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魔法使いたちの宇宙戦争 ~ ユニバーサルアーク  作者: 語り部(灰)
魔法王の記憶 冒険者の記憶

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魔法王の記憶 冒険者の記憶16

◇◆◇◆◇◆◇


 戦闘区画を後にして、アベルは通路を先に進む。

 通路は五〇メートル程まっすぐに伸び、左に折れる。

「……すげえな……」

 床は磨き上げられた大理石のような白い石、壁は漆喰に金の装飾。

 それは、まるで芸術品だった。

「魔法王の墓……」

 キングダムの歴代の王で、最後にここに葬られたのはレオ九世。これがやく三七〇年前。

 ここに到達したのはアベルが三七〇年ぶりかも知れない。

「いや、辻とか言うヤツが来たのか」

 アベルはそう思いなおした。表現不可能な感覚が巻き起こる。

 それらを全て、どこかに押しやってアベルは歩を進めた。

 床には、チリの一つも落ちていないし、壁に汚れも見当たらない。まさに完璧な状態であると言える。


 キングダムの起こり。

 魔法文字であり、キングダムの公用語でもあるプライマルエルブンにより、その名盤は記述されていた。

 名盤の上には、見事な絵画。下には説明文と思しき文字列。

 アベルはそれらを携帯端末のカメラで撮影した。

 画像は保存され、プライマルエルブンを翻訳するか? という選択ウィンドウがアベルの目の前に出現する。

 プライマルエルブンは神代の言語である。極めて複雑な文法構造を持つこの言語を、生で読むことはアベルにもできない。

 当然翻訳はするので、アベルはオプションボタンから翻訳相手を東部標準のエルフ語に設定した。

 その名が示す通り、プライマルエルブンはエルフ語なので、翻訳相手はエルフ語が望ましい。エルフ語同士なら翻訳による情報の欠落が起こりにくいからだ。

「最初の魔法使い……か」

 絵画に描かれているのは、厳めしい顔つきの男が杖に光を灯している様だ。

 この男こそ、初代魔法王である。名前は……わからない。

 アベルは歩を進めた。


 試験管とフラスコの時代。

 魔法と生命の研究。魔法を扱う上で必ず遭遇する問題の一つである。

 キングダムの優秀な魔法使いたちは、この時代に人工生命の創造、すなわち魔獣の製造技術を獲得した。

 時の魔法王は、不死王として伝えられるグレイム一世。

 生命の研究を強く推し進めたこの不死王は、配下の魔法使いに暗殺されてその生に幕を下ろした。


 旅人の時代。

「これは……」

 それまでいくつもの壁画の前を通り過ぎてきたアベルだが、その絵画の前で初めて足を止めた。

 その絵画は奇妙だった。

 空から降り注ぐ光と、それを崇める人々、そして光の中心に一人の人物が描かれている。

 まるで神様が降臨したかのような構図である。

「……雲の無い夜……遥かより来たり……旅人……道標……高きところ」

 アベルは口に出して、ざっくりとプライマルエルブンによる文章を読み上げた。

 続いて、携帯端末が示す訳文も見る。

「星々の道しるべを辿り、旅人は空より現れり……か。コイツっぽいな」

 キングダムの暦を確認し、アベルは何年前かを暗算する。

 約五四〇年前。

 地球の暦では、西暦二四〇〇年代半ば。

 地球では大体二六世紀ごろからが宇宙開拓時代と言われている。つまり、その先駆けになったのが、この旅人。

 その前提でもう一度絵画をよく見てみると、光の中に描かれている人物の服装は、半袖の上着に太もものあたりが膨らんだズボンという姿だった。

「イギリス人か……」

 アベルは旅人の服装が、イギリス陸軍のそれに似ていると判断した。

