サイラースの魔女の伝説16
とラーズは思っていたのだが、意外にも別の方向からもパチパチという拍手の音が聞こえてきた。
「?」
この状況下で拍手をしながら現れるのは、どう考えても敵の幹部しかいない。
「うをっ!?」
拍手の方を振り向いて、ラーズは驚愕の声を上げた。
そこに居たのは、赤いドレス姿の女だった。
白人、身長は高め、年齢は三〇代だろうか? 多分四〇までは言っていない。
「……悪の女幹部だと!?」
「ラーズさん! 悪の女幹部はあんな格好してないっすよ!」
というのは宮部の言だが、確かにそうだ。
戦隊ものにあんなのが出てきたら子供が泣く。
「確かにそうだな……我が大日本帝国の誇るAV女優はもっと美しい」
ちなみに戦隊ものの女幹部を、グラビアアイドルやAV女優がやっているのは、いわば周知の事実である。
「まさか、センチュリアから逃れた魔法使いがこんな所に居るなんてね」
「オレは、オレがセンチュリアから逃れた事より、あの目玉のバケモノがどこから来たのかが気になるぜ」
まあ普通に考えて、センチュリアから持ち出された魔獣なのだろうが、ラーズとしては引っかかる事が色々ある。
「お察しの通り。アレはセンチュリア産のバケモノよ」
「キングダムの魔法使いが作ったにしては弱すぎるぜ? あの土下座右衛門」
言いながらラーズは少し左へ場所を移す。
赤いドレスのおばさんが通路の奥に逃げても、動かずに追撃できる位置取りである。
「まっ、そんなのどうでもいいや。
で? おばさんはCIAか? それともNSA? もしかしてオレの知らない政府機関の所属か?」
ラーズは軽くカマをかける。
まさかおとなしく喋ってくれるなどと思っているワケではないが、時間をかければかけるだけ味方が集まってくるのでラーズ側が有利になるのだから、時間をかけないのは損という物だ。
「カーゲーベー」
「は?」
予想に反して、女はそう言った。
カーゲーベーとはソ連の諜報組織KGBの事である。
「ウソよ」
気がつくと、女はラーズのすぐ目の前まで近づいていた。
……しまった!
思うが早いか、アイスピックのような物を握った女の手が、ラーズに向かって伸びてくる。
「にゃろっ!」
ラーズは伸びてきたその手を左手で掴んで、捻りながら投げる。
「当て身投げっすね!」
宮部が言うが、まさにそんな感じだ。
ラーズとしては、別に男が優れているとか女が優れているとか言う気はないが、格闘戦をするなら体重は絶対正義である。
「《炎の矢・改》デプロイ」
当て身からは、起き上がりに飛び道具重ねてセットプレイがセオリーだ。
セオリーは裏切らない。裏切らなかったからセオリーになったのである。
もっとも、保護障壁なしで|《炎の矢・改》を受ければ、無事では済まないだろうが。
だが、ラーズの予想は裏切られる事になる。
「なにっ!?」
なんと、ラーズのばらまいた炎の矢が、女の周りで弾かれたのだ。
……保護障壁だと?
弾かれ方からして、この女は間違いなく保護障壁を持っている。つまり魔法使いという事だ。
混乱。
ラーズは大きく後ろに跳んで、間合いを開けた。
そこに向かって、女がアイスピックの様な物を投げつけてくる。
「ちっ」
新・子狐丸で飛んできたアイスピック状の武器を叩き落として、ラーズは油断なく構えた。
「ペッパー君より、このおばさんの方がよっぽど魔女だぜ」
とはいえ、敵はこの女以外は全滅。対して、こちらは魔法使いだけ数えるとしても、ラーズとルビィで二対一。
はっきり言って、この女に勝ち筋があるとはラーズには思えない。
それでもわざわざ自分で出てきたと言う事は、何かあると考えるべきである。
……気持ち悪ぃな……
センチュリアの常識では、人間の魔法使いは十歳を超えた頃から魔法を使い初め、十代の半ばから後半にかけてピークを迎え、その後は緩やかに能力を失って行き、三〇歳を待たずに魔法で物理現象を起こせなくなるとされている。
目の前の女は、少なくとも保護障壁で|《炎の矢・改》を弾いたので魔法を使える事は間違いない。
考えられるパターンとしては二つ。センチュリアから持ち出された魔法の研究が進んだ結果、人間の年齢制限的な物を克服できたか、あるいは目の前のおばさんは実は若くてタダ老けているだけか。
「まあ、どっちにしたって……土下座右衛門よりツエーってこたぁねえだろ?
