その目にみえないもの、すべて4
「むー」
ルビィ・ハートネスト主席参謀の話を要約すると、アベルがエッグから逃げ出してセンチュリアに行って困っている。という事になる。
「なんでアベルが?」
ラーズの率直な疑問に、今度はルビィが唸った。
さらに数秒の沈黙。
「すいません。話せません」
音声のみなのでよくわからないが、どうも向こうで頭でも下げているような気配をラーズは感じた。
「……こちらに来ていただければ、オフレコで事情は説明させていただきますが、国家間の通信で記録に残るところでは話せない内容です。
エッグの政治的な問題と考えてください」
これはレクシーだ。
ラーズは小沢の方を見た。
続いて、草加の方も見る。
「自分はどうしたら?」
「ドラゴンマスターは君の兄弟分なのだろう? 君の思うようにすればいい」
「わかりました。行きます」
嫌な予感が、ラーズには確かにあった。
センチュリア絡みの話なら、アベルがいなくてもエレーナが動けば事足りるはずだとラーズは考えている。
レクシー・ドーンとルビィ・ハートネストというアベル直属のトップ二が動いているのに、エレーナが動いていないのはおかしい。
つまりエレーナに何かあった可能性をラーズは疑った。
「詳細はそちらに行ってから聞かせてもらうとして……
期間はどれほどかかる見込みですか? レクシー提督」
「まずは一週間。有事の際には、そこで作戦行動を打ち切るか、続行するかは小沢長官と協議する。このあたりでいかがでしょう?」
「自分はそれでかまいませんが……小沢長官、どうしますか?」
「できれば早く帰って来てもらいたいところだが……」
現在、グリーゼ近海では流民船団と地球陣営の攻防戦が繰り広げられている。
大日本帝国からは山口中将率いる、第二航空艦隊が出張っているが、小沢艦隊に出番が回ってこないとも限らない。
なにしろグリーゼが陥落すれば、次は地球圏での決戦になる可能性があるのだ。
「致し方あるまい。状況によってはラーズ君を残して艦隊が出航する可能性があるので、その場合に身柄の保証を頼めるならよしとしよう」
意外にも小沢はレクシーの話を飲んだ。
……?
「長官はラーズ君が、流民船団との戦争に乗り気ではない事をご存じだ」
草加が囁くように教えてくれたので、ラーズは合点がいった。
「ありがとうございます。長官」
「……それで、レクシー提督。
ラーズ君の受け渡しは、どのような手順で?」
「それについては、後十二分程で『ユーステノプテロン』が東野郷に降下します。
そちらの艦に直接つけますので、泊地内航行の許可をいただきたい」
「十二分!?」
小沢と草加が二人揃って、驚愕の声を上げた。
「つ、つまりレクシー提督は超光速で移動しながら通信を?」
「『ユーステノプテロン』の秘匿機能の一つですので、できれば秘密にしておいていただけると助かります」
どうも状況は、ラーズが考えているより説破詰まっているらしい。
アークディメンジョンから降下してきた『ユーステノプテロン』は、『翔鶴』との相対速度、実に秒速二〇キロという狂った速度で艦首側から接近してきた。
そのまま、ほとんど減速せずに距離五キロまで接近。慣性を残したまま一八〇度ターンしてピタリと『翔鶴』の左舷側二〇〇メートルに相対停止した。
その後二分ほどで、彼我の位置関係が微調整され、与圧チューブが接続された。
『翔鶴』側のエアロックには、午前三時近いというのに、結構な数の野次馬が集まっている。
「ラーズさん。ドラゴンの船はすごいっすね」
「んー」
ラーズは曖昧な返事を返す。
ラーズが手にしているのは、少々の着替えとホロブックを押し込んだバッグと、名刀『子狐丸』だけである。
「本当にいくんすか? 危なくないっすか?」
「まあ、戦闘機に乗ってるよりは安全。なんじゃねえかなあ?
どっちにしても、相棒の危機らしいからな。行ってかっこよく登場しなきゃウソだろ」
「そうっすね。
……ああ! 見てくださいよラーズさん。ドラゴンプリーストのルビィ・ハートネストですよ。ちっちゃくてカワイイっすよね!?」
ちっちゃいは余計だとラーズは思った。こういうことは大体本人……ドラゴンだが……も気にしているだろうし、大体ルビィが小さい訳ではなく、他のドラゴンたちが大きいだけである。
大体そのちっちゃいルビィを持ってして身長は一六〇センチ程。宮部に対してもわずか数センチのビハインドだ。
「この度は、我々の要請を受け入れていただき、ありがとうございます。マイスタ・ラーズ。
わたしは、アイオブザワールド主席参謀ルビィ・ハートネスト。お迎えに上がりました」
ラーズの前まで来たルビィは、片膝をついて翼を広げ、頭を垂れた。
羽織った黒いクロークから、思いっきり露出した胸元や大腿部が見える。
なかなかエッチな衣装だとラーズは思った。
「ラーズさんばっかり、女の子に持てるの、ずるい」
宮部が小声で文句を言うのが聞こえたが、無視。
「まあ戯言はさておき、行ってくるわ」
刀とバッグを手にして、ラーズは『ユーステノプテロン』へ続く与圧チューブに歩を進める。
「ああっ、ラーズさん! センチュリアに行くんですよね!?」
背後からかかった宮部の声に、ラーズは振り返る。
「おう」
「じゃあ、フローリアさんの写真撮ってきてくださいよ!」
「嫌に決まってんだろ。何が悲しゅうて、自分の母親の写真を他人の為に撮らにゃならんのだ」
客観的に見てフローリアは美少女である事は、ラーズも大いに認めるところだ。
