竜の卵と卵の事情2
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「……ダメ! 死んじゃう!」
あろうとか、ラーズを追って破壊された通路に飛び出そうとしたアベルの腰に飛びついて、エレーナは叫んだ。
ドラゴンというのは、基本的に非力な生き物であるが、非力と言っても成人男性。
それほど大柄でもなければ、特段力が強い訳でもないアベルだが、文字通り女子供の力でどうこう出来るかと言われれば、やはり厳しいと言わざるを得ない。
「レイルも手伝って!」
「……仕方ないね」
エレーナの求めに応じて、レイルも加わる。
「離せ! オレはラーズを追う! 宇宙にほっぽり出せるか!」
叫んで尻尾でエレーナを弾き飛ばす。
ドラゴンの尻尾は翼とのバランスを取るための物だと言われているので、その重量は体重の3割やそこらはある。
エレーナを吹っ飛ばすには十分だ。
……ドラゴンって厄介な生き物ね。
とはエレーナの感想である。
この場合、ドラゴンが厄介なのではなくアベルが厄介なのだが。
「……LE401が動いてれば、一発で昏倒させられるんだけどね」
物騒な事を言いながら、レイルがアベルに歩み寄る。
エレーナももう一度、アベルに飛びかかった。
壊れた通路の向うで、ラーズが扉の向こうに引っ込む。
賢明な判断だ。
エレーナとレイルは、それでもラーズを追おうとするアベルを引っ張って、こちらもキャビンに引っ込む。
三人がキャビンまで戻ると、扉が自動的に閉まり、赤色の文字で『与圧不良・閉鎖中』と表示された。
「どうしようか?」
レイルはアベルから手を放し、言った。
アベルが素早く閉鎖された扉に取りつくが、人力で開くような物でもないだろう。
どうしようか、はエレーナも同じだったが、有用な意見は無かった。
通常時の役割で言えば、こういう時打開策を考えるのはアベルの役目なのだが、現状それは望めそうにない。
……メンタル弱いのよね。いや……
エレーナは、アベルとラーズはいつも一緒に居る印象を持っていた。
実際、いつもこの二人は一緒に居たし、他の誰も勝てなかったレイルを撃破してみせたのも、アベルとラーズのコンビである。
それが、引き裂かれたのだ。メンタルが弱いなどと言うのは間違っているかも知れないとエレーナは考えた。
「うーん」
レイルは天井を見上げながらうめいた。エージェント・クロウラーがなにか言ってくるのを待っているのだろう。
しかし、通信装置は沈黙したままだ。
実はこの時、既に脱出船の前部はちぎれ飛んでいたのだが、三人にそれは判らない。
ただし、超光速機関を持っている艦首側とは異なり、艦尾側には超光速機関を持たない。
したがって、艦尾側は艦首側を失った瞬間、アークディメンジョンに留まれなくなり、通常空間に落下する。
「……!」
現にその直後、エレーナは視界を遮る閃光を見た。
船が通常空間に落下したのだ。
「……これは……良くないね……」
窓の外を除きながら、レイルは言う。
「良くない?」
言われて、エレーナも手近な窓から外を見た。
そこに見えた光景は、確かに良くなかった。
星空がグルグルと回っていたのだ。
普通に考えて、星空は回らない。ならば、回っているのはこちら、という事になる。
「……っ!」
その光景に絶句するエレーナ。
こちらの船体が回っているのは、どう考えても制御を失っている証である。
「……エージェント・クロウラーはどうしたのかしら?」
「……エコーがない」
「え?」
突然アベルが声を上げたので、エレーナは思わず問い返す。
「魔法探知からラーズのエコーが消えた。
さっきの閃光の直後、探知できなくなった」
「それって……」
エレーナがすべてを言い終わる前に、アベルは言葉を続ける。
「死んだり、探知範囲から出たわけじゃない。そういう時は、反応がゆっくりフェードアウトする。
でも、今回は違う。キレイにぷっつり消えている」
「なるほどね……どうやら、超光速飛行から抜けたのはボクたちだけ、って事になるね」
錫杖をもって、レイルは立ち上がった。
「そこの通路が吹き飛んだ事と合わせて考えると……」
レイルは錫杖で扉の方を指しながら、続ける。
「……前半分は、まだ超光速飛行を続けている可能性があるね」
「……!?
ちょっと、そんな!」
エレーナは思わず声を上げた。
当然である。レイルが言うとおりであると仮定するなら、三人は半分になった船に取り残されている事になる。船は無残に回転を続けており、それに対応できるエージェント・クロウラーは居ない。
最悪の状況であると言えそうだ。
「打つ手ないじゃない!?」
「そうだね。
……アベル。なにかアイデアある」
「ねーな。
そもそも、エージェント・クロウラーが居たとして、どうにかできんのか? これ?」
レイルとアベルの至極もっともだが、絶望的な意見。
「このまま回ってても、追手が来たらアウトだから困ったもんだね」
レイルは錫杖に頭を当てて、言った。
なにか考えがあるのだろうか?
