HELLO, HELLO America16
「で、他の細かいのがいくつか、っていうのは?」
頬杖をついて、ガブリエルが言う。
「例えば、ローズベルトは殺すべきだった、とか」
アベル的にもこれは難しい問題である。
悪の総大将であるローズベルトは、もちろん殺すべきだ。しかし、もし殺してしまえば、次の大統領が出てくる。
この大統領が今にも増して過激な思想を持っていた場合、手に負えない。
エッグがアメリカと全力で消耗戦をすれば、先に消耗しきるのはエッグである事は明らかだ。
「お姉ちゃんとしては、戦時賠償金をきっちり取ってきてくれたのは、さすがって関心しちゃうけど?
大統領の首を取ったら、賠償金は取れないでしょ?」
正確には、次の大統領が講和を受け入れるなら取れるのだが、すぐにお金が手に入るのは重要である。
何しろガブリエル政権はクーデター政権なので、金回りが悪いのだ。
賠償金を政府予算に組み込むのは、ワーズワースのアイデアである。故にアベルは別枠で、センチュリア復興資金としてアメリカの銀行に対して無条件の出資を設定したのである。
「……そうだし、そのお金を当てにしていたのは事実なんだけど、なんだかなぁ」
「それにしたって、ローズベルトはなんで聖域を攻撃してきたのよ? そもそも動機が分からないなら、ローズベルトを殺してもなんの解決にもならないんじゃない?」
ガブリエルの言う通りである。
「……もっとも……」
「もっとも?」
「連中の侵略に意味なんか無いのかも知れない」
アベルはずっと思っていた事を口にする。
「奴らは、侵略したいから侵略するんだ。
客観的に見て、そこにあるのは行動原理だけで理由はない。羽虫が明かりに寄って行くようなモンだ」
「侵略したいから侵略するとか、おおよそまっとうな文明人の考えとは思えないけど……」
信じられない。とでも言いたげにガブリエルは答えた。
「まっとうな文明人は、侵略先の非戦闘員を三億人も殺さないって。
なにより、連中の大量虐殺は今に始まった事じゃない。
前にプロパガンダでも使ったけど……あいつら、非戦闘員の住んでる街に核兵器使うような奴らだからな」
「んー?」
とやはり納得行かない。と言ったようにガブリエルは唸る。
「やっぱり、お姉ちゃんには理解できないわ」
「そりゃ結構。マザードラゴンがそんなサイコパスだったら、たまったモンじゃない」
「それはありがとう」
にっこりと笑って、ガブリエルは答えた。
「……それはそうと、お姉ちゃんとしては、レイルっていう魔法使いの方が気になるわ。
どんな怪物なのよ?」
見ず知らずの相手に、怪物呼ばわりは酷いとアベルは思ったのだが、よくよく考えてみれば怪物に怪物というのは別にいいような気もした。
「一言で言うと、オレたちの知らない事を知ってる魔法使い。って事になるな」
「それって未知のアーティファクトの秘密を知ってるとか、そういう?」
アーティファクトの多くは、キングダム時代に作られた物である。そして、アーティファクトのトレンドは日々移り変わっていた為、時に現在で失われた製法で作られた物が存在したりする。
このタイプの最もポピュラーな物は、言うまでもなく魔獣の類である。
センチュリアには、魔獣の生成プロセスからリバースエンジニアリングした手法で作られた医薬品などが存在したりする。
「まあ、そういう物だと思っていいと思う。
ただしユニバーサルアークなる物が、オレ達が言うところのアーティファクトと同じなのかはわからない」
これについては、根拠がないため口外していないが、アベルは違うと思っている。
「ふうん? でも気になるんなら、ワーズワースにでも探らせてみる?
ユグドラシル神殿には、キングダム時代の文書もあるわよ? 不完全だけど」
「いや。いい」
しかし、何もわからないだろう。とアベルは推測する。
理由は感嘆で、ユニバーサルアークは地球にあったのだ。一七〇〇光年も離れているキングダムの文書に載っているとは考えにくい。
それに調べている事自体を、貴族院辺りに知られたくない。アベルに対抗しようと、変な動きでもされたらたまった物ではないのだ。
「……それなら、いっそ始末しちゃう?