だからと言って、恋多き男宮部の為に写真を撮るというのは、遺伝子とミトコンドリアが全力で拒否している。
「一枚一万円で買う所存っす」
「おっけい。任せろ」
◇◆◇◆◇◆◇
『ユーステノプテロン』級はエッグが誇る最新鋭艦だけあって、その性能は想像を絶する物だった。
個室ラウンジのようになっているデッキから遠ざかっていく遠野郷を見ながら、ラーズはその狂った加速性能を体感していた。
程なくして、アラートがありその数秒後には、艦はアークディメンジョンへ駆け上がっていった。
この超光速飛行もとてもスムーズで、アラートが無ければ光の速さを超えた事は実感できないレベルである。
「お待たせしました。マイスタ・ラーズ」
入ってきたのは、ルビィとレクシーだ。
ラーズはレクシーに向き直り、ビシッと海軍式の敬礼をする。
「あら、魔法使いは魔法使い以外に敬意は払わない、って聞いていたのだけど……うれしいわ」
「それで、事情の説明をいただきたいのですが、レクシー中将」
「そうね。主席参謀。状況説明をお願い」
「アイ。提督」
ホワイトボードの前に立ったルビィは、ここまでの経緯を説明した。
「……なるほど、な」
ルビィの説明を聞いたラーズは、苦々しく言う。
「確認なんだが」
「はい」
「……エレーナ戦死というのは、確実なのか?」
「死体が確認されたか。という意味では不確実です。
しかし、状況からして生存は絶望であると、アイオブザワールドの各部署は判断しています」
ここで言われている状況。というのは、救助活動が行われていない事だろう。
これは、状況を考えればどうしようもない事だと言える。
エッグからグリーゼはあまりに遠く、地球陣営と流民船団にしてみればグリーゼは最前線。救助活動などしていたら、敵の攻撃にさらされるのは明らかだ。
誰だって、他の国より自分の国の軍隊が大切なのは変わらないだろう。
「……しっかし、アベルの奴……いや、言うまい。
女がらみで目を曇らせるのは、まあ仕方ないか……」
特にアベルの場合、エレーナを死地に行かせたという自覚があるだろうから、余計に自責の念に捕らわれているはずだ。
それを責めるのは酷という物だ。
「そっちはそれでいいとして……アベルの行き先に心当たりは? センチュリアは宇宙に比べたら圧倒的に狭いけど、そこに紛れた男一人を探すには広すぎるぜ?」
「あります。魔法王の墓に行ったのではないか、と我々は予想しています」
「……あそこって、昔の壁画があるだけじゃあ?」
「いえ。前に我々のチームが潜った時に、『墓守の天蓋』というアーティファクトの存在が確認されています」
「『墓守の天蓋』?」
そのアーティファクトはラーズの知らない物だった。
だが、ロクでもない物であるという事は容易に想像できる。
「ダンジョンのメンテナンス用のアーティファクトで、魔獣の類いを復活させるのに用いられていました」
ルビィが簡潔にその効果を述べる。
まあ、この一言だけでアベルがそれに縋った理由はわかる。
しかし、どう考えてもそのアーティファクトが、そんな理想的な物であるとは思えない。
「それって、本当に死人が都合よく生き返るのか?」
「そんなわけはないと思います。
内輪でも話していましたが、死人が生き返るならそもそも魔法王の墓はいらないだろうと……」
「だよな」
ラーズは頷いた。
「でも、ある意味安心した」
「安心、ですか?」
「少なくともアベルがダンジョンに潜ってるなら、CIAとかのヤバい組織に襲われる危険性は少ないからな」
◇◆◇◆◇◆◇
「あの……レクシー提督。ルビィ……じゃなくて、主席参謀は?」
ブリッジの入り口から上を見上げて、シャーベットは聞く。
ちなみにエッグの艦のブリッジは、入り口の真上に指揮官のシートがあるので、入り口から司令官に話そうとするとこういう形になる。
「ドラゴンマスターのお友達のところから戻ってないわね」
「そんな!」
シャーベットは驚愕した。
「ルビィがドラゴン以外と一緒に居るなんて……なにより男となんて」
ルビィは基本的に人間不信である。というより、人間不信だがら主席参謀の地位に居ると言ってもいい。
それが、人間ではないとは言え、実質的に地球人と一緒に居るというのは驚くべき事だ。
「あら? 魔法使いは生まれも育ちはもちろん、思想、政治、宗教、そのいづれも気にしないと思ってたけど」
「それは……そうですが……」
シャーベットは口ごもった。
「確か、お友達は炎の魔法を使うそうよ。
エッグには居ない、最上級の魔法使いなんだから、全力で取り入るのは正しい判断だとわたしは思うけれど」
確かにラーズの第三属性は火であるのに加え、第二属性は太陽である。
ルビィも第二属性は太陽なので、ラーズはルビィの実質的完全上位互換と言っても過言ではない。
「別にブリッジの業務があるわけじゃないから、わたしとしては主席参謀が研鑽を積むのに大いに賛成よ。
もっと別の話もあるかも知れないけれど」
「別の話……? とは一体なんでしょうか? レクシー提督」
何か含みのありそうな話だったので、シャーベットは疑問を口にした。
「若い男女が一緒に居るのよ。そりゃもう、アレでしょう?
……それはさておき、何か用事があるんじゃなかったの? ドラゴンプリースト殿」
「そうでした! シルクコット陸戦部長が上陸チーム編成の事前すりあわせをしたいと言ってるので、呼びに来たんでした」
「ぶっつけでいいんじゃないかしら? どうせ、ドラゴンマスターのお友達がチーム編成の全権もってるんだから」




