謀略海域3
艦隊前衛を務めるのは、Z523からZ526の四隻である。
『Z5』級は汎用巡洋艦なので、『Z3』の砲撃支援から艦隊防空まで何でもできる。
シュガードールは戦術情報ディスプレイを注視した。
『Z5』級の対空能力は、以後の戦局において重要になるのは間違いない。
「敵機群、間もなくZ525の射程距離内に侵入します」
Z525は、単横陣で進む前衛の右から二番目に位置する艦である。
「真ん中を強行突破するつもりかしら?」
「地球の航空部隊は、前衛に戦力を吸収されるのを嫌います」
ニクシーが教えてくれる。
なるほど、これは敵味方共に空母を運用しているという事が前提なら、有用なドクトリンであると言えるだろう。
脆弱な空母は、最初に一発食らった方が一方的に負けるのは想像に難くない。
「接近中の敵機、前衛艦に接触。対空戦闘開始されます」
「確認された敵機は二四機」
次々と上がり始めた報告を聞いてシュガードールは顔をしかめた。
「想像より、少々敵機が少ないようだけど?」
シュガードールは事前情報として、フランス空母の搭載機は一〇〇機弱であると聞いていた。
シュガードール艦隊が間合いを詰めている時間を考えると、全機発艦していても不思議ではない。
しかし、実際は多少母艦の直掩に機体が残っているにしても、攻撃してきた機が少なすぎるという印象を受けた。
「フランスは戦中の国ではないので、定数まで艦載機を積んでいなかったのではないかと」
「む」
とだけシュガードールは答えた。
シュガードールとしてはやや不満のある結果だ。だが、ここは個々の機体の性能評価に努めるべきだとシュガードールは考えた。
「前衛艦発砲開始」
流民船団の艦載砲製造技術は非常に高い。
特に長砲身の速射砲に関しては、既知宇宙で負けなしだとシュガードールは思っている。
HM150A2。『Z5』の主砲は、毎分一八〇発の発射能力と、一八〇度旋回時間四秒、仰角九〇度調整速度三秒の優秀な多目的砲だ。
『Z5』級は、この砲を背びれの前後に連装で一基ずつ、計四門を装備する。
戦術ディスプレイ脇の、光学カメラディスプレイ上では、『Z5』達の打ち上げる大小の光が踊り始める。
太い光は、主砲の光。細い光は対空機関砲の弾である。
むろん見えているのは曳光弾のみであり、光と光の間にもぎっしりとプラズマ弾が並んでいる。
◇◆◇◆◇◆◇
敵艦に到達した艦載機が送ってくる映像を、ヒースは黙って見ていた。
エッグの戦闘艦はすべからく魚の形をしているが、この未知の侵略者の船も魚型だ。
その艦は全長五〇〇メートルに達する巨体で、エッグの『ブラックバス』級とは明らかに違う形状をしていた。
「敵艦、対空射撃を開始します」
濃厚な対空射撃を火山の噴火に例える事があるが、これはまさに的を得た表現であるとヒースは思った。
「敵に空母は居ないようだ……」
ヒースの見た限り、艦隊を守る航空機に類は存在しないらしい。
エッグのドラゴン達もそうだが、この侵略者も空母は運用しないようだ。
……駆逐艦を進めるか……
と、ヒースは考えたが、やめた。
先ほど、こちらの駆逐艦を一撃で葬った砲を持つ戦艦が、さらに後方に居る。
そいつが、尋常ならざる射程と威力の砲を積んだモンスターマシンであることは明らかだ。
地球では、最強のイギリス戦艦を東洋の小国の航空機が撃沈して以来、戦艦の天敵は空母であると相場が決まっている。
「敵の本隊はさらに後ろだ。敵の懐に飛び込み、将を打ち取れ!」
「ラジャー」
攻撃目標の確認を了解した旨の返答が、次々と『ベアルン』に飛び込んでくる。
続いて、観測結果を元に敵艦の情報が艦橋のメインディスプレイに映し出された。
「……っ!? なんだこいつは!?」
それは異様な状況だった。
「艦の後ろ側が切れているぞ! 一体どうなっている!?」
ブリッジに怒号が飛び交う。
確かに、ディスプレイに表示された魚影は後ろ側が途切れていた。
だがヒースにはその理由が分かった。
「巨大すぎるのだ」
『ベアルン』のイメージングコンピュータは、全長七五〇メートル程度の大きさまでしか対応していない。
地球の艦船で七五〇メートルを超えるような船は、恒星間巨大輸送船だけなので、実用上七五〇メートルでも問題はないとフランス海軍は考えて居た。
しかし、既に知られているエッグの最新鋭艦である『パンデリクティス』級の全長は、八七〇メートルあると言う。
敵の艦もこれに匹敵する大きさでも、驚くには値しないだろう。
ヒースは腕を組んだ。
「……敵艦の全長は九〇〇メートル程か……モンスターだな」
