流民船団1
流民船団
センチュリアを後にしたアベルたちは、エッグから再び進出してきたニクシーのA2125に乗艦した。
ここまでアベルたちを運んできたG2012は、既に聖域を去ってエッグへ向かっている。
これはニクシーの独断で、平時武装……弾薬の搭載量が三分の一程度……のG2012に補給を受けさせるための措置である。
「レクシーとルビィにもミーティングに参加してほしい。大至急、超光速通信で呼び出してくれ」
A2125の士官用会議室に入るなり、アベルはニクシーに言う。
「アイ。ドラゴンマスター。
……しかし、三〇兆キロ離れているとは言え、米艦隊が居る近くで超光速機関を起動してもよろしうのですか?」
ニクシーの質問は、艦長としては当然の物と言える。
超光速通信はその名の通り、超光速機関を使用する。
超光速機関を起動すると、非常に目立つのだ。これが、船をアークディメンジョンに持ち上げるためなら、探知されても自身はアークディメンジョンの中なので大して問題にはならないが、通信だとそういうわけには行かない。
三〇兆キロ彼方の米艦隊は、少なくとも聖域近海で超光速通信が行われたことを知るだろう。
「かまわない。状況の確認と行動方針の決定を優先したいからな。
大至急接続してくれ」
「アイ。ドラゴンマスター」
答えてニクシーはブリッジへ連絡を入れ、超光速通信の準備をさせる。
接続先は二〇〇〇光年程離れているであろう、アイオブザワールド第一艦隊の総旗艦A5126である。
数分程待ったか。会議室のテーブル上にホロウィンドウが出現した。オンラインになったのはルビィだ。
「接続状態はいかがですか? ドラゴンマスター」
「良好だ。流石は『ユーステノプテロン』だな」
超光速通信は、送信側の超光速機関の性能に依存するので、今アベルが見ているルビィの姿は、『ユーステノプテロン』側の超光速通信設備の性能によって実現されている。
艦隊の指揮艦として、通信と索敵を重視して設計された『ユーステノプテロン』級の通信能力は非常に高いのだ。
「そちらの映像は……若干コマ送りになってますね……音背は大丈夫ですが」
ルビィはそう言いながら、手元のコンソールか何かを操作しているようだった。
映像の映りを良くしようと調整しているのかも知れない。
「……ところで、レクシーは?」
「先ほど伝令を行かせました。間もなく接続してくると思います」
「伝令?」
思わずアベルが聞き返すと、ルビィは何かを思い出したような顔をした。
「言い忘れていました。本艦隊の艦隊標準時刻は現在午前二時過ぎです」
実は、宇宙を航行する船が超光速で移動すると、艦内の時間と艦外の時間が狂う。その結果、艦隊の標準時刻はエッグの標準時からズレてしまうのだ。
「……遅れました。申し訳ありません。ドラゴンマスター」
最初に声が聞こえて、ワンテンポ遅れて映像が来る。
無論レクシーである。
いかにも寝起きのレクシーは、髪を解いていつものメガネもしていなかった。
そして、半透明のネグリジェの上から、艦隊のジャケットを羽織っている。これはなかなかセクシーな姿である。
「……ああ。ええと……寝てるところすまない」
その雰囲気に、思わずアベルは誤ってしまった。
「いえ。緊急通信への応答は提督の義務ですので」
「緊急通信?」
緊急通信というのは、確かに何を置いても即座に応答することが義務付けられている。
アベルはニクシーの方を向いた。
「大至急との命令でしたので、緊急扱いにて通信リクエストを行いました」
言われてみると、確かにややこしい命令をしたアベルの落ち度っぽい。
第三艦隊はアベルとエレーナが私的に作った艦隊であり、参謀部などとも分離されている為に、こういった言葉のアヤによる問題が結構生じる。
「それはそうと、どういった要件で?」
