流民船団18
「ニクシー、『アニサキス』の残弾はどれだけある?」
「残念ながらありません。ドラゴンナイト」
先ほどまでに乱戦で、駆逐艦を撃沈するために第三艦隊は『アニサキス』をすでに撃ち尽くしている。
主砲射程内にいる駆逐艦相手に、『アニサキス』を使うのは何ともコストパフォーマンスが悪いが、そもそもそれで撃沈されたらたまらない。
実際、『アニサキス』で駆逐艦を何隻か撃沈したからこそ、未だ第三艦隊は健在であるとも言える。
「……そう。なら本艦のみで攻撃を実施します」
話を聞いていたらしいレクシーが言った。
本艦のみと言っているということは、第一艦隊も第二艦隊もつれてきていない事になる。
つまり、総旗艦に補給だけして、そのまま聖域に進出してきたという事である。
直後、A5126の背びれの後ろから、立て続けに光が舞い上がっていく。
攻撃目標は惑星ニアの近海に設定されている。迷いのない一転読みである。
先ほどA5126が超光速走査を行ったようなので、その時に発見したのだろう。
恐るべき性能である。おそらく今回の遠征の途中で、超光速走査システムのソフトウェアをアップデートしたのか。
そうしている間にも、アメリカ軍機に向かって『ユーステノプテロン』が『ミクソゾア』を撃ち続けている。
レクシーの戦闘意欲は旺盛だ。逃げる相手でもお構い無しである。
「レクシーより、接近中の航空機へ。
所属を名乗られたし」
開けっ放しの通信回線越しに、レクシーが航空隊との交信を始めた。
通信の閉じ忘れなのか、わざと開けっ放しなのかは不明である。
「……こちらは、蒼龍航空隊。米加田少佐。
我々は米航空戦力殲滅の命令を受けている」
「そう。でも残念ながらセンチュリア近海に敵の空母打撃部隊は居ないわ」
「……しかし、レクシー提督
我々の電子偵察機が、敵艦載機の活動を捕捉している。敵空母が展開しているのではないのか?」
米加田の疑問はニクシーの疑問でもあった。
エレーナも第三艦隊も、敵空母がセンチュリア近海に展開している前提で、艦隊を動かしていたのだから当然である。
「すでに超光速走査で敵空母はニアの衛星軌道に居る事が確認されています」
むう。と米加田がうめくのがニクシーにも聞こえた。
気持ちは良くわかる。
威勢よく空母を飛び出してきたら、祭りがすでに終わっていました。ではあまりにも悲しい。
「こちらはアイオブザワールド主席参謀のルビィ・ハートネストです。
せっかく来ていただいたので、戦術情報を送ります」
変わってルビィが、通信に出る。
ルビィが言ったように、さらに詳細な戦術情報がネットワークにアップロードされる。
「敵、航空戦力の前線基地が、センチュリアの二つの月にあると思われます。
青い月サニタリオン、赤い月レッドラー、双方の攻撃をアイオブザワールドとして要請します」
「っ!?」
その情報にニクシーは絶句した。
まさか、月に前線基地を作って航空機を飛ばしてくるなど、夢にも思わなかったのだ。
それはエレーナも同じらしく、口元を手で押さえている。
「了解した。攻撃目標を変更する旨、こちらの旗艦に報告したい。超光速通信を中継願えるか?」
「もちろん」
通信を終えた大日本帝国の海軍攻撃隊が進路を月軌道へと変更した。
その数、約二〇〇機。対地攻撃装備でないとしても、前線基地を使用できなくするには十分な戦力だろう。
それに一回で全滅しなくても、次々と後続が来るに違いない。
なにより補給を終えたレクシーの第一艦隊が、それほどの時間をおかずに展開してくるだろう。
複数の『ユーステノプテロン』に捕捉されれば、反撃の暇もなく、ひたすら数千万キロ離れたところから『アニサキス』が撃ち込まれ続けるのだ。
アメリカ軍が再び聖域から追い落とされるのは、時間の問題だろう。
「……くやしい」
ぎりっ、と歯を鳴らしてニクシーはこぶしを握った。
敵に翻弄されて、レクシーにおいしいところを全て奪われた。
これが現実。
これが、主力との実力差であると、苦しいほどに思い知らされた。
「第三艦隊および第四艦隊には、撤収命令がドラゴンマスターから出ています」
大日本帝国の航空隊が月の基地を攻撃し始めたころ、レクシーから再び通信が来た。
