HELLO, HELLO America4
そこに居たのは、ムーアと三人の武装した水兵だった。
「一体何の真似かね? ムーア少佐」
そう聞いてみたものの、ロックフェラーはどういう真似かわかったのだが。
「中佐。あなたはこの『ロングアイランド』を危険に晒している!
あなたの任務続行は不可能であると、私は判断したのですよ」
そう言って、ムーアは醜い笑みを浮かべた。
「まるで君なら、この状況から『ロングアイランド』を救えるとでも言いたげだね。少佐」
「……っ! お前がっ! あのポッドを拾わなければっ!」
ムーアは怒鳴ったが、それは問題のすり替えでしかない。
あの状況で通常航行していたとしても、『ブラックバス』に発見される恐れはあったのだ。
いや、通常航行で推進器を稼働させていれば、発見された危険は今よりも高かったかも知れない。
「とにかく! シーバー・ロックフェラー中佐! 副長権限であなたの権限をはく奪する!」
ムーアの声に答えて、控えていた水兵がサブマシンガンを銃口を上げた。
どうもこの水兵たちは、ムーアの味方のようだ。
現状武器もないロックフェラーとしては、いかんともし難い。
ここは大人しくするするしかなさそうである。
……しかし……
ロックフェラーは思う。
仲間割れをしてるが、先ほどの格納庫での爆発の方が危険ではないだろうか。
『ロングアイランド』は元は民間の商船だったので、拘禁施設のような物はない。
それこそ、会議室にでも閉じ込めておくしかないのである。
会議室はブリッジの五層下にある。艦長室ブリッジと同じフロアなので、五層降りなければならない。
最新鋭の軍艦なら、駆逐艦でもブリッジにエレベータがあるのが普通なのだが、『ロングアイランド』にはそのような物はなかった。
つまり階段を降りるしかないのだ。
『ロングアイランド』の階段はそれほど急ではないのだが、銃を突きつけながら降りるのは少々骨が折れる作業だ。
三フロア降りた時、再び低い振動が伝わってきた。
今度は、先ほどより近いようにロックフェラーには感じられた。
「……なんだこの振動は?」
ムーアがそういうが、ロックフェラーには知らない。
仮に知っていても、教えてやる言われは無いわけだが。
そんな事をロックフェラーは考えていたわけだが、どうも教える必要も無さそうな雰囲気になってきた。
非常ベルが鳴りだしたのだ。
そして、放送が火災発生の旨を伝える。
「火災だと!? こんな時に一体!?」
ロックフェラー達の目の前を、ダメージコントロール班が防火服を着て走り抜けていった。
……火災はこのフロアなのか……
そうロックフェラーは思ったが、煙も熱気もない。
「おい! 火災はどこだ!?」
ダメージコントロール班の若者を呼び止めて、ムーアが問いただす。
「副長! この先で、与圧扉が爆発したようであります」
その言葉が終わるか終わらないかの内に、再び爆発。
今度は爆発音が聞こえた。そして、乗組員の悲鳴もだ。
……二次遭難……いや!?
最初、ダメージコントロール班が爆発に巻き込まれたと考えたロックフェラーだが、すぐにその考えを改めた。
理由は単純だ。ダメージコントロール班が悲鳴を上げながら逃げてきたからだ。
「化け物! 化け物がいる!」
口々にそんな事を言いながら、彼らはロックフェラーの前を走り抜けていった。
そして、その化け物は現れた。
黒髪の少年だった。ジーンズ生地のズボンにジャケット。金色の杖を持っている。
ロックフェラーはその少年と目が会った。
鮮やかなグリーンの瞳。直感的にこの少年が地球人でないことをロックフェラーは悟った。
ほとんど反射的に、ロックフェラーは前に転がる。
その少年は、ロックフェラーに銃を向けていた水兵に躍りかかった。
これは、別にロックフェラーに加担したようと言う種類の行動ではないだろう。
単に、武器を持った水兵が最大脅威であると評価した結果に過ぎない。
その動きは、洗練を通り越して美しいとすら言える物であった。
まずは一人目。
わずか一歩で、水兵の目の前まで来た少年は、手にした杖の先端でその胸を突いた。
その一撃には見た目以上の威力があったらしい。訓練を受けた水兵が、体をくの字に折り曲げたのだ。
「シャアっ!」
という裂ぱくの声を共に、今度は杖の柄の部分で水兵の顎を打ち上げた。
水兵が倒れる。
二人目はシンプルな攻撃だった。
少年は真横に薙ぎ払うように、左手に持った杖を振るう。
攻撃された水兵は慌てて右手を上げて、顔を守った。
これは良くない対応であるとロックフェラーは思った。
現に、追撃の蹴りが水兵の横っ腹に撃ち込まれる。
彼我の体重差を考えるなら、その一撃が致命傷になることは無いと思われたが、実際の所はそうはならなかった。
水兵はその場に崩れ落ちたのだ。
そして、少年は三人目に杖の先端を向けた。
ロックフェラーは目を見張る。
杖の先に、金色の輝きが灯ったのだ。
処理にして八フィート。ごく至近距離と言っていい距離を金色の光球が飛翔し、爆ぜた。
……爆発の正体は、これか!?
なるほど、これなら火気の一切ない場所で爆発が起こっている説明がつく。
しかし、これは厳しい状況である。
水兵三人が倒された以上、次のターゲットはムーアかロックフェラーであることは明白。
今の立ち回りを見るにつけ、到底格闘戦で勝てそうにはない。
……どうする!?
