誰が為の勝利2
炸裂した八〇〇キロ爆弾二発は、まず『ホーネット』の格納庫付近にいた米海軍の整備兵を一瞬で焼き払った。
彼らは、苦痛どころか自分が死んだ事も認識できなかっただろう。
続いてその爆風は、『ホーネット』の艦内で荒れ狂う事になる。
『ホーネット』の格納庫は、米海軍の空母の例に漏れず、防爆構造になっているが、限度という物がある。
八〇〇キロ爆弾二発の爆風は、防爆構造の許容量を超えて、艦隊側面の装甲を吹き飛ばした。
それでも、装甲が吹き飛んだことで艦橋やCICは爆風から守られたのだ。そのダメージコントロールの奥深さには村田も驚嘆した。
「しかし、残念であります」
なぜなら、モズ2からモズ4までの三機も、八発の二五〇キロ爆弾と二発の八〇〇キロ爆弾を積んでいるからである。
そして、それらの機体は既に『ホーネット』に迫っている。
◇◆◇◆◇◆◇
「スゲーな……おい」
ラーズはその光景を見て、そう呟いた、
村田の爆撃が神業である事は、いろいろな人間から聞いて居たので知っていた。
ラーズとて、爆撃の訓練は受けている。
だからこそ、初弾で八発中三発命中を叩きだした村田の技量が分かる。
おそらくラーズがやれば、一発当たったかどうかだろう。下手をすれば撃墜される可能性だって低くはないはずだ。
その状況下で村田の『烈風』とそのドローンたちは、『ホーネット』を落としたのだ。
黒煙を延々と引きながら、『ホーネット』はセンチュリアの北極海へと落ちていく。
「……いや?」
だが、高度が相当に下がっても『ホーネット』は飛び続けた。
米軍艦艇のタフさには頭が下がる。
しかし、それも長くは続かないだろう。
ラーズが見上げれば、すでに上空の敵の航空機は相当にその数を減らしている。
全滅までは、まだ少々の時間を要するだろうが、すでに『呑龍』に対して攻撃を行う余力は無いのは明白だ。
それを受けて、『呑龍』五機が『疾風』の援護の元、高度を下げ始めた。
低高度からの精密爆撃で、確実に沈める意図である。
重爆から投下されるド式の威力は、凄まじいの一言に尽きるとラーズは思う。
ドリル状の先端を持つド式自由落下爆弾は、よろよろと飛び続ける『ホーネット』を捉えると、ドリルと逆回転防止用のロケットを起動。
ゴリゴリとその飛行甲板にめり込んで行った。
これが計十発。
「……ご主人様、『ホーネット』が……」
「ああ。沈む……」
ラーズ側からは死角になっている艦体右側で、盛大な爆発が起きた。
燃料に引火したのか、航空機用の弾薬庫に火が回ったのか、いづれにしてもそれが『ホーネット』の断末魔であることは疑いようがない。
「冷たい北洋に眠れ……『ホーネット』」
ラーズは操舵スティックを翻して、『ホーネット』に背を向けた。『呑龍』や『疾風』も高度を上げていく。
三十秒ほどだろうか。閃光は、思ったより遅れてきた。
さらに遅れてやってきた衝撃波が、『烈風』の機体を激しく揺らす。
それは、沈みゆく『ホーネット』が道連れを掴もうとしているように感じられた。しかし、それも鈴女が介入して乗り伏せる。
「……終わった?」
どうにも勝ったという実感が沸かず、ラーズはそう呟いた。
「坂井から各々。敵空母の撃沈を確認」
大きく旋回したラーズが、再び『ホーネット』の上空に達すると、その艦体は早くも着氷し始めていた。このまま放っておけば、数時間で流氷と見分けはつかなくなるだろう。
「『烈風』隊は集合。
ただいまより、プラチナレイクへ向かう。凱旋だ!」
◇◆◇◆◇◆◇
『ホーネット』撃沈。
辛うじて入ってきたその通信に、米海軍の司令部は絶望した。
ファーラリア南部に根拠地を構えた彼らは、ここまで帝国の発見を免れていたため、無傷であった。
既に大気圏外との通信も途絶えて久しい。状況を鑑みれば、海軍艦艇は全滅かそれに近い状況であろうことは想像に難くない。
つまり彼らは異邦の地、センチュリアで完全に孤立したのである。
海兵のセンチュリア上陸部隊の最高司令官であるロイ・マッコイ中将は、ここに至って決断を迫られていた。
「……やはり……降伏しか、ないか」
苦悩に満ちた声で、そう吐き出す。
軍帽を取って薄くなった頭髪を撫でた。
「サム。君の意見を聞かせてくれ」
サムと呼ばれたのは、マッコイ中将の参謀でサミュエル・スミス中佐である。
スミスは、ぴっとキレイな形の敬礼をして、答えた。
「中将の判断を支持します、
我が合衆国の若者の命は何者にも代えがたく」
「……うむ」
マッコイはその言葉に救われた様な気がした。
そう、将来の合衆国を背負って立つ若者の命。それより大事な物はないのだ。
「ポールに降伏旗を揚げよ。
しかる後、我に降伏の意思ありと、全周波数で打電するように」
「イエッサー。
中将の采配に感謝を」
「ああ。君にも幸運を」
サムは駆け足で、指令室を退出した。
十五分ほど経った。
マッコイは、デスクに座って目を伏せ、神に祈りを捧げていた。
この先、ありったけの幸運が必要だったからだ。
バタバタという足音。
サムが走って戻ってきたようだ。
随分早い。とマッコイは考えた。
「中将! 超音速の飛行物体が向かってきます!」
「……もう来たのか、それで……それはドラゴンなのか日本人なのか?」
ここはエッグ領内。日本人が攻めてきたと言っても、その作戦進行に関してはエッグの意思が働いているはずである。
降伏に対しては、エッグの司令部付きの部隊が対応する可能性が高い。
「どちらでもありません!
