魔法使いの本分13
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「陸さんも大変だなあ」
雪村は『戦風改』の操縦桿を調整しながら思わずつぶやいた。
十機ほどのヘリに護衛された車両の隊列が、留別から南東方向に向かって進出していく様子が、コンピュータによって合成された映像上で見て取れる。
……手伝ってやりたい所ではあるが……
残念ながら、偵察任務に就いている『戦風改』で戦闘に加わる事はできない。
この『戦風改』は現状、海軍全体の目である。
冬の択捉の夜は長い。夜明けはまだ遠い。
最初に動きがあったのはそれから十分後。
ちょうど、『戦風改』の機首が真北を向いたころだった。
時萌湖の東側で閃光。
「我が軍の戦力か?」
無論、そこで戦っているのはラーズなのだが、一パイロットに過ぎない雪村はそういった情報を持っていない。
……しかし、我が軍はなにと戦っているのだろうか?
時萌の東側は放棄された町と針葉樹林帯が存在するだけである。
『東雲』が搭載している誘導噴進弾の一発で、スパイ狩りは終了ではないか、と雪村は思う。
「……一人が戦闘車両と戦っているらしい」
電探席の沢田が言う。
こちらは、雪村よりもっと詳細な地上の様子が表示されているはずである。
「戦闘車両は我が軍の物ではなさそうだ。
と、なると戦っている一人が我々の味方、か」
それを聞いて、雪村は海軍特務隊のエージェントが戦っているのだろう、と考えた。
まさか、地上でロシア製の自走対空砲と魔法使いが全力で火力戦をやっているなど、想像もつかない。
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「……ちっくしょう! なんてもん持ち込んでやがんだ!」
スパイの隠れ家と思われる、温泉宿に近づいたラーズは想像を超える歓迎を受けた。
ソ連製の自走対空砲ツングースカⅡである。
ツングースカⅡは一言で言うと、装甲ホバークラフトでその武装は四〇mm四連装対空機関砲一門、一二.八mm機関銃四門。
四〇mmは考えるまでもなく、ラーズの保護障壁を貫通するし、一二.八mmも貫通するかも知れない。
ついでに、四〇mm対空機関砲は水平にも撃てる。
この自走対空砲はホバークラフトというのがミソで、雪の上でもある程度自由に走り回れる。
そして、タイヤ痕が残らない。
どのタイミングかはわからないが、海上を走って来てそのまま時萌の付近にそのまま上陸、潜伏していたと考えられる。
「くそ、どうするか……」
ラーズは自走対空砲から一〇〇メートル程距離を取り、適当な建物の影に陣取る。
どうするか? と自分で言っておきながらも、いい感じに射線が確保できれば《フレアフェザー》あたりで攻撃、撃破を試みる予定ではあったが。
しかし、顔を出せば撃たれる。
本来、音速の数倍で飛ぶ物体を撃つために作られた対空砲は、旋回速度も十分速いため死角に入るのも難しい。
現実的な選択は、一旦退却して陸軍による攻撃を待つことだが、虹色回路の確保ができない恐れがある。
いや、虹色回路が破壊されるのは最悪仕方ない。虹色回路はまた作ることが可能だ。しかし、行方不明は良くない。
行方不明では、誰かの手に渡ってもわからない。
……あと、ついでになゆ太か。
これも厄介である。こちらに至っては、また作ることもできない。
結局ラーズは、路地を縫ってそそくさと移動しながら、那由他を探す事にした。
自走砲に大技打ち込んで、効かなかった場合のリスクを考えると、こうせざるを得ない。
しかし、この隠密行動も問題がある。
積もった雪に足跡が残るので、敵に別動隊がいた場合、後ろから攻撃される恐れがあるのだ。
だが、利点もある。自走砲が走ってきた跡も残っているだろう。これを辿れば敵陣だ。
「……しかし、冷えやがる……」
自走砲が通ってきたと思われる道の一本隣を走りながらラーズは言う。
寒いと言ってもエアコンジャケットがあるので、まだまだ活動に支障はないのだが、ラーズとしては防水機能を失ったAiX2400の結露が心配だった。
水分で電源系がやられれば、下手すればそれで終わりになる可能性すらある。何しろセンチュリアのそれとはけた違いの性能のバッテリーを乗せているのだから。
「……あれか!?」
路地の角に背中を預けて、自走砲の出てきたと思しき建物の入り口を見る。
それは、三階建ての温泉宿だった。
この温泉宿は地下に駐車場があるタイプの建造物のようだ。
車両を隠すのに最適な構造と言えるだろう。
「まあ、とりあえず中の様子はどんなもんか……
《ディテクトファイア》……デプロイ」
……地下でなにか燃えてやがるな……
熱量からしておそらく発電機。センチュリアのそれとは随分趣が異なるが、熱を電気に変えるメカニズムである事は変わらないだろう。
……まあ、発電機と一緒に布陣してるとは思えないから、敵の防御陣地は一階より上って事になるな。
ラーズは考えた。
普通に考えると一階は防御に適さない。布陣するなら二階か三階。
屋上になにか乗り物を用意している気配はないので、この場合は三階に布陣している公算が高い。
「さて……どう攻めようか」
理想的には、敵に発見されることなく、虹色回路を確保。……ついでに那由他も確保。
そのまま脱出して、広域ダメージ魔法による殲滅という流れが望ましい。
その場合、外に出ている自走対空砲の扱いが問題だが、最悪逃げ回っていれば陸軍の攻撃部隊がやってきて蹴散らしてくれるだろう。
