その目にみえないもの、すべて9
北へ向かって飛ぶ事数分。
周囲はすでに薄暗いが、線路を発見することはできた。
前照灯をつけた列車が走っていた為、発見は容易だった。
「湘南色の一一三系電車……ここは品川か」
驚くべき事に、線路を走っていたのはオレンジに緑の帯を巻いた国鉄電車だった。
さすがに品川に来るような十五両のような長大編成ではなく、三両編成と長さは控えめだが、内地の電車がセンチュリアを走っている違和感は尋常ではない。
「とにかくあの電車を追いかけようぜ」
ラーズは進路を西に向けた。ルビィも付いてくる。
それにしても線路は単線なのだが、線形がべらぼうにいい。というかずっとまっすぐなので、電車は結構な速度で走る。
もっとも、ラーズにしろルビィにしろ、高機動魔法で付いていくのに苦労はない。
「見ろ。駅だ」
数分も飛ぶと、電車は速度を落とし始める。その行き先を見ると、明々と証明を灯した駅舎が見えた。
一面一線の典型的なローカル線の途中駅と言った風情の駅だ。
この様子を見るに、センチュリアの復興事業に関わったゼネコンは相当頑張ったらしい。
「あのー」
みどりの窓口……なんと、みどりの窓口が設けられているのだ……を中腰でのぞき込みながら、ラーズが声をかけると詰め襟姿の初老の男が姿を見せた。
……さすがに駅員ロボまでは居ないよな……
得体の知れない安心感をラーズは覚えた。
「プロテクティブウッズに行きたいんだけど、なるべく早く着く方法が知りたいんだけど……」
「プロテクティブウッズ、ですか? ……そうですね……」
駅員の男は、そこそこ使い込まれた時刻表の本をめくった。
「二〇分後に来る各駅停車が、二駅先のカルマンフェロー駅で寝台特急に連絡しますのでそれでオーザムクインまで行けます」
オーザムクインはフリングスロウブの北の大きな街である。
特急が停車するならオーザムクインも大きい駅になっているのだろう。
しかし、国鉄感あふれる駅のみどりの窓口で、センチュリアの地名を聞く違和感たるや半端な物ではない。
「じゃあ、その寝台特急で行くか。寝台の等級とかってあるの?」
「少々お待ちを……この列車は二等寝台のみですね」
二等寝台と言うと、何かショボそうに聞こえるが、国鉄における二等車とはいわゆるグリーン車の事である。
従って、別にショボくはない。
だが、別の問題もあった。
「あーっ。そういや、リーフ貨もってねえや。円でも行けたりする?」
「わたしが出しますよ」
と横からルビィが、数枚の紙幣を差し出した。
「なんでリーフ貨を……?」
「復興事業者が引き上げる際に、アイオブザワールドの金融部がリーフと円を両替したので、ある程度備蓄があります」
金融部なる物がアイオブザワールドにあるというのは初耳だったが、実際ある以上はそういうことなのだろう。
「どうぞ。確認をお願いします。
二〇時二五分発のオーザムクイン行き。二等寝台が一枚、二枚。間違いありませんか?」
この確認方法もそうだし、出てきた切符も国鉄のそれと同じだった。
「おっけい。大丈夫」
妙なノスタルジーを感じながら、ラーズは切符を受け取った。
寝台特急は、当然ブルートレインなのだろうとラーズは思っていたわけだが、実際に来たのは国鉄の特急型電車だった。
クリーム色に紺色の帯を巻いた、その寝台特急をラーズは見たことは無かったが、内地のどこかに居るのだろうか?
