イツカ カエル トコロ10
低層の雑居ビルの間を縫って、ネーロウのチームは二ブロック進んだ。
最初の見回り以降、敵の姿は見えない。
ネーロウはハンドサインで部下に前進を指示。
部下が二名、油断なくライフルを構えたま音を立てずに進んでいく。
サイラース1の地図では、この先は四車線の道路にぶつかる事になっている。
進むには、この道路を横切る必要があるが、当然ながら道路に遮蔽物は全く無い。そこに監視線が引かれていれば見つかることは避けられない。
監視ドローンやモーショントラッカーが設置されている可能性も大いにあるし、こうしている間に降下してきている揚陸艇から見られるかもしれない。
それでもネーロウは進むと決めていた。道路を横断しなければ、文字通り話が進まないし、留まっていても敵に発見される。
いや、すでに発見されているかもしれない。
大通りまで進んだ部下が、左右の様子を確認。誰もいないことをハンドサインで伝えて来た。
片膝をついて背後を見ている部下の肩を叩いて前進することを伝えてから、ネーロウも油断なくアサルトライフルを構えて道路まで進んだ。
道路は片側二車線で、低木と高木が交互に植えられた中央分離帯を備える幹線規格の道路で、反対側の路地まで歩道を含めておおよそ二五メートル。
ネーロウは指を一本立ててから、自分の胸を指した。
自分が最初に行くという意味である。
ネーロウたち、アイオブザワールド陸戦部は全員都市迷彩の戦闘服を着ているわけだが、迷彩服の迷彩効果などたかが知れている。
せいぜいビルの影にうずくまっているのが見にくくなる程度で、何もない道路を堂々と歩いているなら何の迷彩効果も発揮しないだろう。
だがそれを承知でネーロウは、ライフルを構えたまま腰を落として道路に出た。
とりあえずは、中央分離帯の植生のなかに入り込む。
周囲からの視線が切れた事で、ネーロウは一時の安心感を得ることに成功したが、実際に安心できる要素はない。
左右をもう一度確認して、再びハンドサイン。チームに前進を指示。
道路も怖いが、周囲の雑居ビルの窓や屋上も怖い。スナイパーの類が潜んでいた場合、射程距離や高低差の問題で対応が難しい。
チームはネーロウを追い越して反対側の歩道に達した。
今のところ敵に発見された気配はない。
先行した二名が、路地の奥を確認に入るのが見えた。
さすがに裏路地にトラップの類はないと思われるが、安全確認をするに越したことはないだろう。
それにしても接敵しないとネーロウは思った。
アメリカ軍の揚陸開始から余裕で一時間。橋頭堡の確保に優先的に人員を割いていると考えてもなお、周辺監視が疎かであると感じる。
その時、先行していた部下が裏路地から顔を出して、ハンドサインで安全である旨を知らせてきた。
それを見て、ネーロウは歩を進める。
裏路地を抜けて、更に一区画進んだ。
合法かどうかも疑わしい風俗営業の店のシャッターの前を通り過ぎ、一行は古びたアーケード街に入る。
空は十分明るいにも関わらず、アーケード街の中は暗闇に包まれていた。
暗いのは、単純に照明が消えているというのもあるが、シャッターの錆の状態から、そもそも賑わっていなかったのだろうと推測できる。
ただ、今に関して言えば、寂れて薄暗いこのアーケードの存在はありがたい。
アーケードの屋根が遠方からの視界を遮ってくれるので、索敵に割くリソースを節約できる。
ネーロウは地図とジャイロで進む方向を確認。
アーケードは、ルビィが最後に探知された場所まで八〇〇メートルくらいのところまで続いている。
上手く行けば、一気に距離が稼げるはずだ。
ハンドサインでチームに進行方向を伝えて、ネーロウはライフルを構えて歩き出した。
「うっ」
だが歩き出していくらも行かないうちに、アーケード街に似つかわしくないコンテナを見つけて、ネーロウは思わず声を出してしまった。
それは高さが四メートルくらいはあろうかという、巨大なコンテナだった。
そのコンテナは、明らかに宇宙船に搭載するサイズの貨物コンテナであり、ひと目見てエッグの物ではないとわかる。
ちなみに、ある程度近づくまで分からなかったのは、このコンテナが都市迷彩柄で塗装されているからだ。
注意深くライフルを構えながら、ネーロウはコンテナの横を覗く。
このコンテナの長さ自体が二〇メートル以上あって、さらに向こうに同じサイズと思われるコンテナが見て取れた。
複数の結構な大きさのコンテナ。こんなものをいつ揚陸したのかとネーロウは思ったが、揚陸手段よりも中身が問題である。
最悪は、ドラゴンにだけ影響のあるBC兵器だろうか。使われたら最後、そのまま実質的に敗戦で講話する事になりかねない。
ネーロウは迷った。
通信管制を破って、警告を送るかどうかはかなり難しい選択だ。
仮に報告相手がシルクコットなら、報告したところでシルクコットにできることは限定的なので、ネーロウとしても黙っているのだが、今はマリーゴールドの『ユーステノプテロン』が居る。
