竜の卵と卵の事情11
「……んで、その宰相院が魔法使いの卵を選ぶ時の基準が知りたい」
「基準……ですか?」
「ああ。なんらかの選別基準が定められているはずだからな」
これは当然である。
基準が決まっていないと、審査官によって結果がぶれる事になる。
「……すいません。わたしは存じません。
ただ、適切な理由を付けて資料請求すれば、情報は出して貰えるのではないでしょうか?」
「適切な理由……か。
例えば、アイオブザワールドの人事評定基準の見直しに用いる、基礎データの一つとして使用したい。みたいな感じか?」
「いいと思います。
ただ、請求となるとドラゴンマスター経由で出してもらう必要がありますが……」
「そっちはオレが根回ししとく。文書の作成をよしなに頼む」
「はい」
「……ところで、請求した情報って……どれぐらいで貰えるんだ?」
「わかりませんが……過去の実績ベースだと……八から十二週くらいでしょうか?」
「遅せえ!」
アベルは叫んだ。
どれだけお役所仕事なのかと。
お役所だが。
「……なにか、案があれば聞きたい」
「そうですね……」
レプトラは困った顔をしながら天井を見た。
レプトラの困った顔はなかなか魅力的だ、とアベルは思った。
「……いいことを思いつきました」
◇◆◇◆◇◆◇
翌日。
「レプトラ。恨むわよ」
アベルを乗せた大型のセダンを運転しながら、シルクコットは唸った。
レプトラが提示した解決策というのは、魔法アカデミーへの直接訪問である。
つまり、アカデミーの教師に直接、選別基準を聞こうというアプローチだ。
確かにこの方法なら、アベルの求める情報が最も確実に素早く手に入るだろう。
レプトラの根回しは素早く、翌日にはアポイントを入れることに成功した。
問題はアベルが、ユグドラシル神殿を離れる事になるという事。それは、すなわちシルクコットが護衛をしなければならないという事だ。
レプトラはどうか知らないが、理屈屋でどうにも実力が伴わない感のあるアベルの事が、シルクコットは嫌いだった。
当のアベルは、現在後部座席で何かの資料を一心に読みふけっている。
車は基本、自動運転である。自動運転は個々の車が独自判断で行う形式ではなく、道路に敷設された運行コンピュータが一括でトラフィック制御を行う形式を採用している。
従って、シルクコットは行先を設定すれば、あとは運転席に座っているだけでいい。
ユグドラシル神殿を出た車は、しばらく下道を走り高速道路に乗る。
高速道路は完全なトラフィック制御が行われているので、車は時速二〇〇キロ内外で走ることができる。車の性能的にはもっと出すこともできるのだが、舗装が痛むのでこの速度が巡航速度だ。
高速道路を十分も走ると、『ウォール』と呼ばれる構造物が見えてきた。
正確には『ウォール』はずっと遠くから見えていたのだが、それが壁と認識できるようになるのには、ある程度近づく必要がある。
エッグは内穀利用型のダイソン球であるので、ある程度の大気圧を確保しようとすると、ダイソン球の内穀を満たすだけの空気をためる必要がある。
しかし、ダイソン球の内穀の広さは尋常ではないので、そこを満たすだけの気体を集めることなど不可能だ。
ならばどうするのかと言うと、地上を区画ごとに壁で区切り、その中に空気を溜めるのである。
この区切りは一辺十八キロの六角形で、壁の高さは約四万メートル。
ちょうど一つの六角形が、コロニーを形成していると考えるとわかりやすい。
これは、環境を守るだけでなく、ユグドラシル神殿のような重要な施設の警護にも有効だ。
故に、シルクコットは『ウォール』を超えて、街に出るのが憂鬱だった。
『ウォール』は、各エリアのエアロックも兼ねている。
もっとも、普段はそのまま高速道路に乗ったまま通過できるので、煩わしいことは無い。
「……ひょー。街だ」
これは後部座席のアベルの言葉だ。
エッグの内穀は真っ平なので、街に起伏はほとんどない。起伏は街を作るときに意図的に作られた丘などだけだ。
このエリアの建造物は低層建築物が多い。ユグドラシル神殿で働くスタッフのベッドタウン……つまり高級住宅地という事になる。
「すげえ計画都市なんだな……エッグ」
さらに数枚の『ウォール』を抜けた先、雑多な建築物の立ち並ぶエリア。
ルイスアビー魔法アカデミーはそこにあった。
宰相院の補助を受けている魔法アカデミーは他にもいくつかあるが、昨日の今日で訪問を受け付けてくれる処は、ここだけだった。
長辺三〇〇メートル短辺二〇〇メートルの敷地に、L字型の五階建て校舎。他はグラウンドと言った割と普通の学校である。
現在、学園長室にてアベルとルイスアビーの学園長ルフラッドの会談が行われている。
「……次に、非魔法使いの選別時に用いられている、血液検査ですが……」
学園長の出した、資料にアベルが的確に質問を入れる。
シルクコットが傍から見ていても、アベルの質問は的確で最短で結論を得ようとしているのがわかる。
レプトラなども、シルクコットから見れば相当頭がいい部類にはいるのだが、アベルはそのさらに上を行くようだ。
……典型的な内政型。
それがアベルに対するシルクコットの評価だった。
「DNA解析はリアルタイムで行われている?」
「いえ……資料によりますと……宰相院がラボに持ち帰って調べている。となっております」
「ふうん。
……ちなみに、その検査って、ラボにサンプルを持ち帰ってからどれくらいで、データベースに反映されるか分かりますか?」
「少なくとも、当日には反映されておりません。
判定会には反映されているので、おおよそ三日から七日くらいではないか、と」
学園長は汗を拭きながらアベルの問いに回答する。
「んー。そうか、最短、三日……っと」
ホロタブレットに情報を書き込みながら、アベルは続ける。
「魔法使いの選別時に、基礎魔力以外の選別基準はありませんか?
