竜の戦争15
◇◆◇◆◇◆◇
エリュシオンは驚愕した。
ラーズが炎の剣を振るった事に対してでは無い。
その剣を受けるべく振り上げたノウン・ギャラクシーを、炎の剣がすり抜けたのだ。
「!?」
ラーズの《紅蓮剣》は既に何度か受けているが、すり抜けてきた事はなかった。
……いや……
エリュシオンは考え直す。
今までエリュシオンが受けていたのは《紅蓮剣》の魔法部分ではなく、その芯になっている子狐丸の刀身部分だったのだろう。
その刀身が半ばで折れた今、打撃力はあるが受けることはできない炎部分だけが残ったのだ。
ノウン・ギャラクシーをすり抜けた《紅蓮剣》は、エリュシオンの肩から胸の右側を走って行った。
斬られたわけでは無いが、焼かれたのは間違いない。
難燃性のアンダーウェアがあっさりと焼き切れ、その下の肌を焦がす。
……これはやっかいな事になった。
流石のエリュシオンも、剣で受けられない斬撃をどうこうする訓練などしていない。なんなら今この瞬間まで、そういった攻撃を一切考慮していなかった。
だが攻撃を受けてなおエリュシオンには余裕があった。
理由は簡単である。
既に手負いのラーズの剣に冴えはなく、それ故に致命打にはならない。
ぱっ、っと炎の翼を一瞬だけ出現させて、ラーズは後方へ跳んで地面に降りる。
また左手で右腕を押さえている所を見ると、傷口が開いたのだろうか。
それでも、エリュシオンは追撃を躊躇った。
今までのラーズの行動パターンから、こう言った起死回生のような攻撃の後にこそ、本命を隠し持っていると考えられるからだ。
……やはり、剣をたたき落としてから、斬り伏せるか……
エリュシオンはそう結論づけた。
ラーズの肩口に一太刀入れてから、結構な時間が経つ。
エリュシオンの感覚では、いくらなんでもそろそろ動けなくなりそうな時間帯ではあるが、ラーズはまだ元気に剣を振り回している。
もっとも、ラーズはドラゴンではないから、エリュシオンの感覚とは異なるのかもしれないが。
エリュシオンはノウン・ギャラクシーを振りかぶって、ラーズに躍りかかった。
時間をかけると、ラーズの魔力が回復してしまうと考えたからだ。
ラーズは両手で剣を構えた。
再び炎が一メートル程の刀身が形成される。
この炎はまやかしである。エリュシオンは子狐丸の実体部分に集中した。
エリュシオンが上段に構えた剣を振り下ろすと、組み合うのを嫌ったラーズが後ろへ下がりながら右から左へ、子狐丸で凪ぐような一閃を放った。
しかし、間合いは既に離れているのでエリュシオンには届かない。
あくまで追撃してきた場合の牽制と言うことだろう。
つまるところ、もうラーズはエリュシオンと真っ向勝負できるだけの余力がなく、逃げるしかできないのだ。
のらりくらりと逃げているのは、少しでも時間を稼いで魔力の回復を待っている。といった辺りか。
どのみち、大規模魔法を運用するのに必要な魔力量を確保しようと思うなら、数日から一週間くらいの回復期間が必要なのは魔法使いの常識である。
「おおおっ!」
鬨の声を上げて、エリュシオンはラーズに斬りかかる。
これまで何度も繰り返してきた攻撃だが、今回は少々趣向が異なる。
エリュシオンは通常左足で踏み込んで剣を振るうが、今回は逆。
右足で踏み込んだのだ。
◇◆◇◆◇◆◇
……半歩、深い!
突如、エリュシオンが型を変えたのだ。
いままで、左足でしか踏み込んで来なかったエリュシオンが、半歩近い所まで来た。
半歩近いと言うことは、間合いの外に逃げるのに半歩多く動く必要があるという事に他ならない。
ラーズはノータイムで損切りを選択。
苦しいのは承知で、ノウン・ギャラクシーを子狐丸で受ける。
ぎっ! と金属が鳴る。
ラーズはノウン・ギャラクシーを刀身と鍔の境目で受けた。
重い。
エリュシオンの剣の重さもさることながら、ラーズの右手の握力は怪我とそれに伴う出血により、ほぼほぼ無くなっていた。
返す一撃。
キーン。と済んだ音を立てて、子狐丸がラーズの手をすっぽ抜けた。
飛ばされていく子狐丸にはべっとりと血が付いていた。
ラーズの流した血で、十分に握力のある左手も滑ってすっぽ抜けたのだ。
「!」
まずい事に、子狐丸を飛ばされる際のエリュシオンの斬撃方向は斜め下から上方向への一撃だった。これを受けたラーズは必然的にのけぞってしまう。
体全面が完全に無防備になる。
「今度こそ……終わりだ!」
「くそっ……!」
ラーズは地面に転がった。
エリュシオンの最後の一撃は、ラーズの左大腿部を捕らえていた。
怪我の程度は不明だが、出血量は多い。色からして、太めの静脈を切断されたらしい事はわかる。
足を切断するまでは行かなかったが、さりとてもう立っていられない程度のダメージである。
「今度こそ、終わりだ」
毅然とエリュシオンは言う。
尻餅をついた形のラーズの首元に、ノウン・ギャラクシーの切っ先が向けられた。
……こりゃ、詰みか?
