31世紀戦争11
◇◆◇◆◇◆◇
「提督……負けたらすいません」
「遺言ならもう少し気の利いたヤツを言いなさい」
ぴしゃりと言い放って、レクシーはコンソールを弄る作業に戻った。
戦闘は全てプリシラに任せるという意思表示だろう。
「全『エンハンスド・アニサキス』、VMEアクティベート」
前に向き直って、プリシラは左手を上げる。
まもなくA5126は、『Z3』の腹下に達する。
彼我の距離はわずかに数キロ。必中の距離である。
「ヨーイ……放てっ!」
『アニサキス』用VMEに内蔵されたリニアレールアクセラレータが、必殺の『エンハンスド・アニサキス』を撃ち出す。
「敵艦、わずかに加速しました」
「!?」
その報告にプリシラは驚いた。
事前情報として、流民船団の艦は主砲と高速用機関が排他利用であるとされていたからだ。
……主砲戦をやめる気?
とプリシラは考えたが、すぐにその考えを打ち消す。
高速用機関を使っているにしては、加速が鈍すぎるからである。
……という事は、低速用機関に加速触媒でも投入したか、破損覚悟のリミッター解除か。
いづれにしても、向こうも覚悟を決めたという事である。
「どのみち、避けられないわよ」
プリシラは言った。
いくら『ユーステノプテロン』から誘導していないとは言え、この距離なら撃った瞬間から終末誘導距離である。
『エンハンスド・アニサキス』の終末誘導シーカーからそうそう逃れられるはずはない。
実際、六発の『エンハンスド・アニサキス』達は、『Z3』の副砲をかいくぐりながらその艦尾方向へ殺到した。
『Z3』が加速した事で、多少狙いが後ろにずれた訳だが、大勢に影響はない……どころか流民船団の艦は艦尾側に船としての機能が集中しているので、より致命的なダメージになる可能性もある。
パパパパパパっと、光が走る。
光は六つ。全弾命中である。
炸裂した『エンハンスド・アニサキス』の爆圧で『Z3』の艦尾が持ち上がる。
……いや……
プリシラはその事象は違うと感じた。
「……下げ舵を……切った?」
敵の艦長は、わざと艦尾にミサイルを喰らって、その反動で素早く艦首を下げた。
その意図は簡単だ。
「マズイ!
……右転舵〇三〇! 推力最大!」
プリシラは叫んだ。
その間にも、『Z3』は艦首の主砲をこちらに向ける。
「チャフランチャー! ばら撒ける物は全部ばら撒いて!」
『ユーステノプテロン』に搭載されている能動的な妨害兵器は少ない。
基本的に『ユーステノプテロン』は、背びれの各種アンテナで妨害を行う設計だからだ。
だが今は、そのアンテナを装備していた背びれを失っている。
もっとも妨害したところで、『Z3』の主砲をかわせるとは思えないが。
ドン! という衝撃音。
ばら撒かれたチャフの金属片もろとも、『Z3』の主砲弾が飛んでくる。
「喰らった?」
「敵艦の主砲弾が艦尾右舷側をかすりました!」
プリシラにダメコンチームのリーダーが怒鳴り返す。
「プラズマエキゾーストにダメージ! 過給機制御システムにダウン! 出力低下します!」
「艦尾右舷側で火災発生との報告あり! 火災発生箇所の特定中!」
「機関部で負傷者発生!」
艦のあちこちから報告が上がってくる。
主機の出力低下は痛いが、艦はまだ生きている。
「ダメコンと医療班。プロトコルに従って対応を。
火器管制。『エンハンスド・アニサキス』発射準備。全弾、弾頭戦術核」
『エンハンスド・アニサキス』の戦術核弾頭は、プリシラの権限で使える最大の火力である。
現状のまま『Z3』の次の主砲を喰らえば、高い防御性能と生存性を誇る『ユーステノプテロン』級といえども、撃沈されるかもしれない。
アイオブザワールドにおける最大優先順位の命令は、いつでも乗組員の生存である。
この状況なら、戦略的敗北も致し方なしとプリシラは判断した。
◇◆◇◆◇◆◇
「命中せず!
……しかし、至近弾がダメージを与えたようです!」
「よし、行けるぞ」
イクアノックスは満足そうに言ったが、内心ではヒヤヒヤ物である。
何しろ、先ほど艦尾艦底に喰らったミサイルのダメージで、Z318はほとんど動けなくなっているのだ。
「グレゴール砲術長! 主砲、次弾発射準備急げ!」
「任せてくだせえ」
景気のいい返事が来る。
じりじりと焼かれるような時間が過ぎる。
「敵艦、上甲板に変化あり!」
報告が来る。
詰まり敵は『アニサキス』の装填を完了したという事だ。
……やはり速い。
敵艦の練度の高さにイクアノックスは舌を巻く。
「グレゴール砲術長!」
イクアノックスはグレゴールの名前を呼んだ。
呼んだからと言って、装填が速くなるわけでもないのだが、呼ばずには居られない。
『アニサキス』は驚異的な威力を持った対艦ミサイルである。
しかも、この最終局面で使われる『アニサキス』が通常弾頭であるという保証は何処にもない。
「発射準備完了!」
その時、グレゴールが声を上げた。
「撃て!」
その報告が終わらない内に、イクアノックスは叫んだ。
……間に合うか!?
