誰が為の勝利13
ガサっと下生えを鳴らして、一人の白人の男が両手を上げて森から歩み出る。
ラーズの言う通り、米軍の軍服を着ている。
「……where is the other?」
刀を構えたまま、ラーズは横に移動していく。
出てきた男は、何も答えない。
ハーグ条約に依るなら、最低名前と階級は名乗るべきだと宮部は思う。
そうでなくとも……
「《ブラスト=コア》デプロイ」
なんの躊躇いを見せる事なく、ラーズは魔法を森に向かって放った。
再び爆発が起きる。
先ほどの爆発の分と合わせて、火が森に燃え移ると、海風に煽られて一気に燃え上がる。
「we surrend……」
男が口を開くその瞬間、ラーズが躍りかかった。
宮部に英語は分からなかったが、どうやら投降したいらしいという気配は伝わってくる。
ドラゴン達に投降するよりは、ハーグ国際条約に署名している大日本帝国に投降する方がマシという事か。
そう考えると、なんと身勝手な連中だろうかと、宮部は思う。
「……ラーズさん!」
それでも、条約は順守する必要があるのだ。
宮部は声を上げたが、ラーズを止めるには至らなかった。
袈裟斬りの一閃。名刀小狐丸が、その男の首から胸の辺りまで、一発で切り込む。
刀はそこで止まった。ラーズの腕力では、背骨を切断するには至らなかったのだ。
ド派手に鮮血が飛び散った。
よくよく考えてみれば、宮部は初めて鮮血という物を見たかも知れない。
「《炎の矢・改》……デプロイ」
ラーズは、男の腹を蹴りながら刀を引き抜くと、無数の炎の矢をその死骸に向かって投げつける。
炎の矢が地面に刺さって、飛び散っているのはめくられた地面なのか、あるいは……
「ラーズさん! ダメっすよ!」
ラーズは答えなかった。
宮部に背を向けたまま、森に分け入る。
仕方なしに宮部もそれを追った。
「……死にぞこないか……」
うつ伏せに倒れた米兵。その背中は、激しく焼けただれている。
ラーズの魔法攻撃の初弾を食らったのか、あるいは先ほど切り捨てられた男を庇ったのかも知れない、と宮部は考えた。
「戦場に来なければ、死ななかったのにな」
べっとりと血の付いた小狐丸を、ラーズは振り上げた。
位置関係的には、倒れている米兵の首を刎ねるつもりか。
さすがに、これは看過できない。
「ラーズさんっ!」
宮部は背後からラーズに飛びついた。
後になって考えてみれば、ラーズの魔法で吹っ飛ばされなかったのは、幸運な事だったのかも知れない。
「やめて下さい! そんなことしちゃダメですって!」
「……こいつらは……」
ラーズがボソリと言葉を漏らした。
「……こいつらは、一七〇〇光年も旅をしてまで、ここで大量虐殺をしたんだぞ……
宮部っちは、あの墓を見たか?」
その声は震えていた。
「……累々たる墓標。どこまでも続く墓標。
その数だけ、こいつらが殺した! こいつらはセンチュリアを壊した!」
ラーズの叫びと同時に、ざわざわとした力が宮部の周囲に出現した。
……これが、魔法の力……
おそらくその力は制御されていないのだろう。ざわつくような不快感以外、実害はなさそうである。
「それでもっ! ダメです! ここで捕虜を攻撃したら、正義の味方でもなんでも無くなっちゃいます!」
結構な覚悟を決めて、宮部はラーズと捕虜の間に割って入った。
「……」
「……」
しばしの沈黙。
「……今、陸さんに連絡します。
捕虜にしただけで、実質勝利っすよ」
「……実質、か」
宮部の言葉をなぞった後、ラーズは刀一振りした。
