世界構造システム8
魔法の明かりを頼りに三〇分程も走る……といっても山の中を走る速さは知れている……と、ラーズはちょっとした山にぶつかった。
ラーズは周囲を見回す。
「おい。次はどっちだ!?」
暗い山の中ではあるが、雪女を見つけるのは容易であった。
それにしても、ラーズは結構ハイペースで走っているのに、この雪女は平然と追ってくる。やはりモノノケの類いなのだろうか。
ラーズの声に、雪女は山に沿って右の方を示す。
……磁方位〇七くらいか?
頭の中の地図と方向をすりあわせる。
「本気で人跡未踏ゾーンじゃね?」
まあ実際には地球上に人跡未踏の場所など存在しないのだろうが、これから向かう方角はおおよそ誰も分け入らないような原野である。
そうなってくると、何かファンタジーめいた隠しダンジョンなどがあってもおかしくはない。
「おっ、水曜スペシャル的な展開来たじゃねーか」
水曜スペシャル探検隊がガチである事は一点の疑いようもないので、未踏の山間部に謎の神殿を見た! 的な展開もあるだろう。今、まさにその展開が来ているのだ。
「やっぱこんな所に毎週行ってるって、川口隊長すげえな」
それはさておくも、やはりここまで来た以上、この先に何があるかは気になる。
さらに進む事、数百メートル。
木々が途切れた。
「……?」
途切れたといっても、せいぜい直径五メートル程の空間が現れただけである。
その空間に木は生えておらず、植生は地面が見えない程度の草。開けてはいても直接日光は入ってこない程度なので、シダ植物が見える程度だ。
ラーズはその空間に歩み出た。
魔法の光は自分の視界に入らないように、高い位置に上げる。
自分の魔法とは言え、直視すると目がくらむためだ。
「なんだ、ここは?」
いいながらラーズは周囲を見回す。
すると。
「岩屋……いや洞窟、か……」
木々に覆い隠された、小さな岩山にぽっかりと黒い穴が開いている。
穴の中は、光源の位置の都合で見えない。
ラーズはポケットから懐中電灯を取り出した。
穴の中に指向性の無い照明魔法を投げ込んでも、中の様子は見えないのだ。
穴の中は二メートルも行かずに行き止まりになっていて、その奥に何かが奉ってある。
雰囲気的に、それはアイヌの様式であるようだとラーズは思った。
……そういや、前にひっくり返ってた社を直した事もあったよな。
とラーズは思い出す。
あのときも、雪女に導かれて社に辿り着いたのだ。
ならば今回も何かあるのかも知れない。
周囲を見回して、ラーズは雪女を探す。
しかし、その姿は見えない。
「……まあ、駄目なら止めに来るだろ」
適当極まりない事を考えて、ラーズは社を調べるべく歩を進めた。
「!?」
踏み出した足に違和感を感じて、ラーズは後ろに飛び退く。
土が柔らかかったのだ。
と言っても、落とし穴の類いならもう落ちているだろうし、対人地雷なら容赦なく爆発しているだろう。
少なくとも、今踏んだ地面にそういったトラップの類いは無さそうだ。
ラーズは、ちょいちょいとつま先で、今し方踏んだ地面を掘ってみる。
すぐに、何かが顔を出す。
「……なんだ。不法投棄かよ……ビビらせんな」
それにしても、社の前に不法投棄とはふとどき者も居た者である。
ゴミを確認するべくラーズはしゃがみ込んで、絶句する。
「……これってキリル文字か? ソ連の……糧食!?」
ラーズは一歩下がった。
もう遅いかも知れないが、魔法の光をリリースする。
辺りは闇に包まれ、ラーズの持った懐中電灯の白い光だけが残る。
その光も、ラーズが懐中電灯を消灯すると消えた。
「……」
しばしの沈黙。
人の気配はなし。
それにしてもこれは大問題である。
キャンパーの不法投棄も大いに問題だが、これはそれとは別次元の問題と言える。
なにしろソ連のスパイが潜伏していた可能性があるのだ。
ラーズは通信端末を取り出した。とりあえず、写真を撮る。
「くそ、圏外か……」
時代は既に三一世紀なのだが、やはり圏外はある。
というより、インフラを誰も居ないところに敷いても仕方ないので、無人の原野はいつまで経っても圏外のままなのだ。
「軍事用の無線機でもあれば違うんだけど……」
流石に軍事用ともなれば、無人の原野だろうと通信は繋がるし、なんなら中継用の航空機なども出してこれる。
しかし、無い物はないのだ。
「しゃあねえな」
ラーズは《フレアフェザー》の魔法を高機動モードで準備する。
流石に空を飛べば、十分とかからず人の住んでいる場所まで飛べる。
なんなら、真上に飛び上がっただけで通信できるかも知れない。
「《フレアフェザー》デプロイ」
ラーズの背中に、巨大な炎の翼が生じる。
……ん?
