サイラースの魔女の伝説17
◇◆◇◆◇◆◇
一時間ほど前。
「小沢閣下」
『翔鶴』の艦橋。艦長席に座っていた貝塚は、エレベータから降りてきた小沢を見て、直立し敬礼する。
「よい。仕事を続けるように」
他の艦橋士官たちも貝塚に習って敬礼しようとしたので、小沢はそれを制した。
「貝塚大佐、変わりはないか?」
「サイラース1の至近での航行禁止命令が出ましたが、現状『翔鶴』には影響はなしであります」
航行禁止は港の管理者が出す命令なので、港を利用する全ての艦船が従う必要がある。
この場合、サイラース1の付近には小惑星や破壊されたサイラース1の破片がデブリとなって漂っているので、航行禁止はやむをえない措置だろう。
「既に陸戦隊は送り込んでいるでの、問題はないかと」
「うむ。それに関しては問題はないのだが……どうやってラーズ君達を艦に戻そうかと考えていてな」
心底困ったように小沢が言う。
「連絡は取れたのでは?」
「取れた。しかし、サイラース1の破損に合わせて、怪しい組織によるテロの可能性があるとの事だ。
ラーズ君を信頼しないわけではないが、ルビィ・ハートネスト主席参謀が巻き込まれる事態は避けたい」
それを聞いて貝塚はなるほど。と思った。
ルビィはアイオブザワールドの重鎮。怪我でもさせれば……レクシー提督は気にしないだろうが……政治的な問題になりかねない事を、小沢は懸念しているのだ。
とその時、電探士官が貝塚の方を振り向いた。
「お話中の所、申し訳ありません。艦長!」
「よい。報告を優先しろ」
と小沢。
「ヨーソロー。
本艦一時方向に時空震先進波を探知。艦船が降下してきます。
ADDアウト……今っ!」
「随分外れた所に降りてくるな……」
貝塚は艦長席のコンソールを操作して、個別に電探情報に目を通す。
「『パンデリクティス』級ですね……長官。レクシー提督の艦隊かもしれません」
エッグで『パンデリクティス』級を運用している組織は、近衛隊とアイオブザワールドだけである事が知られている。
近衛隊の艦が、エッグ領の果てであるオーウェン・サイラースまで来るとは考えにくいので、必然的にこの『パンデリクティス』はアイオブザワールドの艦と言う事になる。
「レクシー提督と連絡は可能だろうか?」
小沢が言う。
少なくとも情報共有、できればアイオブザワールドからの増援を引き出したいと言った意図だろう。
「友軍識別でレクシー提督の艦だと確定した後、連絡を試みてみましょうか?」
「ああ。それで頼む」
「ヨーソロ」
「当該艦は『パンデリクティス』級巡洋艦A2244と認む。
最新の編成表では、アイオブザワールド第二艦隊所属となっています!」
五分ほどかけて、降下してきた『パンデリクティス』の友軍識別が終わった。
妙に時間が掛かったのは、『パンデリクティス』に続いて、多数の輸送船も降下してきた為だ。
「通信士官。A2244に通信を繋げるか?」
「ヨーソロ。通信を試みます」
貝塚は艦長席から立ち上がって、艦橋のメインディスプレイに向き直る。
「小沢長官が直接話されますか?」
「いや、いきなり俺が話しかけてきたら、向こうさんもびっくりするだろう。頼む」
「ヨーソロ」
そんなやりとりをしている間に、通信が繋がった事を示すランプが点灯した。
「……こちらはアイオブザワールド第二艦隊所属『パンデリクティス』級巡洋艦A2244艦長、ランドール・へネス艦長」
こちらが映像付きの通信を送ったので、向こうも映像付きの通信で答えてくれた。
映像に現れたのは、黒っぽい灰色の髪を大雑把に三つ編みにした、肌の白いドラゴンの女性だ。
若いな。と貝塚は思ったが、ドラゴンの年齢など見た目で判断は出来ない事を思い出して、言葉を飲み込んだ。
「応答感謝する。こちらは大日本帝国海軍第一航空艦隊旗艦『翔鶴』、貝塚武雄艦長である。
