魔法王の記憶 冒険者の記憶4
キャンプと言えば聞こえはいいが、特に何があるわけでもない。
ダンジョン中では雨風を心配する必要はないし、ダンジョン内では派手に火を起こしたりすることもできない。
従って、ガスバーナーでレーションを温めた物を適当に食べて、適当なクッションを敷いて寝るだけだ。
適当に周囲にモーショントラッカーを設置すれば、見張りを立てる必要もない。
「ここでどれくらい潜ったんでしょう?」
「移動ログによると、大体五キロ程進んだ事になるな。
高度は六〇メートル程下がったから、ここは海水面より下だな」
シチューをすすりながら言ったシャーベットに、鶏肉の缶詰をつつきながらアベルは答えた。
鶏肉は甘辛くて、中々の美味だった。
「海面下なのに空気は乾いてますね?」
「確かに」
キングダムのテクノロジーの中には、現在は失われた物も結構な数があるという。
海面下に作ったダンジョンの漏水を、完全に止めるようなテクノロジーが存在するのかも知れない。とアベルは考えた。
……そういえば、プラチナレイクの洞窟も水面下だったな……
プラチナレイクの洞窟というのは、脱出船が収められていた洞窟の事である。
あの洞窟もキングダムの遺構だと考えれば、なるほど漏水を止めるテクノロジーは確かに存在するのかも知れない。
「……あの、ドラゴンマスター? さっき言っていたヒドラっていう魔獣、どんなヤツなんですか?」
「あんまり気にしてもしゃあないけど……
まあ、最大全長は十五から二〇メートル、体重は五トンから十トンって所で大蛇の首が三本から最大で八本くらい生えてる。
はっきり言って、小細工は一切抜きにしても、体当たりされただけで死ぬ」
当たり前である。
いつの時代も、質量は正義なのだ。
「そんなのどうしたら……?」
「アウトレンジから銃や魔法で攻撃、だな。
問題があるとすると、銃弾ごときが効くのか、とかヒドラは水系だからオレらの魔法が効くのか? とか色々あるが」
ヒドラは基本的に蛇なので、銃弾は通るとアベルは思っている。
しかし、ヒドラはキングダムの兵器でもある。装甲化されていないという保証もない。
だったら、適切な戦力を投射すべき。という意見がでるだろうが、運用できる兵力には限界があるのだ。
「どうしようも無いじゃないですか……」
絶望的な顔をしてシャーベットが呟く。
アベルもシャーベットも水竜なので、手持ちの魔法は当然水系だ。
エレーナは風系だが、これまた大型のモンスター相手には使いにくい系列の魔法なのは否定できない。
大体、エレーナに魔法での決戦能力はない。
「別にオレたちはモンスター退治に来てるんじゃねえんだから、逃げりゃいいんだよ。逃げりゃ」
アベルとしては、魔法王の墓所にあるという壁画を確認できれば目的達成なので、道中での戦闘をする必要はないと考える。
「という訳で、本日は終了。たっぷり八時間寝るように」
そう宣言して、アベルは床に転がった。
◇◆◇◆◇◆◇
キャンプ地からさらに数百メートル進むと、通路の様子が変わってきた。
通路幅が七メートル程に広がり、天井も五メートル程と高くなった。
「通路は広くなりましたが……」
ワースレイヤーを油断なく左右に向けながら、シルクコットは言う。
「何というか、違和感があります」
うまく違和感の正体をシルクコットは言語化できなかった。
なんというか、誰かのために通路を広げたわけではなさそうな気配。
だが、その言葉をエレーナが引き継いでくれた。
「……明らかに魔獣の運用を想定した広さよ。
そろそろ覚悟を決めた方がいいわね」
シルクコットの右隣りで、やはりワースレイヤーを構えつつ進むエレーナが言う。
こういったシチュエーションについて、エレーナは詳しいのだろうか? とシルクコットは思った。
よくよく考えてみると、エレーナがセンチュリアでどんな生活を送っていたのか、シルクコットは知らない。
普段の行動から、どんな生活を送っていたのかを何となく知ることのできるアベルと違い、エレーナはあまりそう言った事がないのだ。
「なにか……あります」
通路の右側に、部屋があった。
エレーナはその部屋を覗き込みながら、声を上げる。
それを聞いて、シルクコットは周囲に注意を配った。
こういった興味を引くものを置いておいて、その隙に死角から攻撃する。古典的な戦法だ。
「人骨だな……新しいぜ」
アベルはホロタブレットに取り付けたセンサーで、人骨を調べたようだ。
「人間、何とびっくり地球人だ。
センチュリア開放戦に乗じて上陸した賊だな」
「確かに、これは大日本帝国陸軍の軍服ですね……ここで何があったんでしょう?」
「うーん……シャーベットはどう思う?」
突然アベルが話を振る。
「えっ!? わたしですか?