一瞬刀身が炎に包まれると、べっとりと付いていた血のりが焼かれて消える。
◇◆◇◆◇◆◇
駆け付けた陸軍の歩兵部隊によって、米軍の残党が確保された数時間後、エッグ側から正式にセンチュリアの開放が宣言された。
「まあ、問題はあるまい。
アメさんも運がいい」
小沢は宮部からのレポートを脇に置いた。
長老院との会談を終えて、小沢と草加はプラチナレイクに戻ってきている。
空港の事務室の一部に、臨時の事務所を構えているのだ。
本来なら、こういった外交は司令長官の古賀が行うべきなのだが、オウターリアにおける海戦で旗艦の『土佐』と二番艦『加賀』が相次いで損傷したため、身動きが取れないのだ。
小沢の所に来ている情報によれば、『土佐』は超光速機関を損傷して大破、修理もままならないらしい。『加賀』は上部構造物を軒並み失って中破判定との事だ。
「……『土佐』は最悪自沈処分、か……」
艦隊の総旗艦が失われたのは、何とも痛い。やはり戦争は高くつくのだ。
その時、事務室のパーティション……扉はないのだ……がコンコンと叩かれた。
「小沢中将殿。少々お時間よろしいでありますか?」
「これは、川口少将。
かまいませんよ。どうぞ」
といって、小沢は席を勧める。
もっとも、空港の事務用の椅子なので、大した物ではないのだが。
「……実はご相談がありまして……」
腰を下ろしながら、川口は口を開いた。
「何か問題でも?」
「はっ。我が陸軍の歩兵一個中隊ほどが行方不明でして……その……参謀も」
最後の、参謀うんぬんは相当言いにくそうな気配を感じる。
「……参謀? 参謀とは?」
小沢は嫌な予感を覚えつつも、問いただす。
「実は、辻正信中佐であります」
川口は心底申し訳なさそうに、そう告げた。
小沢が、死ぬほど嫌そうな顔をしたのは、言うまでもない。
草加が居なくて幸いだったと、小沢は安堵の息を吐いた。
「で、我が海軍にどうしろと?」
まあ、どうしろ。もないだろうが。
「……はっ、長官の空母艦載機で、捜索を手伝っていただきたく」
さすがに小沢も唸った。
大半の陸軍機は、貨物船に乗せないと大気圏から出ることはできない。つまり、捜索作業を続けると、撤収スケジュールに支障がでる。
無論、これが帝国領での出来事なら、スケジュールの延長調整を行えばいいだけなのだが、ここはエッグ領。
他国の軍隊が延々と残っていてよいわけがない。
そこで、自力で大気圏を脱出できる海軍機で、ギリギリまで探そうという魂胆というわけである。
川口の言っている事はわかるのだが、海軍としてもパイロットの消耗は看過できない。
小沢はざっと、搭乗員のローテーションを頭に思い描いた。
今、『翔鶴』の艦載機パイロットの半数は、機体の整備と同時に休んでいる。『瑞鶴』の方は、『翔鶴』の機体整備完了と共に半数が休養に入る予定である。
『瑞鶴』の稼働機は、艦隊の直掩に当てたいので、必然的に『翔鶴』の今休んでいるグループが捜索に加わる事となる。
小沢としても、あまり印象の良くない辻中佐の為に、手持ちの航空機を使うのは気が進まないのだが、仕方ない。放っておいてエッグとの政治問題にでもなったらたまらない。
「わかりました。『烈風』をある程度捜索に出しましょう」
◇◆◇◆◇◆◇
「……ユニバーサル……アーク……?」
アベルは、その単語を反復した。
それはアーティファクトのような物だろうか? しかし、アベルはそれを知らない。
だが、わかる事もある。
「そう。彼らはそれに従って、国家の行く末を定めたんだ。
実に、西暦一九四四年の事だよ」
「……つまり、何か?
