幽霊船の海14
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トリトン海軍基地。
木星での戦闘を終了した小沢艦隊は、母港としている海王星の衛星トリトンに投錨していた。
艦のメンテナンスと補給に少々時間がかかる見込みなので、小沢は手持ちの航空隊の強化に邁進することとした。
「……被撃墜は『天鶴』十二番機!」
「『翔鶴』所属の『流星』六番機撃墜されました」
トリトン海軍基地の広域指揮所で、小沢は航空隊の演習の様子を腕組みしながら不機嫌そうに眺めている。
「ダメだダメだ! もっとやる気を出せと伝えろ!」
スコアボードを確認して、小沢はさらに不機嫌そうに声を荒げる。
ちなみに敵役をやっているのは、サムライ坂井と宮部のコンビである。
この二人と宮部のドローン三機、計五機が強すぎて三二機の艦隊防空隊がズタズタにされた上、丸裸にされた『流星』がおやつ感覚で叩き落とされて行く。
なお坂井も無人の乙型『烈風』を連れているのだが、宮部ほど明確な戦力にはなっていない。
それでも坂井本体があまりにも強いので、訓練にならないのだが。
「通信を坂井に繋げ!
……坂井少佐! 少しは手加減せんと、訓練にならないぞ!」
小沢がマイクを持って怒鳴る。
「しかしながら司令官。思いっきりやれと言われたのは、小沢閣下自身でありますが……」
少し困惑したような声で、坂井が返してくる。
「もう少し手心というか、そういう物があるだろうが!」
もっとも、最近坂井も宮部も思いっきり戦う場面が無かったのは事実なので、多少暴れたい気持ちは小沢にもわかる。
「とにかく! 自分のスコア稼ぎだけでなく、後輩の育成に努めるように」
特に『烈風』は動かすのに特殊な才能が必要なので、パイロットの母数が非常に少ない。
それでも物になれば、その戦力は他の航空機の比ではないので、難しいところではある。
「訓練空域に航空機が接近中」
管制官がヘッドセットを外しながら、小沢の方を振り向いた。
何の航空機か知らないか。と言外で言っているのだ。
「どこかの訓練機が紛れ込んだのか?」
「接近中の航空機、所属を名乗れ」
管制官の呼びかけに応える様に、不明機のアイコンが切り替わった。
友軍識別が終わったのだろう。
アイコンは雀のマークになり、その横にスズメ1という符丁が表示された。
「ラーズ君が戻ってきたか……」
ラーズは草加が進めていた別作戦に駆り出されていたと、小沢は記憶していた。
一体どこで何をやっていたのか、小沢も興味があったので呼び戻して聞こうと思ったのだが、止めた。
「スズメ1に通信を繋げ。
こちらは第一航空艦隊司令長官の小沢である。スズメ1応答されたし」
◇◆◇◆◇◆◇
「……と言っていますが?」
コンソールのド真ん中に座り込んだ雀が、通信関係のウィンドウの方を見ながら言う。
「むー。着陸して休みたいんだが……」
ラーズは地球から、海軍の輸送船『朝日丸』に『烈風』ごと乗せてトリトンまで来た。
この『朝日丸』、空母でもなければ航空輸送艦でもないので、機体を乗せることはできても与圧設備がないのでパイロットが船内と行き来できない。
従ってラーズは、一日半ほど『烈風』のコックピットに閉じ込められていたのだ。
食料は事前に買い込めば問題ないし、トイレも飛行服の方でよしなに処理してくれるので問題ない。
だが、いくら座り心地のいい『烈風』の操縦席でも、一日半も座ってれば体がおかしくなるという物だ。
「……応答しないワケにもいかないだろ……そもそも着陸許可を貰わないと着陸できないし」