……ええと。骨の破損具合などを見ると、モンスターに襲われたのではないかと推測します。
おそらく、その地点ではこの死体はまだ生きていて、ここで治療を試みたものの果たせず、遺棄されたのではないかと」
おずおずとシャーベットが答える。
それはおおむねシルクコットの結論と同じだった。
「まあ、いい所だな。
つまり侵入者の血の味を知った文字通りの化け物が、この辺に居るって事だ」
「わたしとしては、モンスターもさることながら、進入している地球人が気になります。
……聖域開放戦から結構な日数が経っているので、生きて迷宮内に居るとは思えませんが……」
シルクコットは心配事を吐露する。
いつの時代も、一番怖いのは人間である。
「さすがに居ないと思うけどな……まあ、ここはキングダムの遺跡だかして……」
そこでアベルは言葉を切った。
理由はシルクコットにも分かる。
何者かの気配を感じたのだ。ほぼ同時にモーショントラッカーにも動体表示が出る。
「!」
慌ててシルクコットが振り返ると、通路のど真ん中に人影があった。
距離は十メートル強。
軍服を着て軍刀を右手にぶら下げている。
どう見ても友好的には見えない。
「武器を捨てなさい!」
レーザー照準器を軍人の額に向けて、シルクコットは怒鳴った。
ワンテンポ置いて、軍人の胸にもレーザー照準器が指向される。これはエレーナが狙っている場所である。
「……ぐっぐっ……」
軍人の口が言葉とも嗚咽ともつかない声を吐き出した。
そして、顔を上げた軍人の量の瞳が赤黒く光る。
一目で邪悪とわかる光だ。
「散開! ブレイクだ!」
アベルが叫ぶ。
それを合図に、軍人が躍りかかってくる。
十メートルの距離がジャンプ一回消える。
「くっ!」
シルクコットは身をひるがえした。
同時に、シルクコットと軍人を遮るように青白い光の壁が出現する。
アベルが魔法を割り込ませたのだ。
「《氷の矢》デプロイ!」
光の壁の手前で止った軍人に、シャーベットの攻撃が飛ぶ。
「リリース!」
タイミングを合わせて、アベルが光の壁を消す。
シャーベットの放った氷の矢の内の数発が、軍人を捉えた。
《氷の矢》の魔法は、それほど強力な魔法ではないが、現象だけで言えば五センチ程度の大きさの釘をブスブス刺されているような物だ。
それで死んだりはしないだろうが、戦闘継続能力を奪うには十分である。
だが、そうは上手く行かない。
氷の矢に貫かれた軍人だが、なんの躊躇も見せずエレーナの方に躍りかかる。
赤錆の浮いた軍刀が、エレーナに向かって振り降ろされる。
「《ダウンバースト》デプロイ!」
前もって魔法を準備していたのか何なのか、躍りかかる軍人をエレーナは魔法で迎撃。
エレーナが掲げた左手を下に振り下ろすと同時に、軍人がその場に叩きつけられる。
ワンテンポ置いて、シルクコットの所にも突風が来た。続いて強烈な耳鳴り。
今の攻撃が、風系の強力な打撃魔法だった事が分かる。
エレーナは倒れた軍人に容赦なく、ワースレイヤーの弾を三連射。
流石にこれで決着だろうとシルクコットは考えた。
いくら何でも至近距離で、ライフル弾を浴びて無事でいられる人間は居ない。
「ドラゴンマスター!」
だが、そう叫んで飛び下がったのはエレーナだった。
「効いてません! 指示を」
エレーナがなぜ攻撃が効かないと判断したのかは、シルクコットにもすぐに分かった。
氷の矢や、銃弾を食らったにもかかわらず、その軍人は一切出血を起こしていなかったからである。
「……こいつは驚いた……」
焦っているエレーナに対して、アベルは割と余裕のようだ。
「アンデットなんて、初めて見たぜ」
「……アンデットって、あのゾンビとかの?」
シャーベットが小首をかしげながら言う。
当たり前である。ゾンビなど創作物の中の存在である。
「いいや。こいつはビカム・アンデットっていう儀式魔法で生み出されるモンスターだ。
アンデットなんてファンタジーな名前が付いてるだけで、本質的には魔獣と変わらない魔法使いが作ったモンスターだよ」
肩を竦めるように答えてアベルは歩き出した。
「で、ネタがバレてれば、打つ手は無限にある」
さらにアベルが歩を進める間に、軍人も立ち上がる。
赤く輝く目と、異様に白い歯を見せて威嚇する。
「じゃああっ」
声なのか何なのかは不明だが、軍人はアベルに斬りかかる。
「ワンパターンだな……《フリーズブリット》デプロイ」
ここでアベルの天下の宝刀《フリーズブリット》である。
ヂッ! という音。
軍人は飛来する光球を、回避したつもりだったのだろうが、そういう訳には行かない。
《フリーズブリット》に搭載された近接信管が作動し、周囲に冷気をまき散らす。
「随分寒いから、中々効くだろ?」
真向から《フリーズブリット》の冷気に突っ込んだ形になった、軍人はその場に転がった。
ひんやりとした風が、シルクコットの所まで流れてきたことが、《フリーズブリット》の威力を物語っている。
「……事情を聴きたかったんだが……無理そうだな」
そう言ってアベルは、左の大腿部のホルスターからMP7を抜いた。
「まあ、銃弾じゃ有効打にはならないだろうけど……《アイスコフィン》!」
軍人のぼろきれのような軍服が、一瞬で氷に覆われて閉ざされる。
続いて、アベルがトリガーを引き、銃弾が氷を粉砕した。
確かに、これなら相手は氷もろとも木っ端みじんである。銃弾が効く効かないの次元の話ではない。
「流石はドラゴンマスター。お強いです」
「もっと褒めてもいいぜ?」
お世辞を言うシャーベットに、胸をそらすアベル。




