謀略海域15
五分近い長考を経て、エレーナの出した結論は以下の通りである。
G2012から旗艦を暫定的にA2119に移して、エレーナもA2119から指揮を執る。
G2012を艦隊から分離、船団護衛につける。これは、単純に戦闘力で劣るG2012を戦線から離すという意図もある。
一方で、本体である第三艦隊のA2119からA2121の三隻は、逃げているイギリス艦と民間航路の間に割り込みつつ、A2125がニクシーを回収して戻ってくるのを待つ。
この合流工程は、やや悠長なように感じるが『パンデリクティス』級の足は、地球と流民船団、いづれの所属艦よりも速いので合流自体にそれほど無理はないだろう。
……問題があるとすると、流民船団側の司令官がどう判断するか、ね……
もっとも、これについてはニクシーが知っている公算が高いので、A2125がニクシーを拾えばおのずと判明するはずだ。
「ドランナイト、A2125がニクシー先任との会合予定地点に達しました」
今のところ艦隊には、光速以上以下に関わらず、通信管制が行われているので報告はない。
「……よろしい。
まずは艦隊司令部要員はA2119へ移動して。あっちに司令部設備がないので、会議室に臨時の司令部を設置することとします」
通常、設備の整っていない艦に旗艦機能を移すなど論外中の論外だが、今の第三艦隊は三隻だけしかいないので、艦隊指揮への影響は少ないとエレーナは考えていた。
それに最悪A2125には旗艦設備があるので、合流後にもう一度司令部を移してもいい。
幸いにして、第三艦隊司令部は三〇名程しかいないので、小回りは利くのだ。
「野暮用を済ませたら、わたしもA2119に行くと伝えて」
G2012にもA2119にも、『グラミー』のS型が汎用作業艇として一隻搭載されている。ピストン輸送には事欠かない。
「アイ。ドラゴンナイト「
「それとムース艦長。G2012を艦隊から分離します。
わたしが艦を離れたら、護衛目標と合流を目指して。以後は全指揮権を移譲するので、エッグまで確実に送り届けるように」
エレーナがそう言うと、ムースが信じられないと言った顔をこちらを振り向いた。
「待ってください! ドラゴンナイト!
戦闘が惹起する可能性のある海域で、電子戦艦のG2012を分離されるのですか!?」
エッグの艦の運用思想は、典型的な長槍思想である。超光速機関搭載型の『エンハンスド・アニサキス』を相手が認識できないような長距離から撃ち込んで、一方的に攻撃するという考え方だ。
この長槍を扱うための目と耳が、G2012である。分離されるとはムースも思っていなかったはずだ。
しかし、エレーナの考えは違う。
「勘違いしてはいけないわ。ムース艦長。
我々がドラゴンマスターから受けた命令は、地球から来る輸送船の護衛よ。そこに通信索敵能力の高いG2012を割り当てるのは当然の話よ」
「そんな!」
「それに、別に第三艦隊も本気で流民船団と戦おうってわけじゃないわ。輸送船の航路の方に戦火が行かないように、牽制するだけよ」
実際の所、エレーナ的には流民船団と戦うつもりは毛頭なかった。どのみち、保有戦力が違いすぎるので、個艦の性能で勝っていても、数で押しつぶされる。
「……わかりました……」
ムースは渋々といった風情で同意を示した。
「じゃあ、その線で行きます。A2125に緊急通信回線を開いて」
「ドラゴンナイト、ブリッジに入ります」
A2119のブリッジに、レモン・コードウェル艦長の声が上がった。
レモンという割に、灰色の長髪で長身で若いこの艦長はエレーナ艦隊ではニクシー、ムースに次ぐ席順で、序列としては三位になる。
「ようこそ、ドラゴンナイト」
「ありがとう。早速だけど艦隊の全艦に通信回線を開いて。近距離艦隊内回線よ」
