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魔法使いたちの宇宙戦争 ~ ユニバーサルアーク  作者: 語り部(灰)
東京条約

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東京条約16

 ガブリエルがロビーの中央まで進むと、件の女性が歩み寄った。

 ……めちゃくちゃね。

 とはエレーナの感想である。

 一国の主である、ガブリエルにどこの誰かもわからない女を近づけるというのは、不用心すぎるのではないかと思ったのだ。

 もっとも、近衛隊のスタッフや大日本帝国の警察官も結構な数が集まりつつあるのも事実だが。

「放っておいていいんでしょうか? ドラゴンマスター」

 エレーナはアベルの方を向いて聞いた。

 突然敬語になったのは、仕事モードになったからである。

「んー。いいんじゃないかなー?」

 ホロウィンドウから目線を外すこともなく、アベルが答える。

 こちらはまったく興味はないらしい。

「どうせ、まっとうな手段でマザーに危害を加える事なんかないから、ほっとけほっとけ。

 どっちかつうと、この国の人間の方が危ないんじゃないか?」

 有事の際、近衛隊はガブリエルが魔法で守るはずだが、帝国の人間には守ってくれる魔法使いが居ない。

 つまりそう言う事を、アベルは言っているのである。

 もちろん、エレーナはアベルに守ってもらえるので、安全だ。

 警備とはいったいなんだったのか。

「……まあ、ドラゴンマスターがそうおっしゃるなら……」

 アベルがそう言っている以上、エレーナができる事は濃厚なチョコレートケーキを口に運ぶことくらいである。

「甘くてビターでおいしい! やっぱり甘味は別腹ね」


◇◆◇◆◇◆◇


 キム・ヒョンヒと名乗ったその人間に対するガブリエルの最初の感想は、小さい。だった。

 古竜と人間を比べるのもナンセンスな話ではあるが、身長で四〇センチほど小さいヒョンヒはガブリエルからするとあまりにも小さかった。

「控えめに言って、内政干渉ね」

 ヒョンヒ曰く、緒戦半島の独立の為に力になって欲しい、という。

 しかし、それをガブリエルに言っても仕方がない事である。

 現状、朝鮮半島は満州国の領土であり、そこにガブリエルが干渉することはできない。

 この場合の干渉とは、実質的な侵略戦争を示す。

 無論エッグは、地球の一地方の為に戦争をする余裕などないのは明らかだ。

 あるいは、この女性はエッグによるセンチュリア開放に、朝鮮半島開放の夢でも見たのか。ガブリエルはそう考えた。

 もっとも、それとて無意味な幻想にすぎない。なぜなら、センチュリアはエッグの領海内の惑星だからだ。決して、他所の国から奪い取った物ではないのである。

「用事はもう済んだかしら?

