31世紀戦争12
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「で、プリシラ。A5126はどう?」
艦載艇格納庫に向かいながら、レクシーは率直な感想をプリシラに求めた。
「被害はいまだ集計中ですが……」
と前置きしてプリシラは続ける。
「メインマストを全損したので、通信などの機能に影響が出ています。
本艦は総旗艦の機能を喪失したと考えます」
栄えあるアイオブザワールドの総旗艦の艦長として、これはなかなかに屈辱的な報告である。
「まっ、損害はドラゴンマスターと折り込んで調整済だから気にすることはないわ。
むしろ艦隊の損害としては少ないくらいよ。
……それはそうと、艦隊司令部は別の艦に移すしかなわね」
「アイ。提督。
同意します」
プリシラとしても、自分の艦が総旗艦でいられるならそれにそれに越したことはないのだが、流石に艦の機能低下は許容できないレベルになっている。
「司令部の移動先として、マリーゴールド艦長の『ユーステノプテロン』を推薦します」
「A5128ね」
「アイ」
マリーゴールドは席次で言えばレクシー、リスロンド、プリシラに次ぐ順位であり、乗艦はA5100シリーズと同型艦である。
総旗艦を移す先としては文句ない艦だろう。
「問題ないでしょう」
「では、マリーゴールド艦長に連絡して、ランデブーの準備を進めるように指示を出します」
旗艦を移すという事は司令部を移すという事なので、相応の量の物資と司令部要員が移動することになる。
この作業をシャトルを介してやると時間がかかりすぎるので、艦同士を横付けして直接繋ぐ作業が必要になるのだ。
「魚型がないのね」
流民船団の連絡艇を見た最初のレクシーの感想はそれだった。
流民船団が運用する連絡艇は葉巻型で全長が二〇メートルほど。幅高さ共に四メートル程だった。
「与圧調整と検疫作業実施中」
発着デッキのオペレーターが報告する。
レクシーとしては当然早く話を進めたいわけだが、与圧調整も検疫もすっぽかすわけには行かない行程である。
正確に言うと、与圧調整はデッキ自体を与圧して、検疫作業と並行して気圧調整をするという方法もあるのだが、これはVIP用でエネルギー消費の観点から今回は用いない事とした。
何より傷付いているA5126にとって、艦内で派手な気圧変化を起こす事はリスクであると考えられた側面も大きい。
おおよそ十分程で、オペレーターから与圧調整と検疫作業が終了した胸が報告される。
十分という時間から、流民船団側も結構いい環境制御システムを使っている事が、うかがい知れた。
「流民船団第一侵略軍旗艦Z318艦長、イクアノックス・ダーレッグスとシュガードール・マルムスティン司令官の乗艦許可を求める」
気密ドアが開いて最初に、背の高い男が声を上げた。
良く通る渋い声だ。
「アイオブザワールド艦隊総旗艦艦長、プリシラ・スノープです。乗艦を許可します。
ようこそA5126へ」
プリシラが右手を差し出し、イクアノックスがそれを握った。
これはエッグと流民船団、双方の歴史にとって非常に重要な握手なのだが、今はそれどころではないのも事実。
「会議室を用意しています。歩きながら話しましょう」
「ええ」
レクシーが提案し、シュガードールが応じたのでプリシラが先頭にたって歩き始める。
プリシラとイクアノックスが先頭を歩き、その後ろをレクシーとシュガードールが続く。
最後に、武装した警備スタッフがぞろぞろと後ろを付いてくる。
「……流民船団側が突然、戦闘中止とはどういう話になってるの?」
「正直言って不明。意思決定会議も混乱しているようね」
シュガードールはそう答えた。
意思決定会議が混乱しているなら、意思決定は無理だろうとレクシーは思う。
もっとも、意思が決定できないから、一端停戦としたと取ることも出来るが。
「こちらからも質問があるわ」
「……大体予想できるけれど……どうぞ」
今度はシュガードールが質問するつもりのようだ。
「あなた、本気で戦ってなかったわね?」
シュガードールクラスの司令官なら当然、そうで無くともレクシー艦隊がシュガードール艦隊を殲滅できない道理はない事はわかるだろう。
「本気で戦ってないというのは少々暴言ね。戦略目標が違う以上、不合理な作戦に見える事は仕方ないでしょう」
レクシーとしても、本気でやってない呼ばわりは少々気に障る。
なにしろレクシーは本気で殲滅したいと思っていたのだから。
「戦略……? という事は、この事態を知った上で、わたしの艦隊を拿捕しようとしてた、と?」
流石にシュガードールも頭の周りはべらぼうに早い。
一瞬でレクシーの戦略を分析してみせる。
「この事態は予定外だけど、捕らえようとしてたのはその通りよ」
「正気を疑うわね」
それがシュガードールの感想らしい。
「ウチの王様はワガママなの。王様のワガママに完璧に答えてこそ有能な司令官と言う物よ」
アベルが本当にワガママなのかどうかは賛否が分かれる所だろうが、唐突に想像を絶する事を言い始めるのは、誰もが賛同するだろう。
実際に、今回の無茶苦茶な作戦もアベルが突然言い放った事だ。
「それに、木星でそちらのドラゴンマスターを撃破して捕らえたと連絡が来てるわよ? ウチの王様から」
