東京条約4
「マザードラゴンがご所望なのは最新鋭艦ですので、『ブラックバス』級のE2400やE4400は違うかと」
ぐっ。とアベルが小さく唸るのをレクシーは確かに聞いた。
「……いや……確か、先々週『ユーステノプテロン』級を何隻か近衛隊が受領した、って聞いたぞ」
それでもアベルが食い下がる。
よっぽど、アイオブザワールドから船を出すのが嫌なのだろう。
「ええ。よくご存じで、ドラゴンマスター。
しかし、受領した船はマザードラゴンを乗せる仕様にはなっていないので、不可能です」
ユーノに言い返されて、アベルはレクシーの方を向いた。
意見……というか助けを求めているらしい。
残念ながら助けるネタは無いのだが、発言しない訳にも行かないので、レクシーは立ち上がった。
「確かに、ドラゴンマスターの言う通り近衛隊は、『ユーステノプテロン』六隻を十日程前に受領しています。
この『ユーステノプテロン』……A3200型ですが、この船は騎士団仕様の物です。
近衛隊はこの船を最終的に騎士団に戻す前提で、暫定的に受け取っています」
レクシーは一気に事情を話して、いったん言葉を切る。
エッグの艦は、組織ごとに要求仕様が結構違う。
例えば内装に関して、アイオブザワールドが通常乗組員が立ち入る場所には全て樹脂パネルを張る事を求めているのに対し、近衛隊や騎士団は構造材むき出しでいい事になっている。
無論、近衛隊の船はVIPが乗るエリアには過剰な内装を施す。
つまり、今回近衛隊が受領したA3200は、VIP用内装を持っていないという事になる。
近衛隊が騎士団仕様の船を受領しているのには、もちろん訳がある。
「これは、近日中に予定されている第四世代艦による、長距離航海訓練のための措置になります」
何しろこの長距離航海訓練自体、レクシーは計画した物だ。
アイオブザワールドだけで訓練をするより、騎士団や近衛隊を加えた方が訓練コストが圧縮できる為、他の組織にも声がかかっているのである。
当然ながら、アベルもガブリエルもこの件に関してはOKを出している。
「……つまり、アイオブザワールド、近衛隊、騎士団……どこの『ユーステノプテロン』も使えない、って事?」
「その通りです。マザードラゴン」
レクシーはガブリエルの方に向き直り、そう言った。
「……時期をずらすとか……できない?」
困った顔でガブリエルは言う。
よっぽど最新鋭艦で地球に行きたいらしい。
「訓練の時期をずらす事自体は可能ですが、すでに手配の済んでいる訓練物資のキャンセルにかかるコストなど、マザードラゴンにご負担いただくことになりますが、よろしいでしょうか?」
「……うっ。それは……」
例えば『ユーステノプテロン』の乗組員の食糧一つとっても、訓練は一万からのスタッフが参加するわけで、食料そのものの確保に加えて輸送手段の確保など、運送業者の負担は大きい。おそらく他の仕事は断らなくてはならないレベルだろう。
それをキャンセルする以上、相応の保証をしないと海運会社が倒産してしまうのだ。
「加えて、この時期を逃すとアメリカの大統領選挙に絡んで、アメリカ軍に動きがある可能性が出てきます。
アメリカの再侵攻があった場合、エッグの主力部隊は訓練不足のまま戦争に突入せざるを得ない状況になる恐れもあります」
さらにレクシーが追い打ちをかける。
見れば、アベルがガブリエルの方から見えない位置で、親指を立てていた。
「……何か代替え案、ってないの? レクシー提督」
引き続き困った顔でガブリエルが言う。
「そうですね……ただ無理! と連呼するのも芸がないので、二点ほど代案を提示したいと思います」
「おお」
「まず、一つ目は……ドラゴンマスターが言ったように、E2400やE4400を使う方法です。
近衛隊のちゃんとした船なので、設備なども最高の物が揃っていますし、E4400型は『ブラックバス』級の最後から六番目の型式なので、新鋭艦と言っても過言ではないのではないかと考えます」