全体的にスカスカの計画だが、そもそもラーズには場当たり的な対応しかできないので、こればかりは仕方ない。
……問題は、どこから入るか、だよな。
敵側にラーズが飛べることがばれているなら、屋上から入るのは自殺行為である。
最悪ブービートラップで狩られる。
同様に窓から入るのもダメだろう。
それゆえ、ラーズは二階からの侵入を選択した。
スパイたちが出入りしている所ならトラップの類はない。という読みである。
あとは、訳のわからないハイテク感知装置などが無いことを祈るばかり。
「……《炎の矢・改》デプロイ」
ラーズは威力と効果範囲を最小に設定した《炎の矢・改》で、旅館の裏口のカギを打ち抜く。
間髪入れず、建物の中に体を滑り込ませる。
……暖かい……居るな。
確信した。
ラーズが入った場所は厨房の裏口だったようだ。
ステンレスのシンクがいくつか並んだタイル張りの部屋だ。
音を立てないように気を付けながら、ラーズは廊下に出た。
照明は落とされている。
音はしない。
……おそらく、このフロアには居ないな……
「……上か……」
現状の問題は、敵が結局何人残っているのかがわからない事。
一人ひとり確実に、静かに倒していく必要がある。
……これが苦手なんだよな。
何しろラーズの魔法の大半は、光ったり燃えたり爆発したりするのである。どう考えても隠密向きではない。
丁度、厨房の外には館内の案内図が張ってあった。
「従業員用の階段は……」
ここが宿泊施設なら、厨房から各部屋に配膳するルートが存在するはずである。
ラーズの予想では、そのスタッフ用の通路をスパイは使用している。
理由は簡単で、普通に入ってきた人間が普通に歩くと、来客用の通路を使うはず。ならばそこにトラップなりなんなりを仕掛けるだろう。
「……そこの鉄扉か……」
それは防火扉だったので、非常用階段を兼用しているらしい。
ラーズは、鉄扉をゆっくりと押し開ける。
人の気配はなし。
足音を殺して、階段を上る。
幸いリノリウム張りの床はほとんど音を立てなかった。
二階。
……さて……
ラーズは、二階の防火扉の前で立ち止まって息を殺す。
当初ラーズは、敵は二階に布陣していると考えていたが、扉の前まで来ての第一印象は二階は空。
人の気配は感じられない。
無論、侵入したことを検知されて、敵が潜んでいる可能性がある。
もっとも、それは一階も同じだが。
たっぷり十秒ほど時間をかけた後、ラーズは自分の考えを信じることにした。
ラーズの経験上、判断材料が無い選択は一番最初に思いついた事を選ぶのが、一番的中率が高い。
「……ここまで来て自分のカンと心中できなくてどうする」
自分に言い聞かせて、ラーズは扉に手を掛けた。
ぎりぎり通り抜けられるだけの隙間を作ったのち、ラーズは飛び込み前転で転がり出た。
かくして、そこに敵は居なかった。
しかし。
「……生活した後はあるな……」
防火扉の外は、エレベーターホールだった。
辺りは暗いが、非常灯でぎりぎりの視界は確保できている。
人の気配は、やはりない。
だが、ほこりの積もった赤カーペットの上に新しい足跡。
ビニール袋や紙パックなどが、あちらこちらに無造作に放置されている。明らかに誰かがここで生活していた形跡である。
……ふん。
ラーズは鼻を鳴らして腕を組んだ。
虹色回路や那由他の痕跡が無いか、とも考えたが、そんなものはなかった。
……まさか、殺されてない……よな?
虹色回路は那由他と一緒、というのが現状のラーズの前提である。
虹色回路のような小さなデバイスを単体で見つけるのは困難極まりない。
「三階か……」
本当は、二階を一通り探索すべきなのだが、時間がない。
陸軍の部隊が到着すれば、探索とかやってられなくなる。
三階。
二階と同じように、防火扉からラーズは転がり出た。
防火扉から出た先は、三階も二階と同じようにエレベータホール。
しかし、決定的な違いがあった。
黄色いプラスチック製の樽のような物が沢山並んでいた。
……これは、アレか?
散々警戒していたブービートラップ。
この黄色い樽が全部灯油かなにかだと仮定して、これに加えて適当な爆発物があった場合、その殺傷力はどの程度だろうか?
ラーズの保護障壁は極めて効率よく熱を遮断するが、衝撃に対する防御は平均的な性能だ。
つまり、これが爆発した場合、余裕で即死ラインである。
そして、これがブービートラップなら、部屋に入った瞬間に発動していると見ていいだろう。
結局。
「うわあ」
と、割と情けない声を上げてラーズは、窓に向かって走った。
窓は木の板で封鎖されているが、魔法で打ち抜けば問題はないだろう。
「《炎の矢・改》デプロイ! ……!?」
だが。
「魔法が……出ない」
……VMEが死んだ!?
ラーズは絶望的な気分になった。
原因は恐らく、外気で冷やされたAiX2400のフレームが暖かい屋内で結露、その水分でどこかがショートしたのだ。
「ワークエリアブリッジ・パージ! パージしろってんだ!」
使えないならVMEの接続を切断したいのだが、ワークエリアブリッジが中途半端に生きているらしく、機能を切断できない。
この状況では、ラーズが魔法を展開しても、その魔法はVMEがシグネチャとして取り出してしまうため、魔法を発動まで持っていけない。
もうこうなっては仕方ない。
ラーズは、窓を塞ぐ木の板に体当たりした。
大して厚くない木の板と、ガラスを突き破ってラーズは空中に躍り出た。
「南無阿弥陀仏!」
直後、背中から強烈な衝撃が襲ってきた。
ラーズは悲鳴を上げたが、ワンテンポ遅れてきた爆音がそれを飲み込んでかき消した。




