竜の戦争4
「ひでえなあ」
「誰も傷つかない脅迫なんだからいいだろ」
ラーズの感想にアベルが答える。
『イクチオステガ』に帰る『グラミーS』の艇内での話だ。
「陸軍のメンツは大いに傷付いたと思うけどな……」
ラズは天井を見た。
アベルがあんなことを言った以上、帝国陸海軍内では陸軍が海軍にお願いする形で、ラーズを戦線に投入する格好にならざるを得ない。
何しろ辻参謀を暴走を許した陸軍側の失点に起因するからだ。
そして、流石に草加も陸軍の破滅を願うワケではないため、海軍内での調整となった。
小沢は渋い顔をしただろうが、選択肢は無かったわけだ。
アベルは恨まれるだろうが、これから流民船団をかっさらおうとしている以上、そんな物は誤差の範疇である。
「さて、流民船団はいつ来るかな?」
「ウチの参謀部の分析では、遅くても一週間らしい。九割の確率で三日以内となってる」
流民船団側としては、グリーゼを楽勝で抜いて兵の士気が高い内に次の戦いに望みたいはずだ。
グリーゼが短期間で落ちたので、戦力の消耗も少ないと考えられるため、スケジュールを前倒ししない手はないと考えられる。
◇◆◇◆◇◆◇
ほぼ同じ頃、レクシーの艦隊は再編成を終えて、アークディメンジョンに駆け上がった。
今回のレクシー艦隊は、通常編制の第一第二艦隊に咥えて、新たに第五艦隊をその配下に咥えている。
つまり、総旗艦を含めて『ユーステノプテロン』十三隻、『パンデリクティス』二四隻からなる大部隊になったわけだ。
その代わり、ルビィ以下の参謀部の要因はリスロンドのA5127へと移乗させている。
これはレクシー対シュガードールという構図がはっきりしていて、参謀部による分析が必要な状況が発生しえない為の措置である。また、参謀部はリスロンドの艦から地球圏での用兵を管理するという、極めて重要な仕事もある。
しかし、これら表向きのきれい事とは別に、もし作戦が失敗した場合にレクシーとルビィを両方同時に失うという事態を回避するという裏の意味合いもあった。
特に地球圏に留まるルビィは、アメリカの秘密組織……CIAやNSA……が暗殺を試みるというリスクを負っている。
「プリシラ」
「アイ。提督なんでしょうか?」
艦長席のプリシラは提督席に居るレクシーの方を振り返って、答える。
「木星圏に展開していたアメリカの艦隊だけど……確かスプルーアンス提督の艦隊だけだったわよね?」
「そう聞いています。より正確にはフレッチャー司令の空母機動部隊がスプルーアンス提督の下で動いている事が確認されています。
……何か不安ごとでもおありで?」
「いいえ。ハルゼーは何処に行ったのかと思ってね」
レクシーが疑問を口にすると、プリシラは少々考え込むような仕草をした。
「グリーゼで『アイオア』が損傷したので、修理の為に引っ込んだのでは? ノーフォークやサンディエゴ辺りの軍港の様子を参謀部に確認して貰っては?」
プリシラの答えを聞いて、レクシーは唸った。
確かにプリシラの言う通りである。利にもかなっている。
しかし果たしてあのハルゼーが、こんな大決戦に、たかだか戦艦一隻が損傷したごときで出てこなくなる物だろうか? とレクシーは考えるわけだ。
「何か嫌な予感がするわね……」
「考えすぎでは? ローズベルトの意向は、最終的には流民船団の撃退のはずですので、普通に考えてその裏で謀略を巡らせるとは考えにくいと思います」
言われてみれば、確かにそうだ。
ローズベルトはこの流民船団の侵略に対抗するために、エッグに戦争を仕掛けたのだ。
無論それ自体は許される行為ではないのだが、戦略としては一貫性がある。
「確かにそうね。わたしの考えすぎだわ。流民船団に集中しましょう。
それはそうと、例の情報の分析結果は出たのかしら?」
そもそもレクシーが急いで艦隊を動かしたのは、ある情報に基づいての行動である。
その情報とは、アメリカの武装商船がCNNの取材クルーを乗せてグリーゼに突入した際、撮影された画像である。
「画像の分析結果はすでにA5127から受信しています。
九二パーセントの確率で『サーモン』級との事です。また数も四隻確認出来ると報告が来ています」
レクシーは出発に前後して、各方面との調整に忙殺されていたので、参謀部を乗せているA5127からの報告を見るのが遅れていたのだ。
「騎士団が売却した『サーモン』で決まりね」
「アイ。提督」
戦略レベルで見て、他の輸送船を伴わずに『サーモン』級だけがグリーゼに進出してきた意味は大きい。
流民船団は『サーモン』級のような高速輸送艦を他に持たないので、この輸送は取り急ぎ補給したい物があったという事を間接的に示す。
補給したい物とは何か? 流民船団の陸戦兵力は、地球側の撤退によりほとんど消耗していないので、最低限の糧食さえ補給すればいい。ならば、『サーモン』級が運んできた物は艦隊を動かす為の物資という事になる。