例えば、炎系有利、みたいな」
「選別段階では、特に考慮はしていません。
ただ、結果的に属性が偏る事があります」
「なるほど。そうなってるのか……」
これもアベルが興味深げにメモっている。
「……次に、資料の七ページ目の選別対象母集団に対する、最初のカテゴリー分けの選定基準ですが……」
どうもアベルの質問はまだまだ続くようだ。
シルクコットはアベルが何をしたいのか、がよくわからなかった。
いや、正確にはアカデミーの選別に漏れたグループを、再審査しようとしている気配を感じていた。
アベルの質問が一通り終了したのは、すでに昼を回った後だった。
シルクコット達がアカデミーに到着したのが、十時頃だったことを考えると、アベルは三時間に渡って学園長に質問を続けていた事になる。
「なかなか、有意義だったな。
レプトラはプラス査定にしておこう」
「……しかし、あれで何がわかったんですか?」
「興味あるんだ……意外」
とアベルは言った。
「……なに。ちょっとリクルートの種まきでもしとこうと思ってな」
「はあ」
「よろしければ、昼食などいかがですかな? マイスタ・アベル」
学園長の誘いに、アベルはちらりとシルクコットの方を見た。
「問題ありません」
特に警備上の問題があるとも思えないので、シルクコットは了承した。
「……それでは、教師用の食堂へ……
お連れの方には、別途食事を運ばせますので……」
「いやいやいや。ちょっと待った」
アベルが、両手を上げて学園長を止める。
「食事はかまわないが、シルクコットも一緒だ」
「しかし、従者と同じ食卓などと……」
「……マイスタ・アベル」
シルクコットは小声で言った。
もしかすると、アベルは貴族が下賤な民と食卓を共にするという事が重大なマナー違反であるという事を知らないのではないか、と思ったのだ。
「ん?」
「貴族が一般の民と食卓を……」
「黙れ」
アベルは人差し指を立てて言う。
その仕草になんとも言えない迫力を感じて、シルコットは黙ってしまった。
「少なくともウチは実力主義。貴族とかクソくらえだ」
「……さて、学園長?」
「で……では、学生用の食堂に参りましょう。マイスタ・アベル。
それで、よろしいですかな?」
「ふむ。なるほど、そういう切り返しか……結構。シルクコット行くぞ」
……わからない。今のは……なに?
シルクコットには、アベルが何かを確かめるためにこれをやっているのは分かった。しかし、それでアベルが何を得られるのかはわからなかった。
◇◆◇◆◇◆◇
「……ところで学園長。この学院の生徒は、何人くらいで?」
「全体では、一〇〇〇名ほど……宰相院の特待生は一〇〇人弱。個々の生徒の事は、情報保護の為お教えできませんが……」
「ああ。問題ない」
なぜならアベルが興味があったのは、どれくらいの魔法使いが特待生になるのか、の数値の方だったからである。
「……マイスタ・アベル。申し訳ありませんが、ユグドラシル神殿への定時連絡の時間ですので、少々失礼を」
定時連絡は絶対に絶やすな、とユーノにうるさく言われている。
「連絡の時間か……頼む」
「はい」
シルクコットは軽く会釈をして、食堂を離れた。
「……ところで、マイスタ・アベルはどちらの学院の出身で?」
「……あー。オレ、エッグで育ったわけじゃないんで、多分知らないと思う」
聖シャルル・ライナンス魔法学園工学部。センチュリアにおける電子工学の最高学府の一つである。
だが、宇宙船まで作れるエッグの科学力の前には意味のないものだ。なにより、ここで聖域の事を言っても仕方ない。
「では、マイスタ・アベルは植民星で魔法の習得を? ……いや、ドラゴンマスター直々の伝授で?」
「んー。まあ、そんな所かな」
アベルは適当にはぐらかした。あまり情報を洩らしたくない。
情報と言うのは、自分から離れた瞬間から、どこをどう伝わっていくか判らない。そして、制御を失った情報は、忘れたころに自分の足をすくう。
情報を出さないに越したことは無い。
アベルは、窓の外を見た。
窓の外は丁度正門の辺りだ。
……はて、あんな車停まってたっけか?
正門前に見える範囲で、3台の大型バンが停車している。
「……気になるな……」
なにしろ、ドラゴンマスターに対して危害を加えようと言う、テログループが居るとされているのである。
ガブリエルのガードが固すぎて手出しできないなら、ガブリエル以外を狙うというオプションもありうるのではないか?
……ミスったな。ユグドラシル神殿を離れたのは、軽率だったか……




