竜の卵と卵の事情10
「……爆発!?」
シルクコットは、懐から通信端末を取り出し、ユグドラシル神殿の警備部へ連絡を取る。
「アイオブザワールドの陸戦ユニット所属のシルクコットです。さっきのは爆発?」
「……爆発のようですが、神殿の外のようです。
こちらも、混乱していまして……」
連絡を受けた警備スタッフが答える。
「わかったわ。
レクシー、レプトラ。悪いけどこれで失礼するわ」
シルクコットが爆発現場に向かった理由は単純だ。
シルクコットは事前にそのあたりに、アベルの住居があることをユーノから聞かされていたからである。
アベルの事は気に食わないが、もしアベルがテロの犠牲にでもなれば責任問題である。
すでに、ユグドラシル神殿付近での夜間飛行制限は、条件付きで解除されている。爆発現場まで空を飛べば二分ほどの距離だ。
爆発現場と思しき場所にシルクコットが到着したときには、神殿の警備部のスタッフが数人到着していた。
「さすがにファーストレスポンスは早いわね」
ファーストレスポンスとは、初期対応班の呼称である。有事の際、すぐに動けるように完全武装状態で待機している戦術チームだ。
「……申し訳ありませんが、身分証をお願いします」
とは、道路封鎖をしている警備の言葉である。
シルクコットはアイオブザワールドのネームタグを示す。ついでに情報収集も忘れない。
「アイオブザワールドのスタッフが、爆発に巻き込まれた可能性があります。確認を」
「少々お待ちを……」
警備は、シルクコットの身元照会と同時に、被害者が居るならその情報を取ってきてくれるはずだ。
「……身元の照会終わりました。ご協力ありがとうございます。
本件における、被害者はいないようです。ただし、目撃者がアイオブザワールドの方のようですね」
「わかったわ。ありがとう」
礼を述べて、歩を進める。
一応、腰の右側のハンドガンはいつでも抜けるようにしておく。
しばし、進むと揮発油の臭いが鼻をつくようになり始める。
そして、シルクコットは見た。
「……なによ……これ」
爆発現場は煤にまみれ、レンガでできた道路と花壇が破壊されていた。
だが、シルクコットを驚愕させたのはそれではない。
地面に無数の霜柱が立っているのである。
エッグの気温は、摂氏二〇度内外で安定している。天然の霜柱などできない。
なにより、霜柱は爆風に煽られてその形を保てない。
しかし、シルクコットはさらに異様なものを見ることになる。
……これは……
煤が直径二メートル程の円形に付いていない場所がある。
普通の爆発でこんな爆発痕は残らない。
考えられる可能性は一つ。強力な防御魔法で爆風がカットされたのだ。
「……マイスタ・アベル……ご無事で?」
「えっ!? ああ。別に問題ない」
アベルは、警備のスタッフと話していたが、シルクコットが声をかけると答えてくれた。
「……いやあ、完全に不意打ちだったから、キチンと防御できなくて、そこらへんが意味もなく凍った。訓練が足りてねえなぁ」
へらへら笑いながらアベルが言うが、冗談ではない。
……爆発見てから、防御魔法を差し込んだって言うの!?
しかも、それはアベルにとって、それほど難しい事でもないような口調である。
……ひょっとして、マイスタ・アベルもドラゴンプリーストやドラゴンナイトに匹敵する、超強力な魔法使いなの!?
アベルの垣間見せたその性能に、シルクコットは驚愕する。
「しかし、心配して来てくれるとは……」
「仕事ですので」
「……デレはなしかぁ……でもまあ、ありがとうよ」
◇◆◇◆◇◆◇
この爆発で、肝を冷やしたのは何もシルクコットばかりではない。
一〇〇メートルかそこらの距離で起こった爆発の音は、当然エレーナの耳にも聞こえたし、振動も来た。
この爆発と、アベルを単純に結び付けるのは意味がない、とわかっていながらも考えずにはいられない。
無論、エレーナは爆発ごときでアベルがやられるなどと、思っているわけでもないのだが。
「……」
窓には近づくな。カーテンは開けるな。とはガブリエルの言葉である。
大体、窓から外を見たからといって、状況がわかるという事もないだろう。
しかし、見ずにはいられない。エッグに居る限り、アベルの生死は自分の生死と同義だ。
エレーナはカーテンの隅を開けて、ちらりと外を見た。
少し離れた、路地が明るい。
やはり、何かあった事がわかる。
「……」
エレーナは、飛び出していきたい心境だった。
だが、アベルを中心とする政治的な事を考えるとそんなことはできない。
軽率な行動はアベルだけでなく、ガブリエルをも破滅させかねないのだ。
……連絡手段もないのは……
などと、エレーナがもんもんとしていると、玄関扉が開かれた。
「ただいまー」
というアベルの声。
「!?」
「いやー。爆発があったおかげで飛行制限が解除されたから、ひとっとびで……」
「……心配してたんだから! 連絡ぐらい寄こしなさいよ!」
「無茶言うな。最速で帰ってきたのに」
◇◆◇◆◇◆◇
「……これは?」
「本日、ユグドラシル神殿の近くで、爆発があったのはご存知で?」
グレイマンの言葉に、アルカンドスは頷いた。
「あの爆発自体は、別意図の計画だったわけですが、その過程撮られたのがその写真という訳です」
「なるほど。でコイツは?」
「……それはユグドラシル神殿の周りにあるマンション街の一室を取ったものです」
「ばかな。あそこは誰も住んでないはずだぞ?」
アルカンドスは指摘した。
アルカンドスの記憶では、不動産の不正な譲渡があって、警察組織によって差し押さえられているはずだ。
ゆえに、誰も住むことができない。
「正確な情報ではありませんが……どうも、モス家の資産が流入したようです。
その結果、どこをどう流れたかは不明ですが、ここの権利をドラゴンマスター自らが手に入れた。そういう事のようです」
「そこに住んでるやつが……こいつか……」
グレイマンのデータでは、この男は至近距離で爆発した車爆弾をアドリブ魔法で防いで見せた。
こんなことができる魔法使いなら、その実力はドラゴンナイトかドラゴンプリーストクラスのはず。しかも、ユグドラシル神殿にほとんど居ないはずの男のドラゴン。
データがないのはおかしい。
「……ドラゴンマスターはこの男を自分の弟であると、公言しているようです……」
「……弟……だと!?」
確かに前のドラゴンマスターが死んだとき、ガブリエルは弟……赤ん坊を守っていた。
しかし、それにアルカンドスが気が付いた時、その赤ん坊は居なくなっていた。
……その弟が帰ってきた? このタイミングで?