つまり、地球攻略作戦は輸送船団の到着を待たずに、始めるという事である。
ここで重要になるのが、グリーゼの確保だ。
グリーゼは地球攻略の要衝なので、流民船団として引き続き確保し続ける必要がある。
レクシーはシュガードール艦隊がグリーゼに残り、防衛に任務に就くと考えていた。
「……しかし、本当にシュガードール艦隊が残っているのでしょうか?」
「難しいところだけれど、シュガードールの艦隊は開戦からこっち戦いっぱなしで、グリーゼ攻略の際に被害も受けてるはずだから、艦の補修と兵の休養の意味でも動かないと思うわ」
レクシーの言っていることは、参謀部とも合意しているいわゆるアイオブザワールドとしての公式見解である。
ただ、多分に希望的観測を含んでいる事は、レクシーもわかっている。
しかし、同時にグリーゼを奪還されれば地球圏へ向かった陸上戦力は、補給線を絶たれて干上がるのも事実。
そう考えるとシュガードール艦隊がグリーゼの守りにつくというのも、あながち希望的観測とも言えないのだ。
◇◆◇◆◇◆◇
リスロンドの総旗艦A5127は、木星から二億キロほど太陽系外縁部に向かって離れた海域に展開していた。
僚艦は一〇〇〇キロほど離れたところに、『イクチオステガ』級が一隻だけである。
第五艦隊をレクシーが連れて行ったので、リスロンドの指揮下にあるのだ第六艦隊の『ユーステノプテロン』が二隻と『イクチオステガ』が一〇隻となっている。
現在は、総旗艦を含めて三隻の『ユーステノプテロン』が、それぞれ『イクチオステガ』を一隻づつ連れて周辺海域に散っている状況だ。
「アークディメンジョンに微細な揺らぎが計測されています」
「A5218より、同じくアークディメンジョンの揺らぎが報告されています」
いくつかの報告がブリッジにもたらされる。
「主席参謀、これは来たと考えてよろしいのですか?」
リスロンドは、普段空席であるはずの主席参謀席に座ったルビィに聞いた。
「来たと考えていいと思います」
「それではコードA0を発行しますが、よろしいですか?」
コードA0とは作戦要綱に記された、流民船団の到着予告である。
これを受けた『イクチオステガ』達は、作戦要領に従い戦闘行動を始める。
とは言っても、第六艦隊は流民船団との戦闘は原則禁止されているので、こちらから能動的に仕掛ける事はない。
あくまで、第六艦隊の『イクチオステガ』達はエウロパに展開するアイオブザワールド陸戦チームの支援と、撤退ルートの確保が主な任務である。
「……本当はわたしも武勲を上げたいところですが……」
「最大の武勲は、ドラゴンマスターの計画成功である事を忘れない事ね。
今回の作戦は冗長性が皆無だから、何処が崩れても作戦全体が崩壊するわ」
「恐ろしい話です」
「まあ、こっちの艦隊は何があっても被害が出ないように作戦を組んだから、安心していいわよ」
流石に結成されたばかりの第六艦隊を、いきなり矢面に立たせるようなワケにはいかないのは当然の事である。
「A5218より入電。約一億キロ先に艦隊がADDアウト。精密計測の為、三角測量を求む。以上です」
二隻以上の『ユーステノプテロン』がネットワークを組めば、極めて高い索敵能力が得られる。
『ユーステノプテロン』は運用上四隻以上でネットワークを組んだ場合に、最適な索敵性能を発揮する仕様になっているのだが、リスロンドの手持ちには自らの総旗艦を含めても三隻しかない為、艦の位置関係の最適化は必要不可欠だ。
「17と18に測定位置調整を行う旨、通信を」
「アイ」
リスロンドは一応命令を出すが、実はあまり意味のない命令だ。
アイオブザワールドとして欲しい戦略情報は、敵がどれくらいの陸戦兵力を持っているか。という事なのだ。
これは旗艦が超光速走査を一発やれば、的の伴っている輸送艦の数を特定できるので、兵力もある程度は予想できる。
つまり、今のリスロンドの命令はどちらというと訓練的な意味合いが強いのだ。
◇◆◇◆◇◆◇
流民船団が通常空間に降下してきてから一時間。ルビィにとって最大の関心事は、地球人がどう動くか。という話である。
もし地球人が一致団結して、流民船団と対峙すれば負けるのは流民船団だろう。
その場合、木星圏の衛星への上陸作戦も行われず、アベルの計画は全て水泡と消える事になる。
だが、現実問題として先のグリーゼでのドイツとアメリカの軍艦接触事故の影響は色濃く、各国の軍艦の動きは活発ではない。
特に虎の子の空母群は、どの国も木星圏から数千万キロ離している。
これだけでも露骨に不信感が感じられるという物だ。
例外として活発に活動しているのは、スプルーアンス提督の艦隊で、フレッチャー指揮の空母機動部隊と共に既に動き出している事が前線の『イクチオステガ』によって報告されている。
「第六艦隊の『イクチオステガ』達に、流民船団の進行ルートに入らないように重ねて指示をしてください。リスロンド提督」
「アイ。主席参謀」