撤収は仕方ないだろう。特にG2012が中破して索敵や艦隊防空に影響が出ている今、第三艦隊が聖域に留まる意味は薄いといえるだろう。
「……仕方ありません」
エレーナが言った。ドラゴンナイトとして凛とした言葉だったが、どことなく気落ちした感じがあるのは隠せない。
ドラゴンマスターは責めたりはしないだろうが、結果的に第三艦隊はレクシーの主体が展開してくるまで持たなかったのである。
これは戦術レベルでアメリカに対する実質的敗北である。もちろんレクシーに対しても。だ。
「撤収先はニールスラント六号基地が指定されています」
ルビィが言う。
おそらくエッグフロントのアイオブザワールド保有の施設は、全てレクシー艦隊の整備に充てられている為の撤収先変更だろう。
ニールスラントは、エッグから三〇光年ほど離れた場所にある寂れた恒星系である。かつては鉱石の採掘で栄えたらしいが、今は見る影もなく、アイオブザワールドの資源備蓄基地という性格の設備として運用されている。
無論、平時の常駐要員はゼロである。
「すでに第三艦隊の整備スタッフは移動を完了しているはずなので、到着し次第受け入れ可能になってるはずです」
さすがに誰もいない基地に行かせるような事にはなっていないらしい。
ニクシーは誰にも分らないように胸をなでおろした。
◇◆◇◆◇◆◇
第三艦隊は、レクシー艦隊の主体と入れ替わる形で聖域を後にした。
これはエレーナに、主体と交代するまで聖域を守っていたという実績をレクシーに与えられたような物である。
レクシーに悪意はないのだろうが、施しを受けたようで、エレーナとしては内心かなり来るものがあった。
損傷したA2120とG2012は、それぞれA2119とA2121が牽引してアークディメンジョンに上がった為、旗艦のA2125は単独である。
聖域での海戦は、一応アイオブザワールドの戦術的勝利なのは間違いないだろうが、エレーナやニクシーの心情としては完全敗北と言えた。もちろん負けたのはアメリカではなく、レクシーやルビィに対して、だ。
おいしいところを全部レクシーに持っていかれた上、月に作られた敵の前線基地をノータイムで看破されたのも最悪だ。
「……」
「……」
エレーナとニクシーは双方無言だった。お通夜ムードとはまさにこのことである。
流れが悪い。
そして、得てして流れが悪い時は、悪いことが重なるものだ。
ガツン! 突き上げるような衝撃。
「なに!?」
「報告を!」
エレーナとニクシーが同時に叫ぶ。
巨大な『パンデリクティス』の重心にあるブリッジに居て衝撃を感じるなど、被弾でもしない限りありえないのだ。
しかも今はアークディメンジョンを飛んでいる。閉じた世界であるアークディメンジョンに、障害物など存在しないのである。
「機関室です。アークディメンジョン航行中、アークフィラメントに接触したようです」
即座に返答が来る。
「アークフィラメントって?」
「アークディメンジョンのもつれのような物だと習いました」
エレーナの問いにはニクシーが答えた。
「……フィラメントが出現するのは超低確率だと聞きましたが……」
そこまでニクシーが言った時、今度はゴゴゴという低い音が聞こえた。
「緊急! 超光速機関が非常停止しました! 通常空間に落下します!」
「いたたた……」
司令官席から放り出されたエレーナは、座席前方の下り階段でしこたま背中を強打した。
まあ、生きているし、痛いのは我慢していれば自動回復でそのうち治るだろう。
それより問題なのは、船の方だ。
もし、生命維持や環境制御が停止すれば、ケガが治っても死ぬ。
「ドラゴンナイト。大丈夫ですか!?」
こちらは艦長席のニクシーである。
「大丈夫ではないけど大事ないわ。そっちは?」
「わたしは……翼と尻尾があるので……」
要するに、シートに翼や尻尾が引っ掛かっている状態だったので、シートから放り出されなかったという事らしい。
翼と尻尾の意外なメリットである。
いや、ドラゴンの船に装備されているシートは、そういう設計なのか。
「艦は?」
「通常空間に落ちたようですね……
対消滅機関は非常モードで停止、超光速機関も停止しています」
手元のコンソールを見ながら、ニクシーは言った。
「生命維持と環境制御は、コンデンサのパワーで正常に動作中」
