魔法王の記憶 冒険者の記憶6
微妙にタイミングをずらした熱線が三連射、アベルの後方へ流れていく。
だが、そこまでだった。
四発目が、アベルの右の翼をかすめた。
かすっただけとは言え、十分なエネルギーのあるそれはアベルの姿勢を崩すには十分だった。
体勢を立て直す間もなく、第五射。
「《ウィンドグレネード》デプロイ!」
不自然な体制から、エレーナが魔法を放つ。
熱線を迎撃する意図だが、効果は疑問であるとアベルは思った。魔法には相性という物があるのだ。
実際、《ウィンドグレネード》は熱線に接触したが、一方的に貫通されて爆ぜた。
……でもこいつなら……
パイロヒドラの首は全部で七つ。威力の落ちた第五射をやり過ごせば、あと首二本分。
アベルは《ウォースカイ》の魔法をリリース、翼もたたんで下に落ちる。
第五射は外れた。
……第六射は《ウォースカイ》の再起動で避けて、第七射を魔法でもう一回防御する!
「《ウォースカイ》デプロイ」
しかし、キングダムの魔獣のポテンシャルは、アベルの想像を超えていた。
第六射から第十一射まで七発が一斉に放たれる。
「!」
つまり最初に熱線を吐いた首が、既に次弾を放てる状態に戻っているのだ。
防ぐのは無理であると、アベルは判断した。
エレーナを川に投げ入れて、自分は大きく上に飛ぶ。
熱線の内、二閃が水面を薙ぐ。
もうもうの舞い上がる水蒸気を追い越して、アベルは飛ぶ。
……が、ツライか……
翼のすぐ横を、熱線が二発かすっていく。
次の一発が、保護障壁の表面を滑って流れた。
……ダメか。
「《マジックシールド》……」
悪手であるとわかっていても、アベルは防御魔法を使う事を選択。
直撃よりは多少マシ、という考えだ。
真正面から来た一発は、普通に防げた。
しかし、次の一発は中心の外した場所に命中。
なすすべもなく、アベルはバランスを崩す。
◇◆◇◆◇◆◇
「ドラゴンマスター!」
シャーベットが叫ぶのとほぼ同時に、体勢を崩したアベルに熱線が突き刺さった。
熱線の先で起こった爆発が、アベルの姿を隠す。
「っ!」
最大推力をかけて、シャーベットは橋げた陰から飛び出そうとした。
「ダメっ!」
抱えられているシルクコットが叫ぶ。
ほぼ同時に、シャーベットの眼前に、数条の熱線が降り注いだ。
「!」
慌てて逆制動をかけて、シャーベットは安全地帯である橋の下に戻る。
アベルもまた、エレーナ同様に水に沈んだ。
悪い事に、シャーベットたちが居る方が上流である。二人はどんどん流されていく。
「追わないと……」
とシャーベットは呟くが、具体的な施策はない。
先ほどの熱線にしても、当たらなかったのはパイロヒドラの狙いが外れていたからに過ぎない。おそらく、パイロヒドラはアベルの加速性能をベースにシャーベットの未来位置を予想して熱線を放ったのだろう。
シャーベットの絶対出力の低さに、シルクコットの重量が加味されて加速が悪かった事が攻撃が外れた理由に過ぎない。
「シルクコット……その辺の柱に足場、作れる!?」
「アンカー打ってぶら下がるから、もう少し上の壁に寄せて。
それと、わたしを下ろしてどうする気?」
「どのみち頭の上に化け物が二匹居るんじゃ、ジリ貧よ。
わたしが飛行魔法つかって引き付けるから、何とか自力でよじ登って逃げて!」
シャーベットとしては、このまま川に飛び込むという選択肢も考えたのだが、水温などを加味すると現実的ではない。
低温の水に長時間漬かる事になれば、シルクコットは重大なダメージを追うだろう。
もっとも、それはエレーナも大差ないはずだが。
「オトリになる、ってのは同意できないわね」
シルクコットが反論するが、シャーベットに取り合う気はない。
ドラゴンプリーストであるシャーベットは、この辺りでアベルに対して実績を示す必要があるのだ。
……ルビィが手柄を上げている以上……!
喉元まで出かかったその言葉を、シャーベットは何とか飲み込んだ。
「さあ!」
シャーベットが促すと、それでもシルクコットは壁にアンカーを打ち込んで、そこにぶら下がる。
「言っとくけど、最初の六人の誰が居なくなっても、今のアイオブザワールドは耐えられないのよ。
それを忘れないで」
いつになく真剣にシルクコットが言う。
「手柄を上げるために死ぬ気はない……とだけ言っておくわ」
そう言って、シャーベットはふわりとその場を離れた。
最大出力で一気に、橋の上まで上昇する。
パイロヒドラに狙われてやる言われはないので、シャーベットは普通のヒドラを盾にすることにした。
方法はいたって簡単だ。
ヒドラを避けて、元来た道を戻るだけである。
ここまでの道は、大して複雑でもなかったので、最悪入口まで戻る事も可能だ。
もちろん、うまくヒドラとパイロヒドラを撒く事ができたら、さっきの橋まで戻る算段もしている。
「さあ、ついてらっしゃい!