……《フレアフェザー》……」
ラーズは本日何度目かの火の鳥を生成した。
これは通常版の《フレアフェザー》だが、目の前の魔女を焼くには十分な火力がある。
「ラーズさん! 大変っす!」
穴の上から宮部の声。
「小沢長官が通信で、すぐに待避しろって言ってるっすよ!」
「んな事、今言われても……」
ラーズとしても困るのだ。
大体、なぜ待避しないといけないのか、という重要な情報もない。
「ルビィ! 官憲連れて逃げる準備!」
「はーい!」
と元気な返事が返ってくる。
なんだかんだで、ルビィはしたたかなドラゴンなので、何があっても自力でなんとかするだろう。
……どっちかってぇと、問題なのは宮部っちなんだよな。
魔法戦前提では、魔法の使えない宮部はただ邪魔なだけなのだが、海軍的に通信要員は絶対必要なので連れてきているワケだし、今も通信してくれているので無碍にはできないのだが。
「宮部っち! 現場士官として待避可否判定の為の情報を要求する。って送ってくれ」
結果はまあ聞かなくても、黙って戻ってこい。だろう事は想像に難くないのだが。
「ルビィ。この女捕まえたら、何かおいしい情報とか聞けそうか?」
「わかりません!」
ルビィ即答。
まあ、それはそうだろう。
その時、ごごご……という低い音というか振動をラーズは感じた。
よくよく考えてみると、小沢が撤退命令を出してきたという事は、宇宙から見える規模の何かが起こっていると考える事が出来るわけで、なかなかに洒落にならない。
「無念! デプロイ!」
ラーズは保持していた《フレアフェザー》を放つ。
《フレアフェザー》の火力は、儀式を伴わない打撃魔法としては今も昔もトップクラス。
センチュリアのランカークラスの魔法使いでも、これを保護障壁だけで耐えるのは不可能である。
……しかし、気になるぜ。
アメリカ人が、センチュリアから魔法の秘密を盗み出していないはずはないのだが、それだけで魔法使いを作ることが出来るものなのだろうか?
◇◆◇◆◇◆◇
「それにしても……強い!」
ルビィは率直な気持ちを漏らした。
もちろんラーズの事である。
ラーズの魔法は、運用もバリエーションもルビィの考える理想形だ。
そのラーズが使う魔法のノウハウを少しでも多く盗み取ろうと、ルビィは目をこらす。
ラーズが魔女に向かって放った《フレアフェザー》は、一直線に飛んで行き、確実に魔女の命を奪うだろう。
威力的な話をすれば、火竜であるルビィでもラーズの《フレアフェザー》の直撃には耐えられない。
大した魔力も持たないように見える人間が、ラーズの魔法の火力に抗えるわけがないのだ。
……決着。
とルビィが思ったその刹那。
ジャッという金属音。続いて爆発。
「なに!?」
《フレアフェザー》の着弾タイミングではない。それよりわずかに早く爆発が起こった。
「ちっ」
ラーズが不快そうに舌を鳴らす。
あまりラーズはそういうことをするタイプではないと、ルビィは思っていたのだが……
「最近の害虫は、こんな宇宙の果てにもわくんだな?」
不快感とそれ以上の猛烈な殺気を隠そうともせず、ラーズが大声を上げる。
続けて、左手の手のひらを胸の高さで上に向けて、魔法をかける。
「《イザナミ・ネットワーク》アタッチ……|《ブラスト=コア》デプロイ」
ネットワークの接続から、流れるように打撃魔法を生成するラーズ。
殺気だっていようが、一切乱れることのない見事な魔法の運用だとルビィは関心する。
「死ねクズ共」
まだ消えない《フレアフェザー》の炎の向こうへ、ラーズが|《ブラスト=コア》を放つ。
ラーズの手から離れた|《ブラスト=コア》は、瞬時に子弾に分裂、個々に炎の向こうで爆ぜてさらなる爆炎をまき散らす。
……拡散弾……
わざわざラーズが|《ブラスト=コア》を拡散させたのは、敵の位置がわからないからなのか、敵が多いからなのか。