「ところで、ところで一つ質問なんだが……」
「はい」
峠の釜めし……これもルビィの奢りだ……を突きながら、ラーズはかねてよりの疑問をルビィに聞いてみようと思った。
「アイオブザワールドって一体どういう組織なんだ?」
これである。
エッグの正規軍は言うまでも無く騎士団であり、アイオブザワールドではない。
ラーズはアイオブザワールドがいかなる集団であるかを、軍事アナリストや評論家といったいつも偉そうなことを言っている連中に聞いてみた事があるのだが、答えははっきりしない。
要するにわからないのだ。
そして、この件は地味に草加からタイミングが合うなら聞いてこいと言われている事でもある。
「えーと、どこから話しましょうか……」
そう言ってルビィは少し考え込んだ。
「よくよく考えたら、時間はいっぱいあるので、全部話しますね」
「そりゃ助かる」
どうせこの電車は寝台特急なのだ。
目的地に着くのは明日の午前十時過ぎである。
「アイオブザワールドは元々は、魔法使いの互助組織でした」
「それは、ギルド的な?」
「地球の中世ヨーロッパにおける商会連合という意味でのギルドの事でしたら、概ねその通りですマイスタ」
ラーズは実際に中世のギルドという物は知らなかった。
ラーズが知っているギルドというのは、冒険者の給料をピンハネする組織の事だ。
「なるほど。続けてくれ」
結局、ルビィがモデルとして示した中世のギルドの詳細はわからなかったが、今更聞き直すのもかっこ悪いのでラーズは話を進める事にした。
「マイスタ・ラーズは、かつてエッグのドラゴンがセンチュリアに入植していたという話はご存じですか?」
「キングダムの魔法使い達だろ? 知ってる。
確か魔法を習った後、センチュリアから引き上げたんだよな?」
「はい。その通りです」
この行為を、キングダムの魔法使い達は魔法を盗んだと表現するのだが、まあ当人達にとってはその通りなのだろう。
ちなみに、引き上げなかったドラゴンと言うのも当然居て、彼らはそのままセンチュリアの住人となった。
「そして、その帰還した魔法使い達の互助を目的としてできた組織が、アイオブザワールド……正確にはその前身の組織です」
「なるほど。それで魔法使いが登用されるのか……」
ルビィがあっさりと話した事を考えると、この話は別に秘密でもなんでもないのだろう。
なぜ、それを地球人が理解できなかったのか、ラーズにはわかった。
要するに、センチュリアの知識が無いからである。
この辺りの話、ラーズがあっさり理解できたのは、事前にキングダムの存在を知っていたからに他ならない。
「魔法使いは、今も昔も色々使い道がありますから」
「だな」
ラーズは同意した。
「じゃあ、アイオブザワールドが聖域守護艦隊を運用してるのも、その流れって事だな」
「その通りです。我々アイオブザワールドはかつて魔法王と結んだ契約に基づき、魔法の代価として聖域を守護する任を持ちました。
……もっとも、一番大切なタイミングで機能しませんでしたが……」
魔法王との契約で、聖域を守っていたのにそれを果たせなかったのは、当時のドラゴンマスターだったガブリエルにとっては痛恨の極みといった所だろう。
「わたしはその時、まだアイオブザワールドに居なかったのでわかりませんが、相当な数の熟練の艦長達がアイオブザワールドを去りました」
「結果として、レクシー・ドーンという天才がアイオブザワールドの艦隊司令長官の椅子に座ったか……」
ラーズは言った。
しばしば歴史には、妙という物が見受けられるのだが、これもそういった物の一つだろう。
「そういえば、前のマザードラゴンってどうなったんだ?」
ふと思いついた疑問をラーズは口にした。
現在のマザードラゴンの地位には、叛乱の結果ガブリエルが座っている。当然前のマザードラゴンであるアルトラシアはどこかへ放逐された事になる。
「申し訳ありません。その情報は開示できない決まりになっています」
「おっと。そりゃそうだよな。忘れてくれ」
……どこかに幽閉、ってあたりか。
ルビィの口調からラーズはそう結論づけた。
「……あの、わたしもマイスタ・ラーズに聞きたい事が、あります」
話題を変えるためなのか、あるいは最初から狙っていたのか、今度はルビィの方が質問を投げかける。
「話せることなら、話そう」
ラーズとしても、話せることと話せない事がある。
例えば大日本帝国海軍の戦略的な話はできないし、航空機に関するスペック的な話もできない。
「教えていただきたいのは、魔法の事です。火の魔法について、教えていただきたい」
そういうルビィの表情には、確かに苦悩のような物があるのをラーズは見た。
おそらく、エッグには火の系列の魔法使いが居ないのだろう。とラーズは予想した。
理由は簡単。魔法には流行があるので、ある瞬間にある属性の魔法使いが大量に生まれる。アベルとシャーベットが水系という事は、エッグでは現在水の系列の魔法使いに偏っていると考えられる。
それに火の系列の魔法は、あるレベルまでは簡単なのだがそこから先は尋常では無い難易度になる。
「わかった。それならありったけの火の系列の魔法を教えるし、ライブラリも渡そう。
VMEのOSが違うから、そのままは使えなくても、参考にはなるだろ」
その日、結構な夜更けまでルビィはラーズを質問攻めした。
ラーズが眠ったのは午前三時前だったか。
もっともオーザムクイン駅着は午前十時前なので、六時間は余裕で寝られる訳だが。
この辺りは夜行列車の強みだと言える。
もっとも、レイルの使った《フォービドゥン・ゲート》の魔法が瞬間移動かそれに準ずる性能だった場合、鉄道でそれを追いかけるのはいかにも遅い。
レイル側も長老院の場所などを知らないはずなので、相応に時間はかかると考えられるが、あまり楽観はできないだろう。
ラーズの見立てでは、時差を考慮しても長老院も夜間シフトに変わっている為、レイルが要求を述べても対応できる担当者は居ない。という辺りである。
そうなっても、レイルが動き出すのは朝一。時間的にはギリギリだ。
……願わくば、センチュリアの住人同士で殺し合いなんて物が起きませんように。
誰に祈ったのかはラーズにとっても不明だが、とにかく何者かに祈ってラーズは布団に潜り込んだ。




