーにならざるをえない。
敵はもちろん同盟相手であっても、通信を傍受されるのはよろしくない。まして中継させるなど論外だ。
「やっぱダメだな……打つ手なしだ。
オレとしてはこの場から撤退を提案するぜ?」
今現在、一行は敵勢力下で孤立している状況である。
ルビィのような要人……要ドラゴンか……が居ることが敵に知られれば、コンテナと遊んでいる間に包囲されるおそれもある。
ラーズに与えられた命令はルビィの安全確保なので、なるべく早く危険な領域から脱出したい所だ。
「……仕方ありません。一旦陸戦部の主隊がいるところまで退きましょう。
その間に、わたしがレクシー提督と話をすることとします」
◇◆◇◆◇◆◇
「マリーゴールド艦長。ルビィ・ハートネスト首席参謀から通信が入っています」
通信士官の報告に、マリーゴールドはしばし沈黙した。
現在、主たる敵であるハルゼー艦隊とはおおよそ二五〇万キロの距離を隔ててにらみ合っている状況である。
戦況は膠着。マリーゴールドは結構な数の揚陸艇を撃破したと思っているが、ハルゼーが揚陸艇の撃破数に怖気づいて揚陸をやめたのか、規定数の揚陸が完了したのかは判断がつかない。
それでもハルゼーがサイラース1の近海に留まる以上、マリーゴールドとしては艦隊を動かせない。
下手に切り込んで乱戦になったあげく、サイラース1に流れ弾が落ちるなど最悪だ。
「首席参謀の通信の方式は?」
「サイラース1の通信インフラ経由で、アイオブザワールド標準暗号プロトコルを用いています」
「それならある程度は安全そうね……繋いで頂戴」
「アイ。艦長」
「マリーゴールドです。首席参謀!」
「ルビィ・ハートネストです。マリーゴールド艦長、戦況はどうなってる?」
「現在は膠着状態です。『パンデリクティス』達をサイラース1とハルゼー艦隊の間に入れて、防衛線としています」
マリーゴールドは戦況をかいつまんで話す。
基本的にルビィに対して、敵艦何隻撃沈などの報告は不要である。この場合は、敵艦隊が戦闘能力を依然として保持しているという事がルビィに伝わればいいはずだ。
「わかったわ。通信を総旗艦のレクシー提督に繋いでちょうだい。
通信には、そうね……マリーゴールド艦長と……あとはシルクコット陸戦部長にも入ってもらおうかしら」
ルビィが指名したメンツからして、どうもサイラース1の中で厄介事が起こっているらしい事を、マリーゴールドは察した。
「アイ。首席参謀。
シルクコット陸戦部長を通信に呼び出すのに二分程度かかります。そのままお待ち下さい」
『ユーステノプテロン』級が持つ通信能力を持ってすれば、地上に展開している部隊が持っている特定の通信機器にピンポイントでアクセスするなど容易い。
しかし、宇宙艦に比べると極めて小さい歩兵を識別してロックするのは、超高性能の電子機器を多数搭載する電子戦艦である『ユーステノプテロン』の能力を持ってしても中々に手間がかかる。
もちろん、歩兵側がビーコンでも持っていれば一瞬だが。
「陸戦部の展開地域をスキャン実施。アイ」
「広域通信用リレーチャネル開放。アイ。
マルチ通信チャネルを生成中……生成完了。アイ」
「レクシー提督を呼び出して」
「アイ。艦長! 総旗艦A5126のレクシー提督に通信を開きます」
マリーゴールドの部下も『ユーステノプテロン』の扱いには熟れた物だ。
「レクシーよ。何か戦況に変化でもあったかしら?」
待っていたのかと思うほど、レクシーの反応は早かった。
「いえ。膠着状態から変化はありません。
今回は首席参謀からの要請で通信を中継しています。シルクコット陸戦部長も通信に参加される予定ですので、もうしばらくお待ち下さい」
さらに待つこと数分。通信状態を示すディスプレイに、シルクコットが参加したことを示すアイコンが表示された。
「首席参謀! お待たせしました。全員ネットワークに接続、完了しました」
ルビィはここまで起こった事をざっくり説明して、最後に言った。
「このコンテナをどうするか、判断ができません」
「まあ、当然ね」
答えたのはレクシーである。
それはそうだろうと、マリーゴールドも同意する。
そもそもコンテナの中身がわからないと、どうするかの対応方針を決める事もできない。
「マリーゴールド艦長。『ユーステノプテロン』のセンサーで調べる事は?」
これはシルクコット陸戦部長の疑問だ。
「スキャンができるかという話であれば、可能です。
しかし、コンテナの中身がそういう風にできた爆弾。だった場合は爆発する可能性があります」
スキャンというのは結局、電波か重力ソナーを対象に照射するという事なので、それを検知するのは難しくない。
何より『ユーステノプテロン』のスキャナはパワーがありすぎて、なにもなくてもコンテナが爆発する可能性だってあるのだ。
「でも普通に考えると、揚陸部隊の近くで致命的な破壊は起こさないと思うけれど……」
レクシーは言う。
これまた、マリーゴールドも同じ意見である。
「……いえ。決めつけるのはダメね。普通に考えたら、他所の国が立ち入り禁止にしている海域に侵攻したりしないもの……
……万全を期すなら、専門家に相応の装備を与えて調べさせるしかないわけだけれど……」
「シルクコット陸戦部長の手持ちの工兵で対応は?」
「機材がないから無理。あと敵の勢力圏で孤立したら全滅しちゃう」
シルクコットは即答。元々検討済みといった風情だ。
「他にオプションは何かないかしら?」
レクシーが案を求める。
求める。というより、各自が隠し持っている案を喋らせるための発言か。
シルクコットは既に対応できないことが確定。
膠着しているとはいえ、艦隊戦を伴うような作戦行動中に艦隊からエンジニアは派遣できないので、マリーゴールドも意見はない。
必然的に、レクシーはルビィに対して意見を言ってみろと促している事になる。
「……大日本帝国海軍に協力を仰ぐというオプションが、あるにはあります」
「確か、工兵が災害復旧目的でサイラース1に居るんだったわね?」
さすがはレクシーである。マリーゴールドは、他所の軍の配備状況まではチェックしていなかった。それが敵ではない地上戦力なら尚更である所を、レクシーはきちんと情報を拾っている。
「はい。提督。
その工兵にマイスタ・ラーズから働きかけて貰うことを考えたんですが……」
「ああ。うちの船で通信を中継すると、生の音声情報が残るのを嫌ってる、と。
まあ、当然ね」
これまた一瞬でレクシーは状況を把握。
「いいわ。そちらがそれで不都合がないなら、わたしから小沢長官に話を持ちかけましょう。
小沢長官としても、自分の部下がサイラース1に残っている以上、何か手を打ちたいでしょうから」
これは実質的にラーズが言っているのと同じなのだが、レクシーが自発的に話をすることで、大日本帝国海軍の発言として公式記録に残らないという配慮である。
「ではその件は、わたしと艦隊司令部で預かります。他に相談するべき議題は?」
レクシーは話をまとめにかかる。
「……ないようね? マリーゴールド艦長。陸戦部と主席参謀の回収プランはどうなってるかしら?」
「アイ。提督。
現在戦闘は膠着状態ですので、このまま変化が無ければ『グラミー』を再びサイラース1に送って、回収するプランを予定しています」
マリーゴールドはこの質問を予期していたので、スムーズに回答できた。
「よろしい」
満足そうにレクシーは言った。