マリーゴールドに情報が伝われば、レクシー経由で然るべき機関まで情報が行くはずなので意味は十分にあると言える。
しかし、宇宙空間に居る『ユーステノプテロン』との通信には相応のパワーが必要で、通信は傍受されないにしろ単純に通信装置を感知されるリスクがある。
わざわざ隠してあるコンテナの近くで通信装置が使われれば、それはもうすぐに敵が集まってくるに違いない。
ネーロウは通信は禁止という命令を受けているので、ここで報告をしなかった所で別に問題はないのだが、中長期的な戦略レベルの影響を考えると難しい所である。
そして、目下それ以外の問題もある。
「……そもそも、これは何?」
小さく呻きながら、ネーロウがコンテナの表面をなでる。
ザラザラした塗料の手触り。コンテナの剛性は高く、軽く叩いても音は響かない。
これは明らかに、宇宙船用の輸送コンテナの特徴である。
コンテナの周りを歩きながら、ネーロウは扉を探す。
だが、一周回ってみても、開閉できそうな扉はなかった。
周囲にないなら、真上か真下の面に扉があることになる。
魔法でも使えれば、コンテナの上に登れそうな物だが、残念ながらネーロウは魔法が使えない。
ドラゴンというのは、翼があっても魔法を併用しないと飛び上がる事はできないのである。
アーケード街の天幕のメンテナンス用の通路に上がれれば、コンテナの上を見ることもできそうだが、ぱっと見た感じハシゴのような物は見当たらない。
困った物である。
その時、ネーロウにある疑問。
なぜ、このコンテナの付近に見張りが居ないのだろう。
この付近の住民は避難してしまったとはいえ、ここは普通に街中であり商店街である。全く誰も通りがからないと決めて見張りを置かないなどと言うことがあるのだろうか。
小さい監視カメラの類くらいはあるかも知れないが、カメラが不審者を捉えたとして結局は兵士を送ることになるのは変わらないので、それなら最初から兵士を配置しておくほうが合理的だろう。
ネーロウは一瞬、何かのトラブルでここに配置されていた兵士が居なくなったのかと思ったが、橋頭堡を確保している段階で発生する事態はすべてトラブルと言えるのだから、不測の事態で無人になるというのはおかしい。
仕方ないので、隣のコンテナの方へ回り込みながら、ネーロウは様子を観察する。
当然、コンテナの外に違いはなく、扉のようなものはおろか、何かのコントロールパネル的な物もない。
◇◆◇◆◇◆◇
ターン! という音が響いた。
「銃声……か?」
「なんか音しました?」
宮部にはその音が聞こえなかったらしい。
だが、人間なら聞き逃したかも知れない銃声を、ラーズは確かに聞いた。
「遠い……方向はあっちの方。
銃は、多分小口径だと思う」
ラーズ……というか海軍航空隊の感覚だと、十二.七ミリ辺りでも十分小口径なのだが、今回のはもっと口径が小さいとラーズは感じた。
つまり個人が帯行できる武器が使用されたというわけだ。
「治安維持ユニットが交戦してる、とか?」
「普通に考えて、市民が居ない所に治安維持ユニットが居て、交戦しているとは……考えにくい、ですね」
ラーズが話を振ると、クセルはそう答えた。
確かにクセルの言う通りのような気がする。
「まあ……そうか。
でも銃撃したって事は、誰かが誰かと戦ってるって事だろ? んで、その誰かの片方がアメリカ人である可能性が高いから、もう一方は味方って事……?」
敵と交戦してるのが味方。というのは、少々雑な話ではあるが、現状を鑑みるに戦っているのは敵味方の二極として考えてもいいだろう。
「撒き餌してるのかも知れないっすよ」
「あー、ありそう」
宮部が冷静な意見を言う。
ちなみに、撒き餌というのはわざと音を立てて敵よ呼び寄せる行動の事だ。
これはゲームの話だが、これまた状況を鑑みればあってもおかしくはなさそうだ。
「無視して進むか……首を突っ込むか?」
「見に行きましょう」
ルビィが言う。
「危なくないか? 魔法でどうにもならない戦車とか出てきたら詰むぜ」
「アイオブザワールドの陸戦部が交戦してる可能性があります……というより、今の状況でアメリカ軍と街中で交戦する可能性があるのは、ウチのスタッフだけだと思います」
それを聞いてラーズは考え込んだ。アイオブザワールドの陸戦部がルビィを探して市街地に侵入。敵に発見されて交戦というのは普通にありそうだ。
そうなると、誰が交戦しているかを確認するのは悪い選択ではなさそうだ。
「わかった。ルビィがそう言うなら見に行こう。
宮部っち。どうする? 死ぬほど危ないけど、ここで待ってると孤立する恐れがある。って状況だけど」
わりと無茶苦茶な話ではあるのだが、ラーズとしてはルビィの安全が最優先なので、いざ戦闘となった場合に、宮部を構っていられない。
もちろん、ルビィを逃がす過程で、宮部を捨てていかなければならない状況も起こりうる。
「一緒に行くっすよ」
意外にあっさり宮部は決断。
「よし。じゃあ全員で行くか」