「大体、何らかの方法で回るのが止められたとして、だから何だ! って感じだしな」
「……ちょっと諦めないでよぉ」
「諦めてなんていねーよ。
それはそうと普通の工業製品なら、なんか安全規格があって、脱出装置とかついてるだろ」
いい加減な事を言って、アベルがそのへんを漁り始める。
しかし、アベルの言うように、一般的な乗り物なら緊急事態を想定した安全装置が付いているはず。というのも納得できる意見である。
センチュリアの船舶でも、救難ボートの類が設置されている。
「……そういえば、後ろのほうって何かあった?」
これはレイルの言葉である。
入り口より後ろに行ったのは、現状アベルだけだからだ。
「あー。通路転がって行っただけだからなぁ……」
すでに、通路へ出て後方へ行く構えのレイルの後をアベルが追う。
仕方なしに、エレーナもそれに従った。
「これは、脱出用のカプセルって感じかな」
錫杖で壁のプレートを指し、レイルが言う。
「そんな感じだな」
同意するアベル。
確かに、壁には六基の脱出用カプセルらしき物があった。
カプセルは一人乗りっぽいので、定員の数を考えると、船の前の方にも同じ物があるのだろう。
「……1人乗り……」
エレーナはうめく。
一人乗りとは、なんとも心細いではないか。
「……まあ、問題はここに居るのと、このカプセルで一人で宇宙漂うのと、どっちが安全か、って話だけどな」
「だねー。
どう考えても、周りには敵ばっかりだしね」
「……敵ばっかりどころか、こっち探してるんじゃないの?
もしカプセルで漂ってる間に捕まったら……」
侵略宇宙人に捕獲されるのである。何をされるか分かったものではない。
「うーん。さっきの攻撃具合から見るに、捕まえようって気はないんじゃない?
そういう意味では安心だね」
平然と怖い事を言うレイル。
さっきのノリのまま敵が来たら、救難カプセルもろとも攻撃されるという事ではないか。
「だから、どっちがいいか、って言ってるんだろ」
「そうだね。
仮にこのカプセルに乗ったとしても、船がぐるぐる回ってるから、カプセルはバラバラの方向に撒き散らされる格好になるね」
結局脱出ポッドの使用は見送り、三人は再びキャビンに戻ってきていた。
幸い、多少の食料と水くらいはある。
三人は侵略者に再び攻撃されるリスクを恐れていたわけだが、宇宙の脅威はなにも邪悪な宇宙人だけではないようだ。
バシッ! という破裂音。
宇宙空間で音は聞こえないので、少なくともこの船の中でした音と言うことになる。
「……アベル、レイル……今の聞いた?」
「残念ながら……聞いた」
「右に同じく」
そんな事を言っている間に、さらにもう一度、バシッ! という音。
……これって……
エレーナは窓の外を見た。
星空は相変わらずくるくると回っているが、一瞬窓の隅を信じがたい光景がかすめた。
「……惑星よ!」
なんと、三人の乗った宇宙船の残骸が向かう先に惑星があるではないか。
センチュリアの宇宙観測技術では、まだ発見されていないフラッシュラー第十一惑星。名前はもちろん、ない。
今まで、センチュリアの民に知られることのなかったその惑星は、遥か彼方の太陽の光を受けて青く深く輝いていた。
その姿はまさに、宇宙に浮かぶ宝石とでも言えるほど美しい。
大きさを比較する物がないので、この惑星の大きさは判らない。
このまま進めばそう遠くない将来、この船はこの美しい惑星に捉えられて、ガスの海に沈むだろう。
いや、それよりも早い段階で、デブリの直撃で粉々になるかもしれない。
「……宇宙空間なんて、なにもないと思ってたけど……
たまたまこっちの進路上に惑星があるとか、すごい確率だね」
「〇か一〇〇じゃ無いなら、事象の当事者が確率論論じるなんて間違ってるぜ」
完全に他人事で言ったレイルに、こちらも完全に他人事でアベルが答える。
「間違ってるね。
さて、じゃあ確率論を論じる事無く、脱出ポッドでお祈りしようか。
誰に祈るのか知らないけど」
答えも聞かずにレイルは歩き出す。
……相変わらずメンタルすごいわね。
レイルほどの大魔法使いともなると、こういう物なのか、とエレーナは思った。
「じゃあ、オレも一緒にお祈りするか。
うまくいけば、またラーズと会えるかもしれないぜ?」
そんな事を言っている間にも、常に船体を宇宙空間からデブリの類がノックする。
「あああ。待って!」
アベルも何気なく、脱出ポッドの方へ向かう。
エレーナは一人、取り残されそうになった為、慌てて二人の後を追った。
少なくともこの二人は、センチュリアでも屈指の魔法使いである。一緒に居た方が心強いに決まっている。
アベルの背を追って、エレーナも脱出ポッドに向かう。
惑星が近づいてきた為か、船体に当たるデブリの数が増え始めていた。
そして、ドン! という今までとは明らかに音質の違う衝突音。
「あっ……」
直後、船体が揺れた。
今まで回転していても、その慣性を感じる事は無かった。
しかし、今度は明確な衝撃だ。