「アイ。ドラゴンナイト」
ブリッジ内で命令が復唱され、通信士官がコンソールを操作する。
そうしている間に、G2012が艦首を左に振りながら、ゆっくりと離れていった。
命令通り、護衛対象へ向かったのだ。
「20と21への接続確立しました。どうぞ」
通信士官がマイクを渡してくる。
基幹設備のないA2119には、司令官用の高指向性マイクが用意されていないので、こういった手間は仕方ない所だ。
「エレーナです」
ヘッドセット型のマイクをかぶって、エレーナは声を出した。
通信士官がエレーナに向かって手で丸を作った。
通信が飛んでいるという報告である。
「先ほどA2125がニクシーを拾いました。同時に、ニクシーから流民船団の艦隊配置に関する情報を得ました」
エレーナは手元のコンソールを操作して、海図情報を送る。
再び通信士官が腕で丸を作った。
僚艦がデータを受信して、海図が表示されたということだろう。
「先にイギリス海軍から受信した情報にあった流民船団艦隊は、グリーゼを攻撃中のシュガードール艦隊とは別の艦隊です」
これは結構な大事なのだが、エレーナは話を続ける。
「この艦隊は、グリーゼ581攻略用の陸戦兵を輸送する船団の護衛兼、シュガードール艦隊の後詰めという立ち位置の艦隊であるとニクシーは言っています」
ここまでエレーナが話を進めたとき、レモンが手を挙げた。
「何かしら?」
「はい。欺瞞情報の可能性は、ないのでしょうか?」
これは当然の疑問であると言えるだろう。
「シュガードールがこの話をニクシーにしたのは、宣戦布告前だと聞いたわ。
もしそうなら、信用していいとわたしは思うけど……レモン艦長はどう思う?」
「確信があるなら……大丈夫だと思います」
レモンはそう言って意見をひっこめた。
もっとも、レモンの言いたいことはエレーナにもわかるのだ。
例えば、ルビィ・ハートネスト。アイオブザワールド参謀部主席参謀。アイオブザワールドにおける情報戦の頂点に立つこのドラゴンは、エレーナが想像もできないような作戦や謀略を考えつく。
もし、流民船団にも同じような謀略担当が居た場合、艦隊は致命的な損害を受ける恐れがあると言えるだろう。
レモンが言っているのは、おそらくそういうことである。
「では続きよ。我々としては、護衛対象にさえ流民船団の別動隊が近づかなればいいので、別動隊の動きを見ながら牽制します。
護衛対象が超光速飛行に移行したら、第三艦隊の各艦はG2012を追いかけて合流。それで作戦終了よ」
こうして喋ってみると、思ったより簡単な話ではないかとエレーナは思った。
◇◆◇◆◇◆◇
油断や慢心は、暗殺者であり死神だとレクシーは思う。
レクシーもかつて、辺境の船団護衛時代に何度も危ない目にあった。
幸いにしてレクシーは命を失うことなく、こうしてノウハウを蓄えてアイオブザワールド第一艦隊のトップの椅子に座っている。
「幸運に頼るべきじゃない……」
呻くようにレクシーは言った。
総旗艦A5126のブリッジのホロデッキには、遥か彼方のグリーゼ581周辺の海図が浮かび上がっている。
レクシーが注視するのは、グリーゼ581から約五〇〇〇万キロの場所から動かないシンボルだ。
「……動きませんね……」
レクシーの様子に気づいたのか、ルビィも声を上げた。
ルビィは、かなり長期間レクシーといるうちに、艦隊運用のノウハウを貪欲に身に着けた。
もしルビィがレクシーの配下なら、すでに先任艦長の座と分艦隊司令の座にいることだろう。
「よくないわ」
エレーナは超光速通信を行った後も、同じ場所に留まり続けている。
超光速通信を行うと言うことは、超光速機関を起動したと言うことであり、これは周囲の海域で聞き耳を立てている敵味方に自分の居場所を宣言したような物である。
