イツカ カエル トコロ2
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「つまり状況をまとめると、レクシー艦隊の大半と入れ替わりで、アメさんの艦隊が来て強襲揚陸を仕掛けている。
それを、レクシー艦隊の残存艦が迎え撃つ構え、と」
草加からの報告を聞いて、小沢は状況を口に出した。
「ヨーソロー。
それに加えて、レクシー艦隊の旗艦から離れた内火艇が現在もサイラース1に向かって航行中。
この内火艇を守る意図で、残存艦の『パンデリクティス』は動けないという状況であります」
「続報!」
草加の話が終わるのを見計らって、貝塚が声を上げる。
「アメさんは、後続の駆逐艦を前進させたようです」
貝塚の新たな状況を聞いて、小沢は熟考した。
ここで考えるべきは、自分の艦隊の安全である。
小沢艦隊は、大日本帝国海軍が誇る正規空母四隻を有する大艦隊だ。もし被害を受ければ大変な事になる。
「護衛戦闘機だけでも上げますか?」
と草加。
確かに、『烈風』を纏まった数上げるのが、手っ取り早い防衛手段なのは小沢も大いに認める所である。
しかし、戦闘機を出せばハルゼー艦隊の空母が対抗策として、攻撃部隊を出してくる可能性が出てくる。
ここが何もない海域なら、それはそれでシンプルな話なのだが、残念ながらここはエッグ領。しかも、要衝オーウェン・サイラースだ。
「いや、いきなり臨戦態勢はまずい。エッグと政治問題になりかねない」
だが、小沢としても出来る事はやっておきたいのも事実。
「艦隊を移動させる。サイラース1に上陸している将兵には悪いが、艦の安全が優先だ。小松君にも伝えてくれ」
「ヨーソロー!」
「それと航空隊は総員起しだ! 各自、自分の機体で待機。護衛戦闘機部隊を編成して待機甲板に並べるように!」
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「最新状況です。レクシー提督」
「報告を」
参謀であるルビィが居ないので、艦長のプリシラが代わりに纏まった情報をもって、司令官席までやってきた。
「アイ。
オーウェン・サイラース近海に残ったのは、第一艦隊の『パンデリクティス』が四隻のみです。
サイラース1からの不確定な情報ですが、ハルゼー艦隊は『ミッドウェイ』級強襲揚陸艦を前進させて、揚陸艇を発信させたとのことです」
なぜ報告がサイラース1からの不確定情報を元に話しているのかというと、現地に残っている『パンデリクティス』が戦闘に入ってしまった為に超光速通信が出来ないためである。
「『ユーステノプテロン』が残ってないのはツラいわね」
そう言ってレクシーは少々考えを巡らせる。
「結構な数の『ユーステノプテロン』がダメージを負いましたから……」
プリシラは言う。
今回レクシーは艦の損傷を承知の上で、緊急でのADD中止を命令したわけだが、なぜか損傷艦が『ユーステノプテロン』に偏ったのだ。
現在レクシー艦隊に所属する『ユーステノプテロン』は総旗艦を含めて九隻だが、内六隻が程度の差こそあれ超光速機関にダメージを追って動けなくなっている。
一方で『パンデリクティス』達は、ADDを行った十二隻中、損傷したのは二隻だけと推定されている。
なぜ、ここが推定なのかというと超光速機関を使わないと、超光速機関が損傷したという報告ができない場合が多々あるからだ。
「『ユーステノプテロン』は超光速機関が脆弱なのかもしれないわね……まあ、今言っても仕方ないけれど……」
『ユーステノプテロン』は『パンデリクティス』に比べて重いので、その影響があるのかも知れないとレクシーは考えている。
もっとも、そもそもADDを強制的に打ち切るという行為自体が、メーカーが推奨していない使い方なので、これで文句を言うのも酷な話なのだが。
それでも三〇分も待っていると、動ける艦が続々とA5126の近くに降下してくる。