こいつらは、そんな昔に湧いて出た訳の分からない物に従って、センチュリアで三億人近く、殺したのか!」
レイル相手に勝てないとわかってはいても、さすがにこれは許せないとアベルは思った。
幼少の頃から、圧倒的な反復練習によって体に叩き込まれた魔法の発動プロセスを、ほとんど無意識アベルは進める。
が。
「無駄さ」
レイルが錫杖を、床に打ち付けた。
キン! という甲高い音。同時にアベルの用意していた魔法が崩壊する。
「さすがに、ネタが割れてる《フリーズブリット》なら、簡単に干渉して破壊できるよ。
まあ戦闘中とかだったら、わからないけどね」
事も無げに言う。
魔法使いとしてのレイルの特性は本来、探知解析に特化したものである。それに付随する強力無比な打撃魔法などは、高い基本性能とそれを扱うテクニックによる副産物に過ぎない。
「……でもまあ、ボクは別にアベルの敵になろう、なんて言う気はないよ。大統領」
レイルはローズベルトの方を向き直った。
「こういっちゃ何だけど、この局面は合衆国の負けだよ。
ここは大人しく講和のテーブルにつくべきだとボクは思うよ。
……ああ。もちろん敗者席にね」
「……なっ!」
怒りの声を上げたのはチャップマンである。
「レイル・シルバーレイク! お前なら、ドラゴンマスターを容易く殺せるのだろう!
早く、大統領閣下に狼藉をその男を……」
「黙ってほしいね。チャップマン……」
ぞっとするような声でレイルは言う。
「……いや、お望みどおりにしてもいいけど、ニューテキサスの住人は見捨てる。って事だね?」
「うっ……」
チャップマンが言葉に詰まったのを確認して、レイルはローズベルトの方に向き直る。
「ニューテキサスに居るのはエレーナだね? アベル」
ズバリとレイルは正解を言い当てた。
もっとも、これは単純な引き算で求められる結果なので、驚くには値しない。
「まーな」
故にアベルは適当に同意した。
「エレーナはあの日、聖域から逃げ延びたエルフだからね。
ニューテキサスを攻撃するのに、ためらったりはしないだろうねえ」
アベルの感覚としても、エレーナはためらわないだろう。センチュリアの被害状況は、エレーナ艦隊にも伝わっている。
「そんな暴挙が! 許されるわけはっ!」
「センチュリアの被害を考えれば、十分に報復攻撃の範囲内だと思うけど?
それに、どこの国が合衆国の味方をしてくれるんだろうねえ? 大統領?
オーストラリア? それともイスラエルかな?」
どうやらレイルは、アメリカの負けというシチュエーションを立ち上げたいらしい。
そうする事で、レイルは何らかのメリットを得るのだろう。
レイルが得るであろうメリットについては不明だが、エッグ側にもメリットがある。いわゆるWIN-WINというヤツだ。
「で、アベル。当然、講和条件は持ってきてるんでしょ?
ここで言えば?
もちろん、調印は第三者……そうだね、イギリスあたりの大使立ち合いの元でやるのが望ましいけど」
どうやら全部お見通し、と言ったようだ。
……となると、ここに入れた段階から全部計算づく、か……
アベルはそう判断した。
しかし、それがアベルにとってデメリットという訳では無さそうでもある。
「……まあ、いいだろう。
エッグ側からの停戦条件だ」
アベルは尻ポケットに入れていた、文書を放った。
内容は大雑把には以下の通りである。
まずは、戦争賠償金として三〇〇兆ドル。これを、今後一〇〇年かけてアメリカはエッグに支払う。
次にセンチュリアの復興の為に、アメリカの銀行はエッグ側からの要請により、復興資金を無利子無担保で貸し付けなければならない。
また、センチュリアの復興に必要な人員を派遣しなければならない。この人員は無報酬で無期限にエッグから指定された作業に従事しなければならない。
最後に戦争犯罪者として、アメリカの全政治家をエッグに引き渡さなければならない。
「ふうん」
その紙を拾ったレイルが、鼻を鳴らした。
紙を大統領に渡す。
「まあ、一番目と二番目は仕方ないね。三番目も条件付きでOK。って所が落としどころだね。
最後に決めるのは大統領だけど。
……ねえ? 大統領閣下?」
ローズベルトは沈黙したままだ。
しかしその顔は、驚くほど青ざめていた。




