千年紀の黄昏8
「ところで、なぜニクシー先任がお客様と一緒にいるのかしら?」
「ドラゴンマスターよりシュガードール指令の案内役を申し付かりました」
この二名は姉妹なわけだが、レクシーの問いにニクシーはあくまで業務的に答えている。
それはそうと、ニクシーが案内役をやっているのもおかしな話である。
普通に考えると、アイオブザワールドなら外渉部が担当するべきだし、国としてなら宰相院の外交部が担当するべきだろう。流民船団との話は、すでに宰相院の管轄だとアベルが言っていたので、ニクシーが相手にしているのはおかしいのだ。
「なるほど、ね」
それでもレクシーは何か思うところがあるのか、納得したようだ。
◇◆◇◆◇◆◇
流民船団の表敬訪問団は、ひっそりとユグドラシル神殿に入った。
シュガードールの『Z3』とニクシーの『パンデリクティス』が接触してから、一三日目の出来事である。
ひっそりとしているのは、派手な歓迎セレモニー的な物はエッグと流民船団両者の合意で行われない事とされた為だ。
流民船団側の表敬訪問団は一〇〇名ほど、エッグ側は宰相院外交部を中心に一二〇名ほどが、ユグドラシル神殿に用意された大会議室で立食パーティに参加している間、表敬訪問団代表がマザードラゴンに非公式接見する事となった。
「流民船団より参りました。ドラゴンマスター、エリュシオン・ルミオールであります」
エリュシオンと名乗ったそのドラゴンは、身長は一八〇センチ以上あり、それ応じて赤い翼と赤い尻尾の長大だ。
髪は癖のないストレートで、赤茶色。腰まで届くほど長い。
傷一つない銀色の鎧を着て、腰に長剣を帯びていた。
まあ、女騎士と言った風情だ。
女騎士と言えば、ドラゴンナイトであるエレーナも騎士なのだが、残念ながら鎧姿などではなくアイオブザワールド標準の茶色いブレザー姿である。
ちなみにこのブレザーは、先代のドラゴンマスターの時から変更されていないので、完全にガブリエルの趣味だ。
「ようこそ。流民船団のドラゴンマスター。まあ座ってちょうだい。
わたしはガブリエル=ファー=レイン。マザードラゴンよ」
ユグドラシル神殿の最上部にあるマザードラゴンの玄室は、せいぜい五メートル四方と、お世辞にも広くない。
ガブリエルの執務机と、応接セット以外は何もない部屋である。
これは、ほとんど誰も来ない玄室に、コストをかけるのはバカバカしいという、アベルやワーズワースの意向によるものだ。
そのため、玄室に居るのはエリュシオンとガブリエル、ユーノとエレーナだけという状況である。
なおエッグ側の人選の基準は、近衛隊のユーノがガブリエルの警護についてるのは当然として、エレーナはファーストコンタクトに立ち会ったという事でメンバーに選ばれた。
「では失礼いたします」
一礼してエリュシオンは、腰から鞘ごと剣を抜いて、隣に立っていたユーノに渡す。
エリュシオンの一挙手一投足は、騎士然としていて洗練され美しい。同じドラゴンマスターでもふにゃふにゃのアベルとは大違いである。
もっとも、アベルがピシっとしていても気持ち悪いので、そうして欲しいわけでもないのだが。
「我が流民船団についての資料は、事前に外交を通して提出させていただいていますが……」
その資料については、アイオブザワールドにも回ってきているし、エレーナも目にした。
流民船団とは、その名の通り船団によって構成された国家である。都市国家の船団版とでも言えばわかりやすいだろうか。
これを国家と認めるかどうかは、各国の判断による所だろうが、とにかくそういう国家形態となっている。
その特徴は、固定された領地領海を持たず、船団の力が及ぶ範囲を排他的な領海と定めている事であると言える。
これは領地が固定されていないため、こうしか成りようがないと言った類のシステムである。
もちろんエッグに対しては、流民船団はその領海を認めるとしているので、エッグ領への侵略意図はないと考えられる。
流民船団の意思決定は、いくつかの船団の長が集まって合議するタイプの議会制を採用しているようだ。これはエッグにおける貴族制に似ているが、エッグはマザードラゴンを主とする王制であるという事が、決定的に違うと言えるだろう。
「ええ。そちらにもドラゴンマスターが居るなんて言うのは、少々驚いたけれど……」
「エッグのドラゴンマスターは、たいそう聡明な方であると伝え聞いております」
どのように伝え聞くと、アベルが聡明な方になるのか、エレーナは少なからず疑問を持った。おそらく、ニクシーからシュガードールを経て流民船団に伝わる過程の伝言ゲームで、情報がおかしくなったのだろうが。
「そーめい?」
ガブリエルも同じことを思ったのか、その言葉を繰り返す。
「……まあ、いいわ。
それは置いておいて、お茶でもいかがしら?」
応接セットに置かれたティーポットを手にして、ガブリエルが言う。
ティーポットに入っているのはガブリエルが育てたお茶だろうか。もしそうならエレーナとしては、飲むのは遠慮したいところだ。死ぬ。
「それではいただきます」