そう自問していると、ムーアが突然手にしたトンプソンサブマシンガンを連射した。
倒された水兵が持っていた物だ。
「死ね! クソガキ! 死ね!」
口汚くののしりながら、ムーアはトリガーを引き続ける。
が、少年はそれに驚いた様子すらない。
一歩飛び退き、さらに大きくとんぼ返りを切りながら下がる。丁度そこは路地になっている場所だった。
少年はあっさりと路地の角に身を隠した。
それを見た、ムーアは怒号とも悲鳴ともつかない声を上げて、階段を転がるように降りていった。
この状況で敵に背を向けて逃げるのも、それはそれで勇気のいる行為だとロックフェラーは評価する。
実際にロックフェラーは逃げられなかったのだから。
手にした杖をクルクルと頭の上で回しながら、少年はロックフェラーの方に向き直った。
……来る!?
なんの根拠もなくそう思った瞬間、少年自身も杖と同じ方向に半回転。同時に、ロックフェラーに躍りかかる。
その速度のなんと速い事か。
数フィートの距離は、瞬きをするほどの間に溶けて消えた。
「くっ」
と次の瞬間来るであろう激痛に、ロックフェラーは備えた。
が、打撃は来なかった。
その代わりに、一瞬地面が見え、次に天井が見えた。
何が起こったのかは、直後に襲ってきた衝撃で分かった。
おそらく杖で足を払われたのだ。
「-!」
少年は何事かを喋ったが、それはロックフェラーの知らない言葉だった。
「オーケイ。ボーイ。
君の喋っている言葉はわからないが、少し落ち着こう」
ゆっくりと上半身を起こして、ロックフェラーはそう言った。
相手が襲い掛かってこないか、それは一種の賭けだったのだが、幸運はロックフェラーの元に訪れたのだ。
「-。--!」
やはり少年の言葉はわからない。
艦内を探せば翻訳装置があるだろうが、今ない物は仕方ない。
この少年の言葉をロックフェラーは理解できないし、少年はロックフェラーの言葉を理解できない。
時間があれば、あるいは友好的に解決ができるのかも知れないが、残念ながら時間はなかった。
もしムーアが機関部にでも行って、推進器を起動でもしたら、『ロングアイランド』は撃沈される運命だ。
そうでなくとも、下手に通信しただけでも『ブラックバス』に発見されるだろう。
膠着状態を破ったのは、数名の足音だった。
「艦長!」
声をかけたのは武装したグレース伍長だ。背後には六人の水兵がはやり武装して続いている。
がっ! と衝撃が来た。
少年が杖で、ロックフェラーを壁際に突き飛ばしたのだ。
「-!」
何かを毅然と言い放ち、少年はロックフェラーの首元に杖を突きつける。
グレースは銃を上げた。
「艦長を放せ!」
「待て! グレース伍長! 銃を下ろせ!」
「しかし!」
グレースは反論した。
「今はここで人質ごっこをしている場合ではないのだ!」
ロックフェラーの剣幕に驚いたのか、グレースが銃を下げる。
「誰か翻訳装置を持っていないか!?」
普通は持っていないだろうが、脱出ポッドを回収したのに伴い、医療チームなどは翻訳装置を用意しているかもしれない。そんな希望的観測からの言葉だった。
「あります」
と声を上げたのは、ロックフェラーが予想した通り医療チームの一人、エルタース医師だ。
「よし。いいぞ。
ゆっくりこちらに滑らせろ。ゆっくりだ」
ここでこの少年を刺激してはいけない。
先ほどの調子で襲い掛かってくれば、ここに居るチームは全滅してしまう。
アメリカ軍で標準的に使われている翻訳装置は、プラスチック製のイヤホン型だ。
装着すれば、相手の言葉が分かるようになるという、シンプルな物である。
……あとは、ボーイがこれを装着してくれるか、だが……
それが一番難しいとロックフェラーは思った。
普通に考えて、この状況で相手の差し出した機器を耳に突っ込むという行為は、相当怖いはずだ。
「よし。ボーイ。聞いてくれ」
ロックフェラーは少年の方に向かって、ゆっくりと話しかけた。
言葉ではない。口調で相手にわからせるのだ。
「……こいつは翻訳装置だ」
言いながら、ゆっくりとロックフェラーは白い箱に入った翻訳装置に手を伸ばす。
これは中々緊張する作業だった。何しろ失敗は、この場にいる人間の全滅と同義だからだ。
少年は動かない。よっぽど肝が据わっているのか、この箱が武器だったとしても対処できると考えているのか。
ロックフェラーは箱を取って、少年の方に見せながら蓋を開ける。
そこに収まっているのは、イヤホン状の翻訳装置が二つ。
「これを耳に付ける」
翻訳装置の一つを摘まみ、ロックフェラーが翻訳装置を装着して見せる。
「さあ、次はボーイの番だ」
そう言って、ロックフェラーは箱を少年の方に差し出した。
……伝わっていてくれよ……
誰に祈っているのか自分でもわからなかったが、ロックフェラーは何かに祈りを捧げる。
少年は、一切の躊躇も見せず、翻訳装置を摘まむと自分の耳に入れてくれた。
一同から安堵のため息が漏れる。