その時、《フレアフェザー》の炎に照らされて、何かの人工物が草むらの影に見えた。
今までは暗かったのと、光源が限定的だった為に目に入らなかったのだろう。
「……これは……」
それは長さ三〇センチ、高さ奥行きが八センチ程の桐の箱だった。
いや、桐かどうかは分からないが、とにかくそんな感じの箱である。
「……これって消えたご神体じゃねえのか!?」
そうなると、また話がややこしくなる。
ここまでの情報をストレートにまとめると、ソ連のスパイが神社からご神体を盗んでここに持ってきたという事になるわけだが、これは無茶苦茶な話だ。
大体、国を代表して大日本帝国に潜入しているスパイが、片田舎の村の神社でご神体を盗む理由が分からない。
「……いや……とりあえず、通報だな」
何かあったらとにかく情報を司令部に届けろというのは、おそらく何処の軍隊でも同じはずだ。
もちろんラーズが所属する海軍航空隊でも同じである。
ラーズは維持していた《フレアフェザー》の推力で垂直に上昇し始めた。
「……ヨーソロ。ヨーソロ。
はい、お願いします」
とりあえず、ラーズの第一報は単冠の海軍司令部に届けられた。
初動の速度の事を考えれば、特高に直接通報したほうが良かったのかもしれないが、それはそれ。組織間のセクショナリズムという物があるのだ。
出世に興味がないラーズでも、海軍の手柄は海軍のポイントにしたいのである。
「まっ、座標は伝えたし写真も送ったから、陸軍の方にも情報は回るだろ」
共産主義者を狩り出すのはまさに特高の仕事なわけで、通報を受ければ夜中だろうとすぐに動き出すに違いない。
故に任せて置いても大丈夫だろう。
……問題は……
キャンプを引き払った共産主義者が何処に行ったのか、である。
「……」
まあ、考えて分かるなら世話はないわけで、実際問題情報が少なすぎて判断が付かない。
そもそも、共産主義者の思考パターンなど想像も付かないので、スパイの行動予想は困難を極める。
「!」
そこでラーズはある事実を思い出した。
「しまった! ノリで出てきたけど……お稲荷さん忘れてた」
ラーズは慌てて地面からご神体を拾うと、再び夜の空に舞い上がった。
地面を走ってくると結構な時間がかかった距離だが、空を飛ぶとなると一瞬である。
地面は真っ暗だが、人が住んでいる場所は完全に真っ暗ではないので、昼間より場所の把握に苦労はしない。
わずか数分の飛行で、ラーズは神社に戻ってきた。
「お稲荷……ぬわっ」
ラーズが社の扉に手をかけると同時に、突如なんの前触れも無く質量が現れた。
それも一〇〇キロや二〇〇キロではない。圧倒的な質量である。
「ななな……」
吹っ飛ばされて転がったラーズだが、あまりの出来事にそれを見上げる事しか出来なかった。
「しっ白蛇!?」
コイツが件の祟りの正体だろうか。それにしても少々デカい。
胴の幅は一メートルくらい、長さは……分からない。
が、三〇メートルなどという次元では無いことは明らかだ。
下手すると一〇〇メートルくらいあるのではないだろうか。とラーズは思った。
「おい! 神様! ご神体は持ってきたから、おとなしくして……ぎゃあ!」
白蛇が尻尾を振ると、社が粉砕された。合わせて動いた白蛇の頭がラーズに向かって伸びる。
「あああああ」
白蛇の圧倒的質量で突かれて、ラーズは吹っ飛んだ。
「いってえ! コラ! 祟り神は退治される運命だぞ! わかってんのか!?」
と叫んで見るが、怒り狂ってああなっている神様に話が通じるわけもない。
……それより、お稲荷さん!
社が粉砕されたので、中で寝てたら大変な事になっている恐れがある。
そして、大変な事になっていた場合、祟り神を鎮めるオブザーバーがいなくなる。
「オイ! 神! おまえ同族のお稲荷さん爆殺したりしてねえだろうな?」
果たして、シャーマニズムに基づく白蛇の神と由緒正しい稲荷神。どちらが上なのだろうか?
ラーズの感覚では、お稲荷さんの方がパワフルなような気がしているのだが、とにかく無事を確認しない事には話にならない。
「シャーっ」
と白蛇が口を開けて息を吐く。
……ああ、社荒らした中学生でも喰って納得してくれねえかなぁ。
とラーズは思うわけだが、そうは行かないらしい。
そもそもヒトを喰うのかも不明である。
「なんにしろ、ヤルってんならこっちも抜くぜ」
ラーズは子狐丸の柄に手をかけ、一呼吸で鞘を払う。
……果たして付け焼き刃の効果はいかに……
何しろ付け焼き刃は付け刃なので、ダメなのだろうが、ここで文句を言っていても仕方ない。
「シャーっ」
再び白蛇が吠える。
吠えると言っても、蛇に発声器官は無いはずなので、呼吸音なのだろうが。
鎌首をもたげて戦闘態勢に入る白蛇。
対してラーズは左足を引いて、右手で子狐丸を構える。
そして。
「《紅蓮剣・改甲『陽炎』》!」
ブリンクからの斬撃へのコンボで攻める。
蛇の視界は広い。みたいな話を聞くが、死角がないわけないのでそこに瞬間移動で滑り込めば、相手は認識できない。
ラーズは鎌首をもたげた蛇の顎の下にブリンク。同時に一閃する。
だがしかし。
「堅い!」
正確には、堅くて弾力のあるタイヤか何かを斬ったような手応えである。
ダメージは無さそうである。
白蛇は体を持ち上げて、自分の顎のしたを覗く。
ほぼ同時にラーズは、後ろに飛びし去ると同時に《フェニックスダッシュ》でさらに後方へ加速。間合いを開ける。
……さて、どうする?




