帰らざる旅路3
結局、十分ほどに渡って話が進まなかったのでエレーナが自分で破いた。
「《リジェネレイト》デプロイ」
アベルが魔法で手っ取り早く、エレーナの傷を塞ぐ。
《リジェネレイト》は、回復魔法群第二類に属する高等回復魔法である。
ラーズやレイルが運用する第一類が、放っておいても治る怪我を早く治す。つまりただの自然回復の加速なのに対し、アベルが今運用している第二類の魔法は、魔力による組織の再生。である。
第二類の上位魔法を用いれば、相応のコストがかかるが欠損した手足でも生やすことが可能だ。
ちなみに、世の中には第三類と呼ばれるさらに高度な回復魔法も存在するが、これを使える魔法使いはここにはいない。
《リジェネレイト》は、比較的低級の魔法に属するが、それでも銃創を復元する程度は余裕である。
わずか三〇秒ほどの施術により、エレーナの傷は完治した。
「んー。どうかな?
傷跡が残るかも? まあ、こっから先は整形外科とかに頼む領域だな」
エレーナの傷のあったところを、濡らした布……破いた袖だが……で拭いながらアベルが寸評を述べる。
ラーズがチラリとみると、さすがはアベルと言ったところか。傷はきれいさっぱり消えていた。傷跡と言われなければわからないだろう。
「……アベル。ラーズ。南を……」
レイルが南の空を杖で示し、続ける。
エレーナを無視しているのは、戦力としてカウントしていないからだろう。
実際ラーズも戦力とは考えていない。
「これは、思ったより良くない状況かもね……」
夕闇が迫りくる南の空が、赤く照らし出されていた。
南にあるのは、世界有数の大都市フリングスロウブ市である。
そして、ピピ。という電子音。
どうやら、ラーズ以外も同じようなメッセージを受けたらしく、各々の情報端末を確認する。
「……携帯電話網がオフラインになったね
まあ、どっちみち誰も応答しなかったし、クラウンのサーバもダウンしてたからあんまり状況は変わらないけどね」
どうやら、レイルは先ほどから外部ネットワークとの通信を試みていたらしい。
そして、誰とも通信できなかったのだろう。
「クラウンって物凄い数のスタッフが居るんじゃねえの?」
「まあね。ボクについているだけでも百人くらいのスタッフが居るけど。センターの電源が落ちたりしたらアウトだからね」
ラーズの問に答えながら、レイルはラーズの横を通り抜けてアベルの方まで歩いていく。
「……これは……侵略か?」
「だろうね」
振り返って聞くアベルにレイルは答える。
「……」
全員が沈黙した。
正直、つい数時間前まで帰るところが無くなるような事態は全く予想していなかった。
この星。センチュリアは基本的に平和なのである。それは、すべての戦闘行為がバッドゲームズによって代替えされている為である。バッドゲームズの枠内で起こる戦闘はすべて管理されており、少なくとも事前に設定されている区域の外で破壊行為は発生しない。
そして、バッドゲームズの枠外で戦闘を行えば、バッドゲームズに協賛する国家、企業、個人あらゆる経済システムから孤立する。
「ボクはフリングスロウブに帰るよ。
まずは魔導師倫理審査委員会に行くことにする」
魔導師倫理審査委員会というのは、魔法使いの保護組織である。主要な存在理由は、政治的な圧力から魔法使いを守る事であるが、今回のようなシチュエーションなら物理的にも守って貰えるだろう。
現実問題として、現状一行が向かうべき先は大雑把に二つしかない。一つはレイルの言った魔導師倫理審査委員会。もう一つはエルフの長老院。長老院はここから北、プロテクティブウッズ……あるいは守りの森と呼ばれる地域にある。
問題として、長老院はエルフの組織であるので、ラーズやエレーナは問題ないにしろアベルとレイルを保護してくれない可能性が考えられる。
こんな時になにを言っているのか? と思うかもしれないが、こんな時だから排他的になるのである。
「……まあ、この場合はそうならざるを得ないだろうな……
あーあ。またややこしい事に巻き込まれたな。
ちゃんと収束するんだろうな」
ラーズは誰にともなく言った。
魔導師倫理審査委員会をチョイスしたレイルに同意せざるを得ない。
「アベルはどうする?」
「ん? お前らと一緒に行くぜ。
支援型の魔法使い無しとかイヤだろ?