ティーポットの中身を何だと思っているのか不明だが、エリュシオンはそう答えた。
「……アレの中身はただの紅茶よ」
エレーナの心中を読み取ったのか、ユーノが小声で教えてくれる。
なるほど。ただの紅茶なら、国交問題に発展したりするリスクは少ないだろう。
「……では、少しばかりお互いの話をしましょう」
ティーカップにいい匂いのする紅茶を注ぎながら、ガブリエルは話を切り出した。
ガブリエルは象徴としての王で、実際には宰相のワーズワースが政治をしているイメージが強いのだが、こうして見ているとやはり支配者としての器であると感じられる。
「興味があるの」
ティーポットを置いたガブリエルがソファーに腰を落とす。
そのショックで、ガブリエルの黒い羽根が一枚宙に舞う。
「四枚の翼をもつドラゴンは……珍しいです」
「わたしは古竜よ。流民船団には居ないのかしら?」
古竜はエッグでもガブリエルだけである。
だから四枚翼を持つのも、羽根に覆われた翼を持つのもガブリエルのみ。
「居ません。流民船団におけるドラゴンは、一対二枚の翼で、羽毛に覆われた翼を持つ者もおりません」
「……そう。残念だわ。仲間が居ると嬉しかったのだけど……」
ガブリエルは少し俯いた。
それが、本当に仲間が居ない事を嘆いているのか、エレーナにはわからなかった。
「仲間……と言えば、ドラゴンではない者がおられるようですが……」
エレーナの方に目を向けながら、エリュシオンが言う。
「ええ。その娘は書類上はドラゴンだけど、ドラゴンでないわ」
「……なぜ、ドラゴンではない者が、ドラゴンの国の中枢に居るのですか? マザー・ガブリエル」
排他的な発言だが、エリュシオンの言いたいことはわかる。
どう言おうかとエレーナが考えて居ると、再びガブリエルが口を開いた。
「ウチのドラゴンマスターの愛玩用、とでも言えば納得してもらえるかしら?」
これも大概な言い草だが、それほど外れてもいないのが悔しい所だ。
「……なるほど。そういう事でしたか。
なら深く詮索するのは失礼に当たるという物」
エレーナは、何か致命的な誤解が生まれたような気がした。
「せっかくドラゴンナイト殿の話が出たから、その話をしましょうか」
ガブリエルの口調が変わったとエレーナは感じた。
「その娘は、センチュリアという惑星の住人よ。
センチュリアは、エッグ領の中にある光速未満の文明よ」
「エッグ領……光速未満の文明……」
光速未満というのは、光より早く移動する手段を持たない文明であり、センチュリアも当然これに属する。
「まあ今のセンチュリアについては、本題ではないわ。
話したいのはファーストコンタクトの話よ」
そこで、ガブリエルは一度話を切った。
ティーカップを手に取り、一口。
「ファーストコンタクト?」
これはエレーナ。
「実はね、センチュリアはある日突然見つかったのよ」
「?」
エレーナはガブリエルの言っている事が理解できなかった。
見ればエリュシオンも、同じようなリアクションをしていた。
「当時、エッグの超光速機関も未熟だったけど、それでも一〇〇光年以上は宇宙を旅していたわ。
でも、たった七光年しか離れていないセンチュリアが、その瞬間まで見つからなかったのよ」
「言いたいことがわかりかねますが……」
困惑した様子で、エリュシオンが言う。
「そうね。でももう少し聞いてほしいわ。
もちろん、ある日センチュリアは見つかったんだけど、それより前に書かれた海図にセンチュリアはなかったのよ」
「それは地図が間違っていた、という事では?」
「ええ。そうでしょうね。
わたしもそう思ってたし」
もう一度ガブリエルは話を切った。
相変わらず、何が言いたいのかエレーナには理解できない。
「この話、どこかで聞いたことないかしら?」
「?」
「ある日、エッグの至近距離にそれまで存在を認識すらしていなかった船が出現した」
この船とはシュガードールの『Z3』級の事だろう。
「しかし、あれは超光速機関の不具合で通常空間に落下した先が、たまたまエッグ領だっただけの話では?
既に報告済みですが、アークフィラメントによる事故であると……」
「じゃあ、流民船団本体はどうかしら?
エッグから二〇〇〇光年ほどの場所に居る、一〇〇〇隻からなる船団よ。騎士団の辺境警備隊が捕捉しないとは考えにくいわ」
「マザー・ガブリエルは、我々が突然出現したとおっしゃりたいのですか?」
エリュシオンは言葉を選びながら、疑問を口にする。
「正直言ってわからない。
センチュリアの件は、ただの地図の書き間違いかも知れない。流民船団を発見できなかったのは、騎士団がさぼってただけかも知れない」
ここに来て、ガブリエルの言わんとすることがエレーナにも見えてきた。
ガブリエルは、流民船団だけでなく他の文明とのファーストコンタクトに、なんからの意思が働いているのではないかと疑っているのだ。
ただ、文明単位で接触タイミングを制御できるような代物が、そうそう存在するとは思えないのも事実である。
「だから、逆にわたしはあなた聞きたい。エリュシオン。
流民船団は、エッグの存在を知っていたのかしら?」




