竜の卵と卵の事情12
「こりゃ困ったな」
アベルは呟いた。
よくよく考えてみれば、アベルはエッグの治安レベルも知らないのだ。
「……どうかされましたか? マイスタ・アベル」
「んー。
……あそこに停まってるバン……ちょっと気になって、な」
「業者では? ちょうどあそこの角に、スーパーマーケットがありますので……」
「……業者の搬入……なるほど」
それならいいんだけど。
アベルのいい予感は当たった試しがないが、悪い予感が外れた試しもない。
……まあテロリストが学校を襲撃とか、中学生の頃妄想しなかったわけじゃないが……
これを黒歴史と言って笑えるのは、テロリストが来なかった場合だ。
「マイスタ・アベル」
声がかかった。アベルが振り返るとシルクコットが戻ってきていた。
「シルクコットか……」
「すいません。学園長。よろしければ電話をお借りできますか?
通信網がダウンしたようで……」
「ええ?」
と、これはアベル。
このタイミングで通信網がダウンするなど、都合が良すぎる。
「シルクコット! 電話の前に、ちょっと外見てくれ」
「外……ですか? マイスタ・アベル」
シルクコットはアベルに言われるまま、窓に歩み寄り外を見る。
「黒いバンが見えるか?」
「……はい。三台停まってますね……」
シルクコットが顔をしかめた。
「……申し訳ありません。マイスタ・アベル。
どうも連中を連れてきてしまったようです……」
そういいながら、シルクコットは腰の右側のホルスターから銃を抜いた。
スライドを少し後ろに引いて、初弾がチャンバーに入っているのを確認する。
それは、すなわち臨戦態勢に入ったという事だ。
見れば、外のバンからスーツ姿のドラゴン達がゾロゾロと出てきている。
「学園長……学園長室に戻って、中からカギをかけてください。
連絡が可能なら、ユグドラシル神殿に連絡を。
代表番号でいいのでかけた後、コード三三が発生と伝えてください。通じるはずです」
「シルクコットの言うとおりに!」
アベルもげ学園長を促す。
この状況で、果たして電話が使えるのかどうかわからなかったが、他に対応策はない。
「……生徒たちには……」
「水際で迎撃します。パニックになってバラけられると、どうしようもなくなります。
マイスタ・アベルはわたしから離れないでください」
「……お、おう」
◇◆◇◆◇◆◇
「なんだと!? もう一度言え」
アルカンドスは電話に向かって叫んだ。
「ドラゴンマスターの弟が本日、ユグドラシル神殿から出ました。
それに対して、攻撃が行われます」
グレイマンは冷静に答えた。
攻撃を行うのは、『ティルト』の下位組織のようだ。
それが、『ティルト』主導なのか、下位組織の主導なのかは不明である。
「……情報を送れ。ガブリエルの弟は俺様の獲物だ!」
「組織の……意向に背くので?」
「組織の意向は、ガブリエルの弟の保護かっ?」
「ちがいます」
当然である。そもそもアルカンドスが『ティルト』に協力しているのは、それが反ドラゴンマスター組織であるからである。
「なら、問題はないだろう」
ドラゴンマスターの囲みが減るのは。『ティルト』の望む所だろう。
そして、弟が倒されれば、ガブリエルが出てこざるを得ない。
ガブリエルとの決着はアルカンドスの望む所だ。
問題がある。アルカンドスの住処からルイスアビーまで遠いのである。
その距離四セクター。約一〇〇キロ。
古びたバンに乗り、高速道路をアルカンドスは走る。
時間は二時間ほどかかるだろう。
……くそっ。
アルカンドスは毒づいた。
だが、エッグのインフラはいろいろな機関に監視されている。
車が自動運転以外で走っていれば、それはそれは目立つだろう。
……ガブリエルめ。なにを考えている?
ガブリエルは、自分を狙うテロリストが居ることを知っているはずだ。
それなのに、弟をほとんど護衛も付けずに街に出した。
これは、どういう事なのだろうか?
この弟は、護衛が必要ないくらい強いのだろうか? それとも、実は取るに足らない存在なのだろうか?
◇◆◇◆◇◆◇
「シルクコット。率直な意見をくれ。
……戦闘開始から、生徒がパニックを起こすまで、どれくらいだ?」
「……銃で武装していた場合、三〇秒。それから、好き勝手に逃げ始めるまでに、さらに三〇秒」
スーツ姿の侵入者を三階の窓から見下ろしながら、シルクコットは答えた。
「食堂のスタッフの人!
