31世紀戦争13
どしゅっ! という音を立てて、花束を詰めた魚雷発射管から空気と共に戦場に花が手向けられた。
「手空きの者は黙祷!」
プリシラが全艦放送で言う。
そうで無くとも、魚雷室に集まってきていた者達は黙祷していた。
「わたしもマリーゴールドの艦に移るわ」
「アイ。提督。
……シュガードール司令は本艦に残ってもらい、イクアノックス艦長はZ318に帰って貰うという事で問題ありませんか?」
「ええ。予定通りよ」
現在、A5126はA5128の艦尾左側に艦首をくっつける形で停泊している。
本来アイオブザワールドの規定では、宇宙空間における艦同士の接舷は艦側面で行う事になっているのだが、A5126は艦尾部分を損傷しているので、こう言った形での接舷となった。
損傷部位に近い与圧ハッチを無理に開いて、なんらかのトラブルで閉まらなくなったら、区画ごと与圧放棄しないといけなくなるからである。
レクシーはA5126とA5128の間に渡された与圧チューブの中から、A5128の艦首方向を眺めていた。
さらに一隻の『ユーステノプテロン』が、A5128と艦首同士で接舷しようとしているのだ。
この艦はリスロンドのA5127で、先ほどグリーゼにADDアウトしてきた。
わざわざ接舷作業をしているのは、ルビィと参謀部を総旗艦に移動させる為だろう。
またリスロンド自身も、第五艦隊を自分の指揮下に戻す手続きをしなければならない。
これら諸々の事情から、連絡艇を回すより接舷が早いと判断したのだろう。
A5100型の『ユーステノプテロン』は、基本的に全艦同じ作りをしているので、司令部を移しても特に違和感はない。
従って用意されている会議室の作りも同じである。
レクシーが使い慣れた……しかし、微妙に空気感の異なる会議室で待っていると、三〇分程でスタッフが揃った。
「では、状況の確認を始めましょうか」
会議室に集まっているのは、レクシーの他にリスロンドとルビィ、そしてマリーゴールド艦長である。
「まずは……ドラゴンマスターは何処へ行ったのかしら?」
「寝てます……魔法を使い切ったので、後三日くらいは使い物にならないと思います」
組織のトップ不在という、比較的深刻な状況を指摘するレクシーに、ルビィが答えた。
「寝てる?」
「失礼。寝ているという表現は正確ではありません。力尽きている。が正解かと思います」
ルビィは言い直すが、本質的には変わらない。
「魔法って、そんなに消耗する物?」
実際アベルはしばしば大きい魔法を使うことがあったが、こんなことは今まで無かった。
「回復第二類の中でトップクラスの大技だったので……致し方ないかと」
ふうむ。とレクシーは唸った。
王様が一発で寝込むような魔法を、ほいほい使わないで欲しい物だと思ったのだ。
「……マイスタ・ラーズの状態を考えると、選択肢は限られていたかと思います。
もし、ドラゴンマスターが施術しなければ、わたしが《リコールスピリット》を使っていました。
「いや、主席参謀に寝込まれると困るわ」
ルビィが居ないと、参謀部は何かあった際に即決で艦隊に対する命令が出来なくなる。これでは、艦隊の運営に差支えが出るのは明白なので、困るのだ。一方でアベルが居なくても、艦隊の意思決定はできる。
「……それで王様は?」
「レーヨ艦長の『イクチオステガ』に乗っています。
寝ているならどの艦に乗せていても一緒ですので……」
雑な扱いだが、まあ仕方ないだろう。
艦の間を移動するのは何かとエネルギーが必要なのだ。
「エリュシオン閣下は?」
「特に『イクチオステガ』の迎賓設備についてクレームなど発生していないので、こちらも移動していません」
「なるほど。じゃあ地球圏の方の戦略目標は全部クリアって事でいいかしら?」
「アイ。提督」
答えたのはリスロンドである。
「しかしながら提督。流民船団の降伏先になるべく残してきた第六艦隊の一部ですが、少々数が少なかったのではないかと考えています」
「ルビィ?」
とレクシーはルビィに意見を求める。
「いきなり流民船団が全面降伏するという事態は想定していなかったので、少々数が足りない可能性は否定できません。
しかし、応援にやる艦が無いのも事実です……兵員輸送型の『アカンソステガ』があれば良かったんですが」
兵員輸送型の『アカンソステガ』級は、既に騎士団での運用が始まっている。運用サイドからの意見もレクシーが聞いている限り上々のようだ。
ちなみに、このタイプの『アカンソステガ』をアイオブザワールドで運用する予定はない。
これはアベルが、はっきりと陸戦はやらない。と宣言している為である。
「まあ、最悪は外交でなんとかするしか無いでしょうね……それはウチの仕事じゃないからいったん棚上げね」
◇◆◇◆◇◆◇
A5128は旗艦運用を想定していない艦なので、一流の調理師などは乗せて居ないのだが、マリーゴールドは自分の艦の食堂の味が気に入っていた。
「A5127と比べても、遜色ない味ですね」
蒸した鶏肉にソースをかけた物を口に運びながら、リスロンドが感想を言う。
ちなみに、リスロンドの艦は旗艦運用されているので、一流の調理師チームが乗っている。
「わたしは地球の……惣菜パン? とか言う奴が好きですね。地球で食べたわけじゃないですが」
これはルビィの意見である。
「じゃあ、どこで食べたんですか? 主席参謀?」
「センチュリアよ。ばっちり文明汚染が進んで、ダイエーとかいう地球のマーケットが進出してるの」
マリーゴールドが聞くと、さらっと無茶苦茶な事をルビィが答える。
