HELLO, HELLO America3
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航空機輸送艦『ロングアイランド』は、聖域の海を離れつつあった。
「機関部から報告! 間もなく、超光速機関起動可能になるとの事です」
「ふん。ボロ船はこれだからイヤなのだ」
吐き捨てるように言ったのは、『ロングアイランド』副長のジギール・ムーア少佐である。
ムーアは背は低く肥満気味の白人だった。クチャクチャと音を立てて噛みたばこを噛んでいる。
『ロングアイランド』は商船から航空機輸送艦に改造された船であり、就航から随分時間も経っている。
あちこちにガタが来てもおかしくない。
「……そんな事を言うものではない。副長」
それを窘めたのは、艦長のシーバー・ロックフェラー中佐だ。
「こんな事なら、わたしも原住民狩りに参加したかった物ですな」
そう言って、ムーアは下品な笑い声を上げた。
小一時間ほど経った時。ロックフェラーは艦長室に引き上げていた。
センチュリアへの揚陸物資の運搬作業で、いささかの疲労を感じていたからだ。
「通信より艦長。いらっしゃいますか?」
「シーバー・ロックフェラーだ。どうしたのかね?」
その連絡にロックフェラーは違和感を感じた。
「……それが……実は救難信号を受信しまして……」
「なに?」
そして、同時にロックフェラーは自分を名指しで指名して、連絡が来た理由を悟った。
これをブリッジに居るムーアが聞いたら、無視を決め込むに決まっているからだ。
「詳細はわかるか?」
「本艦の進行方向に対して、上に五度、右に二〇度程度。距離は現在不明、一〇〇万マイル程度と推定されます。
救難信号は国際標準の物ですが……」
そこで、通信士は口ごもった。
その理由はロックフェラーにも、大体予想はついたが。
「続けたまえ」
「イエッサー。
通信様式から判断して、これはエッグの船の救難信号だと思われます」
それ自体はロックフェラーの予想通りの答えだった。
先ほど、『クリーブランド』が逃げようとする敵性船舶を攻撃した、という情報を受けていたからだ。
攻撃が行われたのがいつの事かは不明であるが、それなりに時間が経っているなら脱出ポッドの類が漂っていても不思議ではない。
「ブリッジに行く。詳細な報告を持ってきてくれ」
「イエッサー」
「距離は……五〇万マイルと言ったところか……」
通信士のもたらした座標情報を海図で確認しながら、ロックフェラーはそう呟いた。
「艦長! まさか助けに行くなどとは言うまいね?」
「なぜかね?」
早速救助活動に意を唱えようと言うムーアに対して、ロックフェラーは冷たく言い放った。
「敵を助けるなど……これは利敵行為に他なりません」
「……救助信号を発しているポッドに敵も味方もない。
我々はここで正義を執行しているのだ」
それは、最強のアメリカ海軍の誇りであり意地であった。
なにより、救難信号を無視する事はそれだけで罪である。最悪、脱出ポッドの救助を無視した事で、後々政治的に抹殺されたりするリスクも伴うのだ。
「トカゲの化け物や、光の速さも越えられない原始人を! 我らと同等に扱うと言うのですか! ロックフェラー中佐!」
「そうだ!」
なおも食い下がるムーアに対して、ロックフェラーは言い切った。
「今の発言は、記録から消しておく。
以後気を付けるように」
ムーアの発言は極めて危険な物であった。この『ロングアイランド』には、白人以外のクルーも多数乗っているのだ。
彼らが、ムーアの発言を白人至上であると取らない保証はどこにもない。
「航海長……救難信号の地点へ航路を設定したまえ」
「イエッサー」
その後、一時間と経たずに『ロングアイランド』は脱出ポッドを回収していた。
幸いにも『ロングアイランド』の格納庫に搭載さていた荷物は、センチュリアへの揚陸が終わっている為、回収後の脱出ポッドの置き場には困らない。
「……生体反応はあるようですが……」
ブリッジから格納庫内のカメラ映像を見ながら、格納庫士官が言う。
「生きている……か」
「……やはり危険です。放り出したほうが……」
ロックフェラーはムーアの言葉を無視した。
これ以上を言い合いを続けるのは無意味だ。
自分がムーアより階級が高かった事を、ロックフェラーは合衆国に感謝していた。
「しかし、やはり遭難者を保護した事は打電するべきだな……
通信! 超高速通信のチャンネルを艦隊司令部につないでくれ」
「イエッサー」
と通信士が答えた。
「待ってください!」
通信士と同時に、ソナーマンが大声を上げた。
「どうした!?」
「……何かが……居ます」
「なにぃ?」
ムーアがソナーマンのコンソールを覗き込んだ。
「超光速通信の命令は取り消す。一旦待機したまえ。
ソナー。報告を」
「アイサー。
艦影は見えませんが、おおよそ六秒に一度極めて周波数の高い電波を受信しています」
「……電波……か……」
ロックフェラーは一瞬考えた。
その六秒毎の電波が人工的な物なら、そこに船が居るはずである。
もし本当にそこに船が存在していて、こちらのソナーに映らないなら、それはステルス性の高い船という事になる。
「自然現象ではないのか?」
そう言ったのはムーアであるが、確かにその可能性も捨てきれないのは事実だ。
「ノーサー副長。
この電波の発生源は、微妙に動いています。こんな自然現象はありえません」
「座標情報のプロットは出せるか?」
「アイサー。
……メインディスプレイに出します」
二〇秒程の時間の後、電波の発生源と推定される場所のプロットが、ブリッジのメインディスプレイに示された。
「……これは、マズイ! まずいぞ!
