竜の戦争11
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「CQCQ。スカウトリーダーから、ドラゴンマスター」
アベルが耳元に付けている通信機が機動して、音声を伝え始めた。
通信の主は、シルクコットである。
シルクコットは約八〇〇名の部下を連れて、エウロパに展開している。
その目的は第一に情報収集だ。
「スカウト一ー三からの報告によると、エリュシオンが流民船団HQを離れました。飛行魔法を用いてそちらに向かう模様。
推定到達時間は、おおよそ七分」
「わかった。アメリカ人はどんな感じだ?」
「陣地の中に立てこもって、徹底抗戦の構えです。時間を稼いで、流民船団側の物資枯渇を狙っているようです」
悪くない戦略だとアベルは思った。
流民船団は展開速度を重視する事で、補給が後手後手に回る傾向にある。今回のアベルとラーズによる補給線の構築妨害もこの戦略が基底にある。
「わかった。合図いたら次のフェイズへ移行してくれ。アベル、アウト」
アベルは通信を切ってから、指で七を作ってラーズに示した。
ラーズも手を上げて答える。
「さて、オレは捕虜の世話でもしてやるか」
「エッグのドラゴンマスターか」
エリュシオンが地面に降り立ったのは、アベルが捕虜の怪我を大体治したタイミングだった。
「エリュシオン閣下! まさか、来ていただけるとは……」
ネイスンがペコペコと頭を下げながら言う。
「よい。
放っていたら、こちらの補給線を蹂躙されるからな……そうだろう? エッグのドラゴンマスター」
「まあな。でも本当は違うぜ? エリュシオン閣下」
含みのある事を言うと、エリュシオンが眉を跳ね上げた。
「ほう?」
「……おっと、流民船団のドラゴンマスター殿の相手は、オレって事になってんだ。よろしくな」
これはラーズである。
「なに? ……おまえは……地球人ではないな?」
「ご名答。でも戸籍謄本ではちゃんと大日本帝国に帰化してるんだけどな」
「……なるほど、我が軍の魔法使いを蹂躙してくれたのは、おまえと言うわけか」
エリュシオンはラーズの方に向き直る。
「閣下! 気をつけてください。そいつは奇妙な魔法を使います」
「なるほど……噂に聞く、聖域の魔法使いか……
と、なると、どうやらわたしが単騎で来て正解だったようだ」
エリュシオンは状況を概ね理解したようだった。
これで決定。ラーズ対エリュシオンの対決である。
奇しくも両者、剣を携えた魔法剣士。これは見ごたえのあるビッグマッチの可能性あり。とアベルは考えた。
◇◆◇◆◇◆◇
まずラーズはエリュシオンを観察する。
長身。身長はラーズと大差ないように見える。一八〇センチを下回ることはないだろう。
ドラゴンは男女問わず身長が高めの傾向があるが、エッグのドラゴンだけでなく流民船団のドラゴンもこの傾向があるようだ。
黒くてツヤのない甲冑はいわゆるフルプレートである。頭には冠のような金色の兜。
つまるところ、肌の露出はほとんどない。ご丁寧な事に、赤い翼と尻尾は半分程度ウロコのような防具でおおわれている。
顔も概ね美人と言っていいレベルだ。
「ハネと尻尾が生えてる以外は、典型的な女騎士って感じか」
ラーズは端的にその特徴を口にした。
……まあ薄い本みたいな展開には……ならねえよな。
相手は流民船団のトップ魔法使いである。即落ち二コマみたいな展開にはならないに違いない。
「……さて」
エリュシオンはゆったりとした動きで、鞘から剣を抜く。
剣は黒い刀身を持つ大剣である。刃渡りだけでも一メートルに達しようかという代物だ。当然それ伴って刀身の厚みも分厚い。
さらにエリュシオンは、左手で腰の後ろから盾も取り出した。
盾は半透明の樹脂製の丸盾である。直径は八〇センチ程。
片手で盾を持っているという事は、必然的に大剣を片手で扱えるという事だ。
……そんなことが可能なのか?
とラーズは思う。
ラーズの小狐丸の長さは八〇センチ程。刃渡りは五五センチ。いわゆる日本刀としては、それほど長い部類には入らない小狐丸だが、これですらラーズにとっては十分重いのだ。
もっとも、エリュシオンの剣はアーティファクトある可能性が高いので、見た目より軽かったりするのかも知れない。
「わたしはエリュシオン・ルミオール。流民船団のドラゴンマスター」
「ラーズだ。よろしくやろうぜ」
ラーズは左足を引いた。
小狐丸は鞘に収めたまま、腰の左側に構える。
「《フレイムキャニスター》デプロイ!」
まずは、鞘に収めた小狐丸に魔力を乗せる。
「行くぜ?」
「いいだろう。来るといい」
ゆったりと構えたエリュシオンが答える。
大した余裕である。
圧倒的な自信があるのか、あるいは小手調べとわかっているのか。
どちらにしろ、次の一瞬でわかる事だ。
ラーズは走り出した。
「《黒点吼》!」
《フレイムキャニスター》の効果が乗った刀身を、《黒点吼》で加速させながら居合う。
「……ほう、なかなか……」
対するエリュシオンは、盾でそれを受ける。
ボコッ。という情けない音を立てて、小狐丸が盾の表面を滑った。
軽量な樹脂でできた盾だが、十分にその機能を果たしているようだ。
ラーズは、盾の表面を撫でながら、一気に走り抜ける。
ラーズの読みでは、エリュシオンは盾でこちらの攻撃を弾いた後、斬撃による反撃を行うはずだった。
ブン。という音と同時にかすかな風圧をラーズは感じた。
やはり、エリュシオンは大剣を片手で振り回わせる事が確定。
振り返ってラーズは刀を構える。
「面白い魔法だが……確かに強力だ。
どうも楽な戦いはできないようだ」
エリュシオンはどこか面白そうにそう言った。
「……今度はこちらから……行くぞ」
言うなり、走り出す。
「そんなこと言われて、来させるかよ! 《炎の矢・改》」
ラーズは間合いを開けながら、左手を振る。
「デプロイ!」
十五発の炎の矢が、エリュシオンに向かって降り注ぐ。
射界は広めに設定。具体的には盾で防げない程度の密度でばら撒く。
エリュシオンは……炎を気にかけることなく、ラーズとの間合いを詰める。
……効かない?