 実際アベルが地球の歴史を調べた際に見かけたイギリス人の探検家たちは、皆そんな姿をしていたので、間違いはなさそうである。

 ……五〇〇年以上前に、宇宙人が来ていたとは……

 それ自体は、聖域海戦の前夜にラーズがメートル法を根拠として主張していたし、アベルも一旦は納得していた。

 しかし、宇宙人がやってきた。などという話は理屈で納得できても、感性で納得ができないのだ。

 アベルが読んだ色々な文献に置いて、イギリスは多くの探検家や冒険家を輩出している。

 これは、地球の全容が分からなかったようなずっと昔、イギリスが先進的で冒険的な国家だったという事だろう。

「……つまりずっと昔に、センチュリアは地球人に入植されてたのか……」

 こうなると気になるのは、センチュリアに元々人間が居たのか? という疑問である。

 アベルはこれはノーであると考えた。

 つまり、センチュリアに住んでいる人間というのは一〇〇パーセント、地球人という事だ。

 地球に地球人しか居ないように、センチュリアにはセンチュリア人……つまり、エルフしか居なかった。そう考える方が自然である。

 ……五〇〇年ちょっとで二〇憶人オーバーまで増えるとは、恐れ入るぜ……

 ここでアベルにある疑問。

 なら、ドラゴンは何処から来たのか? である。

 答えは決まっている。ドラゴンはエッグから来たのだ。

 そして、ドラゴンはキングダムから魔法の秘密を盗み出し、一部はそのまま魔法使いとしてキングダムに残った。

 ドラゴンの方はおおむねこんな感じの話のはずだ。

 ここまで来ると、ドラゴンと人間の差が目に行く。

 ドラゴンは魔法の力をエッグに持ち出したのに対して、なぜ人間は秘密を地球に持ち出さなかったのか、という事である。

 片道切符の冒険家が、センチュリアにたどり着いたことを地球人は認識できなかったのか、あるいは何か別の秘密があるのか。

 疑問は尽きない。

「……やっぱり、ラーズと情報を突き合わせないと、全部は分からないな……」


 その後も、アベルは夢中でキングアムの歴史をむさぼった。

 知っている事もあれば、知らない事もあった。

 これらの真実に触れられるのは、魔法使い冥利に尽きるという物だろう。

 ……そういや、この奥はどうなってるんだ?

 こちらはこの建造物の構造に関する疑問である。

 通路が豪華な石造りになってからこっち、分かれ道はなかった。

 あるのは、王の遺体を安置している封印された扉のみである。

「王様が死ぬたびに奥に掘り進めてたのか? キングダム」

 入口に一番近い墓が、最初の王だったので、その可能性はある。

「まっ、行けばわかるか……」

 どのみちアベルは一番奥まで一通り確認を行うつもりだった。

 キングダムの情報を集めるためでもあるし、シルクコットを探すためでもある。

 今、アベルが居るところは、四〇〇年ほど前の王の墓である。

 キングダム崩壊が三四〇年前。最後の王がこの墓に葬られたという事はないだろうから、もうそろそろ最後の墓だ。

 アベルはふと足を止めた。

「?」

 別に何があったわけでもない。

 ただ、何かが変質したのを感じたのだ。

「……レイルが、グレイマンを倒したのか……?」


◇◆◇◆◇◆◇


 レイルが賢者の杖を左手に構えながら、滑るように飛ぶ。

 目指すは、走り去ったアベルを追おうとしている辻という男だ。

「おっと、戦闘中に敵に背を向けちゃいけないね」

 アベルが辻の注意を引くことまで考慮して走り去ったのかは不明だが、レイルにとっては好都合である。

 無論、レイルの実力をもってすれば、辻もマンティコアもねじ伏せる事は容易いのだが、アベルの関係者にあまりアークポータルに対してアクセスしているところを見せたくない。