嫌な予感をひしひしと感じながら、ラーズは無線の応答ボタンに振れた。
「こちらは『翔鶴』航空隊、符丁スズメ1。感度良好」
「小沢だ。
着陸前に、艦隊の防空演習に参加を要請する」
「防空演習ですか?」
「有り体に言えば、今防御側にいる坂井と宮部が強すぎる。ラーズ君は攻撃側に入ってくれ」
問答無用の小沢の命令から、演習の詳細ルールが送られてくる。
ラーズとしては大分消耗しているので、やりたくはないのだが、坂井や宮部が相手となるとそういうわけにもいかない。
第一航空艦隊のエースが誰であるかは、いつでもどこでも極めて重要な話だからだ。
「ヨーソロ……鈴女! 操縦を返せ」
言うが早いか、ラーズは操舵スティックを握った。ついでに、スロットルレバーも防火壁いっぱいまで押し込む。
機外のハードポイントはもちろん、ウェポンベイも空の『烈風』は軽やかに加速を開始した。
「一撃必殺、天誅ぅぅぅっ!」
演習の攻撃対象である練習空母『母鴨』に向かって、ラーズは大回りで突撃した。
機関砲……の弾道をシミュレートした当たり判定……をばらまきながら、『母鴨』の飛行甲板を目指す。
『母鴨』の飛行甲板は、おおよそ四〇〇メートルとかなり大きい。
実際にラーズは何発か機関砲弾の命中判定を出した。
「来たな!」
一直線に『母鴨』に向かうラーズに向かって、とんでもない速度で上から襲いかかってくる機体がある。
「……チョウゲンボウか!」
ラーズは一瞬だけ逆進をかけて、チョウゲンボウの攻撃タイミングを外す。
予定通り、チョウゲンボウはラーズの目の前を上から下にすり抜けていった。
……できれば、同期して攻撃してほしい所だが……
現在攻撃チームは、『天鶴』の艦載機軍団が主な構成要員である。
だが、その『天鶴』航空隊は、いいように『翔鶴』攻撃隊に蹂躙されている。
実戦配備されてからの期間の差が、そのまま実力差と出ている状況だ。
確かに、これは小沢が不機嫌なのも納得と言う物だろう。
「ケツは貰ったぜ!」
ラーズは操舵スティックをちょいと倒して、チョウゲンボウを追った。
後ろに着かれるのを嫌って、チョウゲンボウの『烈風』が激しく機体を振って逃げ回る。
「……機動性はおんなじだから、逃げられないぜ」
照準器の中央にチョウゲンボウの機体を捕らえて、ラーズが機関砲のトリガーに指をかけた瞬間。
……っ!
ラーズは乱暴に操舵スティックを振って、ラダーを蹴り飛ばす。
直後に今までラーズが居た位置を、『烈風』の機体が通り過ぎて行った。
……ドローンか……中々……
宮部は自分の乗った『烈風』を餌にラーズを釣っておいて、ドローンで撃墜しようともくろんだらしい。
だが、直前に鈴女が特号装置経由でそれを知らせて来てくれたおかげで、ラーズの反応が間に合ったというワケだ。
「こっちにドローンがないのツラいぜ」
それでも、攻撃を止めればあっという間にドローンに囲まれて、袋だたきにされるのは明白。
攻撃は続行せざるを得ない。
右下方にチョウゲンボウを見つけたラーズは、そちらにむかって機体を向ける。
……タイチョーもどっかに居るんだよな……
あまり宮部に集中していると、どこから坂井に叩き斬られるかわかった物では無い。
宮部はドローン込みで脅威なのに対して、坂井はそれ単体で脅威なのだ。
「あと誰か空母を攻撃してくれ!」
無線に向かって、ラーズが怒鳴る。
攻撃側の勝利条件が空母への攻撃成功なので、攻撃が行われなければ永久に勝てない。
……『紅鶴』とか『天鶴』のヒヨッコはともかく、『瑞鶴』隊はなにやってんだ!?
