竜の戦争18
「うへえ」
と情けない声を出して、アベルはストレッチャーから転がり落ちた。
「ドラゴンマスター!」
大丈夫だから行け、とアベルが手を振ると、医療スタッフは走り去っていく。
……とりあえずこれで、ラーズは大丈夫なはずだけど……
あとは優秀な医療スタッフが、適切な外科的な処置をするだろう。
「あー。ツライ」
通路の壁に背中を預けて、アベルは天井を見た。
『イクチオステガ』級の通路の天井には、無数のパイプや電線、光ファイバーが走っている。
アベルは通信機を取り出した。
「アベルからブリッジ。航路をトリトン海軍基地へ。
大日本帝国海軍に連絡して、ラーズを迎えに来るように言ってくれ」
残念な話だが、ラーズを大日本帝国に返すことは規定ラインである。
アベルは当初、このまま連れ去ってもいいと思っていたのだが、レクシーに強く反対されたので折れた。
「あとは予定通り、リスロンドの旗艦と合流。指揮下に戻ったらルビィの命令に従うように」
「ブリッジからドラゴンマスター。
副長のマリオンです。レーヨ艦長に代わり命令受領しました」
◇◆◇◆◇◆◇
「エウロパに残っている流民船団の兵はどうするのだ?」
「我々の戦術チームがエウロパに居ますので、そのチームに投降してもらう事になります」
エリュシオンに問われてレーヨは答える。
「そんなに都合よく投降させられるのか?」
「いえ、それほど都合良く行くとは……しかし、他国の捕虜になった兵も外交により、可能な限りエッグで引き取る事になっています」
イギリスやドイツはおそらくそれほど抵抗無く捕虜を引き渡すだろうし、大日本帝国もおそらく問題ないというのが参謀部の分析であるとレーヨは聞いていた。
問題はエウロパがアメリカ人の領地であり、最大戦力を展開しているのがアメリカだという事だ。
アメリカの捕虜にされた流民船団の兵の扱いについては、有効な策が用意されていないのが現実である。
一応、参謀部ではイギリス経由での捕虜の引き渡し案や、聖域海戦の捕虜との交換案などのオプションが検討されてはいるらしいが、どの程度の確度があるのかレーヨにはわからない。
「そんないい加減な……」
エリュシオンはそう言うが、レーヨも実はそう思う。
とはいうものの、アイオブザワールド参謀部が提案し、艦隊司令部が了承した作戦ならレーヨは従わなければならない。
「アイオブザワールドのスタッフは優秀です。信じていただきたいです」
そう言ってからレーヨは、エリュシオンの部屋を後にした。
「艦長、ブリッジに入ります」
レーヨがブリッジに戻ると、既に艦の前方視界ディスプレイには巨大な魚影がいくつか映っていた。
リスロンド艦隊の総旗艦A5127と、第六艦隊所属のA5200型『ユーステノプテロン』二隻。計三隻である。
集合予定地点は海王星軌道の遙か外側なので、レーヨがエリュシオンと話している間にここまで来たのだろう。
なお他の第六艦隊所属の『イクチオステガ』達は、流民船団艦隊の投降先となる為に木星圏に残っている。
『ユーステノプテロン』級はなるべく地球人に見せたくないという意図があり、『イクチオステガ』だけを残すという運用になったのだ。
「艦長、リスロンド提督からブリッジに戻ったら、旗艦に連絡するようにとのメッセージが届いています」
「わかりました。通信士官、繋いで」
「アイ。艦長」
三〇秒程待つと、旗艦との通信リンクが確立してリスロンドが通信に出る。
「レーヨ艦長。まずは任務ご苦労様」
「アイ。提督」
「エリュシオン閣下の様子の報告を」
「今は部屋で休んでおられます。特に待遇に対する不満などは上がっていません」
少々の沈黙。
「『ユーステノプテロン』に移す必要はない?」
「アイ。提督。
移す必要は無いと考えます」
「いいでしょう。そのままあなたの艦に収容を続けて貰いましょう。
そちらはいいわ。後……ドラゴンマスターは?」
「はあ……それが……寝ておられます」
「寝て……?」
リスロンドはオウム返しに言って、再びしばしの沈黙。
おそらく通信マイクの範囲外の誰か……おそらくルビィ・ハートネスト主席参謀だろう……と話しているのだろうとレーヨは考えた。
「……もしかして、大魔法を使ったのですか?」
「すいません。わたしは魔法には詳しくないので……ただ医療スタッフの報告ではお友達に対して、回復魔法を使ったと聞いています」
今度は沈黙ではなく、ゴソゴソという雑音が聞こえた。
多分マイクを受け渡しているのだ。
「ルビィ・ハートネストです。
ドラゴンマスターの使った魔法の詳細の報告を」
ルビィ・ハートネストと言えば、アイオブザワールド最高の魔法使いとしても知られる。
レーヨは、艦長用コンソールを操作して医療スタッフからの報告書を呼び出す。
「報告では、心停止状態の患者に対して魔法を使ったとされています。
魔法を使った後は、呼吸脈拍が回復。内出血が治ったと報告されています」
「……あーあ」
ルビィがあきれたような声を上げた。
「多分二類最大級の魔法を使ったわね……これは二週間くらいは使い物にならないわね。
レーヨ艦長。ドラゴンマスターもあなたの艦で収容しておくように。多分一週間くらいは起きないから、適当な部屋のベッドにほうって置いていいわ」
どこか投げやりにルビィは言った。
「とにかく、レクシー提督の艦隊との合流を目指します。
航路は追って旗艦から通知するので、待機するように」
第六艦隊の『ユーステノプテロン』達を後ろに残し、レーヨのA7322はA5127を追ってアークディメンジョンに駆け上がっていった。
ドラゴンマスターの作戦は見事に辺り、アイオブザワールドは勝利を収めた。
しかし、世界を覆うなんとも言えない不安感がさらに増したようにレーヨは感じた。
ユニバーサルアーク