馬鹿なやり取りをしているうちに、目が覚めてきたのかレクシーはいつもの調子で言う。
「……アメリカの軍艦の話、ですか?」
こちらはルビィ。
「もう知ってるの!?」
言ったのはエレーナである。
きっと、アイオブザワールドでは第三艦隊が、一番最初に情報を掴んだと思っていたのだろう。
「……そうなの?」
「提督がお休みになられた後、騎士団の参謀から聞きました」
なるほど。情報源は騎士団らしい。第三艦隊に通報したのも騎士団という事なので、まあ仕方ないだろう。
「現段階で判明している敵艦隊の編成ももらっています……言うまでもないですが、非公式ルートでの情報なので確度は怪しいです」
言うなり、会議室のど真ん中に艦隊を模したマーカーが無数に出現する。
「! ……多い!」
エレーナが声を上げたが、アベルも同じ気分だった。
「……大雑把に、前衛に駆逐艦と巡洋艦からなる高速打撃艦隊、後ろに戦艦を中核とする主隊、そして、さらに後方に空母を要する航空艦隊という構成のようです」
「空母って、アメリカってそんなに空母持ってるの?」
これはシルクコットである。
航空艦隊の編成表には、二隻の空母が記載されている。
「正規空母で言うと、『レキシントン』『サラトガ』『ワスプ』が残っています」
レクシーがすらすらと空母の名前を言う。
「一隻残して、あとは全部投入、か……」
椅子の背もたれに体重を預けて、アベルは天井を仰ぎ見た。
「レクシー。ちなみに、空母を一隻だけ残す事に戦略的な意味、ってあるのか?」
「ありませんね」
アベルの疑問にレクシーは即答。
「むしろ、まだ発見されていないだけで、聖域近くに展開している可能性の方が大きいと考えます」
これは確かに、言われてみればその通りである。
「一隻で足りないなら、軽空母でもなんでも持ってきて頭数を揃えるでしょう」
「連中、なんで今聖域を攻める? 参謀部の分析でも『エセックス』級を戦力化するまでは大人しくしてる。って事になってたと思うが」
「情報が無いので、断言はできません。
もしかすると、大統領選挙の影響があるのかも知れません」
参謀部のトップであるルビィが答える。
確かにルビィの言う通り、大統領選挙前に手柄が欲しいローズベルトが作戦を前倒しにしたというのは、十分にあり得る話である。
「もしそうなら、いい時期を選んだわね」
「同意します」
これはエレーナとニクシーの言葉である。
第三艦隊トップのこの二名は、手持ちの戦力の事を一番よく分かっている。
レクシー配下の第一第二艦隊がエッグを遠く離れている今は、まさに攻め頃と言えるだろう。
「……対応としては、二つのパターンが考えられます」
ルビィが話を続ける。
「まずは、時限立法なりなんなりで騎士団を聖域に入れて迎撃する方法……ただし、現在聖域近海に展開しているのは、二線級の部隊のみです。主力はここに居ますから……
もう一つは我々が部隊を聖域に展開するまで、第三艦隊手持ちの戦力で突っ張る方法」
「後者が魅力的だな」
アベルは言った。
時限立法とは言え、騎士団を聖域に入れたという前例を作ると、後々政治的に面倒事が増えるのは明白である。
「……レクシー。艦隊を最速で聖域に展開させるのにどれくらい時間がかかる?」
「『ユーステノプテロン』の秘密兵器の一つである、過給機付き高速対消滅炉を全開駆動して、アークディメンジョンドライブを使えば聖域まではおおよそ四日です」
レクシーが言っているのは理論値であるが、幸いにしてレクシーの配下には『ユーステノプテロン』級しかいないので、ほぼほぼこの理論値で移動が可能である。
しかし、問題はほかにもある。
「四日はわかった。補給と整備はどれくらいかかる?」
続けてアベルは質問した。