そのおモンスターが五隻。単横陣で航行している。
恐るべき光景である。
「航空隊、突撃を開始します」
敵巨大戦艦の兵装は見た限り、上甲板……背びれの前側左右に単装砲が各一基。
艦底側の胸ビレ付け根部分の下に上下逆に、同じく単装砲が各一基。
小型の長砲身砲に見えるが、艦の巨大さでスケール感がおかしくなっているだけで、これも相当な大口径砲であると知れた。
その単装砲の上甲板側の二基が、航空隊に向かって砲撃を開始する。
「速いな……」
「毎分一〇〇発は余裕で上回ってます!」
宇宙空間にパッ、と光が散った。
攻撃を試みた『ゼースツーカ』が、艦砲を浴びて爆ぜたのだ。
「曳光弾の間も、びっしりと言った風情だな」
「そのようです」
敵は艦載機への対策として、対空砲を強化してきたのかも知れないとヒースは考えた。
◇◆◇◆◇◆◇
「こういう事を言うのは不本意だけれど……弱いわね」
配下の艦の対空戦闘の様子を見ながら、シュガードールは呟いた。
シュガードールの感覚からすると、この三倍の数の航空機に攻撃を受けても『Z5』が八隻もあれば、艦隊を防護できる。
そうこう思考を巡らせている間にも、『Z3』の副砲が敵機を捉えた。
むろん、敵機は粉々だ。
「ニクシー。どう考える?」
「申し訳ありません、シュガードール指令。
フランス海軍はわたしが考えるより脆弱だったようです」
傍らに立ったニクシーは、そう答えた。
やはり、ニクシーとしても物足りないらしい。
「謝る必要はないわ。そこそこの強さの敵、なんて都合のいい物がそうそう居るわけないもの」
最初から一線級の艦隊に襲い掛かるわけにも行かない以上、こういった事態は往々にして発生するものだ。
「それでも、航空機の性能について指標とするべき情報は得られたと思うわ。
どうかしら?」
「はい。それについては同意しますが、観測された敵艦載機は『ゼースツーカ』や『シーフェアリー』でした。
これらは旧式の艦載機と言わざるを得ません。地球の戦争技術はまさに日々進化しています。どうか、油断無きようにお願いします」
エッグのドラゴンは地球人を少々過大評価しすぎなのではないか、とシュガードールは思う。
しかし、戦場で真に恐れるべきは敵ではなく、自身の油断と慢心である。
「そうね。気を引き締めましょう」
だが、問題もある。
ここで、シュガードールが圧勝してしまうと流民船団として戦力の増強が、見込めなくなる恐れがある。
これは当然の話で、軍艦の運用はとにかくコストがかかるのだ。
そして、コストをかけて艦を増やせば、食料や弾薬などの物資の使用量が指数関数的に増大する。
これは流民船団としても、看過できない問題である。
「最後に、敵空母の防御力を調べて、いったん船団に帰還します」
防御力を調べるというのは、言うまでもなく沈むまで攻撃するという事だ。
『Z3』は全て、敵艦隊を射程に捉えているので、後は撃つだけである。
「『Z5』級による撃沈は考慮しなくてよいのですか? 司令官」
これはニクシーの疑問だ。
ニクシーは、『Z5』の攻撃力について言っているようだが、これは流民船団の艦隊運用のドクトリンに反する。
「我が流民船団の艦隊に置いて、敵を攻撃するのは常に『Z3』級と定められています。
また、『Z5』は敵の攻撃から『Z3』を守るための艦とされているので、『Z5』を攻撃に振り分けるのは艦隊に無用な混乱を招く恐れがあるので行いません」
シュガードールが大雑把に背景も含めて説明すると、ニクシーは納得したようだった。
ニクシーがこういう事を言うということは、エッグの艦隊では考え方が異なるのだろう。
「あなたの艦隊運用の知識については、帰ったらゆっくり聞かせてもらうわ」
そうしている間に、『ベアルン』とその護衛の駆逐艦に対して、砲撃が行われた。
「想像以上に脆いわね」
主砲弾の至近弾を食らった『ベアルン』は、直撃で無いにも関わらず飛行甲板がめくれ上がった。
戦闘能力を喪失したのは誰の目にも明らかだ。
「敵旗艦に通信を。
周波数は地球の標準的な物を使用。翻訳装置起動」
翻訳装置については、既にエッグから地球の言語データベースを入手して、使用可能状態になっている。
意思の疎通に不自由はないだろう。
「敵艦、応答しました。
フランス海軍の司令官、ヒース・ドレイコ少将と名乗っています。音声、映像接続します」
「わたしは流民船団、第一侵略軍司令官のシュガードール・マルムスティン。
応答していただけた事に感謝します」
司令官席から立ち上がって、シュガードールは言った。