「そもそも飛んで居る『流星』が少ないですね……もう、ほとんど落とされたのでは?」
鈴女のアバターが、コンソールの上からキャノピーを見上げて、絶望的な事を呟く。
「お前、そんなのどうやって勝てって……うわっ!」
直下のトリトンの大気を切り裂いて、一機の『烈風』が急上昇してくる。
もちろん敵機で、もちろん坂井だ。
「うんんん……」
「何発か左の翼に被弾しました」
冷静に鈴女が言うが、ラーズとしてはそれどころではない。
左にブレイクしながら、トリトンに向かって急降下に移る。
ばさっ! と座席の後ろで音がして、詰め込んであったゴミが慣性で飛び出してくる。
「ええい、邪魔だ!」
キャノピーにくっついたブラックサンダーの包み紙数枚を左手で引っ掻いて落としつつ、ラーズはトリトンの大気圏に突入する。
一瞬で坂井機とすれ違う。
ステータスを確認すると、被弾数は五。戦闘続行に支障なしとなっている。
ラーズは一発も撃っていないので、もちろん命中はゼロである。
「鈴女! このまま大気圏内で暴れても、空中分解とかしないよな!?」
これは演習なので、当然実際にダメージがあるわけではないのだが、演習モードでは被弾状態をシミュレートしているため、突然空中分解判定が出て、敗北することがままある。
というか、よくある。
「これくらいならツバ付けとけば治ります」
「よし」
上空でキラリと坂井の機体が光る。
海王星の光を機体の上面が浴びたのだ。
つまり、機体を翻して追撃に入ったという事である。
「いっけっ!」
ラーズはスロットルを防火壁いっぱいまでたたき込む。
「制御を大気圏内用に変更します」
特にラーズの返事も待たずに、鈴女の周りにあった宇宙空間航行用計器が消えて、大気圏内用に切り替わる。
以後、機体はバーニア制御から空力制御へ切り替わる。
……タイチョーが来てるって事は、宮部っちは防空に戻ったか……
と言う事は、ラーズの相手は坂井に移ったという事だ。
大前提として、ラーズは坂井にかなわない。ドローンが使えればワンチャンあるのだが、今はないのでどうにもならない。
一般的にまともに勝てない相手に勝とうと思うなら、奇襲かイカサマが必要になる。
だが、既に交戦してしまっているので、奇襲は不可能。イカサマの方は、あまりにもラーズと坂井の技量が隔絶しているため、イカサマ以前の小技の地点で上から叩き潰される。
……どうする?
『母鴨』の方も気になる所だが、坂井をなんとかしないと戻るに戻れない。撃墜されるにしても、攻撃隊に少しでも時間を稼いでやりたい所だ。
ぱぱぱぱっと、機関砲弾……もちろん実弾ではないが……が飛んでくる。
坂井の牽制射撃である。
これは頭を上げると、蜂の巣にするぞという意思表示だ。
実際ラーズも馬鹿正直に機首上げするつもりはない。
降下角七〇度、対地速度は時速一三五〇キロ付近。
「ここっ!」
ラーズは一八〇度ロールからの都合一一〇度の機首上げで、一気に水平飛行を経て上昇に転じる。
坂井から見ると、これは機首下げの機動になるため、追従するのは困難なはずだ。
だが。
その坂井も、滑らかにロールしつつ、ラーズよりタイトな機首上げを見せる。
……上を取られた。
思うが早いか、ラーズはラダーを蹴っ飛ばして、機体をスライドさせる。
直後までラーズが居た空間を、『烈風』の機関砲がなぎ払って行った。
「あぶねえ!」
……やっぱ小手先のマニューバじゃどうにもならねえぞ?
これは難題である。
もちろんイージーに答えは出ないし、その間に大きく蛇行した坂井の機首がこちらを向く。
「なんのぉっ!」
対してラーズh、思いっきり操舵スティックを手前に引いて、機首上げ。同時に推進器の出力をカット。
プガチョフコブラで攻撃をかわしつつ、坂井機が下を行き過ぎるのを待つ。
「……これなら、どうだ?」
期待を込めて、坂井の挙動をラーズは視線で追った。