「提督、『ユーステノプテロン』を送り込んでやらないと、残っている第一艦隊が厳しいと思うのですが……」
遠慮がちにプリシラが言う。
遠慮がちなのは、一介の艦長が艦隊運営に口出しする事を後ろめたく思っているからだろう。
レクシーとしては、プリシラもそろそろ艦隊の指揮をするべき時期に来ていると思っているので、むしろこう言った話をすることは望ましいのだが。
「ダメよ」
だが、艦隊の運用となれば、話は変わってくる。
「『パンデリクティス』が四隻しかいない海域に、『ユーステノプテロン』を送り込むのは危険だわ。
まずは纏まった数の『パンデリクティス』を投入して、足場を固めてからよ」
これは『ユーステノプテロン』とオーウェン・サイラースを天秤にかけている事になるのだが、レクシーは『ユーステノプテロン』を重視したという事だ。
「シルクコット陸戦部長の乗った船を守って、第一艦隊の『パンデリクティス』が各個撃破される可能性があるのでは?」
「強襲揚陸艦が居るなら、ハルゼーは揚陸作戦をするって事よ。
なら、シルクコットの船なんか相手にしないはずだし、オーウェン・サイラースもある程度安全と見ていいわ。
最終目的が何かっていう話はあるけれど……『パンデリクティス』で戦力を削っていくのが、今は肝要ね」
実際レクシーは、ハルゼーがオーウェン・サイラースに揚陸するメリットがさっぱりわからなかった。ただ、メリットの話をするならそもそも論として、オーウェン・サイラースに現れる事自体が不可解である。
結果として、レクシーはこれが大戦略に基づいた作戦行動の一つであると考えた。そうなると、重要なのはここで相手のリソースを効率よく削る事だ。
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「僚艦へ通信!
『エンハンスド・アニサキス』通常弾頭、接近中の敵駆逐艦を攻撃します!
火気管制官はターゲット割り振りを急いで!」
パルメラは通信機に向かって叫んだ。
本来こう言った攻撃目標の選定は、火器管制を司る『ユーステノプテロン』がやってくれる物なので、苦労がない。
だが、その『ユーステノプテロン』が居ないと、全部マニュアルでの対応が要求される。
それでもこういう訓練を一通りやっているのが、レクシーのレクシーたる所以だ。
「18、20、21から、攻撃に同調する旨の返信あり!」
「『エンハンスド・アニサキス』は18と本艦は二発、20と21は一発撃つ物とします」
パルメラのA2319を含む第一艦隊の『パンデリクティス』は、十八発の『エンハンスド・アニサキス』を搭載している。
四隻合計で七二発。これは結構多いように思えるかも知れないが、過去の運用実績から大型空母や戦艦の撃沈には、四発程度は必要な事がわかっているので、決して多いとは言えない。
「攻撃目標調停、アイ!」
「弾道データ、アップロード中……完了!」
「ヨーイ」
パルメラは艦長席から立ち上がって、左手を上げた。
「放て!」
パルメラの攻撃命令をもって、現場レベルでの戦闘が始まった。
「敵駆逐艦、回避行動を取りながら『シースパロー』を発射中」
「回避行動をしている敵艦に向かって、主砲発射準備! 喰える時に可能な限り喰っておきたいわ」
そうパルメラは言ったが、駆逐艦が沈む事で敵艦隊がどれくらいのダメージを受けるかは未知数だ。
ただ、小回りの利く艦に懐に入られて、『グラミー』を追いかけ回される事態はなるべく避けたい。
「主砲、目標敵駆逐艦! ……照準、アイ」
「放てっ!」
ドドドっと低い振動を伴って、『パンデリクティス』の連装二基四門の主砲が陽電子の弾を吐き出す。
「敵艦、舵を切り返しました」
「初弾から当たるなんて思ってないわ。再照準急いで」
実際の所、主砲の命中精度というのは悪い。