すでに発見されて交戦状態にあるならそれほど問題はないのだが、交戦前の腹の探り合いをしている段階でこれは悪手と言わざるを得ない。
ちなみにレクシーがエレーナの立場ならどうするかと言えば、さっさと超光速飛行で数億キロ移動してしまうだろう。
数億キロ程度なら、G2012の索敵が及ぶので戦術レベルでの影響は少ないはずだ。
それから約三〇分。じりじりと時間が過ぎていく中、次に起こった変化は、エレーナ艦隊の旗艦マークが別の艦に移るという現象だった。
「A2119って『パンデリクティス』級ですよね? 旗艦設備あるんでしょうか?」
首を捻りながらルビィが言うが、答えは決まっている。
「無いわ。そもそも『パンデリクティス』は、『ユーステノプテロン』を守るために作られた艦よ。
旗艦機能は『ユーステノプテロン』に集約するというのが、第四世代艦の基本的なコンセプトなんだから」
例外的にA2125という旗艦設備を持つ『パンデリクティス』も存在するが、あれは乗員の居住区画を潰して『アカンソステガ』級用に開発された旗艦モジュールを突っ込んで、無理矢理旗艦にしているだけである。
乗員の居住スペースを潰しているので、司令部スタッフがほとんどいない第三艦隊だから許される所業であり、普通の艦隊では通用しない。
「しかも『ブラックバス』を離しましたね……理解に苦しむ艦隊運用ですが……」
「艦隊を分離しすぎだわ……元が少ないから、分けてもそれほど変わらないと思っているのかも知れないけど……」
実際のところレクシーは、エレーナと艦隊運用について詳しく話し合ったことはない。故にエレーナの意図は図りかねた。
「どちらにしても悪手だわ」
この世の戦術戦略には、やはり定石というものがあるとレクシーは考える。
艦隊運用に関しても、だ。
破天荒な艦隊運用で、相手を煙に巻いて勝つ。そんな指揮官がしばしば物語の中には登場するが、そんなものは現実的ではないのだ。
もちろんレクシーとて、致し方なく搦め手を使うこともあるが、それは真っ向勝負で勝てない場合の話であり、真っ向勝負で勝てるなら普通に定石通りに艦隊を動かす。
なぜなら、定石は低コストで高い勝率を上げられるが故に、定石になったのだ。
……やられるわね。
レクシーは溜息を吐いて、司令官シートに深く腰を落とした。
もし、エレーナ艦隊を攻撃したい敵が今居たとして、定石にしたがって艦隊を配置しているのなら、エレーナ艦隊はもう何手か後に詰むだろう。
ちょうどその時、エレーナ艦隊の至近距離に別の艦隊がADDアウトしていくる様が戦術マップに映し出された。
識別はアンノウン。少なくともエッグの艦ではない。
現状で第三艦隊を救う方法は、アベルによる作戦中止と撤退命令だけだとレクシーは考えている。
「ドラゴンマスターは何か言っている?」
「今のところ、特には」
アベルは今朝早くから、エッグ上層部と流民船団の指導者たちとの会合に参加している。
もし流民船団とのファーストコンタクトがアイオブザワールドの艦でなければ、あるいはアベルはこの海戦に関与する余裕もあっただろうが、現実はアベルを会議室に貼り付けている。
「……仕方ないわ。プリシラ!」
「アイ。提督」
「第三艦隊司令部へメッセージを送って。内容は、アイオブザワールド艦隊司令長官名義で即時の撤退命令よ」
「……それは……指揮権を逸脱しているのでは……?」
プリシラは相当驚いた様子で聞き返す。
「越権行為なのは承知の上よ。この命令に関する全責任はわたしが取ります。
今の発言を日誌に記録して」
日誌に記録するというのは、言い換えれば覚悟は決めた。という意思表示である。
「……アイ。提督。メッセージを送信します」
「向こうではもう戦闘が始まっているでしょう……ドラゴンナイトが話を聞くとは思えません……」
これはルビィ。