オレも前衛無しとか嫌だし」
「だよな。
エレーナは……できれば、ここで死んだふりでもしといてもらいたいが……」
この場にいる四人の中で、飛べないエレーナは著しく進出能力が劣る。
そうなると誰かが運ぶ事になるわけだが、飛べる三人の中で最大のペイロードを持っているのはアベルなので、必然的にアベルがエレーナを運ぶ事になる。
しかし、アベルは空を飛ぶのに自分の翼を使って航空力学的に飛んでいるので、エレーナを抱えるとこれが空気抵抗になり巡航速度が落ちる。運動性能など考えるだけ無駄なレベルになるだろう。
「ぇぇ……
……できれば、その。連れて行ってもらえると……」
そう、エレーナが口を開いた瞬間。
「……敵だ。北東方向!」
ラーズが森の方を指さし、剣を抜く。レイルもまた錫杖を構えた。
「あー。置いていく、って訳にも行かなくなったな」
「適当にやりあったら、飛んで逃げるよ。
ラーズが前衛。ボクがサポートする。アベルは防御メインで立ち回って、いい感じになったらエレーナ抱えて最初に逃げて」
「オッケイ。それでいいぜ」
……しかし、奴らどうやってここを嗅ぎつけた?
ラーズは思った。最初の接敵以降、レイルが広域に渡って探知妨害をかけている。レイルの魔力は現状のセンチュリアにおいて実働している魔法使いの中ではトップグループに属する。
その莫大な力に支えられている索敵妨害を破って、果たして索敵など可能なのだろうか?
そんなラーズの考えを破って、ポンというコミカルな音が響く。
ワンテンポ置いて、ヒーンという風切り音。
「……なんか飛んでくる?」
アベルがそんなことを呟いた直後、四人の真っただ中で爆発が起きた。
エレーナ以外の三人は、爆風の威力が保護障壁の防御力を上回らなかった為に、実質的にノーダメージである。エレーナも爆風の大半を保護障壁で軽減したため、吹っ飛んで転がった程度だ。
「あーあ。せっかく治したのに」
とはアベルのボヤキである。
さっき回復魔法で治したのに、と言っているのだろう。
アベルに限ったことではないが、強力な回復魔法を運用する魔法使いは、怪我に対して無頓着である。輸血が必要になるレベルの大けがや、外科的な手術を必要とするものでもない限り、魔法で対処できる所以だ。
「散開!
アベル付いてこい」
「応!」
ラーズが前方の森に突撃。アベルが続く。
レイルはその場待機を選択。魔法探知と探知妨害両方にリソースを割いている為だろう。
……永続タイプの魔法二本か。食えねえ奴だな。
ラーズの率直な感想である。ラーズもアベルも維持コストを要求し続ける魔法を2本同時に維持する事などできない。無論レイルの持つ最新鋭VMEであるSPRiTーLE401の性能に依るところもあるだろうが、レイル自身の性能が不要な訳はないのである。
「アベル! ラーズ! 気を付けて!
