31世紀戦争16
「そうか」
非常に不快な気分でアベルは言った。
「戦争状態になったとして、アイオブザワールドの艦隊としてはどうする?」
「戦争はその国の軍隊がすることです。エッグの場合は騎士団ですね。
したがって、わたしの艦隊は聖域を守る事と、エッグ領内にあるアイオブザワールドの基地施設の防衛任務という事になります」
まるで朝食の話でもするように、レクシーは答える。
その表情から感情は読み取れない。
レクシーは有力な貴族の姫である。思っていることを読み取られないように、特別な訓練を受けているのだろう。
「もし、オレがアメリカを攻めたいと言ったら?」
「わたしとわたしの艦隊は、ドラゴンマスターの爪であり牙。ご命令とあれば無論」
にっこりと笑ってレクシーは即答したが、その表情からはやはり感情は読み取れなかった。
「それはそうと、ローズベルトらしくない。って話……
率直な感想を聞きたいんだが、どう思う?」
「軍の暴走……は考えにくいと思います。
ありそうなのは、ローズベルトの支持基盤の政治団体が圧力をかけた、とかでしょうか?」
「圧力?」
「例えば、アメリカの市民が劣悪な環境であるエッグの収容所で虐待を受けている。というような事を騒いだ、などが考えられます」
これまたレクシーは即答。
本人は政治に関わり合いたくないと言っているが、なかなかどうして、貴族として政治の教育を受けているだけあって、こういった情報の分析能力はアベルの比ではない。
それは、アベルとしては完璧な情報分析に思えた。
「なるほど。さすがはレクシー……
この件、ちょっと探ってみたいと思うんだが、どういうアプローチがいいと思う?」
「おほめにいただき光栄です。
アプローチは簡単です。ローズベルトに関連する企業の出納情報や株価の分析です。
資本主義の世の中、キャッシュフローは嘘をつきません」
「……確かに、その通りだ」
この世の中、何をするにもお金が必要である。
ましてや、極めて短時間で艦隊をよその国の最果てまで送ろうと言うのだ。派手にキャッシュが動いたはずだ。
「レプトラに言って、金融部に調査させよう。あとルビィが、ちょっと前にネットワーク上の情報を収集するボットの立ち上げ費用計上してたから、そいつも使えるかもな」
「はい、いいと思います」
◇◆◇◆◇◆◇
アベルへの報告を済ませた後、レクシーはエッグフロント一画にあるアイオブザワールドの専用港に来ていた。
整備用のドライドックを十二基備えるこの港は、エッグに駐留するアイオブザワールド艦隊のメンテナンスなどを司る重要な施設である。
その港のドライドックの一つに、傷付いた『ユーステノプテロン』が横たえられていた。
既に洗浄を終わらせた『ユーステノプテロン』級巡洋艦A5126は、上甲板の装甲の解体が進み、大きく損傷した背びれの基部が露出している。
「レクシー。どう?」
声をかけたのはレプトラである。
「……第一マストは全損ね。
見積もりはそっちに回ってるんでしょ?」
高い位置にある会議室の窓越しに、『ユーステノプテロン』の上甲板を見下ろしながらレクシーは言う。
「なんと驚きの『イクチオステガ』二隻分よ。騎士団仕様の『イクチオステガ』なら三隻買っておつりが出るレベルね」
ちなみに騎士団の『イクチオステガ』がアイオブザワールドの物より安いのは、大量発注による量産効果によるものである。決して性能が劣るという性質の価格差ではない。
「高く付くわね……でも金融部の資産運用課は好調だって聞いたけど?」
この資産運用課というのは、アベルの代になって初めてアイオブザワールドにできた部署で、株や為替でアイオブザワールドの資金を増やすためのチームである。
ここで働いているのは百戦錬磨の投資家ばかりであり、その報酬は完全に成果に依存するという、まさに鉄火場といった風情の部署だ。
アイオブザワールドが先んじて最新鋭艦を揃えられたのは、彼らの働きに依る物である。
「まあね。
あんな危なっかしい事して、いつスキャンダルになるか……わたしはヒヤヒヤものよ」
そう言ってレプトラは肩をすくめた。
「ああ。それはそうと、さっきプリシラ艦長が来てたわよ。
通路で立ち尽くして自分の船見て震えてたわ。多分泣いてたわよ、アレ。
あまりにも気の毒で声もかけられなかったわ」
アイオブザワールドでは、艦は艦長がドラゴンマスターから貰う物となっている。
つまり艦は艦長とペアと考えられていて、艦が修理中は艦長はやることが無くなるのだ。
「ドラゴンマスターの命令だから仕方ないわよ。
実際、ドラゴン同士で戦争するなんて馬鹿げてるしね」
「そういえば、捕虜にした流民船団の兵隊はどうしたの?」
「基本は政治犯収容所に送られたはずよ。あそこは……まあ、色々政治的な意図のある収容所だから、居心地はいいと思うわ」
この政治犯収容所というのは、要するにVIPをVIPのまま収容する施設である。
そうなると、当然相応の生活が約束されているというワケだ。
アメリカ軍の捕虜を放り込んだ収容所とは、文字通り天国と地獄である。
「まあ収容されて嬉しいかと言われれば、そんなことは無いでしょうけど」
「……ふうん。まあそれはいいけど……アイオブザワールドとしては、次はどうするの?」
「戦争準備ね。といっても艦隊の調整に八週間はかかるから、それまで艦隊のスタッフには長期休暇を出す予定よ」
アイオブザワールドの艦隊は本来聖域を守る為の物であり、国家間の全面戦争をする組織ではない。