レクシーは指を一本立てた。
これが第一案という意味である。
「次は?」
とユーノが促す。
「はい。次に第二案としてアイオブザワールド第三艦隊に配備された『パンデリクティス』級があります」
アイオブザワールドの艦隊は、聖域海戦の後再編が行われた。レクシー直属に第一、第二、第五艦隊およびこれから新設される第六艦隊が入り、第三、第四艦隊がエレーナの指揮下に入る。この艦隊はドラゴンマスターが参謀部を通さずに命令ができるように、既存の命令系統とは切り離して新設された艦隊である。
しかし、問題がないわけがない。
まず第三、第四艦隊とは言っても、第三艦隊は『パンデリクティス』が四隻のみ、第四艦隊に至っては第三艦隊から転出した『ブラックバス』級のG2012が一隻という有様である。
さらに、艦の運用についている人数自体が非常に少なく、そもそも艦隊としての体を成していない。
「ちょっと!?」
いきなり話を振られたエレーナが、声を上げる。
「わたしは、マザードラゴンに選択肢を提示しているだけですよ。ドラゴンナイト。
それに『パンデリクティス』にも、マザードラゴンが乗るところはありません。無論、カーペットとソファくらいなら近衛隊が運んでくれると思いますが」
しれっとレクシーは話を続けた。
それを黙って聞いていたガブリエルだが、ついに口を開く。
「レクシー提督」
「なんでしょうか? マザードラゴン」
「一つ質問させてもらうけど……さっき言っていた長距離航海訓練。
なぜ第三艦隊は参加しないのかしら?」
どこか物憂げに、ガブリエルが言う。答えは聞かなくてもわかっている。という風情である。
それにしても、流石は国家の最高権力者である。物事の本質を見抜く能力は流石であるとレクシーは思った。
「……はい。第三艦隊の航海能力では、訓練には参加しても得られる物はないと判断したからです」
レクシーは一度、第三艦隊がアクアリウムでタコ踊りをしているのを見たことがある。何事かと思って確認してみると、どうも単縦陣での航行練習をしていたらしいという事が分かり、めまいを覚えた物だ。
よく技術の低い艦隊訓練を指してめだかの学校。などと揶揄するが、レクシーに言わせればそれは違う。
めだかは生まれた時から泳げるのだ。
だからアレは、どちらかと言うと、めだかの老人ホームと言う方がしっくり来るだろう。
「それに、わたしを乗せる気!?」
「いえ。案を提示しているだけです。
例えば、近衛隊から乗組員をアイオブザワールドに派遣する。などのオプションが考えられます」
「ちょっとぉ!」
二度目のエレーナ。
無論、派遣云々はレクシーが適当な事を言っているだけである。
大体近衛隊にも『パンデリクティス』を動かせるスタッフは居ない。『パンデリクティス』は現状では第三艦隊に配属されている以外に、存在しないからだ。
「さすがにそれは、セクショナリズムの問題からも無理ですね。
なにより、近衛隊の第四世代艦のスタッフは全員訓練航海に参加させるので、派遣するメンバーもいません」
これはユーノ。
「しかし、最近の船はほとんど自動で航行するので、誰が動かしていてもそんなに変わりませんよ」
ユーノの言葉にレクシーは答える。
「ドラゴンマスターぁ」
流石に旗色が悪くなってきたと判断したのか、エレーナはアベルに泣きつく姿勢を見せた。
自分の戦力が不足と察するや、上位の者に助けを求めるのは戦術的には正しい。
もっとも、戦略的に正しいかは別だが。
「……まあ、確かに。レクシー。
お前はどっちの味方なんだ」
半眼でアベルはレクシーの方を見る。
「わたしは何時でも、ドラゴンマスターとアイオブザワールドの味方です。
……考えてみてください。ドラゴンマスター」
そこで一度レクシーは言葉を切った。
「ん?」
