その目にみえないもの、すべて5
案の定というかなんと言うか、上陸チームの編成はもめにもめた。
「陸戦チームとしては、歩兵三〇〇と補助の魔法使い八〇を投入可能です」
「うーん。実戦経験のある魔法使い以外は不要かな?」
投入可能戦力を示すシルクコットの話をラーズは一蹴。
「あと、補助魔法使いとやらの中に、どれだけ実戦経験がある奴がいる?」
「定義によりますが……」
ラーズの横に立ったルビィが言う。
「そうだな。敵と面等向かって交戦して、撃破した実績をもって実戦経験とすることにしよう」
「それなら、わたしとシャーベットだけです。
他の魔法使いは、後方での支援を主な運用としているので、そもそも交戦の機会がありませんでした」
それを聞いてラーズは唸った。
これはつまり、アベルが魔法使いを交戦させないように意図的に運用を設定していると言うことだ。
その意図自体は不明だが、魔法使いの養成にはコストがかかるので、優先順位的に交戦させない運用となっていると言ったところだろうとラーズは当たりをつけた。
「しかし、マイスタ・ラーズ。我々陸戦チームも打撃力と言う点では、十分に戦力として計上していただけるだけの装備と訓練を積んでいます!」
シルクコットは食い下がる。
「……運用の差。だな」
ラーズは言った。
「運用、ですか?」
「ああ。そうだ。
アベルの魔法に関する考え方を簡単に言うと、相手の攻撃を完璧に防げば負けない。っていうコンセプトだ」
「はい。それは見ていればわかります」
ルビィが答える。
「つまりアベルは防御に専念しなきゃいけないんで、敵を攻撃する戦力が必要になる。ここまではオッケイ?」
「はい」
「ここで重要なのは、チームの防御力はアベルの魔法に依存するから、前衛は火力さえあれば別に魔法使いである必要はないって事だ」
「つまり、シルクコット陸戦部長のチームですね」
ラーズは頷いた。
「対してオレのビルドのコンセプトは、相手より早く、相手より遠くから、相手の対応できない大火力を叩きつける。
一発で相手を殲滅できればそれでよし、できなくても相手にリカバリーを強要して攻撃リソースを奪う。
だからオレに火力を出すだけの前衛は不要。ってわけだ。
強いて言うなら、火力増強のバッファーやデバッファーは欲しいけどな」
「バッファー? デバッファー?」
言葉の意味がわからないのか、シャーベットが首は捻った。
「まあ、補助魔法専門の魔法使いだと思ってくれ」
恐ろしくざっくりとラーズが解説する。
「しかし! 我々にもできることがあります」
まだ諦めがつかないのか、シルクコットがかみついてくる。
「そりゃできることはあるだろうけど、オレはアベルみたいに器用に防御魔法を運用できないし、魔法使いが消費する防御リソースと天秤にかけたら、防御リソースの低減をオレは選択する」
「わたしはマイスタ・ラーズの言う通りだと思います」
横に立っていたルビィが、声を上げた。
ルビィはラーズ側、すなわちシルクコットの部隊投入に反対の立場らしい。
先の密会で懐柔されたか。
「それに、最終的にセンチュリアに誰を入れるかは、マイスタ・ラーズが独断的に決定する事ができるはずなので、反論は無意味だと思います。
そうですよね? マイスタ・ラーズ」
「まあ、そういうこった」
「それでシャーベット。あなたは行くの?」
「あなたは、って……ルビィは行く気なの!?」
「当たり前でしょ。そもそも、この作戦立案したのはわたしなんだから」
胸を張ってルビィは答えた。
……なんか楽しそうね……
シャーベットは思った。
「もちろん行くわ。魔法王の墓に潜った事がある魔法使いは、もうわたしだけなんだから」
エレーナが死に、アベルが行方不明。シルクコットが不参戦となれば、必然的にシャーベットが道案内をすることになる。
ちなみに、この魔法王の墓へのアプローチは非公式の作戦行動なので、レポートの類は作成されていない。
「マイスタ・ラーズ?」
「実戦経験があるなら、来てもらうのは全然オッケイだぜ? それに道案内が居た方がいいのは間違いないしな」
「では、上陸艇の『グラミー』の操縦要員以外は、わたしとシャーベットで決定しますね」
「ああ。頼む」
ラーズがそう言った時、ちょうど『ユーステノプテロン』がアークディメンジョンから通常空間へ降下を始めた。
◇◆◇◆◇◆◇
ダンジョン攻略などと言っても、完全に未知のダンジョンでも無ければ大量の宝を回収したいわけでも無ければ、装備は簡易な物で問題ない。
ラーズの場合は、綿のズボンにフリースのパーカー、たすき掛けにした大きめの鞄に食料や、最低限のメディキット。
武器は腰に子狐丸の鞘を吊る。
後は、ダンジョン内は寒いらしいので、ルビィが用意した灰色のクロークを羽織る。
ラーズは強力な暖房能力を持ったエアコンジャケットを持っているので、多少寒かろうがあまり厚着をする意味はないのだが、水にでも濡れたら大変なので、何か羽織っておくに超したことはない。
「マイスタ・ラーズ、『グラミー』の準備ができました。
そちらの準備が終わりましたら、お知らせください」
『ユーステノプテロン』級の艦底部を前後に貫通している搭載艇発着デッキから、上陸用の『グラミー』が艦尾方向に向かって滑り出していく。