「……それは、ケプラー入植条約に抵触するんじゃ……失礼」
話を切って、マリーゴールドは懐からホロタブレットを取り出した。
表示を見るとブリッジからの呼び出しだった。
「……マリーゴールドです。報告を」
「艦長、エッグから通信が入っているのですが……」
やや戸惑った通信士官の声。
「司令部ではなく?」
「はい。プリシラ艦長からこちらに転送されてきました。
……騎士団の広域作戦本部からなんですが……いかがしましょう?」
それを聞いて、マリーゴールドは通信士官が混乱している理由を察した。
というか騎士団の広域作戦本部からの連絡というのは、マリーゴールドでも混乱する。
「レクシー提督?」
なにか心当たりがあるかというニュアンスで、マリーゴールドは聞いて見る。
「特に思い当たる事はないわね……主席参謀は?」
「いえ」
どうもレクシーもルビィも、心当たりはないらしい。
「まあ、でも話を聞いてみましょうか」
レクシーがそう言うので、マリーゴールドはホロタブレットをレクシーに渡す。
「レクシーよ。騎士団からの通信を繋いで」
「アイ。提督」
「騎士団DSNHQのフランシス司令官です。通信に出ていただきありがとうございます提督」
やや年老いた感じの声の女性が通信に出た。
「提督。DSN……HQとは? HQが司令部なのは分かりますが……」
小声でルビィが聞く。
「ディープスペースネットワークの略称よ。騎士団の辺境警備担当と思って間違いないわ」
端的にレクシーが説明する。
「それで司令官、アイオブザワールドになんの用事かしら?」
ちなみに、レクシーはアイオブザワールド艦隊司令部の本部長を兼任しているので、ただの司令官よりは格上である。
「……騎士団から正式なプレスリリースがあるまで、機密情報として扱っていただきたいのですが……」
「ここに居るのはアイオブザワールドのトップだけなので、気にせず話してもらって結構よ」
フランシス司令の話に、レクシーが返す。
「あの提督。わたしも居てもいいのですか?」
心配になってマリーゴールドは言う。
「あなたは旗艦の艦長なのよ。聞いてないほうが問題よ」
きっぱりとレクシーは言い切った。
その答えに、マリーゴールドは少しうれしい気持ちになる。
「つい三時間ほど前の事になります」
フランシス司令は話出す。
「エリオスメリスDSNハブが攻撃を受けました」
いきなりの爆弾発言である。
そのエリオスメリスなる場所がどこかはわからないが、この時期になかなか挑戦的な話だとマリーゴールドは思った。
「エリオスメリス? ……ああ」
対してレクシーは何かに合点が言ったように唸った。
「ハルゼーの艦隊ね」
そして、そのまま襲撃犯を名指しする。
「なぜそう思われるのですか?」
これはフランシス司令の疑問だが、マリーゴールドも同じ思いである。
「グリーゼの後、木星海戦にも居なかったっぽいから、どこに行ったのかと思ってたのよ」
さもそれが当然と言わんばかりに、レクシーは言う。
「それは……普通に内地で艦隊の再編をしているのでは?」
これはルビィの意見だが、常識的な話としてはこちらに説得力がある。
「いいえ。ハルゼーの性格を考えれば、スプルーアンスの艦隊を奪い取ってでも出てくると思うわ……
それでフランシス司令。エリオスメリスにはそこそこ大きい基地があったと思うけど、被害状況は?」
「停泊していた『ブラックバス』が二隻沈みました。また、基地が航空機による攻撃で損傷しています。被害は集計中です」
「目的はなんでしょう? ……あっ、ルビィ・ハートネスト主席参謀です」
ルビィの疑問は当然のものだとマリーゴールドは思う。
仮にハルゼー……というより、アメリカ海軍が動いているなら、相応の理由が必要なのだ。
「今のところ不明です」
「……不明? あそこって、ダースメリス最終処分施設が近くにあるでしょう?」
レクシーはアメリカ軍の目標が分かっているらしい。
「あの提督……最終処分場とは?」
これもルビィの疑問である。
「エッグには死刑制度が無いのは主席参謀も知ってるわね?」
「はい」
「最高刑はもちろん永久懲役なんだけど……」
ちなみに永久懲役というのは、例外なく釈放無しの懲役刑である。実質的には緩慢な死刑とも言える刑罰だ。
「そんな受刑囚を、まっとうな刑務所に収監してるとコストがかかって仕方ないでしょう」
「はあ……?」
あまりピンと来ない様子のルビィに対して、レクシーは話を続ける。
「そこで永久懲役の収監するために作られたのが、ダースメリス最終処分施設というワケよ」
「……スゴイ刑務所なんですね」
ルビィは言うが、これは間違いである。
「いいえ。ダースメリスには刑務所なんかないわ。
刑務所どころか施設らしい施設もないし、なんなら食料はおろか水や空気もないし、光や重力だって怪しいわね」
「そんな! そんな施設がエッグにはあるんですか!?」
「なにしろ、永久懲役を受けた犯罪者の為に税金を使うのはもったいないっていうのが、エッグの考えね」
「……でも、そんなに離れたところにあったら、囚人を輸送するコストが……」
信じられないとばかりにルビィが言うが、レクシーは首を振った。
「囚人の輸送は、外宇宙に向かう船がついでに行う事になってるの。もちろん、アイオブザワールドの船も運ぶ事があるわ。最近はやっていないけど。
主席参謀も、わたしのE5312に囚人輸送用コンテナが積んであったのは知っているでしょう?」
「うっ」
ルビィがうめき声を上げる。
何しろルビィは、その囚人輸送コンテナに放り込まれた事があるのだから当然だろう。