レクシー提督と連絡が取りたいのですが、連絡は可能ですか? ランドール艦長」
「少々お待ちを……」
ランドールはそう答えて、通信がミュートされた。
レクシーの所在を確認しているのだろうと貝塚は想像する。
「お待たせしました、通信の中継は本艦で可能ですが、三〇分程待っていただければレクシー提督が座乗する旗艦も本海域に降下してきます」
貝塚は小沢の方を見た。
「出来れば早く情報共有をしたい」
小沢は答えた。
ルビィを危険に晒しているのが、小沢にとっては結構なストレスになっている事がうかがえる。
「ランドール艦長。お手数ですが、すぐにレクシー提督と話したいので、通信の中継をお願いできますか」
「わかりました。この回線をそのままリレーします」
画面外に向かってランドールが何かを合図すると、通信が一度ブラックアウトしてアイオブザワールドのロゴに変わる。
律儀にロゴの左下に、接続中というアイコンと接続完了まで、という数字まで表示されていて残り四八秒を示している。
四八秒の表示のは十秒ほどそのままで、残り三七秒に変わり、四四秒に戻ったのちいきなり五秒になったあとは、一秒ずつカウントダウンしていき、〇秒になった。
それから五秒ほど固まったあと、画面にレクシーが現れた。
貝塚は艦長席を小沢に譲る。
「小沢長官、ごきげんよう」
にっこりと笑いながらレクシーが言う。
なんとも魅力的な笑顔なのだが、表現不可能な不安を感じる笑顔でもある。
「応答いただきありがとうございます。レクシー提督」
「いえ。こちらもそろそろ連絡しようと思っていた所なので、丁度よかったです」
「……実はレクシー提督に報告がありまして……
提督はオーウェン・サイラースの出来事はご存じで?」
そこで小沢は一度話を切る。
「隕石衝突の話ですか? それなら既に報告を受けていますが……」
「本当に申し訳ないのですが、その隕石衝突の混乱でルビィ・ハートネスト主席参謀が本艦に戻れない状況になっています」
レクシーのホロ映像に向かって、小沢は頭を下げた。
向こうでレクシーは、こちらの映像を見ているのだろうかと貝塚は疑問に思った。
ホロ映像のレクシーは少し考えるそぶりを見せる。
「我が主席参謀が、その程度のトラブルでどうこうなるとは思えませんが……わかりました。アイオブザワールドからも手持ちの陸戦戦力を投入できるように検討しましょう」
「おお」
小沢は驚きの声を上げた。
アイオブザワールド陸戦部は艦隊司令部とは別の組織であるというのが、大日本帝国内での認識である。
◇◆◇◆◇◆◇
「ではお手数をおかけしますが、対応の方、よろしくおねがいします」
そう言うと、小沢からの通信は切れた。
「小沢長官も大変ね」
今まで小沢のホロが移っていた空間を見ながら、レクシーは言った。
「プリシラ艦長。ちょっと陸戦部長と話してくるわ。
ルーチンだから大丈夫だとは思うけど、何かあったら連絡ちょうだい」
「アイ。提督」
プリシラが艦長席から立ち上がって、レクシーに答えた。
「提督ブリッジアウト。レクシー提督は仮設陸戦司令部へ移動される」
高らかにプリシラが宣言する。
別にこれは酔狂でやっているわけではなく、レクシーの所在を士官に知らしめる為の重要な仕事である。
もっとも、『ユーステノプテロン』のコンピュータは、環境制御の為にどこに誰がいるかをリアルタイムでモニターしているので、調べれば所在を知る事は容易いのだが。
ブリッジからエレベータで五フロア降りて、艦尾方向へ一五〇メートルばかり行ったところに、仮設陸戦司令部はある。
司令部と言っても、艦に乗っている限り陸戦部に仕事があるわけではないので、実質的に陸戦部員の居場所というだけの部屋なのだが。
「シルクコット陸戦部長!」