とにかく状況が変わったのは間違いない。
ルビィはラーズのそばに駆け寄る。
「フォローします。邪魔にはなりません」
はっきりと宣言する。
それにしても問題は、新たに出現した敵だ。
「……これは……そんなまさか!」
ラーズの攻撃から逃れた新たな敵を視認して、ルビィは驚愕した。
「アメリカ人!」
そこに居たのは、灰色の都市迷彩の軍服を着た男女。
その数、十二人。
その十二人のリーダーらしき大男の装備を見て、どうやらラーズの《フレアフェザー》は、無反動砲で迎撃されたらしい事をルビィは理解した。
ここにアメリカ軍が現れたという事は、白ずくめのバックはアメリカ軍という事で確定である。
そして、あの魔法を使う女はCIA辺りの工作員というワケだ。
「マイスタ・ラーズ!」
ルビィは声を上げた。
これは自分も参戦するという意思表示だが、ラーズが聞いているのかは不明だ。
「《紅蓮剣・改甲『陽炎』》!」
ラーズの姿が消える。
ほぼタイムラグなしで、刀を振りかぶったラーズは無反動砲を持った大男の横に出現した。
炎を帯びた刀が、振り下ろされる。
キングダムの魔獣相手でも十分な威力を持つ斬撃である。
ガキン! と金属音。
「キッズが危ないおもちゃを振り回してんじゃねえ」
大男はなんと、左手で抜いた大ぶりのダガーナイフでラーズの刀を受けたのだ。
「じゃあ、そのおもちゃで焼け死ね白豚」
ラーズが刀に力を込める。
もちろん、この力と言うのは腕力の事だが、同時に大量の魔力が注ぎ込まれるのをルビィは見て取った。
まず最初に起こった変化は、大男の持つダガーナイフ。
新・子狐丸と接触している部分が赤熱し始め、徐々にその刃部分から煙りが立ち上り始める。
これはダガーナイフに塗られていた油が、新・子狐丸の熱で焼けているということだろう。
続いて、新・子狐丸の刀身が徐々にダガーナイフにめり込んでいく。
こちらは|《紅蓮剣》の効果である斬撃強化による物だろう。
所詮、タダの金属塊に過ぎないダガーナイフで、魔法の武器である新・子狐丸に対抗するなど無駄なのだ。
「《ブリンク》」
大男が我慢できずに身を退くその瞬間、ラーズが再び《ブリンク》で飛び去っていく。
ラーズが次に出現したのは、敵のまっただ中である。
今まで、観戦しているだけだったアメリカ軍の連中は反応出来ない。
銃を上げる間も与えず、ラーズが振り上げる刀が、ほっそりとした黒人の兵士の腕を易々と切り飛ばす。
返す刀で、赤十字のマークをつけた女を背後から袈裟斬りでバッサリいった後、その腹に背中から刀を突き立てる。
女だろうがお構いなしの無慈悲な立ち回りに、ルビィは感動すら覚えた。
心の奥底からラーズの様な魔法使いになりたいと、心酔する。
「……でも……なんでアメリカ軍が?」
ルビィは思わずそう呟いたが、すぐに頭を切り替えて目の前の敵に集中する。
「《炎の矢・改》デプロイ」
すぐに打撃魔法を用意して、今し方までラーズと切り結んでいた大男に、炎の矢を投げかける。
意識がラーズの方に向いていた、大男は完全に不意打ちの形で背後から十発以上の炎の矢を受けて、地面に転がった。
「ルビィ!」
批難めいたラーズの声。
「この場に居る全員が、獲物を狩る権利があるはずです!」
ラーズに批難されるのは少々心が痛いが、ルビィとしても実戦の経験は大事だ。
大体、エッグの領土であるオーウェン・サイラースで、敵国の兵士に好き勝手やらせるワケには行かない。
「……わかった……あんまり食い散らかすなよ」
あまり納得していないが、ルビィ側の事情も察したという雰囲気でラーズは手を上げた。
同時に、刀が刺さったままのメディックっぽい女を足で蹴って刀を抜く。
「でもまあ、どっちみち生かして返す気はねえんだけどな」