一瞬アベルが考えるそぶりを見せたのを確認してから、続きを話す。
「今回の件は、マザードラゴンからアイオブザワールドへの依頼の形です。
これは相違ありませんね? マザードラゴン」
「……え? ええ……」
ガブリエルが一瞬困惑の表情を見せた。
「ならば、地球までの航海にかかるコストは全て国庫から出るという事です」
「おおっ」
アベルが身を乗り出す。
宇宙を航海するというのは、存外にお金がかかるのだ。
燃料費もそうだし、機材の故障や定期メンテナンス費用もある。ましてや『パンデリクティス』級は運用実績のない最新鋭艦、こなれている船よりコストがかかるのは否めない。
しかし、この最新鋭艦を動かして欲しいと、マザードラゴン自ら言っているである。
これは地球まで片道一七〇〇光年。往復三四〇〇光年の航海演習がタダでできると言っているのと同義だ。
「……確かにお得だ……」
……これで決まりね。
アベルは理屈で納得して、メリットがデメリットを上回れば、自分が折れる事も良しとするタイプの上司だ。
レクシーはこういう男が好きだった。
色々な意味で。
◇◆◇◆◇◆◇
一週間後。
「出航準備はどうかしら?」
エレーナが旗艦A2125のブリッジに入ると同時に、そう聞いた。
「物資搬入は最新の報告で、おおよそ九〇パーセントです。
航海に必要な物資は大体搭載完了。あとはマザードラゴンの身の回りの品だけです」
先任艦長であるニクシーがデータ端末を見ながら答える。
「燃料はどう?」
「本艦とA2119は、満タンです。
……満タン。いい響きですね!」
小さくガッツポーズを取りながら、ニクシーは嬉々として言う。
何しろ、第三艦隊が今の編成になってから初めて燃料を満タンまで入れているのだ。
第三艦隊は運用優先度が低いため、どうしても後回しになてしまう。
エレーナとしては、当然何とかしたいところではあるのだが、艦隊の運営資源を奪い合う相手は百戦錬磨のレクシーとルビィのコンビである。
エレーナの政治力では、まったくもって歯が立たないのだ。
「まあ、マザードラゴンに感謝ね。
あとレクシーにも」
外部ディスプレイに映し出されている燃料輸送船が、アクアリウムを離れていくのを見ながらエレーナは言った。
「……マザードラゴンも乗ったぜ」
「こちらでも確認しています。ドラゴンマスター」
A2125のブリッジに入ってきたアベルに、ニクシーが答える。
ちなみに、ガブリエルはアイオブザワールドの関係者ではないので、『パンデリクティス』の重要区画には入れない決まりである。
同様にガブリエルの警備チームも、今は臨時に作られた迎賓室に入れた。
なお、迎賓室というのはエッグフロントの港に転がっていた貨物コンテナの中に、それっぽい部屋を作った物である。
これが『パンデリクティス』の貨物室に、ポンと置かれている。
「エレーナ、出発準備は?」
「四隻全て問題ありません。
出発命令を頂ければ、すぐにでも出発できます」
「よし。じゃあ出発!」
「アイ。ドラゴンマスター」
エレーナはそれに答えて、両手を腰の後ろで組んで声を張り上げた。
「ニクシー艦長。出発よ」
「アイ。ドラゴンナイト……機関アイドリングからトレックへ、コンデンサ並列。コンポジット=ヌルオードライブ、コンタクト。微速前進、舵このままっ!」
ニクシーの命令で、旗艦のA2125がそろそろアクアリウムの中を進み始める。
「続いて第三艦隊全艦艇に下命。全艦微速前進! 我に続け」
続いて、艦隊を構成する三隻の『パンデリクティス』にも、出発の命令を下す。
A2119、A2120、A2121の三隻が、ややもたついた後動き出す。
「艦隊、単縦陣となせ。
出力四〇パーセントに上げ」
エレーナの命令で、後続の『パンデリクティス』達はやや不細工ながら一直線に並んで見せた。
レクシーが見たら笑うか怒り出すような単縦陣だが、これでも随分練習したのだ。