「エリュシオン閣下を!?」
さすがにこれにはシュガードールも驚いたらしい。
イクアノックスも口には出さないが、動揺しているのが見て取れる。
「……大体、相互の状況確認は終わったと思っていいかしら?」
会議室でおおよそ一時間、互いの情報を交換して整理が終わったのを見計らって、レクシーは切り出した。
交わされた情報は、主にグリーゼ近海における双方の知っている事。そして、地球圏でエリュシオンが倒された事あたりがメインである。
「……ところで、この艦は動いているのですか? プリシラ艦長」
「『ユーステノプテロン』の慣性制御は最高級品を使っているんですが……よくわかりますね、イクアノックス艦長」
「まあ、なんとなく。ですかな」
イクアノックスは少々照れたように答えた。
「本艦は現在、A5128とのランデブーの為に移動中です。ついでもあります」
「ついで?」
と聞いたシュガードールにレクシーが答える。
「帰ってこなかった第三艦隊の勇者達に、せめて手向けの花束を、と思ってね」
第三艦隊については、レクシーにしてみれば余所の艦隊、余所の部署であり、レクシーの忠告を聞かずに出航していった愚か者の集団でもある。
しかし、それでも帰ってこなかった者達はともなわれるべき、というのがレクシーの考えであった。
少なくとも、艦が沈んだ場所がわかっているのだから。
「……」
それを聞いてシュガードールは黙り込んだ。レクシーの事を感傷的だと思ったのかも知れないし、同族殺しの罪を思い出したのかも知れない。
「……ここからはオフレコだけれど」
と前置きしてからレクシーは言葉を続ける。
「わたしは、件の貨物船撃沈はどこかの国の謀略だと思ってます」
「謀略? 具体的な国は?」
「普通に考えてアメリカでしょうね? ただ、地球のどの国もエッグと流民船団が争う事に関しては、利益があると考えるわ」
レクシーの言葉にシュガードールはしばしの時間考え込んだ。
「……つまり、わたしたち……あなたの艦隊も含めて、この海域にとどまっているのはリスクがあると?」
さすがと言うかなんと言うか、シュガードールは短時間でレクシーと同じ結論に至った。
「ええ」
「こちらとしても、司令部を元気な艦に移して、地球圏から戻ってくる艦と合流したら撤収よ」
実際の所、リスロンドの艦隊を直接エッグまで戻すという選択もあったのだが、アベルが寝込んでいるという報告が来ているので、自分の直轄の艦隊に収容したいというのがレクシーの考えだ。
「だから悪いけれど、その段階で動けない艦はグリーゼの太陽に沈めて貰います。
……もっとも、それはこちらの艦も同じだけどね」
実際、レクシーの艦隊も『Z3』と派手に撃ち合った『パンデリクティス』が、少なからずダメージを追っている。
最終的にエッグまで戻れない艦がどれだけいるかは今のところ不明だが、各艦の艦長は今全力で艦の修復に当たっているはずだ。
「ブリッジからプリシラ艦長へ。航海長のネーデルラドです。
指定された座標に到達しました。グリーゼ581に相対停止」
ブリッジからの通信で、艦がランデブー地点に到達したことが伝えられる。
「ネーデルラド。レクシーです。
マリーゴールドの艦が着いたら、与圧チューブを接続。司令部の移動を開始させて。司令部移動に関しては、全権を委任します。プリシラ、それでいいわね?」
一応プリシラに同意を求めるのは、ネーデルラドがプリシラの部下だからである。
命令系統は大事なのだ。
「プリシラよ。レクシー提督の言うとおりに進めて」
「アイ、艦長」
ネーデルラドも返事はプリシラに対して返す。
これも指揮命令系統に沿ったやり取りである。
「レクシー提督、招致しました。
マリーゴールド艦長の艦に司令部を移動させる件、全権をいただきました。ネーデルラド、アウト」
その後、一向は魚雷室へと場所を移す。
レクシー達四名以外にも、まばらではあるが乗組員の姿を見ることができる。
もっとも、艦の運用担当のスタッフはマリーゴールドの艦とのランデブーに備えているし、そうでないスタッフは艦の被害箇所の修繕作業に駆り出されている。もちろん司令部のスタッフは、司令部を引き払う準備に忙殺されている。
したがって、ここに居るのはそのいづれでもない乗組員だけと言うことになる。
「魚雷発射管から空気を使って花束を投げます」
レクシーが宣言すると、集まっていたスタッフたちがぞろぞろと魚雷発射管の中に入って花束を置いていく。
ちなみに『ユーステノプテロン』級の魚雷発射管は口径二八八〇ミリあるので、普通に立ったまま入れる。
「レクシー提督。プリシラ艦長。どうぞ」
と言って、船務担当の士官が大振りの花束を差し出した。
「ハルネーゼ船務長。ありがとう。
……シュガードール指令も献花するかしら? するなら、わたしが奢っておくわ」
言われてシュガードールは目を伏せた。
「……直接ではないとはいえ、部下に撃沈させておいて献花なんて……」
「そうでもないわよ、ニクシーは多分あなたになついてたのよ。
どうも姉の性格が悪いせいっぽいけれど」
レクシーはそういって、手にした花束をシュガードールに渡す。
「ハルネーゼ船務長。わたしにもう一つ花束をもらえるかしら?」
「アイ。提督。
少々おまちください」