普通に考えて、結構な距離を航海した『ユーステノプテロン』には補給と整備が欠かせない。ましてや、今回が処女航海の『ユーステノプテロン』も少なくないのだ。
整備に時間がかかるのは想像に難くない。
「……難しい所ですが、一個艦隊の整備と補給で丸三日。つまり七日目に一個艦隊、十日目にもう一個艦隊が展開可能。という事になります」
「逐次投入になるのか……」
アベルは顎に手をやって考えた。
逐次投入になる理由は簡単で、エッグフロントのアイオブザワールド用のドックは十二隻分しか無いからである。
騎士団や近衛隊のドックを使えないのか、と言われれば使えるだろうが、船の整備を行うメカニックが居ない。目下『ユーステノプテロン』の整備が行えるのは、『ユーステノプテロン』の運用実績のあるアイオブザワールドだけなのだ。
「ニクシー、手持ちの戦力で七日間、持たせる自信はあるか?」
「……敵の戦力が確定しない今、なんとも……」
少し俯いて、ニクシーは答えた。
「でも! やります! やらせてくださいドラゴンマスター!」
意を決したようにニクシーは言葉を続ける。
アベルは少々思案した。
ニクシーとエレーナの実力を信じない訳ではない。
レクシーに比べると圧倒的に経験が足りないとはいえ、最初は誰にでもあるのだ。
しかし、戦場が聖域内となるといざと言うときに、騎士団などを助けにやる事が難しいのも事実。
……いや、何も騎士団だけが戦力じゃない、か……
ここでアベルに決定的なひらめき。
……これなら、行けるか?
「よし。いいだろう。存分にやるように」
実戦が兵を育てるなら、エッグから近い聖域の海はまさに、兵の育成場である。
第三艦隊が今後もアベルの直属艦隊として存続する為に、この戦いは避けられない。
「では、我々が到着するまでは第三艦隊に頑張ってもらいましょう。
ニクシー先任。よろしく頼みますよ」
あくまで他の艦隊の司令官相手として、レクシーは丁寧な口調でそう言った。
「それはそうと、アイオブザワールドの艦隊トップとして、ドラゴンマスター以下の非艦隊要員は即時戦闘海域からの撤収を具申します」
「帰る船なんか無いけど?」
レクシーに対してアベルが言うと、即座にルビィが口を開いた。
「聖域のリムで騎士団の沿岸警備隊の『ブラックバス』に乗り継いでください。こちらから騎士団に話を通しておきます」
どうやらレクシーとルビィは、ニクシーが喋っている間に騎士団の船の場所を調べたらしい。
この辺りは流石としか言いようがない。
◇◆◇◆◇◆◇
エッグを遥かに離れた名もない小惑星群に寄り添って、無数の『ユーステノプテロン』達が停泊いている。
大雑把に三種類のデザインに分けられる群れの中心付近に集まっている、明るい色の『ユーステノプテロン』達が次々と機関を始動し、動き出す。
レクシーの配下のアイオブザワールド第一第二艦隊が、訓練航海を打ち切って群れから離れていくのだ。
レクシー艦隊の『ユーステノプテロン』級は、全て『口』と『目』が描かれている為、騎士団や近衛隊の同型艦と比べても、非常に魚感が強い。
これが一斉に動き出す様は、大型回遊魚の群れを見るような風情である。
「艦隊、アークディメンジョンドライブを準備。
機関の加給を開始」
艦隊に対して、レクシーが命令を下す。
驚くべきことに『ユーステノプテロン』の主機である高速反転炉には、秘匿装置として加給装置が取り付けられている。
これは、主機に対して強制的に水素と反水素を押し込む事で、炉本来のサイズを遥かに超える出力を得られるという装置である。
「加給開始、アイ」
「ウェイストゲートバルブ閉鎖、アイ。
加給圧上昇」
「機関出力上昇中! 一一〇パーセント……一二〇パーセント……一三〇パーセント……」
「アークディメンジョンへ!」
レクシーの言葉と同時に、宇宙が歪み白く染まった。
「さあ、戦場へ急ぎましょう」