「当面、生命の危機はなさそうね」
立ち上がりながらエレーナは言った。
「ブリッジにけが人は?」
エレーナ言いながら周囲を見回したが、特に負傷者はいないようだ。
なんなら、吹っ飛んだのはエレーナだけであるようだ。
……ああ。やっぱりドラゴンの船なのよね、これ。
なぜかエレーナはとても悲しい気分になった。
まさか、翼や尻尾がないという事実を、こんなことで再確認することになろうとは。
「各部署は負傷者を集計して、医療班で対応を」
「アイ。ドラゴンナイト」
「あと、天文は艦の星間座標の計測を急いで。
機関部は機関の再起動に注力するように」
矢継ぎ早にエレーナは指示を出す。
もっとも、いくら第三艦隊の練度が低いといっても、エレーナが今言った程度の事は各自の判断でやっているだろうが。
「……まさか、どこかディープスペースに放り出されたなんて事はないでしょうね?」
「使ったエネルギー以上、遠くへ艦が移動するなんてありえませんよドラゴンナイト。
それより超光速機関が緊急停止したので、通信が途絶したのが問題ですね……」
腕組みをしながら、ニクシーが言った。
「……とは言っても、予備の超光速メッセンジャー送信機はありますし、ここはエッグから近いので時空振も向こうで観測していると思います。それほど危機的状況ではないですが……」
しかし、今襲撃を受けたら大変な事になるだろう。
「天文からブリッジ。座標確定しました。ナビゲーションをアップデートします」
測量が完了したらしく。ブリッジの海図が更新された。
現在地はエッグから三光年ほどの座標である。
これならエッグ側でも、こちらの位置を把握しているだろう。既に工作艦を派遣しているかも知れない。
「……ニクシー艦長!」
レーダー士官が手を挙げた。
「何?」
「アイ。レーダーにコンタクトがあります」
「工作艦がもう来たの? 随分早いわね?」
ニクシーは言った。
エッグから三光年。最新鋭艦なら小一時間で展開できる距離だが、それでも早すぎるとエレーナは感じた。
A2125が通常空間に落下してから、まだ一時間も経っていない。
「……いえ違います。友軍識別に反応ありません。
また、データベースに該当する艦影もありません」
「……なんですって?」
眉をひそめてニクシーが言う。
「ドラゴンナイト!」
「アラートをレッドで。戦闘態勢」
もっとも、A2125に戦闘能力はほとんどない。ミサイルがほとんど残っていないのだ。
「……不明艦、等速運動で近づいてきます。まもなく光学カメラに映ります」
「機動してないのね……漂流してるのかしら?」
もっとも特に目標物のない星間で、どちらが動いていて、どちらが止まっているかなど議論する意味はないだろうが。
「……!?」
光学カメラが捉えた不明艦を見て、エレーナは言葉を失った。
「何!? この艦!?」
「……わかりません……見たことない艦です」
その艦は、一言で言うと魚型だった。これはエッグの戦術艦の設計思想である。
しかし、エレーナは目の前の艦を知らないし、ニクシーも知らないらしい。
あるいは、騎士団辺りが秘密裏に建造した艦かもしれないが。
「『パンデリクティス』や『ユーステノプテロン』とは、艦の構造が違いますね……」
確かに目の前に居る艦は、第二世代の『バラクーダ』辺りに近い形をしている。
「……ドラゴンナイト! 不明艦から通信です。
いかがされますか?」
「わたしが出ます。ドラゴンナイト」
艦長席から立ちあがりながらニクシーは言った。
「わかったわ。ニクシーお願い」
エレーナは一瞬自分が出るべきかとも考えたが、結局はニクシーに任せることにした。
「わたしはアイオブザアールド第三艦隊の先任艦長、ニクシー・ドーン。
不明艦は所属を明らかにするように」
ザザザというノイズに続いて、鈴のように澄んだ女性の声が聞こえてきた。
「……こちらは流民船団所属、第一方面軍艦隊司令シュガードール・マルムスティーンです」
「流民……船団?」
聞きなれないその言葉を、エレーナは繰り返した。
流民船団なる物が何かはわからないが、事態が次の局面に進んだという事をエレーナは本能的に感じた。
時に西暦三〇〇〇年十月。聖域侵攻から三年が経っていた。
ユニバーサル・アーク