魔法探知に何もかからなさすぎる」
後ろから注意を促すレイルの声。
だからと言って、ラーズはどうにもできない。
危険はアベルが排除してくれることを期待するのみである。
森が揺れた。
少なくともラーズはそう思った。
「!?」
何が起こったのか、わからないうちにアベルに横に突き飛ばされ、ラーズは地面に転がった。
ラーズを突き飛ばした反動で、アベルは反対側に転がっている。
それを確認した直後、アベルとラーズの間を遮る形で大木が倒れてきた。
モンスターの出現。
ラーズはそう予想したが、違う。
森の木々を薙ぎ払い、出現したのは人の形をした物だった。
そう。物。である。
それはマシンだと、ラーズは理解した。
二足歩行。人類の姿を模した、身長三.五メートル程の機械。
「-っ!」
その機械は、ほとんど無音のまま3本の指で、倒木をつかみ降りまわす。
それはそれは凄まじい光景である。チープなSF映画のような現実感の無さがかえって恐怖を増幅させる。
機械が倒木をラーズに振り下ろす刹那。その腕の付け根の辺りに巨大な氷柱が突き刺さる。
《アイシクルスナップ》。アベルの魔法だ。
この魔法によって生じた氷柱は、接触した物から一定時間熱を奪い続ける。
そのスキに、ラーズは転げるようにその場から離れた。
「なんだコイツ!?」
「……キングダムのアーティファクト……っぽくはないね。
なんていうか、キングダム特有の美学が見られない」
近寄ってきたレイルが言った。
ラーズも同意見だった。目の前の機械にはキングダムのドクトリン、と言われる兵器運用思想が見られない。これはキングダムとは違う思想の下で生まれた機械であると言えるだろう。
ならば、この機械はどこで生まれたのだろうか? 現在のセンチュリアの工学レベルでは、このような二足歩行の機械を作ることはできないだろう。
ラーズがテレビかなにかで見た情報では、ギリギリ二足歩行と呼べなくもないレベルの動きをさせるのがやっと。今目の前の機械がやって見せたように、数トンはあろうかという倒木を振り回すなど不可能だ。一〇〇年経っても無理かも知れない。
ありそうなのは、どこかの国が秘密裏に開発したマシンで、世界征服に乗り出した。と言った辺りか。
「さて、困ったね。
どうしようか?」
本当に困っているのか、ラーズには判断がつかなかったが、レイルはそう言って錫杖を構えた。
「どう、って。ぶっ飛ばす以外に何かいい考えがあるのか?」
ラーズの答えにレイルは笑った。
「そうだね。
……じゃあ。ぶっ飛ばそうか」
レイルの言葉が終わる頃、アベルの突き立てた氷柱が消滅する。
効果時間が終了したのだろう。機械は特に変わった様子もなく動き続けている。
……《アイシクルスナップ》が効かなかったってことは、内部に相応の熱源があるって事か……
《アイシクルスナップ》が継続的に熱を奪う以上、少なくとも霜ぐらいは付くだろう。それがないという事は、奪われる熱以上に発熱しているという事だ。
……なら、つぶせるな。
そうラーズは考えた。
魔法の準備を始める。こういうシチュエーションで、『相手の出方を見る』などというのは悪手である。初手から最大火力の魔法で攻める。それがセンチュリアの魔法使いのドクトリンである。
「《ブラスト=コア》デプロイ!」
「やっぱそうじゃないとね。
《テストコード・12》デプロイ!」
ラーズに合わせて、レイルも魔法を展開。
いかにも実験中というヤバい気配の代物だ。
レイルは、何気なしに杖の先端にともった純白の光の玉を放った。
ウン。といううなり音とともに、その効果が発動する。
白い何かが広がったかと思うと、機械の一部分が文字通り消滅する。
しかし、狙いが甘かったのかそもそも効果範囲が安定しないのか、その効果は機械の腕の一部と胸の装甲を削ったのみ。
言うまでもないが、これはバッドゲームズのレギュレーション外の魔法である。
腕と胸の装甲を失いながらも、その機械は動き続ける。
てっきり油か何かを派手に噴き出す物、とラーズは考えていたがそうではないらしい。
……まあ、カンケーないけどな。
ラーズは追撃の|《ブラスト=コア》を放った。
こちらは、純粋に熱と爆風を相手にたたきつけるダメージ魔法である。純粋な熱と爆風故、それを防ぐには物理防御しかない。
《ブラスト=コア》は、ちょうどレイルがえぐった機械の胸部に命中。大爆発を起こす。
爆圧に耐えられなかった、機械はもんどりうって倒れた。
直後に胸部の装甲が開き、中から人が飛び出してくる。
「……有人だったのか。これ」
言っているうちに、その機械は爆発した。
といっても、部品が飛び散る程度のしょぼい爆発である。
「これで終わり? まさかね」
頭の上でクルりと錫杖を回し、レイルが呟く。
「……なら、今が逃げる時だろ」
これはアベルの声。
既に返答を待たずに、エレーナの方に駆け寄って腰の辺りを抱えて上空へ舞い上がる。
「戦術的撤退だ。行くぞレイル」
ラーズもそれを追う。
敵の絶対数は相当多いと予想されるので、流暢に次の敵を待ってやる義理はない。
数で負けているなら、個々の戦闘力で優っていても、いづれ負けるのは自明。
戦力とは、魔法使いの性能と数の積である。それがセンチュリアの魔法使いのドクトリンだ。