ここまでのアメリカとの確執は、その根源が聖域への侵攻であるため、成り行きでアイオブザワールドが対応していた格好だ。
必然的にアイオブザワールドでは組織力が足りないため、艦隊運用に関わるスタッフは高負荷高稼働状態になってしまう。
それをこのタイミングで休暇を出して一度リセットしようと言うのだ。
「八週間も休みなの!? うらやましいわぁ」
レプトラはため息まじりにそういった。
レプトラの仕事は地味だが多岐にわたり、アイオブザワールドの屋台骨とも言える物なので、こちらの負担もバカにならない事はレクシーも承知している。
「わたしの権限で休みが出せたら出してあげたいけど、まっ別組織だしね」
ただし忙しい分、レプトラの給料は悪くないはずである。
アベルはちゃん残業代を出すと宣言しているので、相応の金額がレプトラには支払われているだろう。
「わたしも申請してみようかしら?」
独り言のようにレプトラは呟いたが、まあ幹部クラスでそれは認められないだろうとレクシーは思った。
◇◆◇◆◇◆◇
ホワイトハウス。
レイルが久々に地球に戻ってみると、とんでもない事が起こっていた。
戦争の話では無い。
だが、その原因の話である。
「リンドン・ジョンソン」
レイルはその男の名を呼んだ。
大統領の執務室。その主になったのは、四〇代の白人だった。
「何者だ。おまえは」
「ボクはレイル・シルバーレイク。魔法使いだよ」
レイルは簡潔に名乗って、左手に持った賢者の杖を少し上げて見せた。
「その様子だと、ローズベルトはボクのことを話す間もなく死んだみたいだね」
そう。レイルがアメリカに戻ってみると、どうにも政財界が騒がしい。その原因をロックフェラーの人間に尋ねて得られた答えがこれである。
十日ほど前、突如としてローズベルトが他界したという。原因は不明だがレイルには心当たりがあった。
十日ほど前と言えば、レイルがセンチュリアに居た時期である。
レイルはフローリアと戦った際、身を守るために外部で維持している魔法を全てリリースしなければならなかった。
この時リリースした魔法の中に、ローズベルトの病を押さえ込んでいた儀式魔法も含まれていたのだ。
……数時間くらいなら大丈夫だろうと思ったんだけどねえ……
レイルの予想以上に、レイルの魔法の支えを失ったローズベルトは脆かったというワケだ。
「それは……国家機密だぞ!」
厳しい声でジョンソン新大統領は言う。
「知ってるよ。でもいきなり戦争をぶり返すのは、どうかと思うけどね」
これまたロックフェラーから得た情報だが、リンドン・ジョンソンは秘密裏に大統領に赴任した後、聖域で捕らえられたアメリカ軍捕虜の扱いに憂慮したらしい。
実際に彼らがエッグでどのような扱いを受けていたか、レイルには知るよしもなかったが、センチュリアの文明を破壊した罪に対して、厳しすぎる罰則という事はないだろうとレイルは思う。
「我が国の若者の命が、無碍に危険にさらされている状況を、見て見ぬふりをしろと言うのか!?」
ドン! と執務机を叩いてジョンソンは熱弁する。
レイルはそれを冷めた目で見返した。
センチュリアでは老若男女問わず、戦いに巻き込まれて死んでいったのだ。
センチュリアの民はいくら死んでも構わないが、自分の国民が死ぬのは我慢ならないというのは、あまりにも自分勝手な言い草である。
いや。
「アングロサクソンらしい考え方だね。自己中心的で傲慢だ……吐き気がするね」
もう離反して随分経つとは言え、レイルもセンチュリアの民である。
怒りがこみ上げてこないかと言えばウソになる。
「……まあ、いいさ。
ローズベルトは木偶人形としては中々使い勝手が良かったけど……君はどうかな? リンドン・ジョンソン」
レイルの挑発的な言葉にも、この新しい大統領は表情を変えなかった。
……なかなか。
虚仮かもしれないが、役者であることは間違いなさそうである。
そしてローズベルトの死後、大統領の椅子に座ってからエッグへの攻撃を決断するまでの手際もいい。
この辺りの事を勘案すると、この男は出来る男なのだろうとレイルは考えた。
「貴様に使われてやるつもりなど、ない。
用がないなら出ていけ」
毅然とした態度でジョンソンは言う。
だがレイルにしてみれば、それは所詮大量殺人犯の大ボスの戯言である。その言葉に正義はないし、ましてや魔法使いでもない男を恐れる理由はない。
「ロスアラモス」
「……なに?」
「ロスアラモスのユニバーサルアーク研究所さ。
……用事があるんだよ。アクセス権をくれれば、それでいい」
一〇〇〇以上前のあの日、突如として出現したユニバーサルアークを、当時のアメリカ政府は隠した。
当時最高機密……今でも最高機密の施設である、ロスアラモスにそれを運び込んで隠したという訳だ。
そして、彼らはユニバーサルアークを研究し続け、その成果として超光速機関を作った。これまでにレイルが調べたアメリカの秘密である。
「馬鹿な。なぜそんな物を与える必要がある?」
「例えば、ファーストレディの命と交換。とかはどうかな?」
「脅す気か!? そんなことが……」
大統領は立ち上がり、初めて怒りの表情を浮かべた。
「許されるんだよ。ボクたちセンチュリアの民は、アメリカ国民を無差別に殺す権利がある。
先に無差別虐殺をしたのはそっちなんだからね」
「なっ……そんな事を……」
「三億。優秀で若い魔法使いを中心に三億。実質的にセンチュリアの文明は滅んだんだ。
文明が滅びない程度の虐殺なら、甘んじて受けるべきだし、よしんば国ごと滅んでも文句をいうべきじゃないね」
レイルは左手に持った杖を上げた。




