誰が為の勝利15
だが、問題もある。
いくら何でも、敵艦に接近されすぎている。
「左転舵! 二七〇!
ちょい下げ舵!」
「方位二七〇。アイ」
「ちょい下げ舵、アイ」
復唱がなされて、『ブラックバス』はタイトに旋回を始める。
この機動自体はそれほど問題はないとエレーナは思う。
右に曲がっても左に曲がっても、戦術レベルでの優劣はないからである。
「敵、左転舵! 増速! 本艦とのコリジョンコース!」
ソナー員が怒鳴った。
「読まれた!?」
これはニクシーの悲鳴である。
「落ち着きなさい。
反動推進艦なんか、ヌルオードライブのパワーでイージーに振り切れるわ」
G2012の推進器が旧式のヌルオードライブだとは言え、それでも反動推進とは隔絶した性能を有する。
慌てる必要はないのだ。
……しかし、どうする気かしら?
エレーナが見る限り、『スミスフィールド』は時間を稼いでいるように見える。
普通に考えると、援軍の当てでもあるのだろうが、この海域に展開可能な戦力はもうないはずである。
何しろ、そういう場所を選んで襲撃しているのだ。
敵は逃げられない。こちらもニューテキサスを離れることはできない。
「前方! 重力ソナーにコンタクト! 不明な突発を観測」
「……まずい!」
古今東西、突発する物にロクな物はない。
……これは!
エレーナはG2012の航跡を頭の中で思い返した。
G2012は左に半径一〇〇〇キロほどの円を描いて旋回していた。
つまり、先ほど『スミスフィールド』の放った魚雷の進行ルート上に戻ったのだ。
「不明な質量、本艦に向けて接近中!」
となれば、突発したのは自走機雷の類だ。
自走機雷は、魚雷のように発射されたのち、設定空間に留まりセンサーに何かが接触した瞬間、再度動き出す。
「……!」
これは当たる。
エレーナは本能的にそう感じた。
自走機雷は、その名の通り機雷である。大型の艦船でも、一発で致命傷を負いかねない。
それはニクシーも同じだったらしい。
「ファントムベールっ!」
ファントムベールとは、『ユーステノプテロン』世代の船の防御システムである。
『ユーステノプテロン』が自走対空ファランクスや自走アクティブレーザーを持たないのは、この兵器により不要になったからだ。
故に、これは秘密兵器。
G2012の船体の各部から、無数の小型衛星が放出される。
それらは、誘導用トラクタービームにより、船から一定距離に展開された。
衛星たちは、トラクタービームの余剰エネルギーからパワーを得て、シールドを展開する。
直接艦船が展開するフォースフィールドの類とは異なり、ファントムベールと艦船の間の空間が装甲として働く為、その防御力は極めて高い。
……こんな人目の多いところで使ったら、あとでレクシーに文句言われるわ。
まあ、使ってしまった物は仕方ない。
秘密兵器をケチって、それで艦が撃沈でもされよう物なら、それこそ本末転倒もいいところである。
「不明の質量、ファントムベールに接触まで四秒。三……二……一」
カウントダウンが行われ、そして何も起こらなかった。
「ファントムベール境界面で爆発を検出。バリアスター、おおよそ二パーセントをロスト」
ファントムベールを構成する艦載衛星達は消耗品である。
こうして破壊される事で、船を守っているのだ。
「敵艦、接近中。
本艦、コリジョンコース!」
ファントムベール展開の時間を稼ぐために、逆制動をかけたせいで彼我の距離が仇となったか。
この一瞬の隙を逃さず、敵艦は距離を詰めてきていた。
「……体当たりする気!?」
誰にともなく、ニクシーは言った。
確かに、有用な兵器を持たない『スミスフィールド』にとって、最後であり最強の武器は自らの質量である。
加えてぶつかる瞬間に、対消滅機関を暴走でもさせれば完璧だろう。『ブラックバス』と言えども、無事では済まない可能性がある。
「距離三〇〇〇! 依然コリジョンコース!」
「推力最大! 振り切って!
対空レーザーネット、射撃準備!」
逃げ切れるか? とエレーナは自問した。
しかし、それを自問する意味はなかったのかも知れない。
直後、飛来した赤い光が『スミスフィールド』の艦体右舷に突き刺さった。
一秒ほどの時間をかけて、スローモーションでも見るように『スミスフィールド』が横に流れていく。
そして、爆発。
「……今のは……『エンハンスド・アニサキス』!?」
言いながらニクシーは周りを見回した。
そう。それは『エンハンスド・アニサキス』だった。直前まで戦術画面に映っていたのをエレーナは見ていた。
そして、それを放ったのが誰かもわかっている。
この世に『エンハンスド・アニサキス』を運用できる艦船は二隻しかいない。その内の一隻であるG2012に、『エンハンスド・アニサキス』は残されていないのだ。
必然的にそれを放ったのは、『ユーステノプテロン』という事になる。
アイオブザワールド艦隊総旗艦『ユーステノプテロン』級巡洋艦A5126。
レクシーの座乗する、既知宇宙の生態系頂点。
「こちらは、レクシー・ドーン。G2012、応答されたし」
通信機にレクシーの声が入った。
疲れも何も感じさせない、いつも通りの口調である。
「こちらは分艦隊司令のエレーナ・D・ドラン。
通信は良好」
レクシーがここに現れた理由は一つ。大統領襲撃計画が成功した、という事である。
「……余計なお世話だったかしら? ドラゴンナイト?」
「いえ。助かったわ。レクシー提督」
これは帰ったら反省会の雰囲気である。
おそらく、敵を懐まで近づけるのはエッグのドクトリンに反する。とかなんとか言われるのだろう。
とは言っても、その通りなので仕方ないのだが。
「制圧任務の進捗報告をお願い」
サバサバとレクシーは言う。
戦術データのやり取りが行われていないという事は、本当に今アークディメンジョンから降りてきたのだろう。
それでいて、ノータイムで『エンハンスド・アニサキス』を放つ判断はさすがと言わざるを得ない。
「戦術データはアップロード中。もうすぐ見えるようになるわ」
「あと、ニクシー艦長はそこに居ますか? ドラゴンナイト」
言われてニクシーが振り返った。
エレーナは、ジェスチャーで通信に出るように促す。
「アイ。レクシー提督。
艦長のニクシー・ドーンです」
「ニクシー艦長。まずはお見事と言っておきます。
全部終わったら、ドラゴンマスターから正式にお褒めの言葉があるでしょう」
正式にもなにも、総旗艦にアベルも乗っているのではないか? とエレーナは思うのだが、何かあるのだろうか?