……これは巡航ミサイルです!」
「!」
はじかれたように座席から立ち上がり、マッコイは窓の外を見た。
それで向かってくるミサイルが見える訳ではなかったし、音が聞こえる訳でもなかった。
超低空を飛ぶ巡航ミサイルを地面から目視する事は困難であり、超音速で飛ぶミサイルの前方で音を聞くことはできない。
「総員退避!」
マッコイが叫んだが、それだけだった。
次の瞬間、風が流れた。
そして、世界は赤色に塗り上げられた。
◇◆◇◆◇◆◇
「『ミクロキスティス』着弾します。三秒前……一……ゼロ」
オペレータのカウントゼロから遅れること約二秒。ホロディスプレイの映し出す敵基地が炎に包まれた。
「よろしい」
シルクコットはそう言って頷いた。
ファーラリアの西南西約一〇〇〇キロに浮かぶ、エッグ側の揚陸拠点兼司令所。
周囲に何もない海域に展開されているのは、基地施設をコンテナに詰め込んだ物を集めた人工の浮島である。
「しかし、連中……降伏とか本気で言ってたのかしら?」
シルクコット支配下の陸上部隊には、センチュリアに展開している米軍の殲滅が命じられている。
当然ながらエッグは、ハーグ条約に代表される地球の捕虜の扱いに関する条約を批准していないので、別にその扱いを地球のそれに合わせる必要もないのだ。
……まあ、普通ならここまで徹底的にはやらないけど。
普段、領海侵犯などに対しては、エッグは地球の法律に沿った処罰をする場合が多い。
しかし、今回はドラゴンマスターの怒りが強すぎる。
どれくらい強いかというと、現場司令官に対してNBCM兵器の使用権限が与えられている程度には強い。
ちなみに、NBCMとは核・生物・化学・魔法兵器の略称である。
この内の核兵器はすでにレクシーが使っている。
「『ミクロキスティス』の焼夷効果、終了まで一二〇秒」
再びオペレータの報告。
「周囲にセンチュリアの民は居ないわね?」
「アイ」
シルクコットは頷いた。
「『ミクロキスティス』第二射。弾頭はVX」
VXは神経ガスの一種である。『ミクロキスティス』の弾頭重量は二トン。これは半径数百メートル内の人間を確殺するのに十分な量である。
「目標は先ほどと同じ。準備でき次第、発射」
「アイ」
パシュウッ! という音を立てて、浮島の角に設置されたランチャーから『ミクロキスティス』巡航ミサイルが飛び立っていく。
『ミクロキスティス』は、発射後ブースターにより音速の六〇〇パーセント程度まで加速、その後巡航用エンジンでジワジワと加速しながら目標に向かう。その最大速度は音速の十倍にも達する。
「シルクコット司令。化学兵器で追い打ちする必要があるので? 後々ヘリ部隊を送って殲滅する予定ですが……」
「わたしが率先して、ぶっぱなしておかないと、後続の司令官たちが出し惜しみするでしょ。
それに、化学兵器のデータもできれば取ってこい、って言われてるのよ」
今後の予定では、シルクコットはレプトラと入れ替わりで、センチュリアを去らなければならない。
その時の司令官は、レプトラに移るわけだが、そこで兵器の出し惜しみをされると色々困る。
「戦闘ヘリ部隊の準備ができ次第、ファーラリア南部に対して攻撃を行います」
『ボニト』級に搭載されている『プレコ』級揚陸艇は、攻撃ヘリ六機または戦闘ヘリ八機を運ぶことができる。
しかし、運搬はヘリのローターなどを外した状態で行われるので、どうしても組み立て時間が必要なのだ。
「アイ。パイロットに準備させます」
……レプトラが来る前に、前線基地くらいは確保しとかないと、ね。
「お願い。
あとシャーベットのチームはどうなったか知ってる?」
シャーベットは、地上に投入される魔法使い部隊の統括役である。
アベル的にも戦闘させる気は毛頭無く、主に回復要員として運用される取り決めだが、実際どうなるか分かったものではない。
大体、アベルから名指しで危険人物とされている、レイル・シルバーレイクなる魔法使いの所在も不明なままである。
シルクコットのチームは、シャーベットのチームを守ることも仕事なので気が気ではない。
「プラチナレイクの帝国陸軍本拠地に、降りたと連絡が来ています。
プラチナレイクが一番難民が多いとの、帝国からの情報で降下地点を決定したようです」
放っておいてよいものか、とシルクコットは思うのだが、相手はドラゴンプリースト。アイオブザワールドの組織内では向こうのほうが格上である以上、なかなか守りに行く。とも言いづらいのだ。
もっとも、プラチナレイクにいる戦力は、大気圏内で敵空母を叩けるほどの規模なのは実績ベースでも明らか。
案外、そこが一番安全なのかも知れない。
「わかったわ。ありがとう」