そんな訳はない。
ガブリエルか、そのブレインのワーズワースかは判らないが、確実に何かを企んでいる。
「……さらに申し上げますと、おそらくあと一人居ます」
グレイマンがマンションの映像を拡大すると、カーテンの開けて外を覗いている人物が表示された。
「……こっちは、女か。
コイツも見たことがないツラだ」
……くそっ! 何を考えてやがる。ガブリエル。
「……この男の方は、ユグドラシル神殿の外をうろついてるのか?」
「今の所、ユグドラシル神殿の周辺でしか目撃されていません」
「くそっ」
アルカンドスはイラついた。
だが、相手がユグドラシル神殿から離れない以上、手が出せない。
「……情報の収集を続けてくれ……」
吐き捨てる様に、アルカンドスはグレイマンに言った。
◇◆◇◆◇◆◇
「マイスタ・アベル。お呼びですか?」
翌日の昼過ぎ。アベルがAiX2700のメンテナンスをしていると、レプトラがやってきた。
昼食で席空きだったので、周りのスタッフに伝言を頼んでおいたのだ。
「ああ。適当に座ってくれ」
アベルのオフィスには、本当に適当に椅子が配置してあるので、レプトラはそのうち1つに腰かけた。
「電子工作ですか?」
レプトラはアベルがデスクの上に広げている、電子機器を見ながら言う。
「んー。工作ってより、調整だな」
アベルのAiX2700は当然、センチュリアでの運用を前提に調整してあるため、エッグでの運用では最大性能が発揮できない。
ここ数日で、ある程度データが集まったため、フィードバックデータを書き込んでいたのだ。
「で、だ」
アベルは、デスクの上のホロビジョンを全て消去して、レプトラの方を見た。
「例によって教えてくれ」
「はい。どうぞ」
「今日は、リクルートの事だ」
「リクルート……ですか? 新卒とか中途採用とか、あの?」
「そうそう。アイオブザワールドの人事システムについて教えてくれ……
ぶっちゃけ、アイオブザワールドの人員採用ってどうなってるんだ?」
「中途採用のほうは……マイスタ・アベルのように上級魔法使いが連れてくるのを登用する以外に、普通に中途求人をしています。
新卒のほうも、普通に求人枠を設定していますが……あまり人気がありませんね」
「人気がない?」
「一言でいうと、現場に出るなら騎士団とかの方が人気があります。向こうは結構出世できますから」
レプトラが、情報端末を開いて騎士団の求人広告のホロビジョンを表示してくれる。
そのホロビジョンをアベルの方に投げながら、続ける。
「アイオブザワールドのキャリアパスの頂点は、言うまでもなくドラゴンマスターなんですが、その下が曖昧で……」
それはアベルにも理解できた。アベルとて、未だにドラゴンプリーストとドラゴンナイトの違いとかわからない。
「……」
そこまで、喋ってレプトラが固まった。
「……あの、ひょっとして何か企んでますか?」
「企んでる、とは随分な言い草だなあ」
笑いながらそう答えて、アベルは真顔に戻った。
「企んでる」
「ですよね」
「ぶっちゃける。人員が欲しい。
新卒でイキのいい魔法使いが欲しい。ついでに将来の幹部候補も欲しい。
……で、新卒の魔法使いのリクルートができるのかどうか、知りたい」
「……ぶっちゃけましたね……
魔法使いの養成は、主に宰相院の管轄です。早い段階で優秀な魔法使いの卵を厳選して、専門教育を施します」
「ふむ」
「そして、上位の魔法使いはそのまま宰相院に就職します」
「それだよ、それ。なんでだよ!?」
「……一言で言うと、利権ですね」
レプトラは言った。
そうである。結局どこへ行ってもこれが、健全な競争を阻害するのだ。
アベルは頭を抱えた。
とは言っても、それは予想の範疇でもある。
アベルにも一応考えがある。