と思ったのだが、いつまで経ってもZ318の主砲は火を噴かない。
「……どうなってる!?」
「艦長。火器管制システムがロックされました」
「な……!?」
グレゴールから返ってきた返事に、流石のイクアノックスも絶句する。
「司令官!」
「わたしが司令官権限でロックしました。
……今、流民船団意思決定会議から緊急の連絡が入りました。戦闘は中止します」
◇◆◇◆◇◆◇
「射撃中止!」
レクシーが叫ぶ。
「……しかし、提督」
「中止よ」
プリシラが抗議の声を上げるが、レクシーは冷静に攻撃中止を指示する。
「艦隊の全艦艇に通達。別途指示があるまで戦闘を中止。現状を維持せよ」
「向こうも事情は同じみたいよ」
そう言ってレクシーは天井を……その向こうにいる『Z3』を見た。
「……一体……何が……?」
確かに敵艦からの攻撃が来ない事を確認したプリシラが、次なる疑問を口にする。
「今、アイオブザワールド艦隊司令部を経由して宰相院の外交部から連絡がありました。
我がエッグと、流民船団は再び交渉のテーブルに着くことで合意がなされたとの事です」
そこでレクシーは一度話しを切った。
この話は艦隊内ネットワークにより、全ての艦に流している。
各艦の艦長が話を理解するまでの待ち時間と言うわけだ。
「無論、アイオブザワールドはエッグの政府機関からの命令を受ける義務はありませんが、わたしはこの話を受け入れるつもりです。
……エッグと流民船団。両者が再び交渉のテーブルに着くなら、それ以上の戦略的勝利はないと確信します。
なにより……同族殺しにはなりたくない物です」
最後の一言こそがレクシーの本音だった。
「プリシラ艦長。停戦の信号弾を発射」
「アイ。提督。
信号弾、白白橙。放て!」
「シュガードール司令より通信が入っています」
「暗号鍵を送信して、セキュア通信に入ってきて貰って」
レクシーは即断。
なにしろここはグリーゼ581。地球人の領域である。
実質的に、エッグと流民船団の国家間協議であるこの通信を傍受されるのは、どうにも面白くない。
ちなみに暗号強度に関しては、『ユーステノプテロン』のもつ膨大な処理能力が投入できるので、そうそう解読されないレベルは担保できる。
数分間、A5126とZ318の間で通信士官同士がやりとりをした後、通信が繋がった旨の報告が上がる。
「挨拶は抜きにさせてもらうわ」
最初にシュガードールが口を開く。
少々音声が歪んでいる。Z318側の暗号処理能力の問題だろう。
「そちらも戦闘を止めたという事は、政府筋から戦闘停止命令が出たという理解でいいかしら? レクシー・ドーン」
「ええ。正確には命令じゃなくて要請だけど、まあ同じよ」
レクシーは答える。
同じと言っているが、戦闘中止はレクシーの判断で行われているという事を、暗に流民船団側へ伝える。
「それで……流民船団側も停戦という理解でいいかしら?」
「残念ながら即時停戦。我が艦隊は全面降伏の用意があるわ」
全面降伏というのは少々予想外だったが、話の流れは大筋でレクシーの考え通りのようだ。
「全面降伏の意図を説明して貰ってもいいかしら? シュガードール司令」
「まず、我々は可及的速やかに地球人類の勢力圏を離れる必要があり、これにはエッグの協力が必要不可欠であるという前提があるわ」
これは要するに、エッグ領に艦隊を避難させたいという事である。
「そして、我が艦隊はエッグ側よりエッグ船籍の輸送船の撃沈を疑われている。
……もちろんこれは濡れ衣だけれど……悠長に、ここでそれを説明している暇はない。
故に流民船団の意思決定会議は、一端この件をエッグの司法に委ねる事とした。説明としてはこんな所ね」
ここまでの話をまとめると、負けを認めるから守れ。という事である。
まあ、この後エッグと流民船団の間で、輸送船撃沈事件の検証委員会を立ち上げる。という辺りが、最終的な落としどころとなるだろう。
「……大筋で了解しました。司令官には降伏調停の為に、本艦に来ていただきます」
これは問答無用で人質になれという事である。
もっとも、シュガードールもそんなことは承知の上だろうが。
「わかりました。
しかし、負傷者救護の為に、他の艦が動く事は了承願いたいわ」
「それについてはこちらも同じなので、了承します」
「……それでは、連絡艇の準備ができ次第……ちょっと待って」
シュガードールはそう言って話を切った。
雰囲気的にはマイクが音を拾わない範囲の誰かと話しているらしい。
「……Z318艦長のイクアノックス・ダーレックスも同行を希望しています。
連れて行っても?」
イクアノックス艦長の同行は名目上、シュガードールを単独で余所の艦に行かせる事はできない。という事だろう。
実際の所h、イクアノックスが『ユーステノプテロン』に乗ってみたいと言っているといった辺りか。
「わたしは問題ないけれど……プリシラ、警備とかの問題は?」
「アイ。提督。
警備スタッフは多めに乗せているので問題ありません。提督がお忙しいなら、わたしが直接お相手します」
プリシラも賛成のようなので、問題なしとレクシーは判断した。
「いいでしょう。連絡艇の接舷手順を送ります」