「《エクスプロージョンブリット》デプロイ」

 アークポータルに接続しない通常版の《エクスプロージョンブリット》である。

 設定は近接信管、中威力設定。

 閉鎖空間であまり威力を上げると、シャーベットとかいうふざけた名前のドラゴン辺りが衝撃波で死ぬかもしれない為、威力は抑え目である。

 辻は振り向いた。

「へえ?」

 思わずレイルは感嘆の声を上げた。

 辻は手にした軍刀をレイルに向かって投げたのだ。

 投げた軍刀ごときがレイルに刺さるなどという事はありえないが、やや鋭敏に設定されていた《エクスプロージョンブリット》の近接信管がこれに反応、炸裂する。

 爆風で閉ざされた視界を突き抜けて、辻が迫る。

 視線が通らなくなった時間を利用して、軍刀も拾いなおしたらしく、それを右手に構えている。

「いいね」

 レイルは称賛の言葉を口にした。

 例えば、これがラーズあたりだったら、こんな風に反応はできなかっただろう。

「……でも、おしいね」

 振り下ろされる軍刀をレイルは左手で受けた。いや、正確には左手の先の保護障壁だが。

 差し出したレイルの手の先、おおよそ三センチで軍刀は思となくピタリと停止。

 それ以降はピクリとも動かない。

「ぐっ……」

 辻の顔に浮かんだ焦りの色をレイルは確かに見た。

「グレイマンになんか、関わらない方が良かったね?

 グレイマンに関わっても、アークの本質に到達することはできないんだよ」

 言いながら、レイルは賢者の杖の先端を辻の胴体に撃ち込む。

「《エクスプロージョンブリット》デプロイ」

 吹っ飛んだ辻に対して追撃の《エクスプロージョンブリット》を放っておいて、レイルはグレイマンに躍りかかる。

「アークポータルにアクセスしたんだ。せっかくだからその力、ボクに見せて欲しいね」

 レイルにはわかっている。

 アークポータルから得られた力の運用は、魔法に準じる。つまり、これを戦闘に用いる場合、その運用は魔法と同じになるのだ。

 魔法は一連の戦闘行動の一部に過ぎず、魔法の力だけがいくら強くても、戦闘時の運用に耐えなければ無いのと同じである。

「アっ……《アークポータルコネクター》」

「遅すぎるね」

 グレイマンが慌てて防御を展開するより速く、レイルは間合いを詰め切った。

 例えば、これがアベル辺りなら、魔法の使用を放棄してでもレイルから離れる選択肢を選ぶはずだ。ラーズなら剣を構えて格闘戦の構えに入るかも知れない。

 魔法はセンチュリアの歴史と共に磨かれた、いわば文明そのものである。

 それをただ強い力を手に入れたから運用できる。などと考えるのは愚かな事と言える。

「《フラッシュインパクト》!」

 レイルが賢者の杖の先端でグレイマンを突くと同時に、辻に向かって放った《エクスプロージョンブリット》が爆ぜる音がした。

 グレイマンは体をくの字に折って、悶絶する。

「小僧! 貴様!」

 《エクスプロージョンブリット》でボロボロになった辻が声を上げる。

 《エクスプロージョンブリット》の威力は、大体大型車に体当たりされるくらいというのがレイルの感覚なので、この辻と言う男は中々のタフガイと言えるだろう。

 だがレイルは、辻を無視した。

「いちいち《アークポータル》に接続してるんじゃ、遅いね」

 レイルの考えでは、魔法と言うのはアークの取り扱いをマニュアル化すると同時に、限界まで簡略化した物だ。

 戦闘時において、時に魔法使いは自分の用意した魔法を放棄しなければならないシーンに遭遇する。

 グレイマンはレイルに対して魔法による迎撃を選択するべきではなかったのである。

 レイルは一瞬でグレイマンとの間合いを詰めると、その顔面を右手で掴んだ。

「さようなら。

 《アークポータルコネクター》

 《リリース・インテグレート》デプロイ」

 《リリース・インテグレート》は、分子同士の結合を阻害する極めて高度な魔法である。

 故に有効な防御手段はなく、防御できなければ、その体を構成する分子構造が破壊されて塵になって消える。

 グレイマンの体が万色の輝きを放ち、そして消えた。


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