センチュリアの民に手をかけるのは気が引けるけど、エッグ取ってあまりにもリスキーなら……」
「それはダメ」
きっぱりとアベルは言い切った。
「……どうしてよ?」
少し首をかしげるような動作をして、ガブリエルが疑問を口にする。
「戦っても勝てないから」
「勝てない? シャングリラとかならともかく、ユーノ辺りが人間に負けるとは思えないんだけど……」
確かにシャングリラはともかく、ユーノやワーズワースは強力である。
しかし、それでもレイル相手にはツライと言わざるを得ないのだ。
「相手がまともな人間なら、な。
……端的に言うと、レイルは第三属性魔法によるダメージを受けない。だから倒せないし、勝てない」
第三属性とは火水風土木金の六属性を示す。現代のいわゆるダメージ魔法は、ほとんどこの第三属性に依るため、レイルに対して有意なダメージが期待できない。
もちろんアベルの水や氷、ラーズの火などの魔法でレイルを傷つけられた事は一度もないのだ。
「それってそういう効果付きの保護障壁だったりするの? お姉ちゃんの知ってる限り、そんな万能な防御性能を保護障壁に持たせるなんて無理だと思うけど」
「いや。多分なんらかの防御システムを持っているんだと思う。まあ、突破方法が分からない以上、なんでも一緒だけどな」
レイルの防御システムについては、昔から色々な魔法使いやエンジニアが解明に挑んでいたのだが、ついに解明されることは無かった。
「……結局わからない事だらけで、打つ手もない。って訳ね」
「まっそうだな」
アベルは頭の後ろで手を組んで、背もたれに体重を預けた。
「そういえば、アベルの所のドラゴンナイトがホクホク顔で出ていくのを見たんだけど、アレはなに?」
なぜガブリエルが、ホクホク顔で出ていくエレーナを見たのか、という疑問が一瞬アベルの頭を駆け抜けていった。
戻ってくるな。と念じてその疑問を追放してからアベルは答える。
「ああ。それなら『パンデリクティス』級がデリバリーされたからだろ」
『パンデリクティス』級は『ユーステノプテロン』級の派生型の巡洋艦である。
エレーナ配下のアイオブザワールド艦隊には、現在『ブラックバス』級が一隻配備されているだけであり、艦隊でもなんでもない状態になっている。
今回ようやく四隻の『パンデリクティス』を受領する事で、艦隊としての体を成すようになるのだ。
もっとも、その裏でレクシーは十二隻の『ユーステノプテロン』を受領して、自らの艦隊に投入しているのだが。
「最新鋭の船を好きな女の子にプレゼントなんて、太っ腹ねぇ。
お姉ちゃん、ヤキモチ焼いちゃう!」
◇◆◇◆◇◆◇
アクアリウムの一角に、超大型の輸送船がゆるゆると進んでくる。
オールドシップ・アンド・クラシック社のロゴを付けたその貨物船は、全長一〇〇〇メートルの六角形をしていた。幅も四〇〇メートルはあろうかという勢いである。
「……大きいですね……ドラゴンナイト」
「数字で大きさは知ってたとけど……圧倒されるわね」
通称エレーナ艦隊の旗艦である『ブラックバス』級巡洋艦G2012のブリッジで、エレーナとニクシーは言葉を交わしていた。
G2012からして、E型のブラックバスより一〇〇メートル以上大きいのだが、目の前の貨物船の大きさはけた違いである。
「ニクシー艦長! 『フィッシュストレージ』337から通信です。
五キロほど下がられたし。以上です」
通信士官が告げる。
どうやら、近寄りすぎているらしい。
「了解した旨を返信して」
「アイ。返信します」
そう答えて、通信士官は去って行った。
「推進器始動。最微速。
右方向に転舵。一八〇-〇九〇。旋回半径は五キロよ」
「機関始動アイ! 際微速!」
「右転舵アイ!」
ニクシーの命令が復唱され、G2012がゆっくりと艦首を右に振る。
ひところに比べると、船を動かすのも随分上手くなった物だとエレーナは思う。
まあレクシーに言わせれば、死にかけのメダカが溺れてるように見える。との事だが。
「『フィッシュストレージ』に相対停止」
再びニクシーから命令が飛び、G2012は『フィッシュストレージ』との相対距離を一定に保とうと、ふらふらと加減速を繰り返した。
やはり、こういう事は難しいのか、やたらと時間がかかる。
レクシーのA5126は、どんな相手でも一発で相対停止して見せる事を考えると、やはり彼我の技量差はいかんともしがたい。
「相対停止、完了」
機関士が声を上げる。
……不安だわ。
エレーナは思った。
とにかく、宇宙艦の運用に関してエレーナ自信のスキルの無さが痛い。
時間があれば、レクシーは色々教えてくれるのだが、残念ながらレクシーとルビィはアイオブザワールドで一番忙しい。従って、そうそう時間を取ってもらえない。
古参の提督や艦長達も居るが、その多くはドラゴンではないエレーナに協力的ではないし、なにより彼女らは『ユーステノプテロン』以降の艦船に対する知識がほとんどない。
アベルは、ゆっくり確実にやればいい。と言うが、そんな言葉に甘えても居られない。
「ドラゴンナイト見て下さい!」
ニクシーが右舷側を指して、声を上げる。
見れば、『フィッシュストレージ』の側面パネルが動くのが見えた。
最初にきらきらと輝く、光の粒が舞う。これは『フィッシュストレージ』の表面に付いていた氷だろう。
続いて、六角形の船体のそれぞれの面が、花が開くように大きく開放された。
おおお……というどよめきがG2012のブリッジで起こった。
「……これは……すごいわね……」
『フィッシュストレージ』の格納庫内の照明に照らされて、その船は居た。
『パンデリクティス』級巡洋艦。オールドシップ・アンド・クラシック社が威信をかけて作り上げた、究極のメカニズムである。
基本的なフォルムは『ユーステノプテロン』のそれに類似するが、全体的にマッシブな造形。艦首に背負い式で配置された巨大連装砲二基が、この艦が戦闘艦であることを否応なく主張する。




