世界構造システム2
翌朝午前六時前。
昨日旅館に戻った後、風呂に入ってすぐに寝たラーズは、やたらと朝早く目が覚めた。
……これが戦争PTSDってやつか?
とラーズは思ったが、よくよく考えてみると、トリトンで随分長時間ぐっすり寝たので、その影響のような気がするのも事実である。
ラーズがいま立っているのは鴨川の河川敷である。
あのカップルが等間隔で並んで座っている事で有名な、あそこだ。
夏とは言え、流石にこの時間帯にカップルはいない。せいぜい、朝早くから散歩やランニングに励む地域住民をごく少数見かける程度だった。
「……してラーズよ、朝もはようから、何をするのかえ?」
とアクビをかみ殺しながら、お稲荷さんが言う。
「まあ、見といてくれ。それか帰ってもう一回寝てもいいぜ」
ラーズとしては、一つ早い段階に発動実験をしておきたい魔法がある。
エリュシオン戦でとっさに出た派生魔法を、さっさと固定したのだ。
ラーズは地面に松葉杖を置いて、立ち上がる。
「……少々痛いが……」
それでも、数日前とは雲泥の差だ。
一応調子を確かめる意味で、ラーズはその場でぴょんぴょんとジャンプしてみる。
まあ、大丈夫そうな感じだったので、ラーズは少し体を沈めた。
「《フェニックスダッシュ》!」
ジャンプと同時にラーズが魔法を発動させると、一瞬だけ炎の翼がラーズの背中に出現、直後に大加速を持って五メートルばかり前に飛ぶ。
「もう一回!」
着地寸前、ラーズはもう一度《フェニックスダッシュ》を発動、右に向かって加速をかける。
二回目の《フェニックスダッシュ》によって、ほぼ直角にラーズの飛ぶ軌道が変わる。
そのまま、着地。
「わっ、とっと」
上手く踏ん張りが効かず、ラーズはその場で転んだが、魔法の出来としては満足である。
「大丈夫かえ?」
「まあ、これくらい余裕だぜ」
この《フェニックスダッシュ》という魔法、言うまでも無く《フレアフェザー》の派生魔法である。
元ネタは、エリュシオン戦で苦し紛れに使った、超短時間発動の《フレアフェザー》だ。
これを一つの魔法として、切り離したのが《フェニックスダッシュ》というワケである。
この魔法の素晴らしいところは、低コストながら短時間で高い加速力を得られるという点に尽きる。
問題としては、空中で連続発動できる《フェニックスダッシュ》は二回であること。これはコストを度外視すれば解決できる制約なのだが、そもそも《フェニックスダッシュ》自体が低コストを是とする魔法なので、そこまでするなら《フレアフェザー》でいいという話になる。
「……それで、そんな曲芸まがいの技、なんに使うのじゃ?」
「んー、色々あるぜ。例えば、ジャンプ中に真下に向かって加速かければ、マイナスG機動も出来るしな」
マイナスG機動というのは、重力加速度より早く下に落ちる機動の事である。
実は重力加速度より早く落ちるのは、意外に難しいのだ。
「特に空中コンボの締めで相手より先に地面に落ちれば、拾いからさらなるコンボルートへの派生だって見込める」
下に飛ぶだけなら《ブリンク》併用の斬撃である|《紅蓮剣・改乙『蜃気楼』》などもあるわけだが、常用するにはコストが高い。
そういう意味では《フェニックスダッシュ》は安くて小回りの利く、使いやすい機動魔法と言えるだろう。
「それに、実戦で役に立った派生型の魔法は、固定しとくに限る」
もう一度《フェニックスダッシュ》を使って、ラーズは最初の位置に戻ってきた。
「それはまたチャンバラをする気満々という事かえ?」
「そういう風に言われると……答えに困るなぁ」
松葉杖を拾いながら、ラーズは答えた。
何しろ宇宙を光より速く移動できるような文明レベルのこの世界で、剣と剣をぶつけて戦うシーンが今後発生する可能性は低いと言えるのではないか。
というか、エリュシオンが特例だったと考えるべきなのだろう。
「でも、チャンバラしない前提なら、付け焼き刃でもなんとかなる……か?」
こればっかりは、刀匠に確認するしかない。
もし現実的な強度が確保できるのなら、あるいはそういった修理もありなのでは無いか、とラーズは思う。
「草加閣下に紹介してもらった刀匠とのアポは一一時だから、その時に詳細が聞けるだろ」
「姉小路堀川……姉小路堀川……っと」
人力車を降りたラーズは、きょろきょろと辺りを見渡しながら、呟いた。
姉小路というのは、三条の一本北にある東西方向の道の事である。
京都の道の数え歌の中でも特段有名なフレーズである、姉三六角の姉が姉小路だ。
ちなみに堀川通りは京都駅の西側を南北に走っている通りだ。
というワケで、ラーズは姉小路と堀川通りの交わる地点付近に居た。
「姉小路堀川を北に行って、二本目の路地を東に曲がる……」
草加に渡された地図を見ながら、お稲荷さんの手を引いてラーズは歩く。
「碁盤の目の街って、キレイに見えるだけで、移動するには向いてねえんだよなー」
何しろどこへいっても、東西と南北の道路が交わっているため、自分がどこに居るのか分からなくなる。
「シムシティの住人はこれで迷わないんだからスゴイぜ」
どうでもいい感想を述べながら、白い漆喰塗りの壁が続く小道を進む。
なるほど、まさに古都京都と言った風情の光景である。