祭りが始まったら、カギをかけて身を低くしててください。
すぐに、応援が来て敵を殲滅します」
アベルは大声で宣言した。
無論、応援が来る当てなどないが。
……なるほど、狸だ。
シルクコットは思った。表示一つ変えずに、嘘を付く。
シルクコットが嫌いなタイプの男。
「……シルクコット。オレが合図したら撃て」
そう言うなり、答えも待たずにアベルは窓からひょい、と飛び降りた。
「ああっ! もう!」
着地したアベルは、そのまま学園の敷地内を歩くスーツ姿の男たちに歩いて近づいて行く。
これはもう何を言っても止まらない。
覚悟を決めてシルクコットは銃を構えた。
シルクコットが持つ銃は、PF13。エッグの法執行機関から軍まで幅広く使われている標準的な拳銃だ。
九mm弾を使用し、装弾数は十三発のオートマチック。シルクコットは、初弾を装填した状態で拳銃を帯行しているので、最初のマガジンだけは十四発撃てる。
シルクコットは射撃には自信があったが、所詮はただのハンドガンである。現実的な射程距離は二〇メートルに届かない。
恐らくアベルは、適当に侵入者に話しかけた後、戦闘に突入するはずである。
アベルの先制攻撃の後、シルクコットは第一射を放つと定めた。
狙うのは、侵入者の一番後ろ。
問題は、アベルが侵入者をどのタイミングで敵であると確定するか。
だが、シルクコットの考えは直後のパン! という破裂音で全て消える事になった。
アベルが倒れる。
「!?」
この段階で、この侵入者たちの目的はこの学園である。とシルクコットは考えていた。
しかし、この侵入者たちの目的がアイオブザワールドへの攻撃なら、話は違う。
……致命的判断ミス!?
シルクコットは窓から躍り出た。
さすがに落下しながら銃を撃つような真似はなしない。当たらないからだ。
「……マイスタ・アベル! 無事ですか!?」
適当に銃を乱射して、敵を牽制しつつシルクコットは倒れ伏したアベルに向かう。
敵は六人。対してこちらはシルクコット一名。武装も向こうは対魔法使い用の装備で来ているだろう。
九mmの拳銃一丁で相手にするのは厳しい。
……せめて、車まで戻れれば……
車のトランクには、アサルトライフルやら対戦車ロケット砲やらが積んである。
しかし、遠い。
……敵の武装は、サブマシンガン……多分、地球文明のね……
エッグにおいて、地球から輸入される銃火器は限定的である。
従って、この侵入者が持っている武器は密輸品であると考えられる。
シルクコットは、校舎の脇の花壇に設置された、なにかの石碑の裏に隠れた。
銃から打ち切ったマガジンを抜き出し、新たなマガジンを差し込む。
ホールドリリースレバーを操作するなり、再度射撃を再開。
「……詰められてるわね……でも」
でも、悪くない。
うまい具合にアベルから敵を引きはがせた。
これで、トドメをさされるリスクは大幅に減った。
問題は自分の方だ。
弾は残り、三〇発もない。
これで、六人倒すのは非常に厳しいと言わざるを得ない。
「……っ!」
大して厚くもないシルクコットの保護障壁を易々と貫通して、銃弾がシルクコットの頬を撫でて行った。
多少痛いが、構わず撃ち返す。
「がっ!」
という悲鳴が聞こえ、ベンチを遮蔽物にしていた一人が倒れた。
……やっと一人。
残り五人。残っているマガジンは二本。残弾二六発。
残弾の事を考えると、敵を引き付けて魔法で攻撃、というオプションも見えてくるがシルクコットの貧弱な魔法で、敵が倒せる保証はない。
「おい! グレネードランチャーだ!」
侵入者の一人が叫んだ。
声をかけられた二人が、アサルトライフルに取り付けられた擲弾筒に、グレネードを装填する。
「っ!?」
これはよろしくない。
遮蔽物ごと吹き飛ばされる。
だが、逃げようにもしつこく牽制射撃を受けて、遮蔽物にしている石碑から出られない。
グレネードを装填し終わった三人が、擲弾筒をこちらに向けた。
……ダメっ!
そもそも魔力の弱いシルクコットの保護障壁は貧弱である。
グレネードの至近距離での爆発には耐えられない。
おそらく、今背にしている石碑がグレネードで砕ければ、その破片でアウトだ。
そのまで考えた辺りで爆発音。
……?
だが、想像していた致命的な破壊は起こらなかった。
「……なんか、敵にも味方にもナメられてるような気がするな……」
声の主は言うまでもない。
いつの間にか立ち上がっているアベルだ。
無論、傷など一つも付いていない。
「マイスタ・アベル! ご無事で!?」
シルクコットは思わず石碑から顔を出して、問いただした。
アベルは左手を上げて答える。
だが、それと同時にシルクコットが見たのは、凄まじい光景だ。
侵入者三人が黒焦げになって、倒れ伏している。
これは、明らかにグレネードで自爆した形跡だ。
……一体……なにを!?
アベルが魔法でなにかしたのは間違いない。
しかし、三人のグレネードを誤爆させ、さらに二人を拘束してしまう魔法。
そんな魔法が存在するのだろうか?
「《霜柱の牢獄》を発動した」
シルクコットの疑問に答えるように、アベルが言う。
聞いた事のない魔法だった。
アベルが歩き出すと、ザクザクという音がする。
地面が凍っているのだ。
「……まさか!?」
……この範囲で、五つも対個人用の封鎖結界を作ったの!?
「移動制限プラス攻撃阻害……どうよ?」
どうよ? と言われても、シルクコットも困る。
ただ言えるのは、どうもアベルはガブリエル辺りに匹敵する魔力量を扱えるらしい、という事。
「これで全滅か……?」
とはアベルの言葉。
「そんなわけ、ねえな……
シルクコット! 戦闘続行は可能か?」
「……はい! 車に戻って弾薬を補充すれば、可能です」
「行ってこい。
校庭の方で合流だ」