この艇もヌルオードライブを搭載しているらしく、とても滑らかな加速である。
「また戻ってきてしまった……」
青いセンチュリアを窓越しに見ながらラーズは呟いた。
『グラミー』は大きく右に舵を切って、一八〇度進行方向を変え、センチュリアの赤道上へ降りていく。
進行方向右側には、『ユーステノプテロン』と『イクチオステガ』が並んで停泊しているのが見えた。
『ユーステノプテロン』級の全長は八三〇メートル。帝国最大の航空母艦である『翔鶴』や『大鳳』より五割ほど長い事になる。
並んでいる『イクチオステガ』級は、まるで小魚……あるいは、ハゼやムツゴロウ……のようにみえるが、この艦も五〇〇メートルは下らないだろう。
『イクチオステガ』級とユーステノプテロン』級のアーキテクチャが異なるらしい事が見て取れる。
具体的には、『ユーステノプテロン』の胴が真円に近い断面なのに対して、『イクチオステガ』の断面は丸みを帯びた三角形になっている。
「A HUGE BATTLE SHIP APPROACHING FAST」
とりあえず、ラーズの頭に浮かんだのはその言葉だった。
「あー三画面筐体のダライアスやりてえなあ」
「?」
ラーズの言っていることが理解できなかったのか、ルビィが首を傾げた。
◇◆◇◆◇◆◇
一方その頃。
「《氷の矢》デプロイ!」
アベルの放った青白い光の矢が、飛来する無数の黒い刃を迎撃、双方爆ぜて消える。
魔法王の墓、最終フロア一つ手前。
アベルは、老人の顔を持つライオンの魔獣と対峙していた。
マンティコア。
キングダムの代表する魔物であるマンティコアは、十メートルに達する巨体を有し、その邪悪な知識により魔法を使う。
「王の墓を荒らすドラゴンよ。死して、王を慰めるがよい」
老人の口が、言葉を吐く。
同時に赤々と燃える火の玉が、マンティコアの背の上の空間に出現した。
……着弾炸裂型か……閉鎖空間で……
何しろ魔法王の墓はダンジョンであり、閉鎖空間である。
爆発する類いの魔法には、常に自爆のリスクがついて回るのは必然と言う物だ。
「うるせえ! オレはここのアーティファクトに用事があるってんだ!
旧世代の魔法なんざ、まるごとぶっ飛ばしてやるぜ! 《アブソリュートフリーズ》!」
アベルは右手を上げる。
高度にコンピュータで制御された魔法が収束し、強烈な冷気を生み出す。
マンティコアが黒い輪郭の炎の玉を放った。
「……デプロイ!」
それに合わせてアベルも《アブソリュートフリーズ》を放った。
《アブソリュートフリーズ》の魔法は、魔法の投射対象になった空間から限界まで熱を奪い取る。
結果的に物体は絶対零度まで冷却され、熱エネルギーを奪い去られた物体は粉々に砕け散るのだ。
マンティコアの放った黒い玉を、《アブソリュートフリーズ》の青白い光が包み、押し流す。
光はそのままマンティコアに向かって突き進み……
「跳んだ!」
マンティコアの巨体が宙に舞った。
最初は真横に、続いてアベルの方に飛びかかってくる。
「《アイスウォール》デプロイ!」
アベルとしては、自分の何十倍も体重のある化け物と格闘戦をやってやる言われはないので、マンティコアを牽制しながら間合いを開ける。
《アイスウォール》の効果で生じた青白い光の壁は、マンティコアの前足の一撃で粉砕される。
だが、これでいい。
アベルが再度間合いを調整する時間としては、十分である。
「《フリージングチェイン》デプロイ!」
確かにアベルは一発で、勝負を決するような大火力の魔法は使えない。
だが、時間をかければ必ず敵を倒せる。
それがアベルのビルドコンセプトの根幹である。
根幹である以上、この考え方は決して揺るがないのだ。
……だが。
違和感。
その時、アベルは確かに何か、違和感を感じた。
……なんだ?
アベルは自問したが、答えは出ない。
そうしている間に、地面を走る《フリージングチェイン》が、再び走り出そうとしたマンティコアに到達した。
一瞬でマンティコアの前足を駆け上がった《フリージングチェイン》は、その上半身を氷付けにして自由を奪い去る。
「……何か忘れているのではないか? ドラゴンの魔法使いよ」
マンティコアの老人の顔がにやけた……ように見えた。
……忘れてる? 何を?
音も無く。
唐突にそれは背後から現れたのだ。
「!?」
ぞっとするような、感覚。
何者かの視線を感じて、アベルは振り返った。
そこにいたのは、八本足の大トカゲ。口からチロチロと青い舌をのぞかせている。
「……! メデューサリザード!?」
バジリスクなどと呼ばれること事もある、キングダムの魔獣である。
……援軍!?
いや、援軍という表現は間違っているだろう。ここは彼ら魔獣の守る砦なのだから。
これはアベルの失態である。マンティコアとの戦いに夢中で、忍び寄ってくるもう一匹の魔獣に気づかなかった。
コイツはマンティコアやキマイラと言った、スタンダードな魔獣とは少々毛色の異なる魔獣である。
メデューサリザードの名の通り、相手を石化させる……というのは伝説上の話だが、強力な麻痺毒を持つ拘束特化の魔獣だ。
ぶっちゃけ、石になるのも麻痺して動けなくなるのも、戦術レベルでは大した差ではないのだ。