《氷の矢》デプロイ!」
パイロヒドラの注意を引くために、一発魔法を撃ってからシャーベットは元来た道に飛び込んだ。
◇◆◇◆◇◆◇
何かを引きずるような音が去っていく。
ヒドラ……というよりそのベースになったトカゲはほとんど足音を立てないが、尻尾などを引きずっているため、多少は音がする。
頭の上が静かになったのを確認して、シルクコットは鉤付きのロープを上に放り上げた。
鉤が引っかかるべき橋が真上にあるので、なかなか上手く引っかからないが、四度目の挑戦で鉤が橋の淵にかかった。
「……大丈夫そうね……」
ロープを何度か引っ張って、鉤が外れない事を確認してから、シルクコットはつかまっていたアンカーから離れた。
後は専用のモータで体を引っ張り上げるだけだ。
十分なトルクが確保されたモータは、装備品込みで一二〇キロを超えようかというシルクコットをぐいぐいと引っ張り上げる。
「さすがね」
大トルクを発生させる先進的なモータに、シルクコットは感謝の意を述べた。
おそらくモータの開発者が聞いても、何とも思わないだろうが。
「さて、どうしようかしら?」
この場合、シャーベットを追うか、先に進むかの二択という事になる。
……まあ、奥ね。
アベルとエレーナは行動可能なら、最深部の王の墓を目指すはずなので合流を目指すなら奥へ進むのが正しい。
ただし、魔物の跋扈するダンジョンは単独でうろうろして楽しい場所ではない。
幸い、というのかどうかは意見の分かれる所だろうが、シルクコットが道に迷う事はなかった。
理由は簡単で、例によって王の墓に繋がっていると思われる道は、大型の荷物の搬入を想定していると思しき広さを保っていたからである。
もっとも、道が分かっても危険なモンスターが出てきた場合、シルクコット単独での対処は不可能であると思えた。
何しろ相手は、アベルクラスの魔法使いが全く歯が立たないような奴らなのだ。
シルクコットが歯が立つわけがない。
そして、それはおそらくシャーベットも同じだろう。
橋から三〇〇メートル程進んで、道は下り階段に突き当たった。
相変わらず通路幅は、七メートル程あり階段も同じ幅である。
「……罠とかは……ないわよね?」
独り言をつぶやきながら、シルクコットは階段を降りる。
三〇段ほど降りて、左へ折り返す踊り場を経由、そのまま下り階段が続く。
「……」
注目すべきは、この踊り場にキャンプの痕跡と思しき物が残されている。
「……件の墓荒しかしらね?」
階段の踊り場なら、開けている方向が一方のみなので、キャンプには向いていると思われる。
ここでキャンプした者たちも、そう考えたのだろうか。
そういえば、さっき襲ってきたアンデットは何だっただろう? とシルクコットは考える。
あれが墓荒しの一派だとして、仲間は何処に行ったのか?
センチュリアの歴史も、魔法のテクノロジーもわからないシルクコットには、一切分からない事だ。
つまり進むしかない。
「寒いわね……」
周囲の温度は、そろそろ氷点下に達しようかと所まで下がってきている。
低温で乾燥している環境は、確かに墓所としては適切なのかも知れない。
「こういう時は本当に魔法使いが羨ましいわ」
流石に耐えかねたシルクコットは、バッグから化学繊維のブランケットを取り出して、これをマントのように羽織る。
本当は体をくるんだ方がいいのだが、銃の取り回しに影響が出るので羽織るだけである。
ブランケット一枚を肩にかけただけでも、体感的な寒さは随分マシになった。
「……これなら、まあ我慢できるわ」
石畳の感じは、前のフロアから変わっていないが、何というか空気感とでもいうべき物が変わっている。
ここはダンジョン最深部なのだろう。
王の墓を守るモンスターという物も配置されているかもしれない。
……出会ったらどうしようかしら?
モンスターも怖いが、なんだかわからない人間も怖いのだ。
そもそも、聖域海戦から始まる一連の聖域奪還作戦はもう随分前に終了している。
その時にダンジョンに侵入したとされる墓荒らしが、いまだに活動しているのも意味不明である。
果たしてモンスターと人間、どちらがより危険なのか?
「まあ、両方ね」
肩をすくめて、シルクコットは歩を進めた。