観光目的の散策としてなら上々。といった所だろう。
ラーズはさらに十分ほど歩を進める。
カンカンという、金属を叩く音が聞こえ始める。
音を聞いて最初にラーズは、住宅街で鍛冶仕事なんかして苦情が出ないのかと、思ったのだが。
「すいませーん」
声をかけながら、のれんを潜る。
店の中は、受付のようなカウンターがあり、壁には刀などが飾られている。
「ファンタージーの武器屋さんとは違うな」
「そもそも武器屋ではないがのう」
率直な感想を述べるラーズに、適切に切り返すお稲荷さん。
「はいー。ただいま」
と声と共に、小走りにやってきたのは、二十歳前後の若者だった。
白装束を纏っている所を見ると、いわゆる丁稚という奴だろうか。
「あっ、草加閣下から紹介されてきた者ですが……」
いいながら、ラーズは紹介状を差し出す。
「草加さんの! 少々お待ちください、先生をお呼びします」
そう言い残すと、丁稚の青年はまた裏に走り去った。
「いそがしい奴じゃのう」
「弟子的な立場なら、やむなしだろうな」
しばらくかかるのか思ってラーズが壁の刀剣に視線を移したと同時に、大柄な老人が現れた。
キレイにそり上げられた頭、鍛え上げられた肉体。
年の程は分からないが、老人でありながらエネルギッシュ。
「市富次郎左衛門と申します……先日連絡をいただいた……」
意外に柔和な声で、老人は言う。
「ラーズです……早速なんですが……」
ラーズは風呂敷で包んだ子狐丸を取り出した。
カウンターの上で風呂敷を解く。
鞘に収まった根元側の刀身と、和紙で包んだ切っ先側の刀身を並べる。
「失礼します」
柔和な声とは相反する視線をともなって、刀匠は子狐丸の鞘を手に取った。
一瞬の呼吸。そして、抜刀。
「……見事な一振りです」
まず刀身を見て、刀匠市富はそういった。
続いて和紙に包まれた切っ先の方も取り出す。
「……折れた、というよりは外力に耐えられず、砕けた。と感じます」
刀の破断面を一目見て、そう断ずる。
「砕けた?」
「ご存じかと思いますが、そもそも日本刀と云う物はそれほどの蛮行に耐えられません」
もちろんラーズは、そんなことはご存じでは無い。
「この刀で人は?」
刀匠はラーズの方を見ながら言う。
鋭い眼光である。
一瞬どう答えるか、ラーズは迷った。
「……斬って捨てました」
結局、本当の事を答える。
センチュリアでは戦争をしていたのである。戦場で敵を殺すのは英雄的行為であるはずだ。
それを咎める者は居ない。
「……そうですか、人斬りですか……」
刀匠はなんとも言えない表情でそう言った。
さすがにこれには、ラーズもむっとする。
「敵を斬るのは、軍人の勤め」
実際には、航空兵であるラーズの仕事は敵機の撃墜なので、敵兵を斬るのは違うのだが。
「……これは失礼しました。ご容赦を」
市富は首を垂れた。
まあ、ラーズに対して失礼があれば、自動的に草加に伝わるわけで、それは刀匠としても困るという事だろう。
「では、刀の話に戻りましょう……この刀、いかがなさいますか?」
「くっつける事ができるなら、くっつけたい……出来ますか?」
「……レーザーで溶接することは可能です。ただし、その場合レーザーで加熱された部位が変質して脆くなります」
言いながら市富は、カウンター上のコンソールを操作した。
ホロデッキが起動すると、小狐丸の刀身の破断面が立体映像で拡大される。
この辺りは、刀匠のレトロなイメージとは相反して、信じられないほどハイテクだ。
「日本刀と言うのは、このように積層された金属で構成されています」
市富の言う通り、小狐丸の断面部分はミルフィーユのように、色の違う金属が交互に並んでいた。
「この積層された金属こそが、日本刀の切れ味の秘密……付け焼刃をすると、この積層された金属が溶けて一体化します。
その結果、その部分が脆くなるという訳です」
「何か技術的なブレイクスルーは?」
ないんだろうなあ。とは思いつつも、ラーズは言う。
「残念ながら。一から作り直す以外の解決方法は……」
「……そうかー……ちなみに付け焼刃をするとして、いくらくらいかかる物なんですか?」
「お値段は五〇〇〇円と税で、三時間ほどお時間いただく事になります」
ラーズの想像より、全然安い値段の提示だった。
もっとも、よくよく考えてみれば、普段は包丁か何かの付け焼刃をしていると考えれば、そんなに値段を上げられないのだろうが。
……さて、どうしようか……
付け焼刃の主な問題点は二つ。一つはさんざん言われている通り、チャンバラはもう無理だという事。
もう一つの問題は、小狐丸がアーティファクトとしての特性を回復するかという事。
ラーズの理解では、アーティファクトは定められた形である必要がある。つまり、折れて形の変わった今の小狐丸はアーティファクトとしては機能していない。
これを付け焼刃でくっつければ、元通り魔法のアイテムに戻るのか、アーティファクトに詳しくないラーズにはわからないのだ。
しかし、折れたまま放っておいても、小狐丸はタダの折れた刀のままである。当然、アーティファクトとしての特性は失われたままである。
ならば答えは決まっている。
「お願いします」
結局、ダメ元で試す以外の選択肢はラーズには無かった。
「ではお預かりします」