景気よく声を上げて、レクシーは仮設司令部のプレートが貼られた扉を開いた。
「ドラゴンナイト! おい! 誰か部長をお呼びしろ」
幅二〇メートル。奥行き三〇メートル程の部屋に、陸戦部の士官の声が響き渡る。
レクシーはしばらく入り口で待っていると、眠い目をこすりながらシルクコットがパーテーションのカーテンを開けて出てきた。
「お休み中だったのね?」
「今は、標準時で午前四時前よ。普通は寝てるわ」
寝癖を直そうともせず、シルクコットはレクシーを伴って奥にある作戦テーブルへ向かう。
「何かお持ちしましょうか?」
陸戦部の士官が、レクシーとシルクコットが席に座るなりやってくる。
「コーヒーを頂戴。熱いやつ。レクシーは?」
「いらないわ」
突き放すようにレクシーは言うと、士官は小走りに去って行った。
「で、わたしを起こしたってことは、臨検?」
「残念ながら違うわ。当初から言ってるとおり、臨検はやらないのがアイオブザワールドの方針よ」
「じゃあ、なに?」
「オーウェン・サイラースに上陸してもらうわ」
状況がわからないのか、シルクコットの動きが止まった。
「……? 状況がよくわからないんだけど?」
そう言われて、レクシーは重大な事を思い出す。
すなわち、艦隊のスタッフではないシルクコットは、今この瞬間自分がどこに居るか知らないのだ。
「あー。そうね。最初から説明するわ」
手元のホロタブレットを机の上に置いて、起動しながらレクシーが言う。
「現在、わたしの艦隊はオーウェン・サイラースまで一時間以内の距離に居るわ。もうオーウェン・サイラースに入港してる艦もある。
で、今現在オーウェン・サイラースでトラブルが起こってて、ルビィが帰ってこれない状況になってるの」
レクシーはタブレットをシルクコットの方へ押しやった。
それをシルクコットが手に取って、情報に目を走らせる。
「天体の衝突? そんな事って起こる物なの?」
「起こるか起こらないかって言う話なら、起こりうるわ。超低確率だけど」
レクシーとしては、問題は隕石の類いが飛んできた事ではなく、迎撃用のシステムが動かなかった事の方だと思っているのだが、それも今はどうでもいい。検証は後でもできるだろう。
「……で、それに呼応してテロリストが動き出した……と。
この連中って、前にルビィのレポートにあったドラゴンの血を飲んでハッピーになってる奴ら?」
「ハッピーになってるやつらよ。今もハッピーかは知らないけど」
何しろ、ルビィが前にサイラース1に居たときと、今では魔法使いとしてスペックはまさに段違いになっている。
武装した人間がダース単位で襲って来ようが、それが魔法使いでないなら簡単に蹴散らせるはずだ。
「まあ、そのハッピーになってた奴らが暴れてるけど、サイラース1の治安維持ユニットは隕石による被害にリソースを取られて対応できないっていう状況ね」
レクシーが話を切ると、丁度シルクコットの注文を受けた士官がコーヒーを持ってきた。
「ありがと……で、陸戦部に助けにいけ、と」
ずずっとコーヒーカップのコーヒーをすすって、シルクコットが言う。
「有り体に言えば、そう。
艦がADDアウトしたら、部下を連れてサイラース1に向かって。
指揮権は一端陸戦部長に預けるわ。地の利はシャーベットの方があると思うから、以後の指揮権の設定は陸戦部に任せるわ」
ちなみに、艦隊司令長官としてのレクシーは陸戦部に命令する権利はないのだが、ドラゴンナイトとしてのレクシーはアイオブザワールドで最高の指揮権源を持っている。
これはなかなか便利なのだが、正直言って危険な状態だとレクシー自信も思っていたりする。
「わかったわ。なんとか一時間くらいで用意できると思うわ。
上陸はこの艦の『グラミー』を二隻ほど借りるわよ」