一瞬、くっころ言うかどうかラーズは迷ったが、止めた。
これは別にやせ我慢的な物ではない。エリュシオンの背後に落ちた子狐丸を見つけたからだ。
「……ってないのに」
「なに?」
「勝ってないのに! 勝者のフリは負けフラグだぜ!」
◇◆◇◆◇◆◇
ラーズの言葉を聞いたとき、エリュシオンが真っ先に懸念したのは、アベルによる奇襲である。
ここは戦場である。不意打ちを卑怯と言うつもりはない。
しかし、実際不意打ちはなく、ほんの一瞬だがラーズから注意を逸らすだけの結果となってしまった。
ラーズはノウン・ギャラクシーの切っ先を掴んで、横にどける。
「!?」
エリュシオンは混乱。
まさか、この状況で剣を素手で掴むなどと言うことを、されるとは思っても居なかったのだ。
その一瞬の混乱に乗じて、ラーズは一瞬腰を上げて後ろへ跳ぶ。
「待て!」
とエリュシオンが手を伸ばした瞬間。
「《フレアフェザー》デプロイ!」
空中で、ラーズが前に飛び出す。
両者激突。
前に進もうとして体重を移動させている最中のエリュシオンは、予期せぬ体当たりによりもんどりうって後方へ転がった。
ラーズの左手が腹に触れる。
「《炎の矢・改》デプロイ!」
腹に一瞬で、十発ほどのヘビーパンチをたたき込まれるような、激痛。
「ごふぁっ」
最後に食事をとってから、随分時間が経っている事をエリュシオンは感謝したが、直後に胃液が上ってくる不快な感覚を覚えて感謝を止めた。
その間に、|《炎の矢・改》の反動でラーズはさらに前転。
何か追撃してくるかとエリュシオンは思ったが、ラーズは転がった勢いをそのままに再び《フレアフェザー》を吹かして、離れていく。
その向かう先には……
「……子狐丸!」
エリュシオンは、足と尻尾の力だけで体を跳ね上げた。いわゆるヘッドスプリングという奴だ。
続いて空中で右の翼だけを広げた状態から、左の翼を広げて、右の翼を閉じる。
慣性によって、エリュシオンの体は捻られて、地面に足が付く頃には体がラーズの方を向いている。
先ほどの|《炎の矢・改》のダメージはあるが、戦闘不能になるほどの物ではない。
エリュシオンはラーズを追撃した。
ラーズが子狐丸を拾うその瞬間、無防備になる首から背中にノウン・ギャラクシーを振り下ろす。
それだけで、こんどこそ決着。
この後、エッグのドラゴンマスターとも戦う事になるだろうが、それは今は考えない事にする。
◇◆◇◆◇◆◇
……マズいまずいマズイ!
アベルは内心焦っていた。
ラーズとエリュシオンの実力を読み違えていたのだ。
いや、正確には少し違う。
アベルは絶対的な能力でラーズが勝ると思っていたし、実際今の段階でもラーズがエリュシオンに劣っているとは、全く思っていない。
多少贔屓目に見ているにしても、ラーズがエリュシオンに決定的に劣っている要素はないと断言できる。
なら、今目の前で起こっているラーズ不利の戦いはなんなのか。
まずはラーズのプレイングミス。
これは、《アマテラス・ネットワーク》とその付随魔法である《フィンガー・フレア・ボムズ》のリソース管理の失敗である。
《アマテラス・ネットワーク》はセンチュリアからこっちに新たに組んだ魔法だからして、威力も消費リソースも不明だったに違いない。
結果的にエリュシオンのパワードスーツを破壊するに至ったが、ラーズの魔力も枯渇した。
二つ目に、エリュシオンは火竜でありラーズの小技を無効化してしまう対火性能を持っている事。
これにより、ラーズの小技が駆け引きに使いにくくなっている。
最後にエリュシオンの腕力と剣術がラーズに勝っている所。
ラーズには大きい魔法を使う魔力は残っていなく、小技はエリュシオンには効きにくい。
必然的にラーズは腕力で劣る相手に、ろくな武器の無い状態でチャンバラすることを強要されているのだ。
利き腕を怪我をした状態で。
ラーズにもかなり強力な自動回復が備わっているはずだが、見た目で怪我に変化が無い所をみると結構深く斬られているに違いない。ラーズ手持ちの回復魔法で、戦闘中の復帰は絶望的な状況である。
……流石にもう見てられないぜ。
アベルは戦闘への参加を決意した。
ルビィを筆頭とする参謀部は怒り狂うだろうが、知ったこっちゃない。
「《氷の矢・輝天》……」
牽制の魔法でエリュシオンを一端退けて、ラーズに《リザレクション》かなにかの強力な回復魔法をねじ込む。
後は二対一。アベルがラーズに対して防御と攻撃補助を使い続けるだけで、エリュシオンをねじ伏せられる。
アベルが右手をエリュシオンの背中に向けた。
一対一の真剣勝負に水を差すのが野暮であることはわかっているが、最悪ラーズを失えば後悔しても後悔しきれない。
その時、変化があった。