これはエッグの艦に限った話ではなく、アメリカだろうと大日本帝国だろうと、宇宙空間での主砲と言うのは大した命中率は出ないのだ。
だから、本命は『エンハンスド・アニサキス』であり、『エンハンスド・アニサキス』が命中して往き足が落ちた駆逐艦を主砲で血祭りに上げるというのが、アイオブザワールド側の基本戦術と言う事になる。
「敵駆逐艦六隻から同時に、高速熱源が離れました。
『シースパロー』より大きいです! 数十八!」
「『トマホーク』対艦巡航ミサイルね……」
見え見えの巡航ミサイルなど、レクシー艦隊の防空を担う『パンデリクティス』にとっては、それほどの脅威ではないとパルメラは考える。
問題は『パンデリクティス』の主砲と副砲の発射システムで、防空用に副砲を使おうと思うと、主砲の照準精度が下がってしまう。
パルメラ熟考。
流石に、『トマホーク』が『グラミー』に行く事は無いと判断したパルメラは、主砲の砲撃続行を決断した。
前衛の駆逐艦は今の段階で潰しておきたい。
「『トマホーク』は距離十五万キロで『ミクソゾア』にて対応します。
主砲は引き続き、敵駆逐艦を砲撃!」
丁度その時、戦術ディスプレイ上でぱっと光が舞った。
「18の主砲が命中弾を得ました。敵艦大破!」
状況からするにA2318のラッキーパンチが、敵駆逐艦にクリーンヒットしたようだ。
『パンデリクティス』の主砲は、地球の艦艇で言うなら文句なく超大型戦艦級の威力である。駆逐艦ではひとたまりもないはずだ。
「大破した駆逐艦に『エンハンスド・アニサキス』命中! 轟沈します!」
そして、動きが止まった所に『エンハンスド・アニサキス』が着弾。
「しかし……これは……」
戦術マップを見ながら、パルメラは呻く。
迫っている揚陸艇の群れと、『グラミー』がサイラース1の至近距離でかち合いそうな雰囲気である。
出来る事なら、『グラミー』達は艦に格納するのが安全なのだが、いかんせん『パンデリクティス』級の艦載艇ベイは『グラミー』一隻分しかなく、その一隻分も既に埋まっている。
「シルクコット陸戦部長と話しは出来る!?」
通信士官がすぐに振り向く。
「可能です。今呼び出します」
シルクコットの乗った『グラミー』は、パルメラの艦のすぐ左側を航行しているので、距離による遅延はほとんどない。
「繋がりました! どうぞ!」
「シルクコット陸戦部長。A2319艦長のパルメラです」
「あれはアメリカ軍!? いったいどうなってるの!?」
開口一番、シルクコットが怒鳴る。
言われて見れば、『グラミー』に乗っている陸戦部隊に誰も状況を説明していない。シルクコットが起こるのも無理はない話だろう。
「我が艦隊の主隊が、ハルゼー艦隊攻撃の為にADDに入るのと入れ替わりに、ハルゼー艦隊がこの海域に出現しました。
現在、ADDをキャンセルできた艦が対応しています」
大雑把にパルメラは状況を説明する。
本当に大雑把だが、そもそもパルメラ自身がこれ以上の情報を持っていないのだ。
「くっ……わたしたちは陸戦だから、銃撃戦やって死ぬならまあ仕方ないと思ってるけど、魚の腹の中で死ぬのはご免よ!」
「今、敵駆逐艦の処理を行っています……そちらはお任せいただいて、『グラミー』の速度を上げる事はできませんか?
このままだと、敵揚陸艇と鉢合わせします」
「ちょっと待って!」
シルクコットが答えた後、沈黙。
おそらく、操舵手に加速可能か聞きに行っているのだろう。
「シールドとの兼ね合いで、これ以上の加速は無理って、操舵手が言ってるわ!」
おおよそパルメラの予想通りの回答である。
この状況下で、律儀に速度制限を守って加速を押さえている訳もないので、当然と言えば当然の話だ。
ちなみに『グラミー』は高速連絡艇とされているが、高速なのは同ランクの船と比べての話で、高出力の機関を有する戦術艦とでは比較にならない。
「前にレクシーが、艦のトラクタービームで掴んで加速させるって事やってたけど……」