《炎の矢・改》の投射物の内数発がエリュシオンに命中する軌道を取るが、着弾寸前で弾けて消えた。
……なるほど。コイツは火竜なのか……
火竜というのは、火の魔法を使うドラゴンの意である。
火竜は火の魔法を使うが故、その保護障壁は火の魔法に対して高い防御性能を示す。
つまりラーズの魔法は、エリュシオンに対して有効打になりにくいという事だ。しかし、何も悪い話だけではない。
ラーズの魔法が効きにくいのと同じように、エリュシオンの魔法もラーズに対して有効打にはなりにくいという事でもある。
「ぬん」
エリュシオンの振り下ろす剣を、ラーズは小狐丸で受ける。
ギャン! という耳障りな音と共に、白い火花が飛んだ。
……くそ、重い。
片手で振り下ろされた剣を、両手で持った刀で受けてこの重さ。
そして、それよりも問題なのが飛び散った火花の色。
「なるほど? どの剣も魔法の武器なのだな?」
「名刀『小狐丸』。伏見稲荷の伝説に詠われる逸品だぜ?」
「『ノウン・ギャラクシー』。流民船団のドラゴンマスターに代々受け継がれし魔法剣。
この世に二振りとない、名剣」
ドラゴンマスターに受け継がれる剣とは、なんともファンタジーな代物である。
アベルはそんな物は持ってないし、ガブリエルは何かひまわりを振り回していたので、エッグのドラゴンマスターにはそういう物はないらしい。
……まあ、らしいっちゃ、らしいか……
「じゃあ、お互いの武器の紹介も済んだ所で……」
ラーズは受けた剣を支点に半回転しながら、回し蹴りの要領でエリュシオンの盾を蹴り飛ばす。
だが、相手はドラゴンである。
エリュシオンはまったくバランスを崩す様子はなく、反対に体重で劣るラーズが後ろに跳ぶ恰好になる。
「逃げても勝てないぞ?」
追撃に移るエリュシオン。
右上に振り上げた大剣が振り下ろされる。
それをラーズは刀で受ける。
力比べはできないので、角度をつけて斜めに流す。
……それでも十分重いんだけどな!
振りぬいた大剣が、自分の盾を添えて構えなおした後、今度は薙ぎ払うように振るわれる。
対してラーズは刀を立て左手を峰部分に添えて、それを受ける。
ガン! という音と共に、白い火花が飛ぶ。
「《ファイアウォール》デプロイ!」
エリュシオンの追撃より先に、ラーズは魔法を差し込んだ。
爆発的な炎の壁が生じて、ラーズとエリュシオンを隔てる。
さすがに、エリュシオンが火竜でも十分な熱量を持つ炎の壁を突破するのは難しいはずだ。
必然的に次のエリュシオンの動きは。
「上」
ラーズは炎の壁に寄る。
ここまでラーズは、意図的に後ろに逃げる動きを繰り返してきた。
それを踏まえてエリュシオンは、大き目に炎の壁を飛び越えると踏んでの動きある。
そして、ラーズの予想通りエリュシオンが炎の壁の向こうから飛び上がった。
「《紅蓮剣・乙『夏日』》」
対空迎撃用の紅蓮剣である。
ちょうどバレーボールにおけるネット際のブロックの要領だ。
すくい上げるように振るったラーズの刀は、エリュシオンを確かに捉えた。
しかし、当たったのは鎧の膝あての付近。
エリュシオンは、ラーズの想像より高い位置を飛んでいた。
そのせいで、有効打撃にならない。
……こりゃ、なかなか……
よくよく考えて見れば、エリュシオンは流民船団の実戦部隊のトップである。そうそう弱いなどという事はないだろう。
楽な仕事はないという事である。
エリュシオンはおおよそ五メートル先に着地して振り返る。
「リリース」
併せてラーズは《ファイアウォール》の魔法を放棄。
空間を開ける。
その間にも、エリュシオンが大剣を振り上げながら踊りかかってくる。
まずは順袈裟斬り。ラーズはこれを子狐丸で軌道を変えてやり過ごす。
次は逆袈裟の斬撃。これは体制を低くしながらエリュシオンの左側面に滑り込む。
……剣は体の向こう側。盾で殴る程近くない。
ラーズは刀を右から左に凪ぐ。
エリュシオンがこの斬撃を防ごうと思えば、盾で防ぐしかない。
しかし、エリュシオンから見たラーズの斬撃は、左後ろから来ることになるので、盾をかまえるには体を開くことになる。
そうなれば、ガラ空きの腹に大出力の打撃魔法を叩き込めるという寸法だ。
ラーズの読み通り、エリュシオンは右腕を寄せながら、体を左に捻った。
盾で小狐丸を受ける。
「《フレアフェザー》……」
もちろん《フレアフェザー》は火の魔法なので、火竜であるエリュシオンに対しては効果は限定的かもしれないが、素の火力が高い《フレアフェザー》なら十分なら威力が減衰してなお殺傷力が期待できる。