……いや、力尽きて寝てるだけか……
おおよそ四〇時間後、アメリカはニューテキサス開放を条件に講和交渉に応じると回答してきた。
程なくして、到着したイギリスの大使立ち合いの元、両者合意の上で停戦協定に署名が行われ、聖域海戦から始まった聖域開放戦争は幕を下ろす事になる。
◇◆◇◆◇◆◇
「……正直言って、わたしは不愉快です」
「まあ、気持ちはわかるが……」
『烈風』の操縦席で、ゴネる鈴女を相手にラーズはそう言って聞かせる。
小沢長官から直接下されたセンチュリア最後の命令は、人探しだった。
まあ、それだけなら別にいいのだが、問題はその捜索対象である。
辻正信中佐。陸軍参謀だ。
ラーズも辻の噂はよく耳にする。非常に頭の切れる人物で、若くして陸軍参謀部入りした作戦立案の天才だという。
だが重要なのは、おおよそいい噂を聞かないという事である。ラーズ自身、辻が海軍でなくて本当に良かったと思っている。
そして、この辻参謀。前に鈴女を誘拐しようとした前科がある。
鈴女にしてみれば、自分を誘拐しようとした相手が行方不明になっているのを、探す言われなどないのは当然の事だ。
「お前、前に命令不服従がどうの、ってオレに言ってただろう」
「不快感を示しているだけです」
鈴女のアバターがぷいっと横を向く。
「……まったく……」
ラーズは呟いた。
眼下には海。辻の通信端末が最後に使われたのは、フリングスロウブ市の南の海岸線だ。
状況から陸軍では、辻は海に出たのではないかと推測しているらしい。
これにはラーズも同意する所ではあるが、果たしてセンチュリアの海の上で人一人をピンポイントで探す事などできるのだろうか?
「しかし、そろそろ……」
見渡す限りの海の上に、進入禁止と書かれた壁が出現する。
もちろん、これは実在する壁ではなく、鈴女が合成している映像である。
この壁はエッグ側との協定により、進入禁止領域に設定されている事を示している。
「……この索敵線も外れだな……
鈴女。発見報告は?」
「ありません」
鈴女のアバターが周辺の地図を出して、ラーズに示す。
「チョウゲンボウとモズが進入禁止領域の西を通過中。カンムリワシは東を通過中。
いづれも接触はなしとなっています」
この接触。という物自体、辻中佐の持っている通信端末をスキャンしているにすぎないので、電源が切られていたら発見は不可能だ。
さりとて代替え案もないので、これに頼るしかないのもツライ所だ。
「しゃーねーな。
スズメ1から、プラチナレイク管制。
スズメ1は担当空域、ロの三を通過。捜索対象は発見できず。進入禁止領域を回って、引き続き空域ハの三の捜索を続行する」
「こちらプラチナレイク管制。スズメ1、了解した。引き続き捜索を頼みます」
「ヨーソロ。スズメ1、通信終了」
ラーズは『烈風』の操舵スティックを左に倒しながら、ラダーを操作した。
景色が右に流れる。
「ご主人様」
「んー?」
「……ここは、進入禁止と言われていますが、一体何があるんですか?」
鈴女のアバターが右……つまり進入禁止領域の方を見ながら、疑問を口にした。
「……通信カットしとけよ……」
と断って、ラーズも右のほうを見た。
特号装置を経由して、鈴女もラーズが何を見ているかがわかるはずだ。
「かつての魔法王国の首都……いや、首都だった場所がある」
「首都……だった?」
鈴女は首を傾げた。
「……お前なら見えると思うが、三日月の形の島が見えるだろ?」
「三〇〇キロほど先に……見えます」
鈴女は自分の持っているセンサーやレーダーだけでなく、高高度を飛んでいる管制機からも情報をもらえる。
直接光学的に見えなくても、そういった観測機からのデータを持って見ることができるのである。
「あの島、もともとは淡路島くらいの大きさの島だったんだぜ?」
「……という事は、三日月型なのは……クレーターという事ですか?」
「そういう事。キングダムの最後に島が大爆発した、って言われてる。
真相は不明だけどな」
キングダムの最後については、センチュリアでも盛んに研究が行われているが、キングダム崩壊からしばらく続いた暗黒時代に重要な文書の多くは失われてしまった。グレートルーンが消滅した理由も本当の所はわからない。
「爆発した、という話が、ですか?」
「いいや。爆発はあった。
各地に津波の痕跡が残ってるからな」
そして、この大津波がさらに当時の情報を洗い流してしまった。今となっては何があったのかわからない。
「……間もなく、指定の探索ルートに復帰します」
「なら、歴史の授業はここまでだな。
ルート復帰。ヨーソロー」
ラーズは操舵スティックを操って、『烈風』を左に旋回させた。