 立ち話もいいけど、近衛隊がうるさいのよね」

 封鎖どころか、行きかう人々の身元確認すらまともに行っていないロビーでの警備は、近衛隊にとって負担が大きすぎる。

「……そう、ですか……

 ご迷惑をおかけしました……」

 ヒョンヒは、肩を落としてトボトボと出口の方へ向かって歩いて行った。


「レザリック。本当にあんな事で、わたしに面会なんか求めると思う?」

「……人間の考える事は……わかりかねます」

 ガブリエルが声をかけると、レザリックは恐縮してそう答える。

「申し訳ありません。マザードラゴンのお手を煩わせてしまいました」

「いいわ。取り次ぐのがあなたの仕事なんだから。

 それより、わたしも何か食べようかしら」

 植え込みの向こうでケーキを突っついているエレーナを見つけて、ガブリエルは言った。

「それでしたら、部屋までお持ちしますので」

 どうもレザリックは、さっさとガブリエルを部屋に戻したいらしい。まあ、当然だろうが。

 とその時、ロビーが一気に騒々しくなる。

「緊急! 緊急! 不審物があります!」

 若い制服姿の警官が大声を上げている。

 丁度そこは、ヒョンヒが最初に立っていた辺りだった。

「あら? 何かしら?」

「マザードラゴン! お願いですから退避してください!」

 レザリックが半泣きになりながら懇願する。

「……なにかしら? ラジオ?」

 距離にして二〇メートル程離れていたが、ガブリエルにはそれが、手のひらサイズのハンディラジオのように見えた。

 確かに、そんな落とし物なら不審物である。

 具体的には爆弾だ。

 目線を泳がせたガブリエルは見た。

 スーツ姿の痩せた男が、件のラジオを見ている。

「レザリック!」

 ガブリエルはレザリックの首根っこを掴んで、自分の体の陰に入れた。

 ついでに、右の外側の翼で覆う。

「何を!?」

「《不可侵の花園》デプロイ!」

 レザリックの声には答えず、ガブリエルは魔法を発動させた。

 コストとして捧げられたひまわりの種が、一瞬紫色に輝いた後、塵になって消える。

 音は聞こえなかった。

 《不可侵の花園》は、絶対防御の儀式魔法である。破片も衝撃波も全て魔法が遮断する為、音もガブリエルまでは届かないのだ。

 だが、ロビーの天井が落ち、照明が火花を散らす。

 爆弾は相応の破壊力があったらしい。

「しかし、威力はいまいちね」

 レザリックを離して、腰に手を当てながらガブリエルは呟いた。

 爆心地の近くに居た警官も、重傷は負ったかも知れないが、床に転がってうめき声を上げている。

 つまりその程度の威力である。

 それはそうと、先ほどのスーツ姿の男が問題だ。

 見るとスーツ姿の男は、入口に向かって走り始めている。

「逃げよう、ってのは……ちょっとムシが良すぎるわね?」

 ガブリエルが言うと同時に、先ほどの爆発でなぎ倒された観葉植物……ガジュマルだ……の一つが、突然伸びた。

 もちろん、これはガブリエルが魔法的に干渉した結果である。

 その用途は明らかだ。

「うわっ」

 という声を上げて、スーツ姿の男が倒れた。

 伸びてきたカジュマルに足を取られたのである。

 慌てて男は、カジュマルを引きちぎろうともがくが、それは無駄なあがきであることは明白。

「無駄だからやめておきなさいな。

 そのツタ、ちょっとした鎖くらいの強度があるわよ?」

 ゆったりと男の元に歩み寄りながら、ガブリエルは言った。

 ちなみにガジュマルではないが、ガブリエルが同魔法でコントロールしている植物の引っ張り強度は楽に三〇〇キロを超える。

 人力でこれを切るのは不可能である。

 男は覚えた目で、ガブリエルの方を見上げる。

 ……怯えるなら、なんでドラゴンと戦おうとするのかしら?

 エッグは別に人間と戦いたいわけではないのだ。いつも戦を仕掛けてくるのは人間だ。

「!」

 一瞬ではあったが、ガブリエルに油断があった事は認めざるを得ない。

 ガジュマルで拘束された男が、反撃したり逃げたりするのは不可能であるという前提でガブリエルは考えていたからだ。

 しかし、その男の行動はガブリエルの予想とは異なっていた。

 どこからか取り出したカプセルを口の中に放り込んだのだ。

「被疑者が何かを飲んだぞ!」

「早く取り押さえろ!」

 警官たちが騒ぐ。

 だが、どうにも遅そうだ。

「自決用とは……」

 ガブリエルは呻いた。

 テロリストとしては、この男は中々良い仕事をしたのかも知れない。

 大騒ぎのロビーを見ながら、ガブリエルはそう思った。

 ……まあ、地球の領有権なんか知ったこっちゃないわね。

「そういえば……」

 ふと、思い出してガブリエルは喫茶店の方を見た。

 アベルとエレーナが居たはずだ。

 爆風は喫茶店にも十分届いたらしく、テーブルや天井の建材などが散らばるなかに、唯一無傷なテーブルで作業を続けているアベルと食べかけのケーキを守っているエレーナの姿があった。

 どうもアベルが魔法で防御したらしい。

 結果的にエッグ側としては、人的にも物的にも被害はゼロである。

「エッグ向けのテロとしては弱いわね」

 正直言ってガブリエルはアメリカのCIAなどが、直接誰か……もちろんガブリエル自身を含むわけだが……の暗殺を試みるのではないかと思っていた。

 わざわざある程度の隙まで作って誘っていたわけだが、残念な事に動きはなかった。

 元々そんな計画が無かったのか、あるいは大日本帝国の警備が想像以上に強固で身動きが取れなかったのかはわからないが。

「ワーズワースの予想も外れるもんね」

 ワーズワースの失点は二つ。CIAの暗殺が無かったこと。そして、レイル・シルバーレイクが出現した事。

 ……まあ、どっちもマイナスになるわけじゃないからいいわね。


◇◆◇◆◇◆◇


 そこは空虚な空間だった。

 水色と紫色の光が入り乱れ、方向という概念も距離という概念もない。

 レイルはその空間の事を、アークポータルと呼んでいる。

 人によっては、そこをアークディメンジョンと呼ぶかもしれない。

 そんな場所である。

「やあ、また来たよ」

 上を見上げて……どちらが上かはわからないが……レイルは、そこに居るかもしれない誰かに声をかけた。

「グレイマンの駆除は順調だよ」

 レイルの言葉に反応したのか、水色の光が揺れた。

 この光に意思があるのか、それはレイルにはわからない。

 しかし、観測できないだけで、やはり意思はあるのだろうとレイルは考える。

 だからこそ、レイルはそれに向かって話しかけている。

「……アジア圏のグレイマンは、結構な数を破壊したよ」

 レイルは言った。

 しかし、全滅させるにはまだ時間がかかりそうである。

 グレイマンにも色々のタイプが居て、小規模な組織に入り込んでいる個体を特定するのは容易い。

 しかし、政府や軍の上層に食い込んだグレイマンを特定するのは、なかなかに困難だ。

「次はヨーロッパだね」

 グレイマンを探す最も効率的な方法は、ロックフェラーのネットワークを使う事である。

 レイルの計画では、簡単に発見できるグレイマンを削りながらアークポータルの研究を続ける。

 それによって、現状発見できないグレイマンを探索するテクノロジーを蓄積する予定だ。

「……さて、ボクは行くよ……

 《アークポータルコネクター》」

 レイルは賢者の杖を少し持ち上げた。

 即座にアークポータルへ回路が生成されて、ユニバーサルアークが起動する。

 通常の魔法の発動プロセスとは異なるシステムを経て、膨大な魔力がレイルのほぼ障壁に流れ込んでくる。

「《フォービドゥン・ゲート》デプロイ」


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