推進器停止! レーダーもアクティブソナーも外部照明も全て切れ!」
メインディスプレイに映し出されたプロットは、蛇行を繰り返しながら『ロングアイランド』から七〇〇万マイル程の距離を移動している。
確かにこんな自然現象はない。
明らかに、何かを探している船の動きだ。
信号が六秒毎なのは、この船のレーダーが六秒で一回転しているからに違いない。
そして、最新の戦術情報により該当宙域に味方の船は居ない事はわかっている。
「こいつは、『ブラックバス』級だ……ステルス性を考えると新鋭のE3300かE5300シリーズだ!」
その瞬間『ロングアイランド』のブリッジ内の空気が凍り付いた。
誰も動かない。物音を立てるのも憚られるからだ。
『ロングアイランド』は輸送艦である。戦術艦である『ブラックバス』と戦って生き残れる可能性はゼロ。絶対に助からない。
誰かがゴクリと喉を鳴らした。
これで『ロングアイランド』は通常、超光速を問わず通信ができなくなった。それだけではなく、推進器に火を入れる事すら、危険である。
エッグ領の聖域。そこは、如何なる船舶であっても、進入すれば警告無く撃沈すると宣言されている。
見つかれば、死だ。
「……艦長! 時空振を感知しました」
数刻の沈黙を、ソナーマンが破る。
「なに? ……それは味方か」
「アイサー。味方の駆逐艦と思われます。
『ブラックバス』と思われる反応の至近距離にADDアウトします」
時空振は光より速いので、情報はほぼリアルタイムだ。
対して、こちらのアンテナが受信しているレーダー波は光速である。七〇〇万キロで二〇秒程の時差が生じる事になる。
そして二〇秒。
味方のIFF情報は消えた。
単に通信を妨害されているのか、本当に撃沈されたのかの判断はつかない。
だが、駆逐艦が一隻で『ブラックバス』と戦って無事とは考えられないのも事実だ。
……まるでモンスター映画だ。
ロックフェラーはそう考えた。
水面下を泳ぎ回る凶悪な肉食魚。息を殺して、見つからないように祈る人々。
『ブラックバス』はやはり何かを探しているのか、いまだに『ロングアイランド』の周囲を離れる気配はなかった。
推力停止から約三〇分。そろそろ船の姿勢が気になり始める時間だ。
下手にスピンでも初めて、大きめのデブリに当たれば大惨事になる。
だからと言って、姿勢制御の為に推進器を起動すれば『ブラックバス』に見つかる可能性がある。
「奴は! 奴はあの脱出ポッドを探しているんだ!」
突然、ムーアが唾を飛ばしながら、そう叫んだ。
「あのポッドを放り出せ! そうすれば、あの化け物は居なくなる! 居なくなるんだ!」
「副長。静かにしたまえ」
しかし、ムーアの言う事も一理ある。
ロックフェラーも、一瞬脱出ポッドを捨てるという選択肢を考えた。
だが、よくよく考えてみれば『ブラックバス』側からすれば、脱出ポッドを回収するから『ロングアイランド』を攻撃しない、などという事もないだろう。普通、『ロングアイランド』を撃沈した後に、ゆっくりと脱出ポッドを回収するはずだ。
つまり、脱出ポッドを捨てても何も解決しない。同様に、脱出ポッドを回収していなかったとしても、何も変わっていなかった。
「今は現状を維持する。総員、待機だ」
結局ロックフェラーは、現状維持を選択した。『ブラックバス』が居なくなってくれる事を祈るのみだ。
再び艦長室に引き上げたロックフェラーは、ジリジリとした時間を過ごしていた。
随分時間が経ったように感じたが、時計の針は十五分程度しか進んでいない。
……これは困ったぞ。
現状で最悪のパターンは、通信を絶った『ロングアイランド』を友軍が探しに来るというパターンだ。
これは文句なしの多重遭難である。絶対に避けなければならい。
とその時。
『ロングアイランド』がわずかに震えた。
『ロングアイランド』は今、主機を停止しているので揺れる訳はない。
考えられるのは、隕石か何かの星間物質に当たったか、そうでなければ艦内の異常という事になる。
「ブリッジ。こちらはロックフェラー。
先ほどの振動について情報はあるか?」
一瞬の沈黙。
「通信長のスミスであります。
……格納庫で爆発があったようです。ダメージコントロールチームが向かっていますが、原因は不明であります」
格納庫と言えば、件の脱出ポッドがある場所だ。
脱出ポッドが爆発するとも思えないが、気になる。
「わかった。ブリッジに戻る」
そう言って、ロックフェラーは立ち上がり、軍服に袖を通した。
ほぼ同時に、コンコン。と扉がノックされる。
「誰か?」
「ムーア少佐であります」
返事はすぐにあった。
しかし、ムーアが何の用事だろうか?
ロックフェラーが扉に手をかけた瞬間、勢いよく扉が開かれた。




